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第2章 リンクした世界

 次の日の朝早く、マナはまだクラスメートがまばらにしかいない比較的静かな学校に登校していた。教室の席に座り、昨日のミハヤシが去った後のことを思いだしていた。


「じゃあ、母さんはマナの退院手つづきをしてくるからね」


 そういって病室を出ようとした母親を、マナは呼び止めた。


「母さん、今のミハヤシって人、どんな人なの? 普段何やってる人か聞いてない?」

「えっと、確か」


 母親はそういうと、肩にかけていたバッグの中を探り始めた。


「名刺をいただいてたのよね。えっと、このへんに……あ、あった、あった」


 母親がその名刺をバッグから取りだすと、マナはベッドから降り、手を伸ばした。


「見せて!」


 母親の手から、ひったくるように名刺を奪うと、そこに書かれてあったミハヤシの肩書きを目にした。そして、驚愕した。


 NGO団体 「ラブビリーバー」


 そこには、あの、『ラブビリーバー』という団体名が書かれてあったのだ。NGO団体ということは、ネットで見つけたPKO活動をしている方の『ラブビリーバー』だろう。

 目を大きく見開くマナ。頭の中で今までのいろいろな物事が交錯した。


(ラブビリーバーだって? パワーテイル、闇、そしてアニメ制作会社のラブビリーバー? なんだ、この偶然は? それとも、すべて繋がっているのか?)


『また後で』


 ミハヤシが耳元で囁いた言葉がフラッシュバックする。


(まだ、終わってない?)


 そして、闇に襲われたときのことを、死が眼前に迫っていたあのリアルな恐怖を思いだし、背筋が冷たくなるのを感じた。


(あれは、夢じゃない? 現実?)


 そして、その日の間に退院許可が出て家に帰り、自分の部屋で落ち着こうとしているときのことだった。右手首の包帯が見た目にも分厚く仰々しい(ぎょうぎょうしい)のも手伝ってか、マナはそれが邪魔に感じられ、包帯を外すことにした。


「別にいいよな。ただの打撲らしいし、ぜんぜん痛くないし」


 巻かれた包帯をするすると外していく。すると包帯が薄くなってくると、手首に何か腕輪のような物が付けられてその上に包帯が巻かれているかのように、ぼこっと膨らんでいることに気づく。


「なんだ、これ?」


 急いで残りの包帯を外すと、まさしくその通りで、マナの右手首には白銀の腕輪がはめられていた。腕輪には絵なのか文字なのか、不思議な幾何学模様が描かれていた。


「なんで腕輪なんかついてるんだ? 医療器具か何かか?」


 その腕輪は見た目にもぴったりとマナの手首にはまっていた。マナはそれを強引に外そうとする。


「むぐー! ぎーっ!」


 マナが全力で外しにかかる。だが腕輪は、まるでマナの体の一部でもあるかのようにくっついて外れない。


「ふんぐー!」


 力を入れつづけるが、外れる気配はなかった。やがて、はあはあと息を切らす。


「は、外れねえ……。何これ?」


 呆然と腕輪を見つめるマナ。


「母さんに訊いてみるか?」


 ミハヤシのことを思いだした。闇に遭遇したときのことも。


(確かあのとき、誰かが俺の手首に何かしたんだ。そのとき、右手をイメージしろって……)

 物いわぬ腕輪を見る。結局、腕輪のことは母親には話さなかった。



 集まってきた教室のクラスメートたちの会話のざわめきの中、マナは一人、冷たい異空間にいるような感覚を覚えていた。自分の席に座るマナの足が震えていた。昨日から震えが止まらないのだ。


(なんなんだよ、いったい)

「おっはー!」


 自分の世界に入っていたマナは、突然、後ろから声をかけられ、びくっと体を揺らした。見るとハナがいた。マナの態度に怪訝そうな顔をしている。


「え、大丈夫? 顔、真っ青だよ……」

「あ、ああ」


 そしてマナは、右手で頬を触る。なんだか冷たい気がした。次の瞬間、ばっと頬から右手を離すマナ。怖いものでも見ているかのように、その手を見つめる。


(これ、本当に、俺の右手か?)


