智子(としこ)内親王
「あの方は、どなたなのかしら」
智子の胸には、いつの頃からか、その姿が焼きついて離れない御方がいた。
御所の庭に淡い陽が差し、空薫物の香がほのかに漂う昼下がり。御簾の隙間から見える庭を、端正な佇まいの公達がゆるりと横切ってゆく。
その御方は、遠目にもいつも手に書を携えておいでだった。
ある日のこと。
智子が廊下を通りかかると、部屋の奥から女房たちの少し浮き立った声が漏れ聞こえてきた。
「……さまは、いつも難しい漢籍ばかりお読みになって」
「まこと。歩きながらでも書から目をお離しにならない、何とも生真面目な御方でいらっしゃるもの」
「うるわしき御容貌なれど、他の公家衆のように軽口ひとつお叩きにならないとは、いささか物足りなく存じますわ」
そこに、智子が不意に姿を現した。
「何のお話をなさっているの。
漢籍がどうとか聞こえたけれど……
新しい御本でも手に入りましたか」
無駄口を叩いていたと咎められるのではと恐れた女房たちは、一瞬にして色を失い、慌てて取り繕った。
「あ、いえ!
今日も主上のお召しで公家衆が多く参内なさっておりますね、と……。
このところお忙しそうでございますね、と話していたばかりでございます」
あからさまにはぐらかされてしまった。けれど、智子の胸には確信があった。
白粉の香を漂わせて形ばかりの雅を競うような、線の細い他の公家衆とはまるで違う。
女房たちが「気真面目すぎる」と笑うその御方こそ、自分が御簾の隙間から見ていた、あの公達に違いない。
はぐらかされた言葉の破片を繋ぎ合わせ、彼の鋭い目元や、書に向き合う骨太な知性を頭の中で思い描く。
(あの方となら、漢籍の深奥について語り合えるであろうに――)
届かぬ距離にあるその横顔を、さも間近で見ているかのように心に映しては、胸を焦がす。
それだけが、禁裏の奥深く、外の世界を知らぬ内親王の智子に許された、唯一の恋の形だった。
胸に宿った、淡く切ない恋心。
けれども、端近に寄って御簾越しにその姿をまじまじと見つめることも、周囲の女房たちに名を尋ねることも、智子には許されなかった。
智子は、今上帝である桜町天皇の皇女――あまりにも高貴すぎる、内親王という身分だったから。
天皇の娘が臣下や傍系の宮家へ嫁ぐことは、原則として許されない。
それがこの時代の、禁裏の習いだった。
格式が高すぎるがゆえに、誰もが畏れ多くて妻に迎えられないのだ。
「あなたさまは天皇の娘、内親王でいらっしゃいます。宮家に嫁ぐなどあってはなりません。いずれはしかるべき尼門跡にお入りになり、仏に仕えるお身の上なのですから」
幼い頃から、周囲の大人たちにそう言い聞かされて育った。
ただ、例外がまったくないわけではない。父帝が崩御された後に、特例として宮家へ輿入れした例も稀にはあった。
智子が姉のように慕っている叔母・成子内親王が、まさにその一人だった。
智子が九歳の年。
成子内親王は二十歳で、閑院宮家の典仁親王のもとへ降嫁された。
婚儀の末席への参列を許された智子の目に、美しい十二単を纏った成子の姿が焼き付いていた。
(でも……私に、あのような日は決してやってこない)
幼いながらも、智子は分かっていた。成子叔母様の降嫁は、宮廷の様々な思惑が重なり合って生まれた「例外中の例外」なのだと。
智子が七歳の時、同母の姉・盛子内親王が亡くなった。三歳違いの仲のよい姉を失い、泣き崩れる智子を優しく慰めてくれたのが成子だった。
「智子さん、泣かないで。これからは私を姉だと思ってちょうだい」
「成子叔母様……」
十歳年上の成子は、智子にとって憧れのお姉さまそのものだった。
ある時、智子は成子に尋ねたことがある。
「叔母様も、もう何年かすれば尼寺にお入りになるのですか。叔母様まで御所からいなくなってしまわれたら、私は寂しゅうございます」
「どうなのかしら。私にも分からないわ。おじい様(中御門上皇)が崩御されてからご不幸が続いているし、お仕度も滞っているから…」
