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黒い衝動 Side:黒咲夜千代2

 待ちに待った夏休み。黒咲夜千代はご機嫌である。


 缶コーヒを片手にいつもの下着ショーツとシャツの2枚でテレビを惰性で見る。再放送のバラエティ番組が流れているが、たまに見るにはちょうどいい。夏休みの利点とは、勉強をしなくていい。他者に関わらなくていい。めんどくさい学校に行かなくていい。これらに尽きる。しかも、朝早く起きなくていいのだ。素晴らしい。


 夏休みが始まってからもう10日ほど過ぎ8月に入ってしまったが、まだほぼひと月ある。明日は学校の登校日だが、それは仕方ない。休んでもいいんじゃないかとも思っている。だが、そうすればじーちゃんがうるさい。まあ行ったことにすればいいかな?それに、今日のボランティア部の集会もサボったし。


 夜千代はボランティア部の幽霊部員だった。なぜボランティア部かと言えば行く回数が少なくていいから。しかも行っていない。ボランティアなんてアホみたいな事、脳味噌お花畑な奴らでやってりゃいい。くだらない、ああくだらない。


 あ。そういや明日って、しょうやんの新作CDのアルバム発売日じゃねーか……


 ふと、夜千代は思い出した。夜千代の数少ない趣味の一つ、音楽を聞くこと。音楽はいい。気分を良くしてくれる。その世界にのめり込み、脳味噌をからっぽにして楽しめる。最高にて至高だ。


 つい思い出した事でさらにご機嫌になる。へへ、ラッキー。


 そんな自堕落な生活をしていると、ふとスマートフォンが鳴った。今は無き「OZMAオズマ」というアーティストの曲が流れる。夜千代は舌打ちした。どうせまた仕事だ。そもそも、夜千代の電話帳は仕事先の人間の番号しか入ってない。確定だ。


 画面に「黒咲くろさき枝垂梅しすい」と表示されたスマートフォンを取り、苛立ち混じりにめんどくさそうに話す。


「んだよ、真昼間まっぴるまにかけてきやがって」


『すまんの、仕事じゃ』


「シャインや土井さんは居ないの?」


『そうなのじゃ。お前が頼りなのじゃよ』


「……チッ、しゃーねーな」


 他に数言のやりとりをし、電話を切る。夜千代が仕事をする事によって、勿論お金が入ってくる。それも、決して少なくない量の。その仕事は、イクシーズの暗部、内密の仕事。決して表舞台に立たない、裏の世界。


 イクシーズ暗部機関「フラグメンツ」コード・ファウスト。それが、黒咲夜千代の正体だ。


 できるだけ急ぎの仕事だ。夜千代は自室のベランダから外を見る。真昼間の閑静な路地。人一人ひとひとり歩いていない。よし、飛び降りるか。


 夜千代は部屋で着替える。今着ている下着とシャツの上から部屋着用の短パンを履き、その上から黒のコートを羽織る。生地は薄めで防弾・防刃をこなす重要なアイテムだ。そして、仮面を被る。フラグメンツは一般人に正体を知られてはいけない。なので、変装は必須だ。

 変装が終わり、ベランダから飛び降りる。夜千代の身体能力は高い。だからといって、それだけで地面に降りるわけにはいかない。夜千代は自分の能力「過去オー遺物パーツ」を使う。その能力は、見たことのある印象の強い能力をコピーする、という物だ。

 かといって、瀧シエルの能力をそのままコピーできるかと言えばそうではない。このコピーは、非常に精度が低い。瀧の能力をコピーできたとして、使えるのはその10~20%程度の力。器用貧乏とも言える能力だった。まあ、使い方を間違えなければ便利な能力ではあるが。


 自分の中にあるレパートリーから、ある一つを引っ張り出す。「流転式るてんしき」という能力。今、それを再現する。


「「流転」せよ」


 地面に着地した時、本来足にくるはずの衝撃が殆ど地面に流れ去る。言ってしまえば、力を受け流す能力。それが「流転式」だ。

 

 左右を見渡す。すると、偶然今曲がり角を歩いてきた学生服の男子と仮面越しに目が会った。しかも、制服からして夜千代と同じ学校の生徒が。


 ……まずった。とりあえず逃げるか。


 夜千代はその場をとっとと走り去る。顔がバレてなきゃ問題無いだろ。


 その時は、そう思っていた--


--違法薬物の検挙。それが、今回の仕事だった。


 先手を夜千代が切り、敵をなぎ倒した所に後発で警察が乗り込むという作戦プラン。もっぱら、フラグメンツの仕事とはそういうものだ。


 実力を持った者が、犯罪を取り締まるために裏で警察と協力をする機関。それも、正体を外に明かさない程度に隠蔽が出来なければいけない。それが、フラグメンツ。危ない橋を渡る上に条件が限られている為、報酬は良い。


