49.王都に向かいます
立ち去る夫人の後ろ姿は凛としていて、とても格好良かった。
自分があんな風になれるとはとても思わないが、夫人の領地を背負って立っていることを体現するような姿勢に、セルディは少し憧れを抱いた。
「私からも礼を言う」
声をかけてきたのはサイロンだった。
女嫌いの彼が頭を下げていただけでも驚きだったのに、礼を言うなんて。
セルディは目を瞬かせた。
サイロンは不本意そうに口をへの字にしたまま、セルディから目を逸らして話し出す。
「……女への偏見を捨てる事はやはり難しい。だが私は、この領地が好きだ」
時に、領民にどうしようもない悪感情を抱かれる事もある。理不尽な要求をされる事だってある。しかし、視察に赴いた先で感謝の言葉を貰える時ほど、嬉しいと思える事はない。
サイロンはそう語る。
「この街が壊されていれば、この領地の流通だけでなく、国境線の要でもあるカッツェ領へも影響が出ていただろう。それはこの地がまた戦場となる可能性もあったという事だ。ようやく復興の目処が立った場所を壊されるのは我慢ならない。だから……、お前には……、感謝する」
眉間に皺を寄せたその顔は、どうみても嫌そうに見えるが、きっと照れているだけなのだろうとセルディは前向きに解釈してみる。
隣に立っているレオネルは腕を組んだままで、未だに兄に対して複雑な想いを抱いていそうだが、もう怒る気はないようだった。
「私が知っている事を教えただけなので、そんなに感謝される事じゃないんですけど……。でも、お礼は受け取っておきます」
「ふん……。私も母も事後処理があるため明日は見送れないだろう。気を付けて行け。じゃあな……」
サイロンはそのままセルディに顔を向ける事なく、屋敷へと向かった。
「レオネル様、明日は見送れないそうですよ。ご挨拶しなくてよかったんですか?」
「ああ、別にいい。兄とは顔を合わせる事も最近じゃ稀だしな、いちいち見送りなんてされたら逆に鬱陶しい」
「またまたぁ、してもらったら嬉しいくせにー」
「ばっか、ンな事ねーよ」
からかうようにそう言えば、レオネルは照れたように乱暴な口調になってセルディの頭を小突く。
「お前も明日出るんだから準備しとけよ」
「え?」
そんな事、聞いてない。
「さっき言っただろうが、ダムド領ももう安全じゃない。明日にはここを出て王都に向かうぞ。フォード領の洞窟についても説明して貰わないとな」
「あれって私の事だったんですか!?」
「俺がなんのためにわざわざここに来たと思ってるんだ?」
「里帰り……?」
レオネルは黙った。
(え、違うの? あれ、もしかしてブルノー様がこっちに向かったって聞いたから、レオネル様がわざわざ来てくれたって事? もしかしなくても、私のため!?)
その可能性にようやく気付いたセルディは驚きと照れが混じったような、なんとも言い難い顔になった。
「ぶっ、なんだよその顔」
「えっ!! わ、私どんな顔してるんですか? ぶさいく……?」
レオネルに笑われ、慌てて両手で頬を隠して顔を俯ける。
しかしレオネルはせっかく隠した顔を覗き見るように、しゃがんでこちらを見てきた。
「ぶさいくではないけどな。……面白い顔だな?」
「面白い顔ってどんな顔ですかー! 見ないで下さいー!」
両手でレオネルの顔を突っぱねると、レオネルは更に大きな声で笑った。
ひとしきり笑ってから、立ち上がったレオネルは、いつかの時のように片手をセルディへと差し出す。
「ほら。行くぞ、お姫様」
「……むぅ。意地悪な王子様ですこと!」
ツンと顔を斜め上へと上げながら、レオネルの手に自分の手を乗せた。
その手は相変わらず大きく、そして固く、温かかった。
*****
次の日。セルディは朝からガタゴトと馬車に揺られていた。
「せめて買い物がしたかったなぁ……」
ちらりと後ろを振り返ってみるが、あるのは馬車の壁だけ。
セルディは溜め息を吐く。
王都への移動があまりにも突然過ぎてお土産を買う暇もなかったのだ。
「またいつでも行けますよ。公爵夫人はとてもお嬢様の事を気に入っていらっしゃいましたから、喜んで歓迎して下さるでしょう」
「そう、かな?」
今回も馬車はチエリーと二人。御者はジュードだ。
ただ一つ違う事は……。
「ああ、次に行った時には母上はセルディに大量のドレスを贈るだろうな」
窓の外から声をかけてきたのは、愛馬であるセントバーナードに乗ったレオネルだ。部下のレイナードと共に、このまま王都まで護衛をしてくれるらしい。
国の近衛隊長が子爵令嬢の護衛なんて、ものすごく豪華だ。
セルディは自分が国の重要人物になったような気持ちになった。
「ド、ドレスですか!? なんだかすごくお高そうな匂いが……」
