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徹夜続きのゲーム開発者、気づいたら自分が作ったはずの文明調律RPGに転移していました 第二部  作者: マスター


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第17話 都市の下には、塩の海がある

第17話です。


第16話では、都市中央へ大量の水を吸い込んでいた《中央貯水宮》の正体が明らかになりました。


そこは、一部の人々が水を独占するための秘密貯水庫ではありませんでした。


オルドアの地下には、かつて存在した巨大塩湖の名残である《深層熱塩水帯》があります。


地下水位が下がれば、高温・高塩分の水が上昇し、都市基礎を劣化させます。


中央貯水宮は、淡水を送り込むことで地下の圧力を保ち、都市を冷却する施設でした。


しかし、本来なら冷却後に戻るはずの水は、壊れた戻り管から熱塩水帯へ流出していました。


オルドアは、都市を冷やすたびに淡水を失い、その不足を補うために地下水を汲み上げ続けていたのです。


澪たちは上部戻り管を仮接続し、水の一部を循環へ戻すことに成功しました。


けれど、下部戻り管は完全に断裂しています。


その場所は、深層熱塩水帯のすぐそば。


そして地下では、《白塩竜》と暫定識別された巨大な反応が目を覚まし始めていました。


今回は、都市国家オルドアの最深部へ向かいます。

地下から聞こえた咆哮は、すぐには消えなかった。


ごおおおお――。


低く、重く、長い音。


石の壁を震わせ、中央貯水宮の水面へ細かな波を作り、螺旋階段の奥まで響いていく。


それは怒りに任せた咆哮には聞こえなかった。


誰かを威嚇する声でもない。


長い間、誰にも気づかれずに重さを支え続けていたものが、ついに耐えきれず息を吐いた。


澪には、そんな音に聞こえた。


胸元の調律核が赤く明滅している。


《深層大型反応:検出》

《暫定名称:白塩竜》

《生体/地脈体判定不能》

《休眠解除率:12%》

《完全覚醒時、熱塩水噴出予測》

《推奨対応:覚醒前排除》


「また排除……」


澪は表示を睨んだ。


アビス・リヴァイア。


渇きの巨人。


そして白塩竜。


システムは、危険な大型反応を見つけるたび、最初に倒す選択肢を出してくる。


目の前の被害を抑えるだけなら、間違った提案ではないのかもしれない。


けれど、その存在が何とつながり、何を支えているかを知らずに倒せば、別の破綻を生む。


もう、同じ失敗はできない。


「排除はしない」


澪は言った。


都市評議長ザヒーラが、中央穴を見たまま尋ねる。


「竜が目覚めれば、熱塩水が噴き出すのだろう」


「だからといって、倒せば止まるとは限りません」


「では、何をする」


「まず見る」


澪は答えた。


「白塩竜が熱塩水を押し上げているのか。それとも、押し上がる熱塩水を止めているのか」


水務卿ナジームが苦い顔をする。


「また、その可能性か」


「海でも、村でも、見た目と逆でした」


アビス・リヴァイアは、海を汚した怪物ではなかった。


渇きの巨人は、水を奪っていた怪物ではなかった。


白塩竜もまた、都市を沈めようとしているとは限らない。


ミルカが中央穴の周囲へ金色の構造線を伸ばす。


「少なくとも、下部戻り管を見ないと何も判断できない」


技術主任リハラが頷いた。


「耐熱服と呼吸具を持ってくる。最下層作業用のものが四組ある」


四組。


澪。

フィリア。

ミルカ。

セラフィナ。


ちょうど四人分。


第七深井戸から続く編成のまま、最深部へ向かうことになる。


「リハラさんは?」


澪が尋ねる。


「私は中央貯水宮の制御盤に残る」


リハラは答えた。


「上部戻り管は仮接続しただけだ。流量を監視する者がいる」


「下の構造案内は?」


「旧図面を伝声石へ送る。現場の判断はミルカに任せる」


ミルカが少し意外そうにリハラを見る。


「任せるんだ」


「下へ行けない以上、任せるしかない」


「もっと嫌そうに言うと思った」


「十分嫌だ」


「そこは正直なんだ」


リハラはミルカへ、小さな金属板を渡した。


中央貯水宮から深層熱塩水帯までの構造図。


ただし、最下部の一部は空白だった。


「ここ、何も描いてない」


ミルカが空白部分を指す。


「古代図面にも記録がない」


「白塩竜がいる場所?」


