プロローグ:通知はレールの響きに乗って
「フォローリクエストがあります」 その通知は、止まっていた初恋が再び動き出す合図だった。
一ノ瀬 春斗には,忘れられない初恋があった. 相手は,幼稚園からの幼馴染であり,小学校時代に3年半だけ同じ時間を過ごした少女,宮園 咲良.
小3の春,海外から帰国した彼女に「二度目の一目惚れ」をした春斗. しかし小6の夏,彼女は親の転勤で東京へ引っ越してしまう. 「好き」という気持ちはクラス中にバレていたものの,彼女の本当の気持ちは分からないまま,二人は離れ離れになった.
それから3年.連絡先も知らず,思い出の中に閉じ込めていた彼女から,ある日突然,写真共有アプリ『Momento』のフォローリクエストが届く.
「久しぶり〜! 元気?」
画面の向こうの彼女は,相変わらず天然で,どこか掴めない. 400キロメートルの距離. 数ヶ月に一度の淡白なDM. それでも春斗は,画面越しの彼女を想い続け,彼女と同じ東京の大学を目指すことを決意する.
これは,SNSの通知に一喜一憂し,見えない相手に恋焦がれた,不器用で一途な10年越しの純愛記録.
中京圏の地方都市、亀鈴市。 3月の冷たい風が、電車のドアが開くたびに車内へと吹き込んでくる。 僕はマフラーに顔を埋めながら、ガタゴトと揺れるシートの隅で小さくなっていた。
車窓の外を流れるのは、見飽きた田園風景と、点在する住宅街。 今日は、春から通うことになる高校の物品購入の日だ。真新しい教科書と制服の採寸。それは本来、希望に満ちたイベントのはずだけれど、僕の心はどこか晴れなかった。 中学卒業という区切りがついたことで、また一つ、あの子のいない時間が積み重なっていくような気がしたからだ。
膝の上で弄んでいたスマートフォンが、短く震えた。 LIMEの通知ではない。もっと乾いた、聞き慣れないバイブレーション。
画面を点灯させる。 通知センターに表示されていたのは、最近入れたばかりの画像共有SNSアプリ『Momento』のアイコンだった。 中学の友人の間で流行り始め、なんとなくアカウントを作っただけのアプリ。
『Momento:フォローリクエストがあります』
指先が止まる。 どうせ、中学の同級生か、おすすめ表示から飛んできた知らないアカウントだろう。 そう思いながらも、僕は惰性でロックを解除し、アプリを起動した。
ロード画面の円がくるくると回り、やがて一人のユーザー名が表示される。
──その文字列を見た瞬間、心臓が早鐘を打った。 電車の走行音が、遠い彼方へ飛び去ったように感じた。
そこにあったのは、3年半前に東京へ行ってしまった、彼女の名前だったからだ。
「……嘘だろ」
声が漏れた。 周囲の乗客が怪訝そうにこちらを見た気配がしたが、顔を上げる余裕なんてない。 震える指で、そのプロフィール画面をタップする。
アイコンは、後ろ姿。 でも、間違いない。少し茶色がかった柔らかそうな髪。 そして何より、IDに使われている誕生日の数字。
記憶の蓋が、強引にこじ開けられる。
幼稚園の頃、いつも一緒に遊んでいた幼馴染。 親の転勤で海外へ行ってしまい、僕は彼女のことを一度は忘れてしまった。 けれど小学3年生の春、彼女は帰ってきた。 教室のドアが開き、転校生として紹介された彼女を見た瞬間、雷に打たれたように、僕はまた恋に落ちたのだ。二度目の一目惚れだった。
それから6年生の夏まで。 親同士も仲が良く、毎日のように遊んだ。 そして、僕が彼女を好きだという事実は、クラスの男子たちの冷やかしによって、彼女本人にも知れ渡ってしまった。いわゆる「好きバレ」だ。
彼女は、天然でおっとりしていて、何を考えているのか全く読めない子だった。 僕の好意を知ってか知らずか、彼女は変わらぬ笑顔で接してくれた。それが余計に、僕を苦しめた。 結局、何の答えも出ないまま、彼女は再び親の転勤で東京へ引っ越してしまった。
それから3年。 連絡なんて、一度もなかったのに。
『フォローを承認しますか?』
画面に浮かぶ二択のボタン。 「確認」と「削除」。
僕の親指は、画面の上で迷子のように彷徨った。 今、彼女はどうしているんだろう。 東京の高校に行くのだろうか。 そもそも、これは「あの頃の幼馴染」としての気まぐれなフォローなのか。 それとも、「自分を好きだった男子」を思い出したのか。
思考回路がショートしそうだ。 彼女の意図が読めない。昔からそうだ。彼女はいつだって、僕の予測の斜め上を行く。
電車がブレーキをかけ始め、アナウンスが次の停車駅を告げる。 僕は息を詰め、祈るような気持ちで、青い「確認」ボタンをタップした。
画面上の「フォロワー」の数字が、1つ増加した。 たったそれだけのことなのに、僕の世界は一変してしまった。
止まっていた時計の針が、3年の時を経て、再び動き出す音がした。