成子は寂しげに微笑むだけだった。
そんな会話を交わして間もなく、閑院宮家への御降嫁が正式に宣下された。
それまでの沈滞した空気を吹き飛ばすように、宮中は一転して華やぎに包まれる。
誰もが浮き立つその祝祭の最中、智子は母である二条舎子に呼び止められた。
「智子。もしこの度の婚儀を見て、自分もいつか誰かに嫁げるかもしれないなどと、淡い夢を抱いているのなら、今のうちに捨てなさい」
「母上……」
「この度は、主上(桜町天皇)の格別のご叡慮によるもの。
成子さんには、閑院宮家に入らねばならぬ重いお役目がある。ただ美しく着飾って輿に乗るわけではないのですよ。分かりますか」
「はい」
と、答えたものの、智子がその言葉の本当の重さを知ったのは、ずっと後のことだった。
「そなたはこれまで通り身を慎み、しかるべき時が来れば髪を下ろす身と心得て、日々を過ごしなさい」
母の言葉は刃のように鋭く響いたが、それは娘が酷な現実に直面して傷つかぬよう、あえて先んじて打った慈悲の楔であった。
だからこそ、あの庭で見かけた公達への秘めた想いも、誰にも明かせぬまま胸の奥深くへ埋めるしかなかった。
やがて――あの凛々しい公達の正体が、七歳年上の典仁親王であると知る。
智子は心の中で、そっと長い溜息をついた。
(あの方は、成子叔母様の旦那様だったのだ……)
しかも典仁親王の閑院宮家は、当時、創設されたばかりの新興の宮家。
四親王家の中でも最も序列が低かった。
たとえ智子がのちに「先帝の内親王」という立場になったとしても、直系の長女である智子の結婚相手に、閑院宮の名が挙がる可能性など万に一つもなかった。
では、なぜ成子内親王は閑院宮に降嫁したのか。それこそが、朝廷と幕府のみが知る、皇統護持の秘事――内親王の血による宮家の格上げだった。
万が一、天皇直系の血統が途切れた時に備え、今上帝に近い血を引く男子を閑院宮家に誕生させる。成子は、その命を帯びて嫁いだのだ。
ところが、成子内親王と典仁親王の間には、八年が過ぎても子に恵まれなかった。
ふたりは苦悩の末に側室を迎え、九年目にしてようやく男子(のちの慶仁親王・光格天皇の兄)を得ることとなる。
口に出すことも、心に秘めることさえ許されない、あまりにも遠い叶わぬ恋。自分の行く末は、静かな尼寺で髪を剃り落とすこと。
誰もが、そして智子自身もそう信じて疑っていなかった。
智子は、御簾の向こうの庭に、もう人影のないことを確かめると、そっと目を伏せた。
――後に、日本史上最後の女帝「後桜町天皇」として皇位に就くことになろうとは。このときの智子は、知る由もなかった。
◇
尼寺へ入る準備を進めていた智子の御殿は、世間の喧騒から切り離されたように静まり返っていた。
すべてが暗転したのは、宝暦十二年(一七六二年)七月のこと。
異母弟である主上――桃園天皇が突然の病に倒れた。まさかそのまま身罷られることになろうとは、誰も予想していなかった。主上はまだ、二十二歳の若さだったのだから。
その静けさがにわかに破られ、バタバタと廊下を駆ける激しい足音が響く。灯明の火が揺れ、女房たちの衣擦れの音さえ慌ただしく乱れる。御殿全体が、ただならぬ不穏な空気に包まれた。
先触れも待てぬかのように、慌ただしく御簾を掲げて姿を現したのは、母の青綺門院であった。
「智子。たった今、主上がお隠れになりました」
「えっ……まさか。これからお見舞いに参じようと準備をしておりましたのに……。なんと、急な……」
あまりに突然の崩御であった。側に控えていた女房が、思わずといった風に口走る。
「つい先日まで御健やかにあらしゃったのに、お倒れになったのも不可解にございました。御隠れになられるとは、まこと病にてあらしゃったのでしょうか」
「滅多なことを口にするでない」
青綺門院が鋭く窘めた。
智子の目から、堪えきれぬ涙がこぼれ落ちる。母は娘の涙を指先で拭ってやりながらも、厳しい声で告げた。
