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星の王子様2

「一体どういうことよ……解きなさいよ、これ!」


 状況を理解して、尚わめきたてる一宮星姫。こうでもしないと、今の自分を保てない。

 しかし、目の前の男の手がガシッと、星姫の頬を黙らせるように片手で掴む。


「まだ寝惚けてんのか、お前。解くくらいなら最初から縛らねーよ」


 しっかりと自分の意思を伝えた男は頬を掴んでいた手を離し、ズボンのポケットからタバコとライターを取り出して口に咥え点火し、一息大きめに吸い込んでからフゥっ、と白い煙を吐き出した。


「あ、アンタ達!なんでっ、こんな事を!」


 まだ、信じられない現実がある。それは、目の前の男以外の五人。一宮星姫と同じ学校に通う、友達だ。いつも馬鹿な話をして、馬鹿な事をして、楽しんでいた。彼らを、星姫は信じていた。


 きっと、助けてくれるはずだ。今にでも、この男を倒して。お願い、助けて。


「あ、ごめ~ん。アタシ、実はさっちのことってあんま好きじゃなかったのよね~。なんかエラそーでさ、癇に障るの?俳優で成功しただかなんか知らないけど」


「だよなー。星姫はシャシャりすぎだわ」


「兄貴が一宮を一緒にぶち犯そうって言った時は心が躍ったね!あの生意気な顔をぐしゃぐしゃにできるなんてさ!」


 あっはっは、と笑う彼ら。


 瞬間、星姫の中に少しでもあった希望が砕け散った。


 ぶわぁっ、と勢いよく男が吐いた煙草の煙が星姫の顔を直撃し、霧散する。星姫はノーリアクションだ。さっきまで張っていた威勢も消え、無表情。


「つーわけだ、星姫。お前は今から……そうだな、朝が来るまでだ。よがり狂うまで嬲ってやる」


「い、嫌だ……嘘でしょ……ねえ、嘘でしょ、これ番組のドッキリでしょ……プロデューサー、出てきなさいよ……マネージャー、アンタ解雇クビにするわよ……」


 少しでも、ほんの僅かな可能性でもいい。とにかく、誰かこの状況を、奇跡でもいいから打開して!


「残っ念、嘘じゃないです!夢でもありません!」


 その言葉に無慈悲にギャハハハ!と下卑た笑いをする男。周りでは友達「だった」奴らがクスクス、と小笑いをしている。


 なんでよ。なんで笑っているの。助けてよ。嫌だよ。私、そんなの嫌だよ!


「ねぇっ!助けて!お願い!お金なら出すから!何が欲しいの?ロレックス?パネライ?いくらでも買ってあげるわ!」


 形振なりふり構っていられなかった。プライドなど微塵もない。頭の中は真っ白で、心臓は恐怖に鷲掴みにされている。正常な判断はできやしない。いや、こんな状況で何が正しいも糞も無い。ただ、助かりたい。


 しかし、少女に男は最後の止めを刺しに来た。


「出たよ。困ったら金で解決だ。分かったかお前ら?こうなったら人間終わりだぜ」


 そんな事、この男が言えた義理など一切無い。しかし、星姫の心にくさびとして突き刺さるには十分だった。


「ぶっちゃけさっちと一緒にいたのって飯とかカラオケとか酒とか、全部お金出してくれるからなんだよねー。けど、もういーや。壊れるところ見たいなー」


「ほら、お前の正体が解りきっちまった。結局は外側ガワだけ、中身はすっからかんだ。俳優も歌手もどうせ見た目だけだよ、すぐに廃れる」


 星姫の頭の中が熱くなっていく。白い靄で一杯の頭の中で自分が静かに崩れていくのが分かる。


「顔と体だけはいいんだよな、お前。けど、性格はクソ中のクソ。俺以外にも男取っ替え引っ変えしてたんだろ?それで「アンタとは合わない」ってそりゃお前、こんな事になってもしゃーねーわ。誰もお前を大切になんか思ってない。白鶴はくつるって言ったっけ、お前の親友。どうせアレもお前の事、そんな大切に思っていないぜ。誰もお前の中身に興味なんて無いんだから」


 白鶴。私の「親友」。この場には居ない。私が昼間撒いたからだ。今、この場に居たら助けてくれた?いや、無いか。そうだな、有り得ない。だって、私は、人間として屑だ。どうしようもない。

