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駆けろ! ぷりん部  作者: 三池猫
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第一話「ぷりん党」 01

 佐木崖瞠(さきがけみはる)は高らかに吠えていた。

 その叫びは、荒涼と閉ざした空間に鳴り響き、(おとこ)たちの煩悩(たましい)蠢くラビリンスをゆるやかに振るわしたという。

 ラビリンスとは、一部の生徒たちに受け継がれた土木工学で勝手気侭に掘り進められた地下迷宮の総称である。校内全域に張り巡らされたラビリンスに規則性はなく、痴れ者が一度でも足を踏み入れれば最低三日は彷徨い続けることだろう。噂に寄れば、ココを深怨の暗黒龍(ラスボス)が眠るダンジョンだと勘違いした新入学生が、厨二病を(こじ)らした勢いで足を踏み入れてしまい、五日後、魚の骨になって出てきたことはあまりにも有名な話である。

 そんな、訳の分からないラビリンスの一室で、彼こと佐木崖瞠は高らかに叫んでいた。


「パンティ。

 この神秘的で幾何学模様を形づくっている逆三角形は、言うなれば覗いてはいけないブラックボックスと称しても過言ではないだろう。

 これまで猛々しい人類たち(主に思春期の男)が、自分の生涯を懸けて魅惑的な逆三角形の面積を求めようと孤軍奮闘しては散っていった。なぜなら三角形を求める定理(底辺×高さ÷2)が通用しないどころか、ブラックボックスの中身を覗き見ようとした輩には正義の鉄槌がくだり、鬼の形相と化した女性陣からは罵詈雑言を浴びせられ、それでも気が収まらず変質者のレッテルをもステッカーみたいにぺたぺたと貼りまくったあげくに、正門前にパンツ一丁で正座させられてしまうからだ。

 だからこそ我々は、自尊心を傷つけられまいと「妄想」を膨らませ、日々鍛練し、己が秘技(スキル)を磨いてきた。故に、古代人が神を信じ、その物語(想い)を星空に描いたように、私たちが神秘的なパンティへ想いを馳せるのは自明の理であり責務となっている。

 パンティ。

 嗚呼、なんて神々しい響きだろう。一種の挑戦状、いや、神託とも受け取れるその響きに、心躍らない健全な男子など居るはずもないし居てはならないのだ。もし、(おとこ)としての反応を示さないヤツがいたら私の元に来い。小一時間ほどアツく語って説教してやるッ!

 さあ、諸君も私とともに歩み出そうではないか。三角形の定理を求める悠久の旅路へ――」

 暖色に光る蛍光灯の明かりだけが、彼を暖かく包み込んでいた。森閑とした一室で、彼は微動だにせず、脳内で再生されている熱き同胞の拍手が鳴りやむのを静かに待っていた。

 彼の周囲には、ひしゃげたロッカーに曲がった金属バット、廃材、パイプ、目出し帽をかぶったマネキンなどが無造作に転がっている。どれもが埃を被っており、誰が見ても不法投棄と思わせる惨状に見えた。そんな、深窓の佳人が見れば昏倒間違いなしの部屋で佐木崖瞠は、彼の元を去って行った同胞たちへ思いを馳せていた。そんなとき、

「ん?」

 演説が終わっても、なかなか拍手が鳴りやまないことに瞠は疑問を感じた。いくら、自分の妄想が作り上げた仮想演説だとしても拍手が鳴りやむタイミングと云うものがある。それなのに待てど暮らせど拍手が鳴りやまない。

 不思議に思った瞠が拍手の鳴る方を見ると、部屋の片隅に置かれたアナログテレビの上に座っている少年が一途な眼光で彼のことを見ていた。

 怪訝な顔で少年を見た。知らない顔だった。瞠が起ち上げた『ぷりん部』に来訪者がくるのは珍しいことだった。学校非公認の部活なので、新入生が部活見学に来たとは考えにくい。そもそも瞠は勧誘をしていないので、ぷりん部の存在を知る生徒は彼の知人とラビリンスの住人だけのはず。誤ってラビリンスに迷い込んだ可能性も否定できなくもないが、ここへ通じる入口は旧校舎の隠された場所にある。三日間続いた中間テストから解き放たれた一般生徒が、間違えてくることなどありえなかった。