「おそらく」


ナジームが眉をひそめる。


「古代の管理者たちは、竜の存在を知っていたのか」


「わからない」


ザヒーラが答えた。


「評議会の秘匿記録にも、深層大型生物の記述はない。ただ、《白き蓋を乱すな》という一文だけが残っている」


「白き蓋……」


澪は中央穴の奥を見る。


白い結晶に覆われた巨大な輪郭。


あれが、蓋なのか。


それとも竜が守っている何かが、蓋なのか。


まだ判断できない。


「地上側のことは任せてください」


ナジームが言った。


「水務局と評議会の技術者を集める。中央貯水宮の障害についても、市民へ第一報を出す」


ザヒーラが続ける。


「評議会が水を隠していたという誤解が広がる前に、地下の圧力維持に使っていたことを説明する」


「全部言うんですか」


澪が尋ねる。


「すべてを一度には言えない」


ザヒーラは答えた。


「だが、水務局との共同対応に移ったこと、循環設備が破損していること、修復作業を始めたことは公表する」


少し前まで、中央貯水宮の存在すら隠していた。


それを考えれば、大きな変化だった。


調律核が淡く光る。


《都市情報秘匿度:低下》

《評議会・水務局共同対応:継続》

《市民恐慌予測:微減》

《Another Route Seed成長率:21%で停滞》


隠すことをやめるだけで、黒い種の成長が止まる。


完全に消えるわけではない。


それでも、恐怖が見えない場所で膨らみ続ける状態からは抜け出せる。


「行こう」


澪は言った。


「都市の下に何があるのか、確かめる」


***


耐熱服は、思ったよりも重かった。


厚い繊維布の外側に、薄い金属片が重ねられている。


熱を反射するための構造らしい。


顔には呼吸具。


背中には小型の冷却水槽。


ただし、使える時間には限界がある。


「活動限界は四十分」


リハラが装備を確認しながら言った。


「外気温と塩分濃度によっては、もっと短くなる」


「下部戻り管を直す時間は?」


ミルカが尋ねる。


「損傷状態が不明だ」


「つまり、わからない」


「そうだ」


澪は自分の装備を見下ろした。


「重い……」


セラフィナが留め具を確認する。


「緩みはありません」


「服に着られてる感じがする」


「主調律者の身体能力に合わせた装備ではありませんから」


「遠回しに弱いと言われた」


「遠回しではありません」


「もっと遠回しにして」


フィリアは、ネレイアを胸元の透明な保護容器へ入れていた。


青い精霊は不安そうに揺れている。


「この子を連れていっても大丈夫でしょうか」


澪は容器へ顔を近づける。


「無理そうなら、すぐ戻して」


フィリアが頷く。


「はい」


「ネレイアがいないと水の声が聞けないから、ではなくて」


澪は言葉を続ける。


「この子自身が行きたいかを見て」


フィリアは少し驚いた顔をした。


それから、容器の中のネレイアへ問いかける。


「行きたいですか」


青い精霊は、しばらく動かなかった。


やがて、中央穴の方角へ小さく光を伸ばした。


「行くそうです」


「なら、一緒に行こう」


中央穴の側面には、古い昇降台があった。


鎖と歯車で動く、小さな足場。


四人が乗ると、ミルカが制御棒を引く。


重い音を立てて、昇降台が下がり始めた。


中央貯水宮の水面が遠ざかる。


上部戻り管から落ちる水音も、小さくなる。


代わりに、熱が強くなった。


耐熱服を着ていても、空気の重さがわかる。


呼吸具の内側へ、自分の息がこもる。


壁には、白い結晶がびっしりと付着していた。


塩。


場所によっては、人の腕ほど太い結晶柱になっている。


セラフィナの光剣が、白い壁を照らす。


光が結晶へ反射し、地下空間が不自然に明るく輝いた。


「綺麗……」


フィリアが呟く。


だが、その声には警戒が混じっている。


美しい。


けれど、生き物を乾かす白さでもある。


昇降台はさらに下がる。


やがて壁が途切れた。


その先に、巨大な空間が広がっていた。


澪は息を呑んだ。


「海……?」


都市の地下に、海があった。


地平線は見えない。


天井から垂れ下がる塩の結晶。

赤く光る岩肌。

白い蒸気。

黒に近い濃紺の水面。


塩水は、ゆっくりとうねっていた。


波は小さい。


だが一つ一つが重い。


普通の水よりも粘り気があるように見える。


