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神殺しの英雄  作者: トネヌ
第一章 『2人目の英雄』
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第九話 「選ばれた希望」

「アテネ……さん、」

 フェルギアはその名前を、少しだけ間を置いて繰り返した。

「そうだ。ところで君は……17番だったかな?」

 アテネが赤い瞳を細めながら尋ねる。

「はい……」

 フェルギアは少し緊張しながら頷いた。

 するとアテネは、ほんのわずかに真剣な表情になる。

「そうか。なら一つ聞いておきたいんだが……君は転生者だろう? 死んで生き返る間にどんなことがあったんだ?」

「……あ、え?」

 フェルギアの目が点になる。

「転生者ってなんですか?」

「……まさか知らないのか……?」

 アテネが少しだけ眉をひそめた。

「転生者っていうのは……」

「アテネさん! 治療完了しました!」

 途中で、近くの職員から声が飛ぶ。

 アテネはそちらへ軽く視線を向けた。

「……あぁ、わかった」

 短く返事をしてから、再びフェルギアへ向き直る。

「……悪い、ちょっとここでは説明できそうにない。まぁ……自分で調べてくれ」

 そう言って、アテネはひらひらと片手を振った。

 長い赤髪のポニーテールが揺れる。

 そのまま迷いなく踵を返し、職員たちの方へ歩いていった。

「……なんだったんだ……」

 フェルギアはぽつりと呟く。

 “転生者”。

 聞き慣れない単語が頭の中へ引っかかったままだった。

 その後。

 フェルギアはもう少し休憩していたかったのだが、他の試験者たちが移動を始めたため、仕方なく立ち上がる。

(こいつらがナビゲートしてくれないと迷子になるしな……)

 フェルギアは地下通路の複雑さを思い出し、若干顔をしかめながら他の試験者たちの後ろについて歩き始めた。

通路を歩く四人。

 試験前とは違い、人数は減っていた。

 そして――1番を除いた全員の顔が、疲弊しきっている。

 7番は未だに顔色が悪く、壁へ手をつきながら歩いていた。

 20番も腕を回しながら、「クソが……」と小さく悪態を吐いている。

 フェルギア自身も、精神的な疲労が限界に近かった。

(そりゃそうだよな……)

 重い足取りで歩きながら内心で呟く。

(死にかけたし……)

 そして視線は自然と先頭へ向いた。

(ってか本当に先頭のあいつはなんなんだよ)

 もちろん、1番のことだった。

 彼だけは違う。

 試験が終わった今も、呼吸一つ乱していない。

 平然とした顔で、まるで何事もなかったかのように通路の先頭を歩いている。

 背筋も真っ直ぐ。

 歩幅も一定。

 地下迷宮みたいな複雑な通路を、迷いなく進み続けていた。

(怖ぇんだよな普通に……)

 フェルギアは少しだけ肩をすくめる。

 そんなことを考えているうちに、四人は無事地下通路を抜け、元の待合室へ戻ってきた。

「……ふぅ」

 フェルギアは小さく息を吐く。

 静かな空気。

 ソファー。

 明るい照明。

 さっきまでいた鉄臭い試験場とは全く違う。

 それだけで、どこか安心感があった。

(なんかもう頭痛してきた感じする……)

 フェルギアはふらつきながらソファーへ腰を下ろす。

(帰りてぇ……帰る家ないけど)

 その瞬間。

 思い出してしまった。

 帰れない理由。

 家がない。

 死んだから。

 宿にも泊まれない。

 金がないから。

(……金がない……から……)

 フェルギアの思考が止まる。

 そして。

「――っ」

 直後、目が大きく見開かれた。

かね

!!)

 脳内へ勢いよく響き渡る。

(そうじゃん!! あーくっそ、なにしてんだ今日のうちにリベリオンにつかねぇと詰むじゃねぇか!! いや内定きつそうだけど……!!)

