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黒い衝動 Side:黒咲夜千代

 黒咲夜千代は最凶最悪だ。


 それは、夜千代自身の自身への評価。夜千代は自分を「悪」のようなものだと、思っている。なぜなら正しくなくていいから。そんなものになんの意味も感じられないし、説かれても分からない。けど、それでいい。不満は無い。


 夜千代は元々、能力者じゃなかった。ある日を境に、能力者になった。その日の事は、詳しく覚えてない。だが、分かっているのはその日、夜千代の両親が死んだ、という事だ。いや、正確には殺された、か。


 夜千代は朝が弱い。いつも起きたときは不機嫌だ。一日の始まりは、冷蔵庫に買いだめしてある缶コーヒーを飲むことから始まる。銘柄は特にこだわりは無い。が、絶対に許せない物がある。それはブラックのコーヒー。無糖のコーヒーに価値はない。砂糖とミルクがコーヒーと混ざってこそ、眠気を覚ます至宝になる。

 冷蔵庫から微糖の缶コーヒーを取り出しプルタブを引き、押し込む。カッ、と音が鳴って飲み口から視界に映る茶色の海はいつ見ても素晴らしい。熱い夏は、缶コーヒーがさらに美味い。白のショーツに黒のシャツというだらしない格好だが、熱いのだから仕方ない。夜千代は家に居るとき、いつもこのスタイルだ。家には、他に誰もいない。1Kの、ボロ借家。だが、家賃はべらぼうに安い。でなければ住まない。


 コーヒーを飲んでからしばらくして、気分が少し良くなってくる。常に嫌な一日に覚悟を決める。よし、今日も動ける。


 学校指定のセーラー服に着替えて家を出る。7月半ば。あと少しすれば、夏休みだ。この前の生徒会長の話はウザかったが、まあいい。もうすぐ、毎日自堕落な生活を過ごせる。それが楽しみで楽しみで仕方がない。早く来い来い、夏休み。課題の事は一切考えちゃいない。


 電車で学校から最寄りの駅まで着き、そこから歩く。その過程がめんどくさいが、この辺りは家賃が高い。市街であるためだ。流石に一人暮らしで市街に住もうとは思わなかった。お金は有限だ。


 学校に着き靴を履き替えようとすると、自分のスリッパの上に白い封筒が置いてあるのが分かった。よくあるから知っている。ラブレターだろう。

 夜千代はそれを手に取ると、周りをはばからず縦にビリッ、と破り、近くのゴミ箱に捨てた。周りの人々はその光景を気にしない。いつもの光景だ。


「噂通りなんだね、君。ますます好きになっちゃったよ」


「は?」


 その様子を見て、近寄ってくる男が一人。その辺の道端に落ちている石ころのような顔をしている。


 あー、コイツが手紙置いてたのか。資源の無駄遣いだな。


 夜千代は無視して歩き去る。


「ちょっと、待ってくれたまえ。僕は、君が好きなんだ。そのクールな振る舞い、たまらない。付き合ってくれないかな」


 しつこく食い下がる石ころ。気持ち悪い。コイツは自分の人生を見直したことが無いのだろうか。


「悪いけどアンタ、生まれ変わって出直してくれ。石ころに興味は持てない。そんとき私が生きてたら考える」


「い、石ころ……?」


 夜千代の容赦ない言葉に石ころはその場にへたり込む。道の邪魔なんだよ、クソ雑魚が。


 夜千代はよく告白される。最悪な私の何がいいんだか。時にはラブレターだったり、時には直接だったり。だが、その全てを断っている。なぜなら、「無駄」だから。


 昼間見ていた刑事ドラマの小説家の台詞で「人生は死ぬまでの暇つぶしだ」なんて言葉を聞いた。それは昔で、その時は理解出来なかった。だが、最近はその通りだと思う。生きることに意味なんてあるのだろうか。ただただ惰性。いかに自己満足を繰り返して暇を潰すか。それだけだと思う。

 だから、石ころと一緒に居るとか、冗談も甚だしい。私は石フェチじゃない。せいぜい宝石ならいいかもしれないが、すぐにそれも飽きるだろう。どうでもいい。


 かといって、自殺したりはしない。怖いのだ。それが人間の本能。死ぬことには恐怖を感じる。本当に、生きるとは難儀なものだ。人間とかいう下手に知能を持ったがために不自由になった生物は悲しい。


 体育の授業。体操服に身を纏った夜千代は、今体育館に立っている。他クラスと合同のバスケットボールの授業だ。

 八千代の身体能力は同性と比べて良さげである。パワー2、スピード3、タフネス2、スタミナ3。スキル3「過去オー遺物パーツ」のBレート。これは、一般的に言って「優秀な身体能力」だ。