水面の一部では、熱によって泡が生まれ、白い蒸気が上がっている。


「深層熱塩水帯……」


ミルカが呟く。


「こんなに広いなんて」


セラフィナが周囲を観察する。


「都市全体より広い可能性があります」


フィリアの保護容器の中で、ネレイアが小さく震えた。


「水なのに」


フィリアの声が痛む。


「流れていません」


澪は熱塩水の海を見る。


海なのに、循環していない。


深い地層へ閉じ込められ、熱と塩を蓄積し続けている。


かつて地表にあった塩湖の名残。


蒸発し、縮小し、地下へ残った水。


その上に都市が築かれた。


「都市の下には、塩の海がある」


澪は呟いた。


オルドアの人々は、水のない砂漠に住んでいると思っている。


だが実際には、足元に大量の水がある。


飲めない水。


使えば塩と熱によって都市を壊す水。


存在していても、利用できなければ水源にはならない。


むしろ、抑え続けなければならない脅威になる。


「下部戻り管は?」


澪が尋ねる。


ミルカは構造図と周囲を見比べる。


「向こう」


熱塩水の海へ突き出すように、古い石の通路が伸びていた。


その先に、巨大な円形構造物がある。


熱交換塔。


淡水を熱塩水へ直接混ぜるのではなく、壁を隔てて熱だけを移すための施設。


本来なら、冷却水は内部の管を通り、深層の熱を受け取り、蒸気となって上へ戻る。


熱塩水とは混ざらない。


閉じた循環。


だが、塔の一部は崩れていた。


下部戻り管は途中で折れ、その先端が熱塩水の中へ沈んでいる。


淡水が、そこから塩の海へ流れ続けている。


「見つけた」


ミルカが言った。


「完全に折れてる。しかも固定具ごと持っていかれてる」


「直せる?」


澪が聞く。


「近づかないとわからない」


四人は通路へ降りた。


一歩進むごとに、足元の塩が砕ける。


ぱきり。


ぱきり。


白い粉が舞う。


フィリアが周囲へ意識を向ける。


「何かが、こちらを見ています」


「白塩竜?」


澪が尋ねる。


「たぶん。でも、敵意は感じません」


「痛みは?」


「あります」


フィリアは胸元のネレイアへ手を添える。


「とても長い痛みです」


熱交換塔へ近づく。


そこで、澪たちは白塩竜の全身を見た。


巨大だった。


アビス・リヴァイアほどではない。


それでも、塔を一周するほど長い身体。


四本の脚。

広い翼。

長い首。

岩のような尾。


全身が白い結晶に覆われている。


竜というより、巨大な塩の山に見えた。


白塩竜は、熱交換塔へ身体を巻きつけていた。


頭は水面近く。


目は閉じている。


呼吸に合わせて、白い結晶の隙間から蒸気が漏れていた。


そして、その腹部の下に、折れた下部戻り管があった。


「竜が管を押し潰してる?」


セラフィナが言う。


システムも同じ判定を出した。


《下部戻り管閉塞原因:白塩竜》

《推奨対応:白塩竜排除》

《管路回復予測:高》


見た目だけなら、その通りだった。


巨大な身体が、戻り管の上に乗っている。


竜をどかせば、管へ近づける。


管を直せる。


だが、ミルカはすぐに首を振った。


「違う」


「何が?」


澪が聞く。


ミルカは通路の端から、竜の腹部と管の接触部分を見る。


「押し潰してない」


金色の構造線が伸びる。


竜の白い結晶。

折れた管。

塔の基礎。

熱塩水の圧力。


それらが線として浮かび上がる。


「この竜、管を支えてる」


「支えてる?」


「折れた管が熱塩水側へ全部落ちないように、身体と結晶で固定してる」


澪は目を見開いた。


白塩竜の腹部では、塩の結晶が管の周囲へ何層にも成長していた。


漏れた淡水と熱塩水が混ざる場所。


そこに竜の白い鱗が重なり、亀裂を塞いでいる。


完全には止められていない。


だが、竜がいなければ管はすでに脱落し、もっと大量の淡水が塩の海へ失われていた。


「白き蓋を乱すな」


澪は、評議会の秘匿記録に残っていた言葉を思い出す。


白塩竜そのものが、蓋だった。


都市を沈める怪物ではない。


壊れた冷却管を、身体で押さえ続けている。


「どれくらい、こうしてるの?」


澪が尋ねる。


ミルカは塩の層を調べる。


「一日や二日じゃない。結晶の積み重なりを見ると……少なくとも数十年」


「二十年前に中央貯水宮が壊れたと判断された頃から?」