「すでにセルディのデビュタントのドレスを注文してるかもしれないぞ」
「ええー!?」
「公爵夫人に気に入られるとは、セルディ嬢は今後大変そうですね」
反対側の窓からはレイナードのそんな声がして、セルディはますます心配になる。
「嘘ですよね!? デビュタントなんてあと三年も先ですよ!?」
「予約くらいはしてるんじゃないか?」
「えええええー!!」
「セルディ様、お声が大きいです」
「はい……」
驚愕に思わず出てしまった叫びを、チエリーにさらりと注意をされ、セルディは項垂れた。
「くくく、セルディが淑女になれるのはいつになるだろうな」
「ぐぬぅ……。私だってやる時はやれます」
「ああ、それは知ってる」
レオネルは二度目に会った時の事を思い出したのか、にやっと笑った。
「だがあれは年相応ではないからな。ゆっくり習得していけばいいさ」
「としそうおう……」
年相応とはなんぞや。
セルディは身近に同年代の貴族令嬢がいないため、想像出来ない。
「今は丁度社交のシーズンでもある。早馬でフォード子爵夫妻も王都に呼んでおくように手配したからな。子爵夫人と一緒に茶会にでも参加して、しっかり学んでくるといい」
「お父さんとお母さんも王都に来るんですか!?」
「ああ」
「やったぁ!!」
会えなくなってからそろそろひと月半。
王都で再会出来ると聞いて、折角言えるようになった様付けの呼び方が吹っ飛ぶくらいセルディは喜んだ。
レオネルはそんなセルディを見て、神妙な顔になる。
「……こっちの都合で離れさせて、悪かったな」
「そんな、レオネル様のせいではないですし……」
「兄上の態度もかなり酷かったと聞いた」
「あー……」
あれは、ね。
女嫌いとは聞いていたけれど、さすがに酷かった。謝罪は受け入れはしたけれど、女の子の扱い方についてはいつか誰かに指導を頼んだ方がいいかもしれない。
思わず苦笑いしてしまったセルディに、レオネルも苦笑する。
「言い訳になるが……。母上は王女として教育は受けたが、子育てというものは知らずに育っていてな……」
自分より下の兄弟も居なかったサーニア夫人は、たった一人の王女としてそれはそれは大切に育てられたらしい。
甘やかされた割には聡明でもあった夫人は、人を動かす事を覚え、為政者の一人としても重宝された。
当時の社交界では誰が夫人の心を射止めるのかと、とても賑わっていたらしい。
そんな夫人が恋をしたのがレオネルの父親で、当時から騎士として武功をあげていた辺境伯の一人息子のベイガだった。
「父上は父上で、俺が言うのもなんだが、戦う事以外はてんでダメな人だからなぁ……。俺も兄上も小さい頃は久しぶりに見た父上の顔に怯えて泣いていた」
当時を思い出したのかレオネルがくすりと笑う。
そんな将軍は表向きには戦いの褒章として夫人との結婚を願ったという事になっているが、レオネルは夫人が囲い込んだのだろうと言う。
(おおう、本にもなりそうなロマンチックな話が一気に腹黒く……)
そんな調子で結婚した二人だが、夫人と将軍は未だに仲は良く、お互いを想い合ってはいるらしい。
だが、父親は国境線を守備するという任務上、あまり帰ってくる事は出来ず。帰ってきても不審な動きがあればすぐに戻らなければいけなかった。
夫人は母親という役割よりも、夫を支えるためにベガの街に掛かり切りで、サイロンもレオネルも、小さい頃はそれなりに寂しい思いをしていたのだそうだ。
そして母親という目がない中、子供の二人に言い寄る女も多かったらしい。
「俺は早い時期にグレニアンと一緒に王城で育ったから、兄ほど酷くはないが。俺もそれなりの年頃の女には未だに警戒する。長年の癖で母上にはあんな態度になってしまうしな」
「そうだったんですか……」
「だから許してくれという訳じゃないが、今後も俺の家族として挨拶くらいはしてやってくれると嬉しい」
肩を竦めて軽い調子で言ったレオネルの言葉に、セルディは神妙に頷いた。
サイロンはともかくとして、どうりでレオネルみたいな良い男が結婚も婚約もしてない訳だ。
「私くらいだったら大丈夫なのでしょうか……」
「……そうだな。セルディは可愛いからな」
「えっ」
いや、これは子供だからって意味だ。
そうだ、そうに違いない。
セルディはそう思い込もうとしたが、顔に溜まる熱を止める事は出来なかった。
「おーい、なんか居た堪れない空気になってんぞー」
「ジュードさん!!」
シーンとなっていた空気をジュードがぶち壊す。
チエリーが怒るが、ジュードはカラカラと笑うだけだった。つられてセルディも笑ってしまう。
王都までの道のりは、そんな風に和やかに過ぎて行ったのだった。




