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VENGEANCE  作者: 七鏡
MYTHS OF VENGEANCE
66/87

VENGEANCE IF STORYS 1

もしも、あの日、あの事件がなければ。あの人物がああならなければ。

人は皆、一度は思ったことがあるだろう。あの時、ああすれば。あれがなかったら。『もしも』と。

今とは違う自分、ありえたかもしれない自分の姿。それを考えたことはあるはずだ。

これは本編とは異なる歴史をたどった『VENGEANCE』の世界の話である。




人と人。異なる考えの者たちが共同体や社会を形成すれば、不和や争い、犯罪が起こるのは当たり前だ。

我々人間は互いのことを理解しあえるほどには、成熟していないのだ。

そのために争い、闘う。人は何時だって闘ってきた。人類の歴史は、闘争の歴史だ。

復讐者は夜の街の暗闇からそれを見る。

一人の浮浪者は、今、複数の男たちに暴行されている。誰一人助けには入らない。何故なら、ここ、スラム街にいるのは人間のクズばかり。己のことばかり考える、人間のクズ。

闘うことを放棄し、惰性で生きる敗北者たち。

だが、復讐者は違う。復讐者は戦い続ける。この理不尽な世の中で、たとえ一人になろうと。

復讐者は己の得物を抜くと、男たちに向かっていく。浮浪者を助けるのではない。戦うことを恐れた軟弱者たちを殺すのだ。

復讐者の突然の出現に、男たちは驚く。そして、すぐさまナイフや鎖をその正体不明のそれに向ける。だが、遅かった。

復讐者の持つ、片刃の反りのある、不思議な剣が瞬く間に男たちの首を狩り、命を狩ったからだ。鮮血が噴き出し、復讐者と、力なく倒れる浮浪者に降りかかる。血の雨の中で、復讐者はただ呆然と立っていた。

「あ、ああ。助けてくれたのか?」

浮浪者はおどおどとそう言った。復讐者はその手に持った剣を浮浪者に向ける。

「ひい?!」

「弱きものよ、戦いを放棄したものよ。貴様に生きる価値などない」

そう言い、復讐者はその剣を振り下ろした。



人斬りの悪魔『VENGEANCE』がまたも殺人を犯した。今回はスラム街で十二の男たちが死んでいた。

「ああらあ、こりゃひでえ」

シャッハ・グレイルはそう言うと、後ろに立っていた後輩のキースに見せつけるように、死体にかかっていた毛布を剥ぐ。キースは平然とした顔でそれを見る。

「間違いなく奴の犯行ですね」

「ご丁寧にいつも首は持っていくからなあ」

おかげで身元の確認ができない、とシャッハは愚痴る。とくにスラムにいる浮浪者など、ただでさえ特定できないのだ。恐らく死んだ彼らの身元など、永遠にわからずじまいだろう。

「それで、ボスはなんと?」

「捕まえろ、なんとしても。だとさ」

シャッハは肩を竦めると、葉巻を取り出し吸う。

「あれ、やめたんじゃなかったんですか?」

「いやね、女房とも離婚して、子供と一緒に出て行っちまってな。禁煙はやめたんだ」

「ついてないですね」

「うるせえ。お前もあの娘と別れたそうだな」

「・・・・・・・・・・」

キースは沈黙する。彼は幼なじみで年下の少女と付き合っていたのだ。だが、この間、別れを切り出されたという。美貌を誇る平民の憲兵は、いつもと変わらぬ無表情だが、身にまとうオーラはどんよりしていた。

「たしか、モイラちゃん、だったか?」

「あいつの話、やめましょう」

そう言い、キースは死体を見る。ほかの死体も同様に首はない。恐らく一撃で殺されたのだろう。

「さて、どうしますかね」

「女王陛下のひざ元で好き勝手する不届きものは、俺ら憲兵が捕まえねばならん、とボスは言うだろうな」

「女王の崇拝者ですからね、あの人」

シャッハとキースは冗談を言いながら、現場を見ていく。そして、壁に大きく書かれた血文字を見る。

そこには『VENGEANCE』と書かれていた。



シメオン・ヴェストパーレ公爵はその整った顔を歪めた。隣に立つジャック・ローゼルテシア伯爵もげんなりとしている。

彼らが一様にうかない顔をしているのは、彼らの机の上に大量の書類が載っているからだ。

「またか」

「ははは・・・・・・・・・・」

項垂れるシメオンと力なく笑うジャック。

彼らはともに王室補佐官という肩書きで、直属の上司は女王のみの独立した役職だ。女王の特命を受け、それを遂行するのが彼らの役割である。強い権限も持っており、多くの貴族がその職に就きたがっているという。だが、それは実態を知らないものの幻想だ。贅沢も自由もないこの職は、若い二人を苦しめてきた。

親が先代女王と友人であったために、シメオンとジャックもまた、その娘である現女王と友人関係にあった。だが、その女王陛下は自由奔放なお転婆姫で、幼いころから随分と苦労させられていた。