「キミは誰だね?」

「さっ、早乙女隼人です。本年度、普通学科①に入学しました」

 軍人のように立ち上がって氏名を口にする新入生を見て、瞠はますます意味が分からなかった。

「我がぷりん部は女子禁制だ。即刻、立ち去りなさい」

「ボ、ボクは男です」

 確かに、早乙女隼人と名乗る新入生は瞠と同じ制服を着ていた。小柄な体形に低い身長。小顔に短髪。まるで女性が男装しているように見える。これがちまたで呼ばれる男の娘なのかっと瞠は思った。

「お前は男なのか?」

「はっ、はい。ボクは男です」

「なら、なおさら出て行きなさい。ここは部外者以外立入り禁止だ」

「あっ、あの……先ほど入部届をお渡しした者なのですが」

 そう言って隼人が恐る恐る視線を下に向けたので、瞠もつられてその先を見る。すると、自分の左手に入部届が握り締められていたので驚いた。演説中、片手間で受け取っていたことを思い出し、受け取ってしまったのなら仕方無いと口を尖らせてから文面に眼を通すことにした。

「なるほど。確かに、氏名欄に早乙女隼人と書かれてあるな。それで?」

「えっ、それでって……。ぷりん部に入部したいのですが」

「ここはキミが思っているほど、美味しい部活ではない。血と汗と煩悩を垂れ流す場所なのだ。安易にプリンが食べられるからと言って入部したのなら、即刻帰りなさい」

 実は、ここまで言うには理由があった。四月下旬、ここを真のプリン愛好家集団だと思って訪れた新入生が居たからである。その新入生は、ぷりん部部長である瞠の話を、出かかった欠伸を噛み殺すこともなく無礼な態度で聞き続けた。仕舞いには、やれ「超濃厚なめらかプリンが食べたい」、やれ「プリン大福」が食べたいと履き違えた事を言い出してきた。腹に据えかねた瞠が手近にあったプリンを容器ごと彼の口の中に詰め込み、そのままラビリンスの地下深くに不法投棄したことがあったのだ。

 そんな顛末が一ヵ月前にもあったので、また同じ事があっても困るし、捨てる手間を省きたいので、敢えて強めの口調で入部を否定していたのである。

 しかし、そんな瞠の思惑とは裏腹に、可愛らしい新入生はニコリと笑って「大丈夫です」と応え、彼の予想を良い意味で裏切ってきた。

「ボクはプリンが食べたいから入部を希望しているわけではありません。先輩の人間性に惹かれたんです。成績や容姿にこだわらず、煩悩を重視する一途さに魅力を感じました。ボクも先輩の隣で勉強させてもらいたくぷりん部へ来たんです」

 ここは面接会場かと疑ってしまうくらい完璧に志望動機を述べる隼人に、瞠は感銘を受けてしまった。自分が作り上げた部を、ここまで褒めてくれる人間を未だかつて見たことがなかったからである。

「ならば、お前は私のような漢になりたいと言うのだな」

「はい。先輩のことを教えてください」

 後輩の瞳に映る輝きにウソ偽りが無いことを感じた瞠は静かに頷いた。

「わかった。そこまで言うのなら、お前を部員第一号として認めてやろう」

 彼の言葉に隼人が「ありがとうございます」と、一礼で返してくる。

「自己紹介が遅れたな。私はぷりん部兼ぷりん党、二年の佐木崖瞠だ。パンティやラインで分からないことがあったらいつでも聞きなさい」

 右手を差し出し、握手を促す。隼人は両手で瞠の手を力強く握り締めると、嬉しそうに「はいっ」と頷いた。

「これからお前を真の漢に育ててやる。着いてこい」

 そう言って瞠は登校の際に買っておいたプリンを隼人に手渡し、足早に部室を飛び出した。

 まずは何から教えよう。他の徒党を紹介しようか。いや、そんなものは後回しだ。ぷりん部としてのモチベーションを高めてもらおう。

 そう思いながら後ろを振り向くと、先ほど渡されたプリンを大事そうに握り締めている隼人の姿が目に入った。

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