 夜千代は、その点で優れていた。特に有名でもなく、身体能力はそれなり。能力は他者の能力をコピーできる「過去の遺物」。様々な能力を状況に応じて使い分け、かつ特定がされにくい。天職とも言えた。夜千代に警察から秘密裏にスカウトが来てるくらいだ。その為には勉強して大学にも行かなければいけない。まあ、就職できれば将来は安泰だが。夜千代が現在考えている将来の一つでもある。


「コード・ファウスト、お疲れ様でした」


「ああ、どうも」


 警察官の一人が敬礼して声をかけてきた。歳はそれなり。流石に目上の人に無礼な態度を取るわけにもいかないので、会釈をする。


「仕事が終わり次第、支部に来てくださいとコード・セコンドからの伝言があります」


「……まじかよ、じーちゃん……」


 コード・セコンド。黒咲枝垂梅のコード・ネームだ。まさか、そんなめんどくさい事までしなければいけないのか。


 流石にこのままの姿で合うわけにもいかないので、コートを脱ぎ仮面を外す。シャツと短パンというお粗末な姿だが、まあ夏なら問題ないだろう。

 変装服を持っていたスーパーの袋に突っ込み、枝垂梅の居る支部へ向かう。電車に乗っていかなきゃならない。金もかかるし面倒だった。


 どこにでもありそうな街頭の3階ほどの建物。ぱっと見、何の建物か分からない。ただのマンションにも見える。だが、ここが警察支部であり「フラグメンツ」の本拠地だ。


 暗証番号でドアを開け、エレベーターで3階に上がりドアを開ける。そこには、一人の老人が居た。


「おお、久しぶりじゃな夜千代」


「何の用だよ」


 立ち上がったその姿は、見たんま70代のおじいちゃんだ。顔には多くの皺が刻まれ、かつて180cmを超えたとされる身長は今や女子である夜千代と同じ程度。頭髪は薄くなり、白い毛が少しだけある程度。この人がまさか、暗部機関「フラグメンツ」のリーダーなんて誰も信じないだろう。なお、ステータスはパワー2、スピード2、タフネス2、スタミナ2、スキル3「封印ふういん解除かいじょ」のCレートとされる。この体でこの身体能力は、未だに鍛錬を続けているが為か。


 枝垂梅は夜千代に椅子に座るよう促し、冷蔵庫から冷たい麦茶を持ってきた。夏にはありがたい。コップに注がれたそれを夜千代は一気飲みした。冷たい水分が喉を流れ、火照った体に染み込む。美味い、気持ちいい。


「最近どうじゃ。友達とは遊んでおるか」


「いや……友達居ないんだけど」


 世間話に少し答えづらいが答える。しょうがないじゃないか、いらないんだから。


「なんじゃと!?それはいかん、いかんぞ夜千代!」


「い、いきなりなんだよ」


 突然声を張り上げた枝垂梅。夜千代は耳を塞ぐ。世間話で大袈裟だ。まあ、そうなる気持ちも分かるが。


「可愛い孫に友達が居ないとは……気づいてやれんかったワシがだめじゃな。夜千代よ、寂しくはないか?」


「……別に」


 一転変わって優しげな目を向ける枝垂梅。寂しくないと言えば、嘘になるのかもしれない。家に両親は居ないし、じいちゃんは一緒に住んではいない。友達も居ない。仕事先の人を除けば交流などない。


 だが、別にいいのではないか?と。それで何かこの先困るのか?……考えてみたが、多分、困らない。それが夜千代が出した答えだ。


「……そうか。いや、ならいいのじゃ」


 その後、幾つかの話をして枝垂梅と別れる。


 夜千代は街で真夏の空を見上げる。……眩しい。なんでこんなにも青空というのはうっとおしいのだろうか。太陽なんて常に隠れていればいい。嵐の前の曇天。それが、夜千代が好きな天候。


 雲とは偉大だ。穏やかなそれは、荒れた心を落ち着かせる寛容さがある。うるさい晴天なんぞとは遥かに違う。愛せる。


 誰に理解されるでもなく、自分の世界に閉じこもって自由に生きる。それが黒咲夜千代の生き様。ゆっくりと、歩いていこう。夜千代は、そうする事で生きることに意味を感じていた。このスロースタイルが、自分である証だ--


--深夜。家から近いレンタルビデオショップ。日が変わる頃を見計らって、夜千代は新作CDを買いに来ていた。


 CDの見本を手に取ると、隣からも手が伸びた。いつの間に。


「あっ、すいません……」


 謝られた。下手に出られたのだからこちらも下手に出なければいけない。


「いえ、こちらこそ……」


 隣の人間に目をやる。その顔は、見たことある顔。同じクラスで、「超視力」を持つ少年、だっけか。確か、岡本光輝と言ったか。


 あれ、他にも何か……


 考えて、思い出した。昼間、仮面とコートの姿を見られた男だ。

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