「泣いている暇はありません。主上はそなたに跡を継げと、ご遺言を残されました。今、江戸へ秘密の早馬を走らせています。幕府の正式な許可が出るまで、主上が崩御されたことは絶対に伏せねばなりません。
ですが……明日から、この国の主はそなたなのです」
差し出されたのは、墨の跡も生々しい桃園天皇の遺言書だった。
学問への情熱も、淡い恋心も、すべてを尼寺の静寂の中に埋めて生きるはずだった。それなのに、智子の両手に、突如として日本国の命運が握らされたのだ。
(女でありながら、日本の主になる……。私にできるのだろうか。導いてくれる人もいないのに、どうやって)
御簾に遮られた向こう、御所の庭では、じっと息を潜めた公達たちが慌ただしく走り回っている気配がする。その中に、あの典仁親王もいるのかもしれない。
智子は視線を戻すと、溢れる涙を懐紙で拭った。次に顔を上げたとき、その瞳に宿っていたのは、悲哀ではなく静かな闘志の炎だった。
智子は深く、長く息を吐いた。
膝の上で震えていた両手を、ゆっくりと、しかし強く握りしめる。
震えが止んだのを確かめてから、智子は静かに口を開いた。
「母上さま。父上さまが遺された日記と、朝廷の年中行事をまとめた記録があるはずです。それをすべて、私にくださいませ。
それと、歌道と漢学の一流の師を、すぐにでもつけていただきたく存じます。歌道は有栖川宮さま。漢学は、五摂家からお一人、幕府寄りのお方お一人、それに私の即位に最も強く反対するであろう方々からお一人お選びくださいませ」
「智子、そなた……それは、なりません。五摂家はともかく、幕府寄りの者や反対派から師を選べば、なお朝廷が混乱するは必至」
「いいえ。先帝は側近だけをご信頼なさるあまり朝廷を二分し、幕府とも対立してしまわれました。歴代の帝が築かれたこの国の安寧を、私の代で乱すわけにはまいりません。同じ過ちを、繰り返してはならないのです。
どれほど難しかろうと、どこからも異論の出ぬ道を辿らねばなりません。できるはずです。すべては、この国と民の安寧のためなのですから」
数日後、智子の机の上には、父・桜町天皇が遺した膨大な日記の束が積み上げられていた。
埃ひとつない美しい表紙。それを撫でる智子の指先が、微かに震える。
幼い頃、父の傍らでこの日記の文字を熱心に追っていたとき、父帝は智子の頭を優しく撫でながら、寂しげに笑って言ったのだ。
『智子よ。そなたが男子であったならば、
迷わずこの国を譲ったであろうものを』
その言葉の意味が、当時はまだ分からなかった。ただ、智子の記憶に深く刻まれただけだった。
だが、父帝が崩御された後、漢学の書を紐解いたとき、その言葉が不意に蘇ったのだ。
父が自分を認めてくれていたという嬉しさと同時に、襲ってきたのは強烈な絶望だった。
どんなに学問を修め、朝廷の行く末を案じたところで、自分は女なのだ。いずれは髪を切り、尼寺の門跡として静かに生涯を終える身。たとえ溢れる才があろうとも、知識への飽くなき渇きを覚えようとも、すべては「余計なもの」にすぎない。
だからこそ智子は、その才能も、彼の人への淡い恋心とともに、尼寺の静寂の底へと深く、深く埋めて生きていくと心を定めたのだ。
だが、運命は智子を放っておかなかった。
回想を破るように、智子は静かに日記を開いた。目に飛び込んできたのは、父の力強い筆跡。
(――もう、隠す必要も、諦めることもないのですね、父上)
埋めていたはずの「欲」が、激しい熱を帯びて体中を駆け巡る。それは、卑しい権力への欲ではない。
かつて、持統女帝は日の本の礎を築かれた。はるか古代、男たちの戦で乱れた国を鎮めたのは、倭王・卑弥呼であったという。
(私もまた、父の遺志を継ぎ、この国を、朝廷を、断固として守り抜いてみせる)
それは、気高い「帝王の欲」であった。
(女だからと侮る男たちよ。私を認めさせるのではない。ただ、かつてこの国の平穏が卑弥呼にしか成し得なかったように、私に跪くほかないと思えるほどの、圧倒的な帝王の姿を見せつけてやろう)
智子の細い指が、力強く次の頁をめくった。