 フェルギアは再び頭を抱えた。

 ソファーの上で小さく唸る。

「うぅ〜……」

 完全に情緒がジェットコースターだった。

 すると、その時。

「あの……なにかお困りでしょうか?」

 不意に声をかけられる。

 フェルギアが顔を上げる。

 そこには、スーツ姿の男が立っていた。

 年齢は四十代くらいだろうか。

 黒髪を綺麗に整えた、落ち着いた雰囲気のおじさんだった。

 綺麗に整えられたスーツ。

 口元には髭が生えている。

 だが不思議と不潔感はなく、むしろ妙な清潔感すら感じる顔立ちだった。

「え? ……初対面の人に話すようなことでもないんですが……」

 フェルギアは少し警戒しながら返す。

「はい」

 男は特に急かすこともなく、静かに頷いた。

 その落ち着いた態度に、フェルギアは少しだけ視線を逸らす。

「その……今日所属試験を受けたんですけど、俺今、職なし金なし家なしの最悪三点セット状態でして……」

「なるほど……」

 男は表情を変えないまま頷く。

「では、今日のうちに合否をお伝えすればよろしいんですね?」

「……え?」

 フェルギアが目を瞬かせた。

「いや、まぁ確かにそうなったらありがたいですけど……」

「なら……そうしましょう」

「は?」

 あまりにも自然に返され、フェルギアの思考が止まる。

 男はそれ以上何も言わず、踵を返した。

 そのまま受付の方へ歩き出す。

「ちょっ、なんでそんなことが!」

 フェルギアが慌てて背中へ向かって声を飛ばす。

 すると男は一度だけ軽く振り返った。

 そして。

「私は、リベリオンの中でも少しだけ位が高いんです」

 静かな声だった。

 それだけ言うと、男は再び前を向き、そのまま去っていく。

「……もう……意味わかんねぇ……」

 フェルギアは呆然と呟いた。

 そして力が抜けたように、ソファーへ勢いよく座り込む。

 柔らかいクッションが大きく沈んだ。

 男は受付の机へ片手を置き、何かを話していた。

 だが距離があるせいで、会話の内容までは聞こえない。

 受付側も真剣な顔で頷いている。

「……いいこと……なんだよな……?」

 フェルギアは若干不安になりながら呟いた。

 ───

「……よろしいのですか?」

 受付が少し戸惑ったように問い返す。

「今日は特例だ。そうしないと私たちは、自分で掴める希望を捨てることになる」

 低い声。

 だが迷いはなかった。

「……? では、本日中にいたします」

 受付は完全には理解できていない様子だったが、とりあえず了承する。

「助かるよ、ありがとう」

 男は穏やかにそう言うと、机から手を離した。

 そして静かに踵を返す。

「試験番号17、フェルギア・バーンライト君。君には悪いことをしたよ」

 誰にも聞こえないほど小さな声。

 独り言みたいに呟く。

「だってあのロボットは、私が出したからね」

 ───

 そして三十分ほどが経過した。

「……」

 フェルギアはソファーへ深く座ったまま、ぼんやりと天井を見つめていた。

 精神的疲労が酷い。

 もう何も考えたくなかった。

 すると不意に、待合室へアナウンスが響く。

『試験番号1番、7番、14番、17番、20番の試験者様』

 フェルギアの瞳が少し動く。

『合否をお伝えする準備ができましたので、再び試験会場へお越しください』

「……うわ、きた」

 フェルギアは顔をしかめながら、小さく呟いた。

 フェルギアは「はぁ……」と小さくため息を吐きながら、渋々立ち上がった。

 すると相変わらず、1番と20番が真っ先に動き出す。

 1番が先頭。

 その後ろへ20番が続く。

 まるで自然に役割が決まっているみたいだった。

 少し遅れて、7番も20番の後ろにつく。

 そして最後にフェルギアが歩き出し、一番後ろへ並んだ。

 結果、綺麗に縦一列の隊列みたいな形になる。

(というか五人呼ばれてたけど……)

 フェルギアは歩きながら眉をひそめた。

(一人、気絶してたよな? 大丈夫なのか?)

 脳裏に浮かぶ。

 頭から血を流し、壁際へ倒れていた14番の姿。

 そして同時に思い出す。

 青い液体を垂らされ、一瞬で治った自分の足。

(まぁ……なんとかなるんだろうな)

 フェルギアはそれ以上考えるのをやめた。

 正直、今日はもう脳が限界だった。

 これ以上深く考えるのも面倒臭い。

 そう無理やり納得しながら、地下通路を歩き続ける。

 ───

 そして。

 四人は再び、試験会場前の巨大な扉へ到着した。

 鈍い銀色の二枚扉。

 1番が無言のまま手を伸ばす。

 その瞬間だった。

 コツ、コツ、と後方から足音が響く。

 四人が一斉に振り返る。

 そこにいたのは――14番だった。

 頭へ白い包帯が巻かれている。

 だが、自分の足でしっかり立っていた。

(そうやって来るのかぁ……)

 フェルギアは妙に納得したような顔になる。

フェルギアは内心でツッコミを入れる。

(ってか包帯巻いただけかよ……これが医療班を使ってまでやった治療なのか?)