 こんなに簡単に自分を失うなんて。なんだ、私はからっぽだったのか。


 虚ろにこうべを垂れる星姫。その髪の毛をグイっと掴み、男は無理矢理顔を上げさせた。鼻水と涙が垂れ流しのその様に、最早テレビで輝いていた彼女の面影はない。


「さーて、始めるか。大丈夫、痛いのは最初だけだ。取って置きのクスリで直ぐにイカせて、それを何回も、何十回も、何百回も味わわせてやる。したら、明日の朝には肉便器の完成だ。大事にすり切れるまで使い潰してやるよ……そういう意味ではお前の中身に興味にあるわ、っつってな!アッハッハ!笑えるだろ?」


 もう、駄目だ。どうにでもなってしまえばいい。死にたい。いっそ、殺してくれないだろうか。私に生きている意味なんてないんだ。

 そうだ、明日自殺しよう。それがいい。そうすれば、楽になれる。そうか、こんなに簡単だったのか。そう思ったら、何も怖くなくなってきた。


 あはは。あははは。あはははは。


「アッハッハッハ!アッハッハッハバッ!?」


 バリンと音を立て、高笑いを上げていた男が、いきなり地面に倒れた。


 周りは何が起きたのか分かっていない。しかし、星姫は掴まれていた頭が支えを失い下を向いたことで気付いた。そこには、ガラスの破片を纏い地面に落ちた一冊の本。


「あーあ、俺のジュペリが……」


 瞬間、星姫の隣に誰かが降り立った。それは、仮面を被った謎の人物。


 降り立った仮面の人物は寝転がっていた男を蹴り飛ばして、黒いもやのような物を身に纏った。


「お前に選択肢をやろう。そう、それは悪魔がもたらした契約という名の甘言。「生きる」か「死ぬ」か、選べ」


「--っ……」


「っ、なんだテメエッ!」


 周りの男らは拳銃のような物を取り出し、仮面の人物に向けて引き金を引いた。いや、それは拳銃では無い。違法改造した、強化性のプラスチック空気銃エアガン。プラスチック製とは言え、通常とは違った特別な改造を施したそれは、人を傷つけるという点では十分すぎるものだった。空間を貫き、仮面の人物へと迫る。


「なるほど、強化空気銃か。悪くないな、しかし玩具おもちゃだ」


 しかし、仮面の男が纏う黒い靄に触れた瞬間、弾丸はブレーキをかけたかのようにその場で自由落下を始めた。


 男は他に特に気にせず、仮面越しに光を失った、見上げる星姫の瞳を見つめた。


「答えを寄越せ。生きるのか、死ぬのか」


 それまで言葉を失っていた星姫は、喉の奥から搾り出すように声を漏らした。


「……死にたい。誰も信じられない。もう嫌だ。生きてていいことが無い」


 星姫が放った答えは、とても悲しいものだった。最早、星姫は暗闇よりも深い闇の中へ。

 しかし、仮面の人物は続ける。


「本当に、それでいいのか」


「……友達は、私を友達を思っていなかった。一方的に思っていただけだった。友達は私の中身を見ていなかった!私の中身は空っぽだった、見られる中身なんて無かった!私の世界は、もう無いんだ!」


 勢いのままにまくし立てる星姫。何もかも、捨てていい。いらないんだ、もう、何も。


「お前の世界ってのは、そんな簡単に崩されるのか?違うだろ。お前には求めた物があるはずだ。欲しがったはずだ。お前が手にしたスターダムは、お前が望んだ結果の筈だ」


「アンタに、何が分かって--」


「知らんさ。けど、それはお前が努力した結果だ。性格も友達も知ったこっちゃねー。けど、お前は成功したんだ。他人が信じられない?今のお前に必要なのはちげぇだろ、まず最初に自分を信じろ!自分を強く持て、お前が出した結果を信じろ!成功した時、お前の世界は輝いたハズだ!お前にはその世界がある!」


