32話 白と人魚と海底王国(後編)
人魚族の女王様から依頼を受けた白は、レムトーラに居る間自分の使用人になってくれるレインに、拠点となる場所まで案内された。
「白様、こちらになります。」
「割と広いし、綺麗だね。」
最初はどっかの宿か城の一室だと思ったけど、一軒家を用意してもらえるとは。
王城から少し離れた場所にある平屋に案内された白は、レインに促されるまま家に入った。
「こちらに用意されている物はご自由にお使いください。それと、私が家事を担当させていただきます。」
「助かるよ。それでさ、ちょっと気になったことがあるんだけど…レイン、なにかあったの?」
「へ!?い、いや白様に気にしていただくようなことでは...」
「話したくないなら無理に聞いたりはしないけどさ、私でなんとかできることならしてあげたいし、よかったら話してよ。」
話せないことじゃないけど、白様はこの国を救ってくださるお方。
これ以上負担になるようなことは避けた方が…でも白様が聞きたいとおっしゃっているわけだし…
少し考えながらも、ここで断ると逆に失礼に当たるので話かと考えたレインは、白に話すことにした。
「これは私個人のことなのですが、それでもよろしいのですか?」
「うん、全然いいよ。私はレインに笑顔でいてほしいからね。それに、なんかほっとけない感じがするんだよね。妹みたいな感じ?」
「白様より私の方が年上ですが、白様の妹にでしたらなってもいいかもしれませんね。」
「それじゃあ私の妹レイン、お姉ちゃんに何があったか教えてくれる?」
妹が増えたことに喜んでいる白に、レインは自分の身に会ったことを話し始めた。
ー数年前ー
港町の南側にある森には、立ち入り禁止とされている入り江があった。
朝焼けの空が見える中、1人の人魚族はその入り江で歌を歌っていた。
「いい歌だね。」
「ひゃっ!?」
突然かけられた声に驚き水の中に体を隠し、顔だけを出した人魚族の目線の先には、暗い顔をした男性が立っていた。
「えっと...あなたはどうしてここに?」
「俺は逃げて来たんだよ、港町からな。ここは立ち入り禁止になってて、1人でいられると思ってたんだけどな。まさか誰かいるとは思わなかったよ。」
人魚族に対してその男性は、生気のない目でダルそうにしながら答えた。
何があったのか、それについて聞いてもいいのか、でも自分の関わることではないんじゃないかと人魚族は思ったが、このままではいけない気がして聞いてみることにした。
「そんな暗い顔してどうしたの?あなた悪い人じゃなさそうだし、何かあったら私が話聞いてあげるよ?」
「そうだな、俺はここから北にある港町で船大工の仕事をしてるんだけど、うまくいかなくてな。物覚えが遅くて力も強くない俺には肉体労働なんてあってないってのは分かってるけど、父親の紹介でさ、断れなかったんだよ。案の定毎日のように“作業が遅い”とか“こんなこともできないのか”って怒られたり暴力とかも当たり前で、何のために生きてるのかわからなくなってさ。さっきは逃げて来たとか言ったけど、本当は自殺するつもりで来たんだよ。まぁ、君の歌を聞いたおかげで今はそう思ってないけどね。」
この入り江に来た時よりは暗くなくなった表情を見て人魚族の少女は安心した。
私も何かあったときは友達とかに話したりするし、やっぱり人に話すと少し楽になるよね。
「私の歌が助けになったならよかった。ところで、あなたの名前は?私はレインだよ。」
「俺はラウト。...こんなこと言うのは恥ずかしいんだけど、またここに来てもいいかな?」
「うん、この時間帯ならほぼ毎日来てるし、また会おう!約束。」
「ありがとう、また明日会いに来るよ。」
レインもまた会いたいと思っていたため、約束を交わすとラウトは照れくさそうにしながらも初めて笑みを浮かべて見せた。
それからも毎日のように会い続け、次第に二人の距離は縮まっていき、数か月が経った頃だった。
「レイン俺さ、今の仕事辞めて別の仕事に就いたんだよ。」
「お~良かったじゃん。それで、どういう仕事なの?」
「情報屋っていう、各地を周っていろんな情報を集める仕事で、俺が船大工やる前に少し働いてた所で、そこのルカ先生に次の就職先について相談してたら、“もう一回うちで働いてみない?”って言われてさ、そこで働くことにしたんだよ。」
「ふ~ん...そのルカ先生って、女の人?」
どんな人なんだろう。ラウトを助けてくれた人だし、優しそうな人だとは思うけど...綺麗な人なのかな。ってなんでこんなこと気にしてるんだろう。
レインはそんな思いを顔に出さないようにしつつラウトに尋ねた。
「え、よく分かったね。銀髪で長髪の女性で割とモテるんだよね。まぁ外見と仕事ができるところはいいんだけど、それ以外の事はできないしプライベートだとめっちゃダラダラしてるんだよね。だがらこっちが大変なんだよ。それでも船大工やってた時よりは全然いいけどね。」
「ラウトはさ、その人のことどう思ってるの?」
「どうって…そうだなぁ、いい人ではあるよ。知識が豊富で戦うこともできるし、でも仕事以外では関わりたくないかな。面倒事とか押し付けてくるし。」
「そっか。」
なるほどね、あくまでも仕事の上司って感じなんだ。
…そういえば各地を周るって言ってたけど、その人と一緒にってことは、長い間毎日一緒に居続けるってコト!?う、うらやましい...