「どうしたの、マナ? 本当に大丈夫? 保健室行く?」


 ハナが心配そうにマナの顔を覗きこんでいる。


「いや、なんでもない」

「本当に? マナ、倒れたって聞いてたから、心配してたんだよ。シンゴくんも」

「ああ。体調は本当に悪くないんだ。心配かけて悪かったな」

「なら、いいけど」


 ハナはまだ心配そうな表情をしている。マナはハナに心配をかけまいと、気丈な態度をとった。学校指定のYシャツの右裾をたくし上げ、力こぶを作りながら笑顔を作る。


「いや、ほら、マジで元気だし! 今朝も起きたら、男の証が元気だったし! あ」

「男の証?」


 ハナがきょとんとした顔をしている。


(し、しまったあああああ! 元気のあるところを見せようと、つい下ネタをおおお!!)


「男の証って、何?」


 純粋無垢なハナが不思議そうな顔をして訊いてくる。マナはかつてないピンチに見舞われていた。


「い、いや、ほら、力こぶとかがね。朝から盛り上がっちゃってて」

「ハナちゃん、こいつはテンションが上がると野獣になるみたいだから、気をつけた方がいいよ」


 あたふたしているマナの横にシンゴがやってきた。助け船をだすでもなく、マナを混乱させようというのか、にやにやしていた。


「し、シンゴオオオ!」


 いつものようにシンゴの首に腕をかけ、引き寄せる。そして、シンゴの耳元で小声で凄んだ。


「おまえ、なんてこといいやがる!」

「ナイスアシストだろ? あとはおまえが、ちゃんとゴールを決めな?」

「ゴールってなんだ! 今のはアシストっていわないんだぞ!」

「野獣系フォワードのマナくん、ゴールってのはあれだ。ハナちゃんと、もがもご」


 汚らわしいことをいおうとしたシンゴの口を塞ぐマナ。マナの目が血走っている。


「ぶは! し、死ぬ! ハナちゃん、野獣を手懐けられるのは、君しかいない! 助けて!」

「まだいうか、この!」


 マナの怒声が大きくなるほどにシンゴは調子に乗る。そんな二人の掛け合いを楽しそうに見つめているハナ。


「本当に、元気そうだね。安心した。じゃね」


 そういうと、ハナは自分の席に向かって行った。その姿を二人で見つめながら、シンゴがいう。


「なんだよ。朝からアグレッシブじゃないか、マナ。男の証とかハナちゃんの前でいっちゃうなんてよ。俺も安心したよ」

「う、うるせい」

「ハナちゃん、昨日、本当に心配そうにしてたぞ。脈ありなんじゃないの? コクったら?」

「本当にうるさい奴だな。おまえこそ、寺内さんにいつ告白すんだよ」

「お、俺は、自分のタイミングでするさ」


 マナの反撃に、どぎまぎするシンゴ。マナはそれを見て、面白そうに提案する。


「シンゴもさ。倒れてみたら? 寺内さんが心配してくれるかもよ」

「な、何をう?」

「寺内さん、おまえのこと悪くは思ってないと思うよ」

(実際、シンゴが話しかけたら、寺内さん、いつもにこにこしてるしな)

「ほ、本当か?」

「たぶんな」

「よ、よし、今晩、冷水かぶるか」


 シンゴがあまりにも真剣な顔でいうので、本当にそうしかねないなとマナはくすくす笑った。


(からかいがいのある奴)


 マナもシンゴにからかわれているのだが、シンゴもマナからしてみれば、そういう存在なのだ。中学のときに出会って以来、二人は良い距離を保っていた。親友だ。


「ほら、寺内さん、来たぞ」

「なぬ? 本当だ! 寺内さーん!」


 元気良く寺内さんの元へ駆けていくシンゴ。


(端から見たら、告白してんのと同じなんだけどな)


 机に肘を突き頬に手を当てながら、くくくと笑うマナ。楽しい朝のひとときだった。

 だが――

 頬に当てている右手の確かな感触を再確認する。すっと右手を離し、それをまじまじと見つめる。今までと代わり映えのないように見えるその右手。掌の手相を見る。感情線、頭能線、そして生命線。生命線は途中、二股に分かれている。それは以前から知っていた。次に一本一本、指の指紋を確認していく。


(俺のって、こんなだったっけ)


 記憶を呼び覚まそうとするが、うまくいかない。だが確かに右手はある。あのとき、失ったはずの右手が。

 空手道場で、正拳を握るときのように、小指から順々に握っていき、最後に親指を締めて、思い切り拳を固める。その確かな感触も、マナを安心させるには至らなかった。


(やっぱり、行こう。ラブビリーバーに)