 頭を強打して気絶していた割に、見た目はかなり普通だ。

 もちろん顔色は少し悪い。

 だが、それでも“死にかけた人間”には見えなかった。

 フェルギアがそんなことを考えている間にも、1番は既に扉へ手をかけていた。

 ゴゴゴ……。

 鈍い駆動音。

 重厚な二枚扉が、ゆっくり左右へ開いていく。

(あぁそうだ……合否を伝えてもらいたくてここに来たんだった)

 危うく目的を忘れかけていた。

 フェルギアは軽く頭を振り、気持ちを切り替える。

 そして五人が試験会場の中を覗いた、その瞬間――。

「……」

 そこに立っていたのは、赤髪の少女。

 高い位置で結ばれたポニーテール。

 白を基調とした巫女風の衣装。

 腰には長い刀。

 そして今は、その鞘へ収まった刀の柄へ静かに手を添えたまま、壁際で待機していた。

 アテネだった。

(あんたかい)

 フェルギアの眉がぴくりと動く。

 納得できるような。

 できないような。

 なんとも言えない感覚だった。

 確かに、この場へいる人物としては違和感がない。

 むしろ強すぎるくらいだ。

 だが同時に、“最高戦力”が普通に試験会場で待機している状況もどうなのかと思う。

 フェルギアは複雑な顔のまま、小さく息を吐いた。

(まぁ……今さらか)

 もう、この世界にツッコミを入れるのにも疲れてきていた。

 そして五人は、そのまま試験会場へ足を踏み入れる。

 鉄の床を踏む音が、静かな空間へ小さく響いた。

「…全員いるか?」

 静かな声が、試験会場へ響く。

 アテネは壁際へ立ったまま、五人をゆっくり見渡していた。

 鋭い赤い瞳。

 まるで一人一人を値踏みするみたいな視線だった。

 だが、その問いへ返事をする者はいない。

 1番は無言。

 20番は腕を組んだまま鼻を鳴らしている。

 7番はどこか遠い目をしていた。

 14番は不機嫌そうに眉を寄せている。

 フェルギアも、なんとなく返事をする空気ではない気がして黙っていた。

 するとアテネは小さく息を吐く。

「…では、全員いるという体で話すぞ」

 その瞬間。

 彼女の雰囲気が変わった。

 先ほどまでの柔らかい空気が消える。

 代わりに現れたのは、“リベリオン最高戦力”としての圧だった。

 場の空気が自然と張り詰める。

 アテネは一枚の端末らしきものへ目を落とし、淡々と告げた。

「1番、合格。今日から2級としてリベリオンへ入ってもらう」

「…思い通りっていうのは、結構つまらないもんだね」

 1番が淡々と呟く。

 感情の薄い声。

 まるで合格することが最初から分かっていたような口ぶりだった。

(何言ってんだ、あのロボットにまともな傷もつけられなかったくせに)

 フェルギアは真顔でそんなことを考える。

 脳内では、巨大なブーメランが1番の後頭部へ突き刺さっていた。

 しかも勢いが強すぎて血まで出ている。

 もちろん想像上なので問題ない。

 アテネはそんな空気など気にせず、次の名前を読み上げる。

「次に7番、不合格」

「分かってさ……分かっていたとも……僕には早いんだって……」

 7番は肩を落としながら、ぶつぶつと呟いた。

 目の下の隈がさらに濃く見える。

 試験中の情けない悲鳴を思い出し、フェルギアは内心で頷いた。

(納得だなぁ)

 かなり納得だった。

 アテネは続ける。

「次に14番、不合格」

「合格しても来ないわよこんな場所!」

 14番は即座にそっぽを向いた。

 ぷいっと顔を背け、腕を組む。

 だが。

 耳が少し赤い。

 悔しいのだろう。

 あれだけ冷静に戦っていた人間だ。

 プライドも高いに決まっている。

 フェルギアはそんな14番を見ながら、なんとなく苦笑した。

(多分この人は、黒いロボットとの戦いで気絶しちゃったのが大きいんだろうなぁ)