「ん?どうした?」
「いや~何でもないよ~。」
「?そうか。ま、そういう訳だから、これからは毎日は来られなくなっちゃうんだよね。数週間とかの間隔になると思う。次にここに来られるのは3週間後くらいになるかも。...その間レインと会えなくなるの、寂しいな。」
「へ!?わ、私もラウトと会えないの、寂しいよ。」
「…」
「…」
めっちゃ恥ずかしいんだけど、ラウトが私と会えない事を寂しいって思ってくれてたんだ。
ていうか私のさっきの返し何?あれじゃあ告白にOKした人じゃん。
でもラウトも顔赤くなってるし、もしかして脈アリなのかな。
だとしたら嬉しいな...ん~でもやっぱ恥ずかしいよ。
今の私の顔、赤くなってるんだろうし、あんま見られたくないなぁ。
ラウトもレインも自分の言った事が恥ずかしくなり、頬を赤らめていた。
少しの間お互いに無言でおり、顔の熱が収まりきる前にレインはあることを思い出した。
「そ、そうだこれ...」
「…綺麗な貝殻だね。」
「これ私が加工したやつなの。お守り的な感じで、持ってて。」
「ありがとう、大事にする。面白そうな話もってくるから、またここで会おうな。」
「うん、待ってるからまた会いに来てね、約束。」
「ああ、約束するよ。」
2人は指切りをし別れた後、翌日から会う頻度の少ない期間が続くこととなった。
人魚族のレインと人間のラウトは、数か月間毎日のように会っていたが、ラウトが世界各地を周る情報屋の仕事を始めたため、頻繁には会えない期間が2年ほど続いた。
その期間は2〜4週間ほどの間隔で会っており、その日も2人は入り江に来て会話を楽しんでいた。
「——それでさ、今回はフォンティア地方に行ってきたんだ。」
「確か西側のフランテーレ大陸の北側の地域だっけ。」
「そう、しかも今回は前に話してた竜人族の友人にさ、背中に乗せて空を飛んでもらったんだよ。」
前に聞いた時も思ったけど、いろんな場所に行ってすぐに友人ができるって、ラウトって凄いな。
それだけ友達が居たら、私より合う人もいるんだろうな...ちょっと寂しいかも。
いやでも今は私との時間な訳だし、そんなこと考えちゃ駄目だよね。
「へーいいな~、どんな感じだった?」
「最初に竜型に変わったときはびっくりしたし、飛び始めもちょっと怖かったけど、気を使ってゆっくり飛んでもらったのもあってだんだん慣れてきてさ。何より景色が壮大でめっちゃ綺麗だったんだよ。」
「私も空からの景色見てみたいな~。」
「それなら今度来てもらえるように言っといたから、頼めば乗せてもらえると思うよ。」
「ほんと!?あ、でも...ごめん。実はしばらくここに来れないと思う。」
「え、なんで?」
「実は海の魔物の動きが活発になってきてるとかで、人魚族全体に女王様がレムトーラから出ないようにって言う命令がでて、今日帰ったらしばらく会えなくなるかもしれないの。」
ずっとラウトと居たいけど、女王様も私たちの事を考えて下さっているし、もう二度と会えないって訳じゃないと思うけど、次いつ会えるか分からない。
離れる前にこの気持ちを伝えたいけど、そうすると余計寂しくなりそうだし…でも伝えないと後悔しそうだし……
レインが悩みでモヤモヤしている時、ラウトからある誘いを受けた。
「そう、なんだ。…レインさ、前に人魚族は尾ひれを足に変えられるって言ってたけど、どのくらいならすぐに戻せるの?」
「えっと、1日2時間くらいかな。それがどうしたの?」
「…これからさ、港町に行かない?俺が案内するから。」
「ほんと!?じゃあ案内してもらおうかな〜。」
尾ひれを足に変えたレインの手を引き、ラウトは港町へ向かった。
早朝という外出している人がほとんどいない時間という事もあり、町中を歩いている人はおらず、日中は空いている店も閉まっていた。