「--」


 仮面の人物が言う言葉。頭で理解をしている余裕は無かった。けど、自然と、心の隙間にするすると入り込んでいく。暖かくは無い。けれど、冷たくない。

 仮初かりそめかもしれない。けれど、今はとてもありがたかった。それにすがるしかなかった。


「もう一度聞く。「生きる」か?「死ぬ」か?」


「ーー私は」


 仮初か何かで満たされた少女。けれど、それだけあれば、少女は顔を上げられた。前を向けたのだった。


「死にたくない……。やりたいことはいっぱいある、欲しいものもある、会いたい人も居る……生きたいよぉ……!」


「それでいい」


 嗚咽混じりの星姫の言葉を聞くと、仮面の人物は満足そうに放った。仮面で表情は見えなかったが、不思議と、そう感じた。

 仮面の人物は屈んで星姫の顔に手を伸ばすと、曲げた人差し指で止みかけた涙の欠片を拭った。


「お前の感情おもい、受け取ったよ。それじゃ、一夜限りの契約だが代償は頂いていく。貰うのはお前の涙だ」


 その言葉を皮切りに、仮面の人物が立ち上がる。黒い靄が剥がれ、男は無防備のようにも見えた。


「っつ、舐めやがってェ!」


 周りの男らが仮面に向けた強化空気銃。放たれようとした筈だが、次の瞬間にそれら空気銃全ては地面に落ちていた。

 仮面の手に握られたそれは彼らの強化空気銃。いつの間に手に入れたのだろうか。先手で撃って空気銃を落としたのだ。


神撃ゴッド・ドロー。遅すぎるぜ、お前ら」


「ヒィィィッッ!?」


 力の差を悟ったのか、一目散に逃げようとする彼ら。しかし、倉庫の本来の出口は一つしか無い。必然と、そちらに向かう事になる。

 けれど、仮面はそれを見逃さなかった。


「悪い、ちと抱えるぞ」


「えっ--キャァッ!」


 くの字に肩に抱えられる星姫。重量は確かにある筈なのに、出口までかなりの速度で向かう。


 そして、右手の空気銃を捨て、ポケットからあるものを取り出した。それは、特殊警棒。


「とりあえず寝てろ」


 ガンっ、と男女お構いなしに腹部を殴り飛ばして気絶させる仮面。逃げ去ろうとした全員を殴り飛ばした。


「さて、解くぞ」


「あ、ありがとう……」


 仮面は星姫を肩から下ろし、紐で結ばれていた腕を解く。強く縛られていたが、こと「神の手」があれば2秒で解けた。


 しかし、後ろから迫る気配。先程まで寝ていた、今回の事件の首謀者だ。


「ふざけんなよ、お前えぇぇぇッ!」


 仮面は瞬時に警棒を手に取り、男に立ち向かう。左手には、さらに取り出したもうひと握りの特殊警棒。対する男は、はち切れんばかりの筋肉から放たれる拳。肉体強化系能力だ。


「お前がそいつを助けて何になる!人格破綻者のクソアマだ、自由にしてていいことなんざ一切無いだろうが!」


 拳を乱雑に振るう男。しかし肉体強化から繰り出されるそれは、むしろ軌道を読むことが適わず強力だ。しかし、仮面は冷静にそれを二本の特殊警棒で捌く。


「それはお前が決めることじゃないだろ。それに」


 仮面は左手の特殊警棒を思いっきり振り抜く。当然、男はその勢いある特殊警棒に全力で防御を注いだ。そして防御でガチガチに固まった肉体に対して、仮面は左手の特殊警棒を地面に投げ捨て一本を両手でひと握りにし、防御に向かって全力で振り抜いた。


