48.感謝を受け取ります
「粉塵爆発……。あの小麦粉が全部ああなるのか……?」
呆然としたまま問いかけられ、セルディは首を傾げた。
「うーん、空中に巻き上がる可燃性の粉は大体あんな風になる……かな?」
「は?」
「あ、でも小麦粉だけじゃあそこまでの威力にはならないと思うので、あそこまで爆発するのは混ざり物の粉だけかも?」
セルディの説明に周りの人間は目を見開いたまま固まっている。
ここでセルディは、みんなが粉塵爆発を知らないという事を思い出した。
「あの、多分小麦粉を作っている人はあの現象の事を知っていると思います」
セルディは前世の知識で粉塵爆発を思い出したが、そもそもフォード領の小麦粉を扱っている小屋では、絶対に火を使うな、というのは常識だ。
何故使ってはいけないのか、に関して知ったから、今披露出来ている訳だが、恐らく小麦粉を扱う大人達はみんな誰かから伝え聞いているだろう。
小麦粉が空中に蔓延している時に火を使うと、爆発するという事を。
「つまり、小麦粉を作っているカラドネル領の人間もあの現象の事を知っているという訳だな?」
「多分……?」
貴族が知っているかまではわからないが、作っている農民のあいだでは常識だとは思う。
セルディは考えをそのまま伝えた。
「そうか……。参考になった。ありがとう」
「えへへ、お役に立ててよかったです」
あぐらを掻いて座ったレオネルに頭を撫でられ、セルディは照れ笑いを浮かべる。
やっぱりレオネルに褒められるのが一番嬉しい。
二人でそんな和やかな空気を出していると、後ろから怒りを滲ませた声が聞こえてきた。
「こんな、こんな物を我が領地に……」
そちらに顔を向けてみれば、身体から怒りのオーラを溢れさせているサーニア夫人が居た。
睨むような目を向けられ、セルディの体がビクリと震える。
「セルディさん……」
「は、はい!」
慌てて背筋を伸ばし、ぴしっと直立する。
自分に対して怒っている訳ではないとわかってはいるが、怖いものは怖い。
「この粉は、どのように処理をすればよろしいかしら?」
「えーっと……」
ちらり、と袋の中に大量に残っている小麦粉を見てみる。
前世では消費期限の切れた小麦粉はまとめて燃えるごみとして処理していた。
だが、この小麦粉は魔石の粉入り。
空中に散布されない限り、今のような爆発は起きないと思うが、量が量だ。絶対に危険はないとは言い切れない。
火薬の代わりのようなものになっている可能性だってあるのだ。
では埋めるのはどうだろう。
小麦粉は虫の餌にもなるから埋めても問題はないはずだ。
問題は、埋めた場所に大量の虫が湧く可能性……。
「あ、そうだ。堆肥にしましょう!」
せっかくの小麦粉、しかも魔石の砂入りだ。
使わないのは勿体ない。
一気に大量に消費は出来ないけれど、魔石の砂が入っているならとても良い土になってくれるはず。
セルディはそう結論を出した。
「堆肥って、糞尿を混ぜるヤツじゃなかったか?」
立ち上がって土を払ったレオネルが不思議そうに問いかけてきた。
そういえば、レオネルに送ったメモの中にそんな事を書いた気がする。
糞尿の再利用が出来ないかと考えての案だったが、堆肥は有機物を微生物に分解してもらって出来る肥料の事なので、糞尿じゃなくてもいい。
セルディはそう説明した。
「へぇー。そりゃまた王都の研究員達がこぞって研究しそうだな」
「分量とかはわからないので、研究してもらえると助かります!」
「発案者として名前を出すか?」
「いえ、私は研究者とかは向いてないので……」
こういうのはアイディアだけ出して出来る人に任せたい!
セルディの力強い言葉に、レオネルは苦笑した。
「お前は本当に欲がないな」
「え、ありますよ! ありまくりですよ!」
「なんだ、どんな欲があるんだ?」
言ってみろ、と目で問いかけられ。
セルディは口を閉じる。
(レオネル様を生存させたいとか、レオネル様に見合う女になりたいとか、あわよくばレオネル様のお嫁さんになりたい……とか。なんて、言える訳ない!!)
