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今に勝る時はない。



 生まれてから今まで、初対面の人間に対し「うーわ」と口走ったことはあっただろうか?

 思考を巡らせること数秒。自身の記憶を遡った結果、一つの結論へと辿り着く。



 ――――結構、あったわ。



 ……とはいえ。今回は恐らく俺じゃなくたって「うーわ」と言っていたと思う。


 目前の、一人の少女。

 高校生くらいだろうか。やんちゃ盛りであろう年頃に見えた。

 ただ、なんというか。彼女の見た目に、異常なほどの違和感を覚えるのだった。


 髪型は薄めの茶髪。夏休み始まったばかりの時期から推測するに、若気の至り的衝動で染めたのだろう。それもそれでちょっとイタいが、問題はそこではなく。


 肩が隠れるほどまで伸ばした髪には、緩やかなウェーブがかけられている。瞼には紫を基調としたラメ入りアイシャドウ。唇には発色のよいピンクのリップクリームが塗られ、肌には明るめのファンデーション。


 首から上だけを見て比喩するとするならば、それはまさに、夜のお仕事の人。それしかない。実年齢にプラスでブーストをかけるのは、女の子としてミステイクなのではなかろうか。


 後、服装もおかしい。夏だというのにぶっかぶかのカーディガンを着て(一応薄手)、裾からギリギリ視認できるレベルでミニスカートをキメている。さらにその下、供給過多の絶対領域を超えると、次はルーズソックスが待ち構えているのだった。



 ――――もう、なんというか。



 今にもポケットからポケベルとかピッチとかを平然と取り出してきそうな奴部門、堂々の第一位認定間違いなしみたいな感じだ。

 俺がいる空間だけタイムスリップしてしまったんじゃないかと、脳がバグってしまいそうになる。


 半眼になりながらも彼女を見ていると、その唇がゆっくりと開く。



「……え。誰?」


「いやお前が誰だよッ!?」



 勢いあまってツッコんでしまった。何だこの時代錯誤JKは。


「あーし?」


 あーして。


「あーしは、『いいのてぃあ』」


 ティア? ……ハーフかクオーターか? 確かに言われてみれば、そういう風にも見えなくもない顔立ちのようにも感じる。いや化粧のせいかもしれないけども。


「涙と書いて、てぃあ」



 …………あー。そっちね。



 なんかどっと気か抜けてしまった。とりあえず軽めの自己紹介を猪野にし、要件を窺う。

 すると、ん。と。バインダーの様なものを差し出してきた。


「……回覧板だし」


「あ、あぁ。さんきゅ」


「見ない顔やけど、どっから来たん?」


「東京」


「へー。ちょべりぐ」



 ……なんて?



 いや、深く考えないようにしとこう。なんか嫌な予感がする。こいつに深く踏み込みすぎると面倒くさそうだ。そう頭の片隅が警鐘を鳴らしていた。


 猪野はにやりと笑うと、くるりと回りながら少し距離を開けた。全身のコーデがよく見える。その仕草だけで言うのであれば、年相応の大変可愛いらしいものだった。

 艶やかな唇が、ゆっくりと開く。妖艶さを感じさせる出で立ちと、幼い印象を受ける仕草・表情。そのギャップが、俺の脳をバグらせてしまいそうになる。


 ふわりと。花弁が舞い落ちるように。猪野は俺に問うのだった。


「……どう?」



 ――――どう、とは?



 なんて、悪魔的な質問なのだろう。

 どう? とはまさか、その見た目のことを指して聞いているのだろうか。だとするのならば、今世紀聞かれたくない事堂々の第一位だぞ。


「ナウいっしょ」


 ニシシと笑う猪野。いやナウくない。なんならナウいという言葉自体がもうすでにオールドい。


 とはいえ。さてさてどうする童貞19歳。素直にだせぇというのは至極簡単だ。だがわざわざ回覧板を届けに来てくれた彼女を凹ませて帰らせるのも気が引ける。別に、彼女にどう思われるかというのは些細な問題なのだ。ただ、後味の悪さを残して今日一日を過ごすのは避けたい。それだけだった。



「あーしさ」


「……あ?」


 悶々と頭を巡らす俺に、猪野は語りだす。


「昔見た雑誌でてっげめっちゃ感動したとよね! あんなきキラキラしよっとの、初めてやった! それでね、てげ憧れたとよ……! あーしもこうなりたい。せめてここでだけでも、最先端のファッションリーダーになるって!」


 ……あぁ、なるほど? この惨状になってしまった経緯がなんとなく読めてしまったぞ。


「だから、普通にトレンド追ってるだけじゃ駄目だと思って、今に至る、と。流行は繰り返すっていうからな。だから、一歩先にと思って、あえて古いムーブメント追っかけることで真新しさを目指した、と」


 俺の言葉に、猪野はさらに目を輝かせて詰め寄ってきた。


「すごいっ! 一夜くんってエスパーね!?」



 ……ちかいちかいちかいちかいっ!