 フェルギアはぼんやりそんなことを考える。

 もし、あの黒いロボットが現れなかったら。

 結果は違っていたのかもしれない。

 だが、試験は結果が全てだ。

 途中経過など関係ない。

 フェルギアがどこか上の空でそんなことを考えている間にも、アテネは淡々と合否を進めていく。

「次に17番」

(あぁそっか、次俺じゃん)

 フェルギアの肩がぴくりと揺れた。

 急に現実へ引き戻される。

 心臓が嫌な音を立て始めた。

 アテネは端末から目を離し、真っ直ぐフェルギアを見る。

「合格。今日から2級としてリベリオンへ入ってもらう」

「…は?」

 フェルギアの口がぽかんと開く。

「え? 合格? しかも二級?」

 完全に予想外だった。

 いや、合格だけならまだ分かる。

 ギリギリ可能性はある。

 だが二級。

 それは試験説明に書かれていた“最高階級”だ。

 つまり――最高評価。

 フェルギアの脳が、一瞬処理を拒否した。

 するとアテネが小さく眉をひそめる。

「…不満か?」

「いやあの……過大評価では……?」

 フェルギアは引きつった笑みを浮かべながら答えた。

 どう考えてもおかしい。

 自分は最後の方、ほぼボコボコにされていた。

 黒いロボットへまともなダメージも通せていない。

 なのに最高評価。

 意味が分からない。

 だがアテネは即座に返す。

「今日の試験を担当した試験監督者は、全員歴二十年以上のベテランだ。狂いはない」

「???」

 フェルギアの思考が完全に停止した。

 頭の上へ大量の疑問符が浮かぶ。

 納得できない。

 全くできない。

 だが、アテネはそんなフェルギアの混乱など気にも留めず、最後の結果を読み上げた。

「最後に20番、合格。今日から5級としてリベリオンへ入ってもらう」

「…ま、最底辺からのスタートも悪かねぇよな」

 20番はニヤリと笑いながら肩を回した。

 不満そうな様子はない。

 むしろ楽しそうですらあった。

 フェルギアはそんな20番を横目で見ながら、まだ現実感のないまま呆然としていた。

(いや……二級って…無茶苦茶だな……)

 頭が追いつかない。

 今日だけで人生が変わりすぎていた。

「…以上で合格発表を終了する。次に……」

 そこで。

 不意に、アテネが深く息を吸った。

 そして次の瞬間――。

 彼女は大きく頭を下げた。

「…不測の事態とはいえ、試験者を死の危険に晒してしまった。誠に……申し訳ない」

 静かな謝罪。

 試験会場の空気が、一瞬で変わる。

「……」

 誰も声を出さない。

 ……いや。

 出せなかった。

 目の前にいるのは、リベリオン最高戦力。

 圧倒的な強者。

 そんな存在が、ここまで真っ直ぐ頭を下げるとは思っていなかったからだ。

 アテネは頭を下げたまま続ける。

「君たちには後に慰謝料が送られる。これで許してくれとは言わないが……どうか、憎むだけにとどめてほしい」

 謝罪が終わっても、アテネはまだ頭を上げない。

 その姿には、誤魔化しも言い訳もなかった。

 本気で責任を感じているのが伝わってくる。

 だからこそ。

 フェルギアは逆に困っていた。

(うーん……今考えるべきことじゃねぇのは分かってるんだけど……分かってるんだけどさ……)

 内心で激しく葛藤する。

 そして。

(慰謝料のおかげで金ゲット! これで寝床も用意できるぜ! ってすごい喜びたい……)