女王の使命でこの職に就いてからも、多くの無理難題を吹っ掛けられたものだ。そのおかげで本来もう一人いたはずの補佐官は早々にやめて結婚し、地方にこもった。

「くそ、ライナスのやつめ」

シメオンはそう呟き、親友のドラウプニル伯爵の愚痴を言う。愚痴を言いながらも慣れたもので書類を捌いていく。ジャックもまた同様に捌いていく。

そんな彼らの執務室に、悪魔が現れた。

強い音とともに、一人の少女が現れる。美しい、紅い髪の少女。気の強そうな彼女は偉そうにずかずかと入ってくる。その後ろに一人の侍女が付き従う。少女と同じ年齢の平民の少女で、少女の大親友である。

シメオンとジャックは年下の彼女を、恐れの目で見た。何を隠そう、この少女こそ彼らの上司であり、この王国の若き女王なのだ。

ヴェルベット・ラヴィアン2世。それが彼女の名だ。

先代女王アンネローゼとある侯爵の娘で、鮮やかな真紅の髪をしている。遠い親戚のシメオンの赤髪よりも深い色合いである。

侍女のエリスは二人にぺこりと頭を下げる。だが女王は挨拶の一つもなしに彼らの前に立つ。深紅の華美にならない程度の装飾がついたドレスで、魅力的であった。相手が彼女でなければ。

そんな女王は二人の補佐官に紙を手渡す。

「なんです、これ?」

「読め」

そう言われて、二人は渋々読む。挨拶の一つもなしに少女はいきなり言ってくる。いつものことだ。だが、もう少しいたわってはくれないか、と二人は心の中でつぶやいた。

「また、首狩りですか」

「確か、『VENGEANCE』と呼ばれていたな」

ジャックの呟きに、シメオンが言う。二人が読んでいるのは、今朝方の事件の報告書だ。

「で、これがなんなんです?」

そういい、女王を見るシメオン。厭な予感がしていた。二人の視線を受けた女王は、静かに笑った。

「私の治世で、狼藉を働く不届きものをお前たちに成敗してもらおうと思ってな」

「って、憲兵の仕事じゃないですか!」

ジャックが言うと、女王は笑った。

「ふん、なんだ怖いのか。軍学校の首席と次席がそろって情けない」

「あのなあ!」

シメオンが声を高く反論しようとすると、女王は手で制す。

「男のヒステリーほどみっともないものはない」

だから騒ぐな、という女王に二人は沈黙する。誰のせいだ、という目つきで女王を睨むが、女王はどこ吹く風、という様子であった。

「まあ、いつも書類とばかりだと飽きるだろう?たまにはフィールドワークをという親切心だ」

「大きなお世話だ。そう思うなら、休暇をくれ」

「やらんぞ、王には休暇はないのだ。お前たちも私の補佐官ならばそのくらいは覚悟してもらわねば」

「横暴な・・・・・・・・・」

力なくジャックが微笑むと、女王は踵を返す。

「それじゃ、頼んだぞ、シメオン、ジャック」

そう言って、彼女は去った。エリスは頭を下げると、執務室の扉を閉めた。

「あーあ」

ジャックは項垂れる。シメオンも、同様だった。

「あの女・・・・・・・・・」

「昔はもう少しかわいかったのに」

昔のことを思い浮かべるジャック。だが、昔もそんなに変わらなかったなあ、と今気づく。

いつになったら女王は彼らを自由にしてくれるのだろう。そう思いながら、彼らは席を立つと、女王の命令の執行の準備をし始めた。



久々王城から出た二人は、憲兵庁舎に向かう。軍学校時代の教官の一人であり、事件の担当者であるシャッハに会うためだ。

彼らが庁舎を訪れると、懐かしい顔が彼らを迎えた。

「おう、キース」

「よう、お二人さん」

キースは無表情で、軍学校時代の動機二人を見る。

「女王陛下の補佐官は忙しいようだな」

「ああ、お前の想像以上にな」

シメオンはそう言うと、キースに紙を手渡す。女王陛下の特命を受けた補佐官が携帯する、特例状だ。これがあれば、王国内のいかなる組織、商人も協力を拒否できない。拒否すれば国家反逆罪になるからだ。

横暴な、と思うものの、捕まった者はいない。そもそも、特例状自体、あまり知られていない。おかげで、横暴な女王の姿は一部のものしか知らず、多くの国民は若き女王を美しく優秀な為政者としか思っていない。

「相変わらず無茶苦茶だな、女王陛下は」

面識があるキースは頭をかいて言う。平民である彼が面識があるのは、シメオンとジャックのせいだ。

正確には女王が悪いのだが、そう言うわけにもいかない。

「いいだろう、ついて来い。シャッハ教官も、久々お前らに会えると知って酒盛りの準備をしていたぞ」

「おいおい、仕事中だろ・・・・・・・・・・・」

「あれ、禁酒は?」

シメオンは変わらないな、という表情で、ジャックは不思議そうな顔で言った。

「教官、最近奥さんと離婚してな」

「・・・・・・・・・荒れている、と」

「正直、お前らが来てくれてほっとしている」

キースはそう言い、肩を竦める。彼は彼で苦労しているらしい。こいつも最近振られたばっかだったな、とシメオンは思い出すが、それは言わなかった。

三人は並んで憲兵宿舎のシャッハの部屋へと向かっていく。

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