 名刺は持ってきている。そしてそこに住所が書かれてある。マナはこれから早退して、『ラブビリーバー』のある場所に行くつもりでいた。



 マナの住む町にある一〇階建てのグレイの壁色のマンションの六階に、『ラブビリーバー』はあった。


(意外に近くにあったんだな)


 六〇一号室の前で、その扉に付けられている表札を確認するマナ。

 確かに『NGO団体 ラブビリーバー』とある。

 扉の前で逡巡するマナ。あのとき、確かに自分は死にかけたはず。だが、なぜか生きており、闇に喰われたはずの右手はある。奇妙な腕輪と共に。あれは本当に闇だったのか? 分からないことだらけだった。だが、ここに来れば、何か分かるはず。マナはそう思い、ここに来ている。


(それに、確かにあのとき、『また後で』っていわれたんだ。こっちから出向いたってかまわないだろう)


 マナは、右手を伸ばしながら迷いを振り切り、インターホンのボタンを押した。

 部屋の中から電子音が聴こえ、やがて、ドアががちゃりと音を鳴らした。

 マナの心臓が今までよりも早く脈を打った。そして、あの青年とまた対面することになった。


 マナがミハヤシに部屋に通されると、一〇畳ほどのフロアの中央にあるテーブルの前のソファーに、一人の女が腰を下ろしていた。じっとマナを見ている。歳は二〇代だろうか。

 マナが、何を考えているのか分からない、その女の表情を見ながら立ち止まっていると、ミハヤシが、「どうぞ」と女の対面のソファーに座るように促した。

 マナがそれに従い座ると、女は初めて口を開いた。


「来ると思っていたわ、マナくん。ようこそ、ラブビリーバーへ。さっそくだけど用件をいうわね」


 突然、何の挨拶も説明もなしに、予定調和のように喋りだした女に、冷たい印象を抱きながら、マナは慌てて口を挟んだ。


「待ってください。まずこちらの質問に答えてください。何がどうなっているのか、さっぱり分からないんですから」


 女は口をつぐみ、冷たい視線でマナを一瞥すると、しょうがないといった表情で、また口を開いた。


「そうね。質問をどうぞ」

「あなたがたは、いったいなんなんですか? あのアニメを、パワーテイルを作ったのはあなたがたなんですか? 俺が死にかけたのは現実ですか?」


 女はそれを聞くと、口元にうっすらと笑みをたたえた。


「案外、冷静じゃない。なかなか的を射た質問をするわね。いいわ、答えるわ」

(いよいよ、真相が分かる……!)


 マナが緊張した面もちで構えると、女はいった。


「パワーテイルを作ったのは私たちなのか、それは半分正解で、半分違うわね」

(半分? どういう意味だ?)


 マナには、その答えの意味が皆目見当がつかなかった。マナが聞き入るように押し黙っていると、女は話をつづけた。


「アニメを作ったのは、私たちよ。でも、パワーテイルの世界自体は作られたものじゃない。現実に存在する世界よ」

(?? 存在する? この人は何をいって……)

「君はその身をもって体験したはずよ。闇の脅威を」

「あ!」


 マナの体が固まる。じわりと嫌な汗が流れ出る。あのときの想像を絶する痛みと死の恐怖が、まだマナの記憶に残っているのだ。

 それでも、なんとかこわばった口を動かして、マナは確認した。


「あれは、現実だったんですね……!」

「そうよ。順を追って説明するわね。まず、パワーテイルの世界は、存在する。アニメだけの話じゃないの。アニメはパワーテイルの世界の現況を伝えているだけ。そして、この世界、『ガイア』と呼ばれるこの世界と繋がっている」

「ガイア? 繋がっている? この世界と?」


 もしあのとき、闇と遭遇していなければ、殺されかけていなければ、とうてい信じることのできない話だっただろう。だが、実際にマナは、壮絶な体験をしている。信じざるを得ないだけの材料が揃っているのだ。


(本当なのか?)


