第0章 火蓋を切る
村の男たちは弾丸を撃ち尽くしていた。彼らの目の前には黒い炎のような体を持ったモンスターの集団が蠢きながら笑っている。闇と呼ばれる邪悪な存在だ。男たちの持つライフルから放たれた弾丸は、先ほど、闇の体を無情にすり抜けていくだけだった。闇のダメージは0である。闇に対して、ただの武器では、傷一つつけられないことは彼らにも分かっていた。だが、それでも戦うしかなかった。村の女子供を守るために。
闇は笑いながら近づいてくる。その体を浮遊させながら。一人の男が、決死の覚悟でナイフを構えた。通用しないことは分かっている。
ただ一つ、『瑛気』と呼ばれる光のオーラを除いては。
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
火薬が炸裂する音とともに、赤い光を纏った(まとった)何発もの弾丸が、男たちの背後からスクリューの軌道を描きながら宙を舞った。
照準は、幽霊のように浮遊する、黒い炎のような姿をした闇に定められていた。
驚いたことに一〇体はいたであろう闇の体が、次々と弾丸に撃ち抜かれ消滅していく。光を帯びた弾丸が闇に当たった瞬間、着弾部分から闇の体は同心円上に穴が広がり、霧散していった。あれほど無敵を誇っていた闇が、いともあっさり散ったのだ。闇を撃ち抜いた弾丸は赤く煌めき、閃光のようだった。
「じゅ、銃王~……」
一体だけ残された闇が恨めしそうに、突如、場に現れた男を睨みつける。その視線の先には黒と赤のリボルバー式の拳銃を二丁、両手に持ち構えた、細身の大きな男がいた。それぞれの拳銃は、黒き魔銃ギガベルグとクリムゾンレッドの魔銃ギガレイズと呼ばれていた。男は不敵に笑う。
「くはは。いっぱしに人のことをあだ名で呼びやがるか、この闇は」
全身黒の革ジャケットとジーンズをタイトに着こなす、銃王と呼ばれるこの男は、この世界で絶対の瑛気の力を誇る、『虹の鍵人』と呼ばれる七人の戦士の内の一人だ。青い瞳にブロンドの肩までかかる髪を携えた端正な顔を、さも面白いものでも見たかのように、くしゃりと崩している。
そしてその直後、魔銃ギガベルグを構えた右手が立ち昇るような赤いオーラを放った。炎のように立ち昇る瑛気。男の目もまた、闇に対する憎悪で燃えているようだった。
その銃口を闇に向ける。
「ほら、いってみろ。オレの本当の名を。そしたら、極上の鉛玉をプレゼントしてやる」
「え、瑛気を……!」
闇は恐怖の声をあげた。その顔が怒りと絶望で歪んでいるのが分かる。
「また弾丸に瑛気を込めやがったな、レオルド・ファイアアアア!!」
「正解だ」
ドンッ。
悪を滅するための音が響く。レオルド・ファイアと呼ばれた男は、無慈悲にトリガー(引き金)を引いたのだ。
◇
男の前には、黒々とした巨大な塔がそびえ建っていた。塔からは、禍々しい(まがまがしい)邪気が放たれ、辺り一面の生命を奪うほどだった。大きな森の中にあるその塔の半径一キロメートルほどは、錆び付いた大地が露わになっており、その円周上でようやく生えている木々は枯れ荒んで(すさんで)いた。
この黒き巨大な塔は、『デビルタワー』と呼ばれていた。この世界の邪悪のシンボルであり、元凶であった。生身の人間ならば、その周りにいるだけで生気を失うほどの邪気を放っている。
しかし、その恐ろしい塔の前で、男が生きていられるのは、その男の内から放たれる『瑛気』、別名キングスピリットとも呼ばれる光のオーラがあるからだ。
男の名は、シェバ・エメラルド。この世界『パワーテイル』で『虹の鍵人』と呼ばれる偉大な戦士の一人だ。レオルド・ファイアと同じく彼もまた強力な瑛気使いであった。
しかし、彼は先ほどの死闘で瑛気の大半を使い果たし、立っているのもやっとの状態だった。
がくんとシェバ・エメラルドの左膝が折れる。片膝をつき、痩せた大地に両手をつき、呼吸を乱す。
それでもシェバ・エメラルドは、必死の形相でデビルタワーを見上げる。デビルタワーの天辺には、暗黒色の雲のようなものが集まっている。
「これ以上は、好きにさせんぞ……」
そういうと、シェバ・エメラルドは体中から残った瑛気を奮い立たせた。エメラルドグリーンのオーラが彼の全身から放たれる。
「チェインリー!」
シェバ・エメラルドが叫ぶと、突如、彼の後ろから飛びだしてきたのは、二メートルはあろうかというような猿のような大男だった。その大男が、西遊記に出てくる孫悟空の如意棒を思わせる朱光り(あかびかり)する棒を構えていた。チェインリーと呼ばれた大男の身の丈を超える長さだ。それは、雷霆棒と呼ばれるアイテムだった。
「リー、頼む!」
シェバ・エメラルドの呼びかけに、チェインリーは頷くと、デビルタワーに突進し、雷霆棒から雷をほとばしらせながら全身の力でデビルタワーを打った。
ガキィィイイイン!
固い金属と金属がぶつかり合うような、大きな音が響く。
「おらああああ!」
チェインリーは、耳をつんざくような掛け声とともに、つづけざまに雷霆棒を打ちつける。何度も何度も打ちつける。そのたびに大きな金属音とともに雷光が瞬き、その連撃は、空気や大地までをも震わせた。
しかし、そのチェインリーの腕力をもってしても、デビルタワーに傷一つ与えることはできなかった。デビルタワーは、シェバ・エメラルドとチェインリーをあざ笑うかのように悠然とそびえ立っていたのだ。
チェインリーの連撃が止み、苦悶の表情を浮かべるシェバ・エメラルドがいた。
「く、瑛気が足りない……」
顔から冷たい汗をぽたぽたと滴らせ(したたらせ)ながら、シェバ・エメラルドは打つ手を失っていた。
そのときだった。彼の背後に、巨大な邪気を感じ、同時に黒く冷たいものが、彼の体を貫いたのだ。
背中からひと突きだった。邪気をはらんだ鋭い刃が胸から突き出ていた。
「がっは」
チェインリーが、ぼふんと煙を立てて消える。吐血し、なんとか首だけ後ろに向けて回すシェバ・エメラルド。
そこには、先刻、打ち倒したはずの闇が復活していた。
この世界の邪悪の化身、闇。感情の中にただ悪意だけを持ち、殺戮を繰り返し、人々を恐怖に陥れているモンスター。
中でもデビルタワーを護るため、ここに存在する闇は『デビルガーディアン』と呼ばれ、この闇の力の強大さは、他の闇の追随を許さない。『ベルゼブブ』という名を持つ悪魔だ。その回復力はすさまじく、デビルタワーから力を注がれつづけ、シェバ・エメラルドにかき消されたはずの体が今まさにその姿を取り戻したのだった。
なんのためにベルゼブブがデビルタワーを護るのか。何故、シェバ・エメラルドがこの塔を破壊しようとするのか。それはこの塔が、闇を生みだすからだ。
「無念……」
うずくまるシェバ・エメラルド。その体に宿る瑛気の灯火が、今、消えようとしていた。