 鼻と鼻がくっつきそうなほど接近する猪野。メイクは酷いが、なかなかに整った顔立ちをしてるんだなとか、意外とまつ毛が凛と伸びていて綺麗だなとか。そんな余計なことばかりが頭をよぎってしまう。メイクは酷いが。


 流石東京やね……! と息巻く彼女は、興奮しすぎているのだろう。この距離感に気づいていないようだった。


「……それで!? どうっ!?」


 じぃっと、期待の眼差しで見つめられる。輝く瞳から俺は、顔ごと視線を逸らした。わくわく、わくわく、と、彼女の表情からひしひしと伝わってくる。


 さぁ。俺は選択しなければならない。彼女への返答を。いやまぁ、最初からいうことは決まっているのだけれども。俺は、俺の心に正直に生きる。性格ド腐れ下郎野郎の他称は伊達ではないのであって。


 冷や汗をたらりと垂らしながらも、俺は締まり切った喉から無理やり声を押し出し、答えるのだった。


「……………………ま、まぁ別に? …………い、いいんじゃ、ねぇの……?」



 あぁ、真実とはなんて、残酷なのだろうか――――っ!!





 なんだか、どっと疲れた。

 部屋に戻り、ゲーミングチェアに全体重をあずけ、天井を仰ぐ。ミコが心配してくれたのか、コーヒーを入れてくれた。

 千亜希さんはうんうんと唸りながらも、スーツに着替えてどこかへ出かけて行ったようだ。恐らく仕事だ。社会人も大変なことだ。一社を支える大黒柱ともなればなおさらのことだろう。


 とりあえずコーヒーを飲んで一息つき、俺は自分のスマートフォンに目を落とす。

 緑色に、白い吹き出しが目印のSNSアプリ。そこには右上に1と表示されていた。


 アイコンをタップし、中身を確認する。メッセージの送り主は、猪野ティア。別れ際に半ば強制的にコンタクトを交換させられたが……。とりあえずクソ女神の出方が分からない以上、下手に他人との接触を増やすのは得策ではない。既読を付けることすら躊躇われるが、とはいえ放置というのも味気なく感じる。


「…………………」


 画面上部をスライドし、既読をつけずして内容を確認した。その内容に、すぅっと自分の表情が失せていくのを感じる。


「…………かずや?」


 ミコが俺の顔を覗きこむ。眉尻が下がった表情が、視線の映った。が、そこへ気を回す余裕がない。思考を巡らせ、その内容の真意を探る。本文には、たった一言。



『超常現象って信じる?』



 とだけ、書いてあった。ただの噂話を共有したいだけか、それとも。誘い出すための撒き餌か…………。


 とりあえず判断材料が足りなさすぎる。今日あったばかりの人間からの接触であることを考えれば、罠色濃厚。だが、あのクソ女神がそんな稚拙な罠を仕掛けてくるだろうか。あいつならば、もっと手の込んだ罠を仕掛けそうではある。一方で、稚拙な罠をあえて設置することで無警戒に踏ませる。そんな戦法をとる意地の悪さも、あの女神は持ち合わせていやがる。


 はてさて。疑心暗鬼、疑心暗鬼。


 こうなってしまえば、考えれば考えるだけ奴の思う壺だ。こちらを疑心暗鬼にさせ、疲弊するまで待つ。そういう戦い方の線だってある。で、あるのならば。


『どう言う意味だ?』


 一度、藪の中を突いてみよう。棒が出るか蛇が出るかは、文字通り神のみぞ知るってね。


 最速で着く既読。瞬き2回分の時間を経て、新着メッセージを知らせる音が鳴る。

 その内容に目を通した瞬間、俺は勢いよく立ち上がる。唐突な挙動に、ミコがビクッとなった。


「出かけよう、ミコ。どうやら棒でも蛇でもないっぽい」


「…………ふぇ?」


 唖然とするミコを彼女の部屋に押し入れ、自分もそそくさと支度を始める。

 ゴッドファーザーでも言っていた。敵を知るならその懐に飛び込め、と。まさにそう言うことなのかもしれない。


「…………いや」


 ふと考え直し、俺はまた、ボソリと呟く。


「“Fortune favors the bold.” …………そっちの方が正しいか」


 支度し終わり、ドアノブに手をかける。部屋を出る前に、一度、自分のデスクを見る。

 その上に、端っこにポツリと置かれた写真。最後になってしまった、家族全員揃った写真。


「…………んじゃま、行ってきます」


 ポツリと、蛇口から滴る水滴のような言葉は、多分。

 受け止められることもなく、すぅっと。散ってしまったのかもしれない。そう考えてしまう。

 今自分の顔を誰かが写真で撮ったなら。きっと。


 俺は、俺の顔を覗きこんだ時のミコのような、そんな表情をしているんだろうな。

 



お久しぶりです。忘れた頃にやってきてしまいました。

投稿が空いてからかなり時間が経ってしまいすぎてしまいました……。

もし、万が一。この作品のことを頭の隅っこに1ビットでも覚えていただけていた方がいるのならとても幸いです。これからも不定期ではありますが、少しづつ更新していこうと考えています。

どうか、宜しくお願い致します。

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