 それでもマナは疑いを解けずにいた。アニメの世界と現実の世界が繋がっているなんて、それほど突拍子もない話だからだ。

 そこで女がミハヤシに目配せすると、彼がつづけた。


「そして、君が襲われた闇の正体は、ガイアの人間たちの悪意だ」

「悪意?」

「そう。悪意だ。パワーテイルの世界に、デビルタワーという巨大な塔があるのは、アニメで観て知っているね」

「は、はい。確かあれが闇を生みだすとか……」

「そうだ。そして、デビルタワーはガイアの世界の悪意を受信し、そのエネルギーで闇を作りだしている」

「ちょ、ちょっと待ってください。え? よく分からないんですが、この世界の人間の悪意が、デビルタワーで受信され、そこから闇が生まれている、てことですよね」


 マナは情報を整理しようとする。そして疑問に思った。


「でも、なんでそんなことが分かるんですか? パワーテイルの世界の状況とか」

「パワーテイルの世界から情報が送られてきているの」


 女がそういうと、ミハヤシが隣の部屋に向かった。そして、スケッチブック大はあろうかという大きさの、石版のような物を持ってきた。ミハヤシがそれをマナに見せると、そこには、びっしりと何か文字が刻まれていた。


「これは?」

「これが、パワーテイルの世界の状況を毎日伝えてきている。毎日、更新されるんだ」

「ほ、本当に?」


 マナは、まじまじと文字を見た。だが、見たこともない文字だ。なんと書かれてあるのか、さっぱり分からない。


「これ、読めるんですか?」

「読める。これは、パワーテイルの世界の共通言語であり、俺は、パワーテイルの世界から来た人間だから」

「ええ!」

「俺は、いってみれば、使者だ。向こうの状況をガイアに伝えるために、二〇〇年ほど前にやってきた」

「二〇〇年前って!」

(本当なのか? そんなに寿命があるって、どういう人間なんだ? 本当に?)


 事実、ミハヤシの外見は、二〇代の若者にしか見えなかった。


「疑っているわね。無理もないわ。ミハヤシ、見せてあげなさい」


 女に促され、ミハヤシがマナの方に右手を差しだした。すると、突然、その右手が光りだした。


「これって!」


 マナは、その光を知っていた。それが闇に対抗する唯一の手段だと、アニメの『パワーテイル』で観てきたからだ。瑛気の光に相違ない。


「そう。瑛気よ」

「これが、瑛気……!」


 右手が目映い(まばゆい)光を放っていた。邪悪な闇を滅するための力だ。


「君が襲われていたところを、この力を使って助けだした。本当に危ないところだった」


 マナは目を見開いて、光を放つミハヤシの右手を見ていた。そして実際にその瑛気を目の前で見せられ、もう信じるしかなかった。マナは自分の右手を前にだして見せた。


「右手。この右手は、どうなっているんですか?」

「あのとき、君が即死しなくて良かったわ。ショック死してもおかしくない状態だったから」


 女がそういうと、ミハヤシが答えてくれた。


「確かにあのとき、君の右手は、闇に喰いちぎられた。だが、俺があの場に『グアンベリーのリング』を持って行っていて良かった」

「グアンベリーのリング?」

「そう。グアンベリーのリングは、スピリットアイテムと呼ばれる物の一つで、例えばアニメを見て知っていると思うけど、チェインリーの扱う雷霆棒らいていぼうもスピリットアイテムにあたる。瑛気によって特別な効果を発揮する、パワーテイルの世界のアイテムだ」

「これが、スピリットアイテム……」


 マナは自らの手首にぴったりと馴染んでいるリングを、食い入るように見た。


「そのリングは、いわば瑛気の増幅装置のようなものだ。あのとき、傷を負った君の手首にリングをはめ、君の瑛気を増幅させ、手首の傷を治す試みをした。だがリングをはめるだけでは効果が薄かったので、より強い瑛気で傷ついた手首を覆う必要があった。そこで、いっそのこと君自身の右手を作ってもらおうと判断した。増幅された君の瑛気によって、君に自分の右手のイメージを作ってもらったんだ」

「瑛気で、作った? この右手、瑛気でできてるんですか!」

「そう。瑛気で忠実に作られた君の右手だ。それをグアンベリーのリングの力で維持しているといったところだ。スピリットアイテムにも相性があってね。幸いにも君とそのリングは相性が良かったようだ。君の手首に馴染んでいる。そして瑛気でできているだけに、その右手自体に闇にダメージを与える力がある」