しかしラウトは、港町にある中央の広場や、水平線から昇る太陽が見える港、普段利用している店などを案内した。
初めて見る景色に目を輝かせていたレインは実質ラウトとのデートなのではと思うと、途中から違う嬉しさも込み上げてきていた。
そしてラウトは最後に、自分の職場兼住宅である情報屋の店へレインと共に向かっていた。
「そういえばルカさんは私のこと知ってるの?」
「俺が話したことあるから知ってるけど、人魚族ってことは言ってないよ。」
「そうなの?ラウトが信用してる人なら言ってもよかったのに。」
「レインに行っていいか聞いてなかったしな。っと、ここだよ。」
他の家と変わらない二階建ての一軒家の前に着くと、ラウトが扉を開けレインがその後ろから店へと入った。
ここがラウトが働いてる所か〜。落ち着いた雰囲気でいい感じだし、綺麗にしてるんだなぁ。
「ラウト君おかえり~って、そちらの方は?」
「あ、初めまして。レインと言います。ラウトさんとは仲良くさせていただいてます。」
2人が店に入ると、奥から眼鏡を付けてダル着を着た銀色の長い髪をした女性が出てきた。
ラウトが言ってた通り綺麗な人だなぁ、それに胸も私よりあるし...聞いてみたことはないけど、ラウトってやっぱり大きい方が好きなのかな...。
「とても丁寧でいい子ね...ん?もしかしてだけど、レインちゃんって人魚族?」
「え!?なんでわかったんですか?」
「魔力、特に水属性の魔力を強く感知したからさ~。あ、ごめんなさい。私、初対面の人には魔力感知を使うようにしてて、職業病的な感じ?なんだよね。でも安心して、誰にも話したりはしないから。」
「ルカさんの事はラウトから、信用できる優しい人だと聞いてますし、大丈夫ですよ。」
「あなたの事も聞いてるわ。ラウト君ったら毎日のようにレインちゃんの話してるんだから。それにしても私の所に連れて来たってことは...もしかして結婚の報告だったり?まったく~ラウト君もこんな美少女を捕まえるなんて、やるね~」
「けっ!?先生、からかわないでください。俺は良くてもレインに迷惑をかけるじゃないですか。」
ルカが“結婚”と言った事に対して反応したラウトの横で、レインは頬を赤らめながら頭を悩ませていた。
え?いま“俺は良くても”って言ったよね、これってラウトも私の事が好きってことだよね。
あ、でも優しさから言っただけって可能性もあるし…ん〜私が勘違いしてるのかなぁ。
「ごめんごめん、まぁ何となくここに来た理由は分かるよ。海の魔物に関してでしょ?」
「先生とレインを合わせたかったというのもありますが、メインはそれですね。先生は何が原因か分かりますか?」
「海水の魔力濃度が上がったことが原因だとは思うんだけど、それが何でかは分からないんだよね。一応こっちでも調べるつもりだよ。ラウト君もそのつもりでしょ?」
「そうですね。俺としても早く解決させたい問題ですし。」
その後も三人は会話を楽しんでいたが、別れの時が近づいてきていた。
そしていよいよ帰らなければならなくなった時、ルカは港町の出入り口まで見送りをした。
「じゃあまたね、レインちゃん。あ、そうだ...」
ルカはレインに歩み寄り、隣に居るラウトに聞こえないくらいの声でレインの耳元でささやいた。
「レインちゃんの想いは、絶対ラウト君に伝わるよ。」
レインは自分の顔が熱くなるのを感じ、ルカは笑顔で見送った。
寂しさが強く、何を話せばいいか分からなかった2人は沈黙の中、入り江へと戻ってきた。
ラウトがレインの少し前を歩いていた時、レインはとある決意を固め、先程のルカの発言を思い出し、足を止めた。
私はラウトが好き。できればいつまでもそばに居たい。
