第一章 出会い
彼女はオレンジの稲妻模様が走るバイクから、左手を一瞬だけ離して手を振った。こんな田舎町の駅前に立つ外国人は僕ひとり。すぐに僕を見つけたのも当然だろう。
黄色いヘルメットに早春の陽が、風に舞う長い髪を透かして、まるで後光のように輝いていた。眩しい。まるでアマテなんとかいう女神のようだ、と思った。昨夜、日本の古代神話を読んでいたせいで、洞窟から出て世界に光をもたらしたあの女神のイメージが、頭の中に鮮明に残っていたのだ。
巻毛の金髪頭が一本杉の梢のように周囲の通行人たちから飛び出していた。駅前に立つ外国人男性。すらりとした背の高さに、細長い顔。紺色のTシャツにベージュの綿パンという素朴な服装が、逆に彼の存在感を際立たせていた。バイクを徐行させながら私は彼に手を振った。彼は確かにそれに気がついたのに眩しそうに目を細めただけだった。
バイクを降り近づいていく私を彼はニコリともしないで見つめていた。
彼女はバイクを止め、ヘルメットとジャケットを脱ぐと、ぴったりと体に沿ったセーター姿の細い腕を差し出して僕に近づいてきた。
「はじめまして、ヨーコです」
まっすぐに僕を見つめるその瞳は、目尻の長い一重瞼。卵型の顔を、真ん中で分けた黒髪が囲んでいた。ジョン・レノンのパートナーだった頃のヨーコ・オノを思い出させる髪型だ。でも、その髪も目も、オノ・ヨーコのような荒々しさや鋭さはなかった。
「ジョンさん……ですよね?」
「あ、はい。ヨーコ先生ですか」
「はい。田中陽子です。今日は、よろしくお願いします」
目の前にいるヨーコは、知的ではあるけれど、穏やかで優しい雰囲気を持っていた。
「ヨーコ……?!」
まさか、「僕のヨーコ」なのか? 夢を見ているような気分で手を差し出し、彼女と握手を交わしながら、僕はその顔を観察せずにはいられなかった。あまりにもじっと見つめすぎて、もしかしたら失礼だったかもしれない。彼女は若くない。僕より年上なのは確かだ。眉墨と薄い口紅の他には化粧気がなかった。
握手をしようとその顔を見上げた瞬間、「すごい」と思った。普通じゃない。考える深さが違う。知性と繊細さが恐い位だった。
その大きな目――日本人にはありえないような――は、グレーにも見え、緑にも見え、どこか茶色のようでもあり、厳しさや痛みを沈めているようだった。そんなに思いつめないで、そんなに背負い込まないで、もっと気楽に生きればいいのに――そんなふうに、そっと慰めてあげたくなった。
その瞳が私をまっすぐに見つめ、まるで何かを見つけたように驚きを浮かべて、さらに私を覗き込んできた。初対面だというのに、笑顔はまったく見せなかった。難しい表情のまま、なぜか口に楊枝をくわえていた。一瞬、私は高校時代にテレビでちらりと見た時代劇『木枯し紋次郎』を思い出した。あのニヒルな雰囲気を、彼は気取っているのだろうか。
私の怪訝な表情に気づいたのか、彼は慌てて楊枝を口から抜いて、ポケットにしまった。
「……あ、すみません、これ……」
「ちょっと……びっくりしました。木枯し紋次郎みたいで」
「なんですか、それ?」
「昔の時代劇のキャラクター。旅人で、いつも楊枝をくわえてるんです」
彼が、ほんの少しだけ笑った。その笑顔に、救われるような気がした。
「私のお気に入りのカフェがあるんです。体験レッスン、そこでいいですか?」
僕は無意識にうなずいていた。そして、気がつけば体も自然と動き、彼女のバイクの後部座席に座っていた。僕の両手は、おそるおそる彼女の背中から前に回されたが、幸い、何の抗議もなかった。
小柄な彼女の後から首から上が飛び出した外国男の僕が抱きついて、街の中心を駆け抜ける――そのバイクを、まるで珍獣が走っているかのよう見つめる人々の視線を感じて愉快だった。