「闇にダメージ……って、え? 俺、瑛気を発生させてるんですか? 俺もあの瑛気を使えてるってこと?」


 マナはシェバ・エメラルドやレオルド・ファイアの放つ、闇に強烈なダメージを与える瑛気を思いだした。

 右手を穴が開くかというほど見つめるマナ。だが、どう見ても自分の手としか思えない。


「使える。だから闇にやられて即死せずにすんだんだ」

「そして、だからこそ、君は闇に狙われたのよ」

「どういうことなんですか?」


 急かすように訊くマナに、相変わらず冷たい視線のまま、毅然とした態度で女は答えた。


「シェバ・エメラルドがデビルタワーを壊そうとしたのは知っているわね。そして、そこを護る強力な闇、デビルガーディアンのベルゼブブに返り討ちにあってしまったことも」

「はい。シェバは虹の鍵人と呼ばれる七人の強力な瑛気使いの一人ですよね。あと、レオルド・ファイアも。……あ、本当に戦いがあって、シェバがやられたってことか……」

(ハナが知ったら、大泣きするぞ……)

「そうよ。ベルゼブブは蠅の王と呼ばれる空想上の悪魔なんだけど、その体は無数の蠅が集まってできている」

「蠅ですか」

「ええ。そしてその蠅一匹一匹が、小さな悪意で、ベルゼブブはまさに、全世界の悪意の集合体。ちょっとやそっとじゃ倒せない。虹の鍵人の力をもってしてもね」

(そうだ。瑛気使い最強の一角であるシェバでも勝てなかったんだ……。とんでもない悪魔だ)

「そして虹の鍵人はただの瑛気使いじゃない。パワーテイルの世界において、重要な役割があるの」

「重要な役割?」


 ミハヤシが無念そうな顔をして、悲痛な声をあげた。


「その強力な瑛気で世界のパワーバランスをとっているんだ。虹の鍵人が一人でもいなくなってしまうと、ガイアとのリンクのトンネルができてしまう。実際にシェバがやられてトンネルができ、闇がそこを通ってガイアに来て、君を襲った」

「ええ?」


 マナは驚いた。繋がっているという意味の真相がここで分かったのだ。


「本当に向こうの世界の闇が来ているのか!」


 そしてそれは確かなことだ。あの死の恐怖の記憶が、間違いないとマナに示している。


「だから、そのリンクのトンネルを閉じるために、早急に、虹の鍵人の復活が必要なんだ。虹の鍵人は、パワーテイルの世界に七人存在しなければならない。今いる六人だけでは駄目なんだ」

「で、でも、復活といってもどうやって」

「虹の鍵人を新たに生みだすには、パワーテイルの世界で新たな適性を持った人間が出てくるのを待たなければならない。だが、早急にリンクを消さなければならない今、そんな悠長な時間はない。だから、もう一つの方法をとるしかない」

「もう一つの方法?」

「ガイアの世界から、適性を持った人間を送り込むんだ。ガイアの人間はパワーテイルの世界に行くと、超人的なパワーを持つことがあるんだ」

「ガイア……この世界の人間を、送る? 適性を持った人間?」

(なんだか嫌な予感がしてきたぞ。さっき俺が襲われた理由がどうとかいってたし、まさか……)


 マナは冷や汗をたらしながら、おそるおそる訊いた。


「それは誰が……」

「君だ。だから、闇は適性のある君を真っ先に襲った」


 唖然とするマナ。だが、話が繋がってしまった。どう答えていいのか分からず、口をぱくぱくさせる。そして、ようやく声を絞りだした。


「え? え、俺!?」

「君にとっては不幸なことだろうが、確かに君なのだ。瑛気がそう示している。わずかだが君の体から放たれている瑛気の色が、そう示している」

「い、色って」


 自分の体を見回すが、色どころか瑛気を放っている様子もない。だが、ミハヤシはそんなマナの瑛気の存在を肯定する。


「俺には見えている。ほのかにエメラルドグリーンの瑛気が君の体から出ている。シェバ・エメラルドと同じ色の瑛気が」

「あ、あのシェバと同じ?」

「虹の鍵人以外にも、俺のように瑛気を使える人間はいるが、虹の鍵人の瑛気には、他の瑛気使いとは違う色がある。虹の光と同じ七色の色だ。シェバ・エメラルドは緑。エメラルドグリーンの瑛気を放っている」

「あ、レオルド・ファイアは赤だ」

「そう。炎のような赤だ。他の五人の虹の鍵人もそれぞれの色を持っている。そして君は、エメラルドグリーン。シェバ・エメラルドと同じ虹の鍵人の資質を持っていることになる」