そんな事を考えながら目を挙動不審にうろつかせるセルディに、レオネルが目を細めた。
優しげなその表情に、セルディが動きを止める。
「俺に出来る事なら叶えてやるから、言ってみろよ」
頬に手を当て、顔を固定されてのそんな言葉に、セルディは顔を真っ赤に染めあげた。
「むむむむ無理ですー!! 乙女の夢なんですー!!」
「ぶはっ、なんだよ乙女の夢って! ますます気になるぞ!」
叫んだセルディに吹き出すレオネル。
小麦粉についてや、カラドネル公爵が何故こんな物を送ってきたのかとか、あーだこーだと周りの人間達が真剣に話し合っている中、セルディとレオネルだけは和やかな空気を醸し出していた。
「……はぁ、わたくしはとんだお邪魔虫だったという訳ね」
そんな二人を見て、サーニア夫人は先ほどまで湧き上がっていた怒りも萎えた様子で、苦笑いしながらそう呟いた。
「はっ、す、すみま……あ、いえ、申し訳ございません!」
気づいたセルディがレオネルから一歩退くと、レオネルは苦笑しながら母親である夫人と向き合った。
「嫌だったら始めからそう言ってますよ」
「あなたもサイロンも、本当に素直じゃない子に育ってしまって……。私は子育てには向いていないという事がよくわかりました」
「私も兄上も、単純にあなたに似ただけだと思いますが……」
「なら、素直に頼れる相手と結婚するのが一番という事でしょうね」
「ははは、そうですね。その意見には賛成します」
なんの話かよくわからないが、レオネルとサイロンとサーニア夫人の性格は根本的には似ている、という事なのだろうか。
レオネルは父親似なのかと思っていたのだが、そういえば母親相手には一貫して敬語で話しているところはレオネルの素直になれない部分なのかもしれない。
「それで、その堆肥……というものについては王都で研究をしているものが既に居るのね?」
「はい、それなりの成果が出てき始めたところと聞いています。王都に手紙を出しましょうか」
「そうね。そうして頂戴。セルディさん、この小麦粉は今後どうやって保存すればいいと思う?」
「あ、そうですね。使わないのであれば倉庫はやめて、警備しやすい場所に置いておくのがいいかと思います。あとは、粉を撒かれても引火する前に風の魔道具とかで吹き飛ばしたりとか、水の魔道具を雨のように降らせて粉を落とせば爆発は出来ないと思うので、そういうのを携帯したりとか……」
そんな魔道具があるかはわからないが、扇風機のようなものはあったはずなので、きっと作る事は出来ると思う。
セルディの言葉に、夫人はすぐに頷いた。
「わかりました、一度ダムド家が贔屓にしている魔道具職人に問い合わせてみます」
「はい、そうしてください。対抗策がわかれば、もしも事故が起きてもきっと大丈夫です」
にっこりと笑って言ったセルディに、夫人は目尻を下げた。
「こんな大事な情報は本来であれば無償で教える必要はないのに、セルディさんは本当にお人よしですわね」
発言は辛口だったが、目にあったのは呆れではなく、感謝だった。
「こちらの不手際で酷い目にもあったというのに……。今回の事は本当に申し訳ありませんでした。私は、ダムド領の領主の妻として、今後もあなたの力になるとお約束致します」
サーニア夫人はそう言って、丁寧に頭を下げた。
元王女でもあった夫人が頭を下げるのは、今では国王となったグレニアン陛下にだけのはずなのに。
そんな夫人を見習うように、周りの人々は膝を突いて頭を下げる。
「えっ、あの、えっ!? そんな、私はただ知っている話をしただけで、あの、頭を上げて下さいっ! レオネル様もやめて下さるように言って下さい!」
「まったく、お前には敵わないな」
笑いながらレオネルにまで頭を下げられ、セルディはどうしようも出来ない状況におろおろと辺りを見渡した。
あのサイロンまでもが頭を下げているのだから、更に困る。
「み、みなさん、頭を上げて下さい! 困りますー!!」
「ふふふ。まったく、セルディさんったら。そんな事では立派な領主の妻にはなれませんよ?」
本気で焦ったセルディに頭を上げた夫人がコロコロと笑った。
立派な領主の妻には憧れるが、たくさんの人に頭を下げられる事に慣れるのにはまだまだ時間が必要だ。
セルディは項垂れた。
「母上、セルディをからかうのはやめてください。領主の妻なんて、千差万別です」
「それもそうね……。私も良き領主の妻を目指してきましたが、まだまだのようです」
小さく憂うような息を吐いた夫人は、そのまま背筋を伸ばして顔を上げると、声を張った。
「残っている粉は厳重に警備するように! 夜間の警備も増やします! 各自もしもの強襲に備えなさい!」
「はっ!!」
そして、護衛を残して、他の人達は慌ただしく動き始めた。
「今日は本当にありがとう。セルディさんもお疲れでしょう。ゆっくり休んでちょうだい」
「こちらこそご厚意に感謝致します、サーニア夫人」
さっきのサーニア夫人を見習って、精一杯のカーテシーを披露する。
夫人はそんなセルディを微笑ましく見た後、レオネルに目を向けた。
「レオネル、今後の予定は?」
「もはやこの地も何が起きるかわかりません。明日出ます」
「その方がいいわね……。護衛はいるかしら?」
「あまり大人数でも目立つでしょう。質素な馬車を使わせて貰ってもいいでしょうか」
「お好きになさい。……しっかり守るのよ」
「はい、怪我ひとつ負わせません」
そう言い切ったレオネルの表情は真剣で、セルディはとてもかっこいいと思った。
話している内容はよくわからないが。
(明日レオネル様行っちゃうのかぁ、寂しいなぁ……)
そんな事を考えてぼーっとしていたセルディの目が夫人と合う。
つい反射的にへらり、と愛想笑いをしてしまった。
返されたのは綺麗な微笑み。
そのまま夫人はレオネルへと向き直る。
「頑張りなさい」
「……はい」
そして夫人は護衛達を引きつれて去って行った。