 最低だった。

 いや、でも仕方ない。

 フェルギアは今、職なし金なし家なしの三重苦である。

 生きるためには金が必要なのだ。

 倫理観と現実が激しく殴り合っていた。

 だが、その空気を切り裂くように――。

「ふ……ふざけないでよ!」

 14番が突然叫んだ。

 その声は震えていた。

 怒り。

 悔しさ。

 恐怖。

 全部が混ざっている。

 14番は拳を握り締めたまま、アテネを睨みつけた。

「あんな、すぐ死んでもおかしくないような場所に放り込んで! お金だけあげて、はいおしまいなんて許されるわけないでしょ!」

 声が会場へ響く。

 それは、多分。

 ここにいる全員が一度は思ったことだった。

 実際、あと少しズレていたら死人が出ていた。

 14番自身だって、本当に危なかったのだ。

 だが。

 アテネは言い返さなかった。

「…返す言葉もない」

 ただ静かに、そう答える。

 頭を下げたまま。

「あんただってねぇ! そんなに強いなら――」

「やめろ、見苦しい」

 低い声。

 14番の言葉を遮ったのは、フェルギアだった。

「……っ」

 14番の顔が驚きで固まる。

 まさか止められると思っていなかったのだろう。

 彼女は目を見開いたあと、すぐに眉を吊り上げた。

「はぁ!? あんただって納得できないでしょ!?」

「あぁ、納得はしてない」

 フェルギアは即答した。

 迷いはない。

 実際、納得なんてできるわけがない。

 死にかけた。

 本当にあと少しで誰か死んでいた。

 恐怖だって、まだ身体へ残っている。

 だが。

「なら!」

 14番が言い返そうとした瞬間。

 フェルギアは静かに続けた。

「なら、ロボットの問題の責任はアテネさんが背負うものか?」

「ぐっ……!」

 14番の言葉が詰まる。

 フェルギアはアテネへ一瞬だけ視線を向け、それから再び14番を見た。

「アテネさんが、あのロボットを試験会場へ出したなら、責任はアテネさんのものだ」

 淡々とした口調。

「だが……お前はアテネさんがそんなことをする人間だと、本気で思うのか?」

「……何が言いたいわけ?」

 14番の声から勢いが少し消えていた。

 怒りはある。

 だが、感情だけでは押し切れなくなっている。

 フェルギアは小さく息を吐いた。

「責める相手を間違えるなって話だ」

 その言葉が落ちた瞬間。

 試験会場が静まり返る。

 14番は悔しそうに唇を噛み、視線を逸らした。

 フェルギア自身だって、別にアテネを庇いたかったわけではない。

 ただ。

 彼女が本気で謝罪していることだけは、見れば分かった。

 だからこそ、違うと思ったのだ。

 すると。

「…気持ちはありがたいが、やはりこちらが全面的に悪い。謝罪ならいくらでもしよう」

 アテネが静かに口を開いた。

 その声に、誤魔化しはない。

 責任から逃げる気も。

 言い訳をする気も。

 一切感じられなかった。

 フェルギアはそんなアテネを見ながら、少しだけ困ったように頭を掻いた。

 その姿を見て、フェルギアは少しだけ目を細めた。

「俺らは、謝罪が欲しくてここに来たわけじゃありません」

 フェルギアはアテネを真っ直ぐ見ながら言った。

 試験会場の空気が静まる。

「それは、あなたも分かっていることのはずです」

「……」

 その瞬間。

 ようやくアテネが顔を上げた。

 赤い瞳が、わずかに揺れる。

 そして数秒後。

「…ありがとう」

 アテネが小さく微笑んだ。

 今まで見せていた“責任者としての顔”ではない。

 もっと自然な。

 本心からの笑顔だった。

 その空気を壊すように。

「ヒーロー気取りか?」

 20番がニヤつきながら口を挟んだ。

 巨大な身体を揺らし、面白がるようにフェルギアを見る。

 フェルギアは小さく肩を竦めた。

「お前がそう思うなら、それでいいよ」

 投げやり気味の返答。

 実際、自分でも何を言っているのかよく分かっていなかった。

 ただ。

 あそこでアテネだけ責められる空気が、なんとなく気に食わなかっただけだ。

「もう……なんで……こう……」

 14番が唇を噛み締める。

 拳が小さく震えていた。

 怒りなのか。

 悔しさなのか。

 あるいは感情のやり場が分からないのか。

 彼女自身も整理しきれていないようだった。

「…帰りたい……」

 7番が死にそうな顔で呟く。

 肩は落ち切り、完全に魂が抜けかけていた。

 そんな中。

「……」

 1番だけが、静かに目を細めていた。

 その視線は、フェルギアへ向けられている。

 無表情。

 だが、何かを観察するみたいな目だった。

 フェルギアはその視線に気づき、少しだけ眉をひそめる。

(なんだよ……)

 妙に見られている気がした。

 だが1番は何も言わない。

 ただ静かに、フェルギアを見つめ続けていた。

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