「そんなことが……」

(でも……)


 今までのことがあるのだ。マナはミハヤシが嘘をいっているとは思えなかった。だが、納得することはできなかった。


「どうして、俺なんですか……他の人じゃ駄目なんですか?」

「残念ながら、適性があると分かっているのは、君ともう一人だけだ」

「もう一人?」

「君がアニメを観てきたあのモバイル端末、あれも実は瑛気でできている」

「ミハヤシが作ったのよ。アニメはうちのスタッフが制作して、それを瑛気であの端末に送ったの。瑛気は驚くほどいろいろなことに使えるらしいわ。瑛気は物体に帯びさせたり、物体そのものを作りだすことができるの。君の右手もそう。あのモバイル端末にアニメを送るために、瑛気で電波を作ったのよ」

「ちなみに、世の中には太陽の光や、電波、電磁波に対しても極端に弱い人がいる。珍しい障害があるんだ。だけど、瑛気で作り出したものは、決して人や自然環境を傷つけない。君の右手のように、力を与える効果すらある。だから戦争を起こせるような兵器にもならない」

「瑛気って便利なんですね。人、自然環境にも優しいなんて」


 ミハヤシの言葉にマナは感心した。


「そう、まさしく理想的だ。そして、瑛気で作った物体は瑛気が絡んでいれば、特殊な条件付けができる。あのアニメを観られるのは、瑛気を使える人間だけだ」

「ああ!」


 マナはそれに気づいてしまった。もう一人の適性者が誰を指し示しているのかを。


「ハナ!」

「そうだ。ハナさんも瑛気を放っていることを、確認している」


 マナは今までの話で最大の衝撃を受けた。まさかハナも、自分と同じ虹の鍵人の資質を持っているとは。


「そんな……嘘だろ、ハナまで……」

「回りくどいことをやったが、周りにパワーテイルの存在を知らせずに、手っとり早く、パワーテイルの実状を伝えるために、ああいうことをさせてもらった。こちらの世界がパニックになっては困るんだ」

「くじ引きも、仕込まれていたのか……」

「申し訳ないが、怪しまれずにするには、あれが最適な方法だと思った」


 途方もない現実を知らされ、マナは絶望を感じていた。あのときの死のリアルを感じた瞬間以上の絶望を。


「この事務所をこの場所にしたのは、君たちが適性者だと判明してからだ。リンクのトンネルができた場所の近くに適性者がいることは分かっていた。そして、俺が瑛気を感じ取り、君たちを捜しだした」

「ああ、どうりでこんな近くにあるわけだ……」絶望のあまり、マナの声は消え入りそうなほど小さかった。

「誰かが行かなくてはならないの。リンクしたトンネルを閉じないと、いくらでも闇はガイアの世界にやってきて、誰かが君のような目に遭うのよ」


 冷たい声だった。マナは力のない目で、その女の顔を見た。これを伝えることが、ただの義務とでもいうような、冷徹な表情をしている。氷のような瞳に感じられた。マナはいいようのない怒りが込みあげてきて、抑えきれなかった。思わず叫んでいた。


「勝手じゃないですか。勝手だよ! なんで俺たちがいきなりそんな目に遭わなくちゃいけないんだ!」

「分かるわ。でも、虹の鍵人の適性があるのは君たちしかいないの。どちらかに行ってもらうしかないの」

「自分は関係ないからって、責任がないからって、押しつけないでくれよ!」


 そのとき、ミハヤシが激情を駆り立てられているマナを納めようとするかのように、口を開いた。


「君が行かないのなら、ハナさんに行ってもらうしかない」

「う、……き、汚ねえぞ!」


 マナは歯ぎしりをした。


(あのハナなら事情を聞けば行きかねない! あいつ、他人を思いやれるから……)


 マナは、ハナが自分をいじめっ子から助けてくれたときのことを思いだしていた。


「もう本当に時間がないんだ。あのリンクのトンネルができてから三週間が経とうとしている。この先、どんな闇がガイアの世界にやってきて、どれほど甚大な被害をもたらすか想像できないくらいだ。そして、分かっているのは、たくさんの人が死ぬだろうということだ」

「人が、死ぬ……!」

(ちくしょう! 行くしかないのか? 俺がいかないのならハナが……あの優しいハナなら、もしかしたら、行ってしまうかもしれない。それは、だめだ……!)