「俺はい女に目がなくてね」


「ぐおぉぉぉッッ!!?」


 防御のまま叩き飛ばされた男は倉庫の壁に超速度で激突し、今度こそ意識を失う。決着だ。


「さて、一宮。まずは話を……うぉっ」


「……やっぱり貴方だったのね」


 振り返った仮面の人物に星姫は近付き、その仮面を有無を言わさず剥ぎ取った。振り向きざまだった為、仮面は対応出来なかった。仮面の下から覗く、少年の顔。

 星姫はその少年を見たことがある。夕方、ファミレスでであった少年だ。


「……勘づいてたのか」


「眼と声と服装。ファンの容姿はしっかり覚えてるから」


「ご苦労なこって」


 星姫は、そういう事はちゃっかりしてるみたいだ。


「……何が欲しいの?助けてくれたってことは、下心があるんじゃないのかしら?キス?物?それともコネ?」


 先程までの弱気が嘘のように、傲慢を押し付けてくる。元気が出たのはいいが、こうも現金じゃなくてもいいだろうに。しかし、嫌いじゃない。


「はっは、なるほど性格が悪い。……いや、実は俺、お前のファンじゃなくてな。知り合いがお前のファンで、それで知ったんだ」


「ふーん……まあ、いいわ。名前は?」


「岡本光輝。俺の素性は警察に絶対に出すなよ。能力もだ。仮面の人に助けられたって言っとけ。じゃないと、お前がどうなっても知らんぞ」


 流石に素顔を見られて、名前を言わない訳にもいかない。ならば、素性を明かして脅しをかける方がよっぽど理にかなうか。

 まあ、この女はその辺りの計算は出来るだろう。


「分かったわ。……ねえ、あの本って、貴方の?」


「ああ。全く、今日買ったばかりのジュペリの新装版がだいな……むぐっ」


 星姫に指を指された方を見る光輝。その次の瞬間、頭が星姫の手に抱えられ、何事かと星姫の方を向くと、暖かくて柔らかい感触と共に星姫の顔が目と目の間にあった。


 ふわっとした感触。次いで、にゅるり、んちゅ、くちゅり、と続いていく暖かくて湿っぽい感触。脳内で何が起きてるのか処理ができない。あれ、俺は何をしている?

 最後に、んうちゅぅぅぅっと、吸われるような感触を口内に受け、んはっ、と息を荒げて星姫は光輝の頭を開放した。光輝の口内と星姫の口内に、唾液のアーチが出来ていた。


 そう、それは濃厚な「ディープキス」だった。


「ふふ……あげちゃった、私のファーストキス……」


「……」


 光輝はアーチの解けた口の唇を、指で名残惜しそうになぞる。


「……」


 暖かくて、気持ちよくて。その数秒はまるで数分のように感じて、神が与えた時間のように幸せで嬉しくて愛おしくて。


「……!!?」


 ようやく我に戻った岡本光輝は顔を真っ赤に染め意識を高揚、脳髄を激昂とは別の意味でとろけそうに沸騰させ、瞬時に自分が入ってきた窓に飛び乗り足をかけた。


「あ、あばよッ!!」


 その言葉を残して、光輝は倉庫から去った。仮面と小説、そして熱い恋心をその場に残して。

 遠くから、パトカーのサイレンの音が聞こえる。誰かが呼んだんだろうか、この倉庫に向かってくるみたいだ。

 けれど、どうしよう。もう、この思いは止まらない。さっきから、恐怖とは別の心臓の高鳴りが止まらない。


 恋をした。岡本光輝という少年に。


 少年が残した本を手に取り、付着したガラスの破片を払い落としてその本をギュッと、胸に抱く。

 あんなに自分を見つめてくれるなんて。あんなに私を信じてくれるなんて。私は、あの人が、堪らなく好きだ。好きになっちゃったみたいだ。


「ふふふ、私だけの、星の王子様」


 少女はそのまま、その場に佇んでいた。親友の白鶴が決死の顔でドアを薙ぎ倒して倉庫に入ってくるまでは--


--世間を騒がせた一宮星姫誘拐事件から数日後、星姫はテレビ番組の出演を断ることなくひっきりなしに出ていた。しかし、どうやら警察から「仮面」の話は伏せられているようで、その話については一切触れない。

 尚、犯行グループの6名は問答無用で捕まった。少年院行きだが、世間の大スターを誘拐したんだ。それなりの処罰はあるだろう。


 ところで、何より。不味い問題がある。


『--瞬く無数の星たちが 輝いてた 教えてくれた 私だけの star shine prince……』


「大サビの最後、これライブ版だけなんですかねー、CDのフルでも無いし……でも、素敵ですね。意訳で星の王子様、って所でしょうか」


「……」


 俺こと岡本光輝は彼女をテレビで見かけるたびにあの口内の感触を思い出すんです。しかも歌い終わりのウインクになんだろう、意図をかんじるんですよ、はい。これまではライブでしたこと無かったですよね?


 岡本光輝の夏に、また一つ思い出のページが出来た。それは幸か不幸か、まだ理解わからない。

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