「黒咲さん、お願い!」


「あいよ」


 ボールを受け取り、ドリブルで敵のゴールまで走る。いくつかの相手が邪魔してくるが、問題ない。私の速さにお前らは追いつけない。


 最後の一人。ゴールの下に立っている。


「挑めや少女」


 乗り越えれば勝ちだ。だが、その最後の一人が厄介だ。


「お前の目の前にあるそれは、世界最大の「不浄利」だ」


「私は天才だ!」


 夜千代は自分を叱咤した。でないと乗り越えようがない。


 瀧シエル。1年生にしてSレートの評価を持つ、天災。


 夜千代はそのまままっすぐ突っ込む。そしてジャンプすると見せかけて右斜め前にステップ、そこからジャンプしてゴールにボールを持っていく。身長の低い夜千代だが、その跳躍力は確かなものだ。


 だが、空中で横からの影。それはそのまま通りすぎ、夜千代のボールを奪っていった。瀧シエルだ。


「なッ……」


 フェイントはかけたはずだ。そこから一切の無駄もなかったはず。全て読んでいたというのか。はたまた、見た上での対応か。どちらにせよ、化物だ。


 そのまま瀧は神速でゴールへの距離を詰め、3ポイントシュート。綺麗にゴールに収まり、ゲームセット。


 瀧シエルとかいう化物。多分あれは元々そういう「存在」として生まれてきた人間だ。立ち向かおうなどと考えてはいけない。


「黒咲さん、惜しかったね」


 先ほどパスを出してきた女子。いや、何を言っているんだコイツは。


「駄目だ。勝てなきゃ何の意味もない。惜しいで済むなら、結果なんていらんだろ」


「え……ちょ、ちょっと、黒咲さん?」


 夜千代は女子の方を見ず歩き出す。たまに居るんだ、ああいう奴が。頑張ったね、凄いね、みたいな奴が。その言葉でどれだけの人間が夢を諦めきれずに奈落の底に落ちていったか知らないのだろうか。


 生きるという事柄に置いて、重要なのは「諦め」、「妥協」。惜しいとは、人を甘くたらし込む、まるでウツボカズラのようだ。一度入ったが最後、出れなくなってしまう。馴れ合いの言葉。


 夜千代はそんなのゴメンだ。好き勝手に生きる。それが最高の「暇つぶし」、即ち「人生」だ。身の程を知り、それより上を行かない。上を向かない。上手い生き方だ。夜千代はそれでいいのだ。


 授業が終わり、今日も帰るだけだ。なんとなく眠たいので、学校に備えられた自販機でコーヒーを買い、一気飲みする。時には贅沢も必要だ。人間は機械じゃない、感情のコントロールが大事だ。


「ちょっと」


 声がかけられる。女の声。


 だが、夜千代は無視して歩き出す。知らんことだ。


 声をかけた女が夜千代の肩を掴んできた。


「おい、呼んでんだろ!」


「ああ、私です?」


 一応は下手に出る。声がかけられた用件は多すぎて検討もつかない。困った事だ。

 振り返ると、5人の女子生徒がいた。見た顔は無い。


「お前、朝シュンの告白断ったらしいじゃんか!ざけてんの?」


「シュン君の顔に泥塗ったんだ、詫びろよ」


「……」


 黒咲は飲み終わった缶コーヒーを落とし足でグシャッ、と踏み潰した。いきなりの出来事に、女子生徒たちは狼狽える。


「な、なんだよ……」


 怯みつつも先頭の女子生徒が言った。黙ってろカス。


「対面しましょか。5対1。負けた方が屋上から逆さ吊りの刑な」


「は?」


「じゃ、始まり。「流転」せよ」


 夜千代は踏み込む。そして先頭の女子生徒の腕を掴むと、そのまま地面に軽く押さえ込む。女子生徒の体はいとも簡単に地面に倒れふした。


「え……」


 相手の女子生徒は全員何が起こったか分からない、という表情をしている。まだ分かってないのか、頭の回転が遅いな、コイツら。


 これは強者から弱者へのいじめだ。


「あと4人」


「ヒッ……」


 夜千代が掴んでいた腕を離すと、5人は全員死に物狂いで逃げていった。力でねじ伏せる。上下関係を分からすには一番手っ取り早い方法だ。


 夜千代が帰る準備をしようと下駄箱へ向かうと、ウィィン、と携帯のバイブが鳴った。画面を見やる。そこには「黒咲くろさき枝垂梅しすい」と表示されていた。


「もしもし、早くないかよじーちゃん」


 『すまんな、夜千代。仕事じゃ』


 夜千代は用件を聞くと、直ぐに携帯を閉じた。また、めんどくさい事が始まる。

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