 ジリリリリリン、ジリリリリリン――。


 そのとき、室内に電話の音が鳴り響いた。女はすっとソファーから立ち上がると、部屋に設置されていた古めかしい黒電話の受話器を取った。


「こちら、ラブビリーバー、宝沢たからざわです」

(この女の人、宝沢っていうのか。なんの電話だ。こんなときに)


 マナが訝し(いぶかし)がっていると、女の表情が険しくなり、電話を切った。


「闇が出現したわ。二体。それぞれ、隣町の箱坂町と、八丘高校に。一体はマナくんの学校にいるわ」

「ハナ!」

「でしょうね。ハナさんが狙われたわ。それぞれ離れた場所に同時に出現したということは、おそらく罠ね。こちらの戦力を分散させて、ハナさんのいるところに、マナくんをおびき寄せようという」

「奴らもマナくんとハナさんのことは調べていたはずだ。関係性もね。君らは仲がいい」


 マナの中で抑えようのないほどの激しい怒りが湧いてきた。そしてそれが口から溢れでた。


「闇、なんて卑劣な奴なんだ、許せない……!」


 あまりの怒りに、マナの声は震えていた。ハナが襲われていると知り、いつものハナを想うマナの感情が迸る(ほとばしる)。ハナを傷つける奴は、許せない。俺が守らなければいけない、と。


「今、ここに瑛気使いは、俺と、その可能性を秘めたマナくんしかいない。俺の体が二つに分かれられればいいのだけれど、そういうわけにもいかない。どうする?」


 ミハヤシが問いかける。すでにマナの答えは決まっていた。


「俺のこの右手自体が闇にダメージを与えられるんですよね? この右手で闇にパンチをくらわせればいいんですか?」

「うん。ただし、今のままでは、君の右手以外はほぼ生身のままだ。右手以外の部分を闇に触れられれば、大ダメージを負ってしまうだろう。今のまま、接近戦を挑むのは危険だ」

「じゃあ、どうすれば……」

「全身で強い瑛気を発生させるんだ。そのためには、闇を討ち倒したい。心から、そう願うんだ。そうすれば、君の体から、虹の鍵人の資質、エメラルドグリーンの瑛気が放たれる」

「闇を、討ち倒す……。今だって、そう思っているのですが……」


 マナは未だ瑛気を発しているとは思えない。不安が心を占める。


「もっと、強くだ。強い気持ちが内なる生命エネルギーに呼応して瑛気を呼び起こす。大丈夫だ。自分を信じろ。君ならできる! 現に君は自らの右手を、瑛気で作りだしている!」

「強い気持ちで……!」


 マナは瀕死の状態だったあのとき、自らの右手を作りだすために必死にイメージを高めたことを思いだした。


「そして君の瑛気によって、そのグアンベリーのリングも本来の力を発揮するだろう。そのリングには、以前使用していた者の人格が宿っているんだ」

「人格? こいつ喋るんですか?」

「ああ。スピリットアイテムは瑛気使いが長年使用しつづけることで瑛気を帯びている。そして、その瑛気が使用者の残留思念となり、人格を持つ。君が自ら強い瑛気を発したときに、リングが目覚めるはずだ」


 ミハヤシはマナの目をまっすぐに見た。マナに思いを託すとその目がいっていた。


「人格の名は『グアンベリー』! 彼女自身、強力な瑛気使いだったらしい。きっと君に力を貸してくれる!」

「グアンベリー……!」


 そのままじっとリングを見つめるマナに、宝沢が急かした。


「時間がないわ。君は私が車で八丘高校まで連れていく。いいわね? ミハヤシ、そっちは頼んだわよ」


 ミハヤシが頷くのを見た瞬間、宝沢はマナの腕を掴み走った。乱暴に部屋のドアを開け向かった先は、地下の駐車場だった。

 黒いスポーツカーの前まで来ると、宝沢がいった。


「乗って!」


 すぐに車に乗り込むマナたち。重低音のエンジン音が響く。


(やるしかない……!)


