プロローグ
――ピーンポーン。
大きく背伸びしながらインターホンを押すと、少女はその家の住人に対して自分が来訪したことを知らせる意味で叫んだ。
「ごめんくださーい」
玄関の外から聞き耳を立てていると、一拍おいてから「ちょっと待ってて」と、その家の母親が答えてくれた。
女の子は二歩後ろに下がって玄関が開くのを待っていると、ガチャッと、カギを解除する音が聞こえた。
母親は小さな来客者を気遣うように玄関を開けてから、ゆっくりと腰を落として少女と同じ目線で話し始める。
「あら、どうしたの? もしかして、遊ぶ約束でもしていたの?」
首を傾げた母親を見て、女の子は大きく頭を左右に振ってから、
「やくそくしてないよ。あそびにきたの♪」
大きな瞳で母親を見上げた。すると、女の子の頭を優しく撫でて「今日は一人で来たの?」と笑顔で言った。
「うん♪」
満面の笑みで頷いてから、小さな身体で背伸びしながら「まだ、おきてないの?」と、未だに少年が玄関に現れないのを不思議に思った。
「そうなのよ。夏休みに入ってから、いつも昼過ぎまで寝ているのよ。どうする? あの子なら、二階の部屋で寝ていると思うけど、起こしてこようか?」
「だいじょうぶ。おじゃましまーす♪」
そう言って少女は、少年の母親の隣を通り過ぎると、了解も得ず家の中に入ってしまった。
女の子は少年の家に何度も遊びに来ていたので、勝手に上がってしまうことも多々あることだったのだ。
お気に入りの赤い靴を玄関先に揃えてから、少女は少年が眠っている二階の部屋にドタドタッと上って行ってしまう。
階段を上り突き当たりの部屋。鍵のかかっていないドアを両手で開けて中を覗くと、ベッドの上で幼馴染みの少年が寝息をたてているのを見つけた。
「ねえー、おきて、おきて」
寝ている少年を起こそうと必死に身体を揺さぶるも、熟睡しているのかピクリとも動いてくれない。
「……つまんない」
しばらく揺すっても起きる気配がなかったので、少女は幼馴染みの部屋を探索することに決めた。少年が起きていると怒られてしまうが、今なら寝ているから怒られることはない。だからこそ、このチャンスに部屋の探険をすることにしたのだ。
少年の部屋には、たくさんのオモチャで溢れている。変身ヒーローやロボットなどが転がっていて、見ているだけで女の子は楽しかった。
オモチャ箱の中に手を入れガサガサと漁っていると、大きなテレビが目に入る。少年が起きるまでゲームをして待っていようと思った。
ロールプレイングゲームは少女の年齢には早く、格闘ゲームはボタンを叩くことしか出来ない。少女が出来るゲームと言えば、以前にも少年の部屋で遊んだことのある横スクロールのアクションゲームしかなかった。パンダが金属バットやスタンガンを使って鬼を倒していくゲーム。幼すぎる少女には、いまいちストーリーは理解出来なかったが、やることが単純だったので、少女でも楽しめたのを覚えている。
床の上に転がってあったパッケージを手に取りフタを開けた。パンダのゲームが入っていると思った少女だったが、そこには見たこともないゲームが入っていた。ディスクの表面に印刷されてあったのは、少女と同じくらいの年齢の女の子がスクール水着を着ているイラストだった。
意味が分からなかった少女はパッケージを元に戻すと、再度、パンダのゲームを探し始めた。
押し入れの中をゴソゴソと探していると、見たことのあるモノが奥にしまってあるのをみつけてしまう。
「……なんで?」
女の子が首を傾げたのも当然。数日前に少女が無くしたはずの物が、少年の押し入れから出てきたのだから疑問に思わないわけがなかった。
理由を聞こうと、少女は寝ている少年の身体を揺すってみる。
「んっ……」
ちょっとだけ反応があった。だが、すぐに寝返りを打ってしまい、少年が壁の方を向いてしまう。
「ねえ、おきて」
少女は少年が被っていたタオルケットを剥ぎ取ると、今度は強めに揺すってみた。パジャマ越しに変な違和感を感じたので、女の子は恐る恐る少年が着ているパジャマを指先で捲ってみる。すると、そこには少女の性格を大きく歪ませてしまうくらいの恐ろしい光景が視界に飛び込んできたのである。
少女の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じた。少年が怒るとすぐ泣かされた記憶。少年と友達の三人で一緒に遊んでいると、いつも仲間外れにされてしまった思い出。今まで、少年と過ごしてきた日々を壊したくなるような気持ちだった。
時間を掛けてゆっくりと少女の感情が無くなった頃、ようやく目の前の男の子が目を覚ました。
「あれ? なんでいるの?」
寝ぼけ眼で少年は少女に言った。しかし、何も答えない。女の子は一切の感情をなくしたように無表情で男の子を見ているだけだった。
いつも笑っている少女だったから、よけい少年は不思議に思った。
少年が視線を下に向けたとき、少女が押し入れに隠してあったモノを手に持っていることに気付き冷や汗が流れる。
「かってに人の部屋の物をさわるなよ!」
そう言って少年は、女の子が持っているモノを奪い取ろうと右手を伸ばす。が、少女は少年の右手を払ってから、身体をおもいっきり突き飛ばした。
突き飛ばされた少年が壁に頭をぶつけたが、今の少女にはどうでもよかった。痛がっても、泣いても、謝っても、どうでもよかった。
少女は痛がっている少年の髪の毛を掴んで、
「とりあえず、脱げよ。天にぃ」
小学一年生の女の子とは思えない冷たい声で、少女は少年を見て言った。
楽しんで読んでいただけたらなによりです。