ラウトが私のことをただの友達だと思っていて、気持ちを伝えても“そういう関係になる気はない”って断られるかもしれない。
でも、私の片思いだったとしても、伝えないまま離れ離れになっちゃうのはやっぱり嫌だ。
ラウトが来てくれるのを待つんじゃなくて、私から前へ進まなきゃ。
「ラウト!」
「...っ⁉」
レインの呼びかけに答えるように振り向いたラウトに、レインはサッと近づき、キスをした。
突然のことにラウトは驚いたが、そっとレインを抱きしめた。
辺りには、さざめく波の音や風が草木を揺らす音が、朝焼けの空の下で優しく響いていた。
そして少し経った後、レインは自分の想いを伝えた。
「私、レインが好き。」
「俺も好きだ。」
「ねぇラウト...また会えたら、私と結婚して。」
「もちろん。絶対に会いに行くから、そしたら結婚して、一緒に暮らそう。」
「約束だよ!」
「あぁ、約束。」
—————
「あれから5年、海の問題は解決せず、いまだに会えていないのです。」
拠点にと用意された平屋の中、ベッドに座っている白の横で同じくベッドに座っているレインは、自分の過去を話した。
「なるほど、だから暗い顔してたんだね。その事は女王様は知ってるの?」
「ええ、地上に出たことは報告しましたので。」
女王様に直接言えばって思ったけど、レインは使用人。
“好きな人に会いたいから使用人辞めて地上に行きます”なんて言えるわけないよね。
白は何かいい方法がないかと考えていると、ふとあることを思い出し、しまってあった結晶を取り出した。
「――ヘスティア、聞こえる?」
「白⁉よかった、目を覚ましたのね。」
「うん、心配かけてごめん。それでさ、お願いしたいことがあるんだけど。」
「?なにかしら。」
「港町でラウトって人を探してもらいたいの。情報屋をやってる人らしいんだけど、その人に会わせたい人がいるの。それで3日後に港町の近くの入り江に連れてきてほしいんだけど、お願いできる?」
「ええ、分かったわ。ところで白は今どこに居るの?」
「今は海底にあるレムトーラって国に来てる。色々やることがあるから、私が戻るのはもう少し先になると思うよ。」
「すごい所に居るわね。まぁこっちの事は任せてちょうだい。それと、白が元気にしてることは皆に伝えておくわね。」
「ありがと。そっちも大変なのに、ごめんね。」
「このくらい問題ないわよ。白も頑張ってね。」
呆然としているレインをよそに白は結晶を使ってヘスティアと通話した。
白は通話を終えると、レインの方を向いた。
「実はいいことを思いついたんだよね。私がレクスガレオスを倒してマリンクリスタルの安全を確保できれば、女王様に褒賞を貰えると思うんだけど、その時にレインの事を話そうと思って。」
やっぱり今のヘスティアさんって方との会話の内容ってそういうことだよね。
私は嬉しいけど白様に気を使っていただくのは少し気が引けるというか、恐れ多いというか...
「それは...嬉しいのですが、白様はよいのですか?その、私のためにご自身の褒賞を使われるというは...」
「まぁ私からお願いしたいことって特に無いし。それに、困ってる人を助けるのが賢者の使命だし、なにより笑顔のレインの方が断然かわいいからね。」
レインは下を向きながらも恐る恐る声を出したが、白は特に気にする様子もないどころか、笑顔でレインに答えた。
これ以上卑下していたら、それこそ迷惑になってしまうのでは?
白様は私に笑顔でいてほしいって思っていってくださった、なら私は白様のご恩に報いなければ!
「白様、誠に感謝申し上げます。」
「気にしないでいいよ。んじゃ、そうと決まれば早速行きますか~。」
そうして一層やる気を出した白は、レインに案内されてマリンクリスタルのある祠へと向かった。