 マナの内から湧き立つ激情を連れて、車が走りだした。



 八丘高校の正門の前に車が着くと、マナは弾丸のような勢いで車を飛びだした。グラウンドには人があふれ返っていた。だがマナは、その中からすぐにシンゴの姿を捉えた。


「シンゴ! ハナは!?」

「マナ、大変だ! ハナちゃんが俺たちの教室で、犯人に捕まってる! 警察も今、なんとかしようとしてくれてるんだけど……あ、マナ!?」


 話を聞くやいなや、マナは駆けだした。途中、警察官に止められそうになったが、それをも振り切り、教室に向かう。

 教室のある棟の一階に来ると、そこには闇の猛威が振るわれた跡があった。すでに五人の警察官が倒れていたのだ。流れた血が照明の光で大きな水たまりのように廊下をぬめぬめと照らしていた。今まで見たことのない凄惨な現場を見て、マナの危険信号がマックスまで跳ね上がる。


「ハナあっ!」


 教室に飛び込むと、そこには、あの浮浪者がいた。乱れ倒れた机と椅子の中で、男は立っていた。そして、その傍らに、ハナが横たわっていた。


「よく来てくれた」

「てめえ、ハナに、何をしたあ!」

「意識を失わせる程度に、邪気を吸わせただけさ。でも、おまえも来たことだし、もうこの女にも用はないな。今度は、命に、届くかも」


 闇がその本性を現した。立ち昇る黒い炎のような体が宙に浮いている。まごうことなき、邪悪の化身、闇の姿だ。

 闇ははっきりと分かるくらい、顔にあたる部分を醜く歪ませ、にたあと笑うと、その黒い手をハナに伸ばした。


「やめろおおおおおおお!!」


 マナの激情が迸る(ほとばしる)。この闇を討ち倒す。心からの想いが、それを出現させた。


「これは……!」


 マナが自分の体の変化に固唾をのむ。


「エメラルドグリーンの、光!」


 今、マナの体がエメラルドグリーンに輝いている。体の内から吹き出るように天に立ち昇ろうとするそれは、紛れもなく虹の鍵人の資質を示す、瑛気だった。

 驚いたのはマナだけではなかった。


「て、てめえ、やっぱり、シェバ・エメラルドと同じ、瑛気使いだったかあああ!」


 闇の顔が、そうと判るように恐怖を示していた。

 そのときだった。マナの手首にはめられているグアンベリーのリングが光りだしたのだ。より強くエメラルドグリーンの光を放つリング。そして同時に右手が、まさに瑛気そのものでできていることを示すようにエメラルドグリーンの光そのものになっていた。

 マナは、リングが右手首によりなじんでいくような一体感を感じていた。


「グアンベリー?」


 呼びかけてみるが返事はない。しかし、マナの声に反応するようにリングは明滅を始めた。目を見開きリングを凝視するマナ。


「リングが、反応してる……!」


 突如、闇は、動転し怒り狂ったかのように、咆吼ほうこうをあげた。そのまま、マナに突進してきた。


「ど、どうすりゃいいんだ!? ぶん殴るか?」


 瑛気を放ちグアンベリーのリングは反応してくれたが、それをどう扱ったらいいのか分からないマナ。とにかく右手を前に構えた。

 その瞬間、マナの頭の中に、聴いたことのない女性の声が響いた。


――鳴らせ! 炸裂させろ!


 マナの頭の深淵にまで届くかのようなその声に、マナは自然と右手の指を動かしていた。

 指先のスナップを効かせ、パチンと指を鳴らすマナ。その音はことの他、大きく鳴り響いた。


 ドゴオオオオンッ!


 その瞬間、目の前で闇の体が爆発した。爆音をあげ、衝撃波がびりびりと教室を揺らす。マナの方にまで爆風が吹き届いた。


「が、あ、ああ……」


 その黒い炎のような体の頭の半分と右胸と右腕だけをかろうじて残した闇は、消え入るような小さな声をあげ、そして、霧散し消滅した。

 後に残されたマナは、まだその衝撃に声を発せずにいた。そしてすぐに我に返る。


「ハナは!」


 床に倒れているハナを確認し、すぐに駆け寄る。怪我はないようだ。マナはほっとする。あれだけの爆発が起きていながら、ハナもマナも無傷。あれは闇だけに効力を発する技のようだ。

 それを理解したマナは、右手とリングを見る。光りつづけるそれを。だがすぐに、エメラルドグリーンの光と化していた右手は光を失い、リングも元のシルバーの光沢を放つだけになった。

 そしてそれに呼応するかのように、マナの意識が遠ざかる。消えいく意識の片隅には、ハナの姿があった。

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