「たぶん」


戻り管が壊れた。


淡水が熱塩水へ漏れ始めた。


白塩竜が管を支え、漏れ口を結晶で塞いだ。


地上の人々は、それに気づかないまま水を送り続けた。


竜はその水と塩を身体へ受け続けた。


フィリアが白塩竜へ近づく。


セラフィナが腕を伸ばす。


「近づきすぎないでください」


「声を聞きます」


「覚醒する可能性があります」


「でも、聞かないとわかりません」


澪は少し考えた。


「セラフィナ、防壁の準備だけ。フィリア、ネレイアを直接触れさせないで。まず遠くから」


二人が頷く。


フィリアは白塩竜から数歩離れた場所へ膝をついた。


保護容器の蓋を少しだけ開ける。


ネレイアの青い光が、細い糸となって竜へ伸びた。


白い結晶へ触れる。


その瞬間。


フィリアの身体が大きく震えた。


「フィリア!」


澪が駆け寄る。


フィリアは倒れなかった。


けれど、その顔から血の気が引いている。


「熱い……」


「切って!」


「待ってください」


フィリアは目を閉じたまま言う。


「声が、あります」


白塩竜の記憶。


言葉ではない。


熱。

重さ。

塩。

圧力。

長い時間。


フィリアを通して、断片が澪の調律核へ流れ込む。


かつて、地表に大きな湖があった。


白塩竜は、その湖の底にいた。


深い場所へ沈む塩を集め、熱い水を地下へ導き、冷たい水を上へ返していた。


湖が縮小したあとも、竜は地下へ残った。


古代の人々は、その力を利用して都市の冷却機構を築いた。


淡水と熱塩水を混ぜず、熱だけを移す巨大な熱交換環。


白塩竜はその中心で、塩の結晶を制御し、管の腐食を抑えていた。


守護獣。


いや。


循環を支える、生きた調律装置。


しかし、戻り管が壊れた。


地上から来る淡水が、熱塩水へ落ち始めた。


白塩竜は自分の身体で管を支えた。


漏れ口から生まれる塩を、鱗へ取り込んだ。


一日。

一年。

十年。

二十年。


白い結晶は、鎧ではなかった。


蓄積した塩だった。


「この子……」


フィリアの頬を涙が伝う。


「ずっと、塩を受けていました」


白塩竜は、都市を襲うために眠っていたのではない。


都市が流し続けた水と、地下から上がる塩を、身体へ受け続けていた。


「痛いの?」


澪が尋ねる。


フィリアは頷いた。


「身体が重い。翼が動かない。目を開けると結晶が割れる。動けば管が落ちる。だから、動けない」


休眠していたのではない。


動かないことを選んでいた。


自分が動けば、戻り管が崩れ、淡水の流出と熱塩水の上昇が加速する。


だから白塩竜は、目を閉じたまま都市を支え続けた。


調律核の表示が変わる。


《白塩竜分類:再評価》

《旧分類:深層大型脅威》

《新規候補:熱塩循環守護体》

《下部戻り管閉塞原因:誤判定》

《実態:下部戻り管臨時支持》

《推奨対応:再計算中》


澪は奥歯を噛んだ。


もし最初の表示を信じ、竜を排除していたら。


戻り管は落ちていた。


中央貯水宮の水が一気に熱塩水へ流れ込む。


圧力が崩れ、都市基礎へ塩水が上昇する。


また同じだった。


システムは、目の前の閉塞だけを見ていた。


何を支えているのかまでは見ていなかった。


「どうして、誰も気づかなかったの」


澪は呟く。


ミルカが答える。


「秘密にしたからだよ」


中央貯水宮を評議会だけで管理した。


水務局を外した。


点検できる技術者を減らした。


深層部は危険だから、誰も降りなくなった。


記録上は、ただの戻り管故障。


現場には、誰も来なかった。


白塩竜は、誰にも知られずに支え続けた。


フィリアが、さらに深く声を聞こうとする。


その時だった。


白塩竜の身体を覆う結晶の一部が、赤黒く光った。


ネレイアが弾かれる。


「きゃっ!」


フィリアが後ろへ倒れる。


澪が支える。


セラフィナの光剣が、二人の前へ防壁を作った。


白い結晶の隙間から、赤黒い根が伸びる。


《Another Route Seed》


黒い種は、熱塩水の中だけにいたのではない。


長い年月をかけて白塩竜の結晶へ入り込んでいた。


「白塩竜の身体に寄生してる?」


澪が言う。


フィリアは息を整えながら首を振る。


「身体というより、痛みに絡んでいます」


黒い根は、塩の結晶の亀裂へ沿って広がっている。


竜の重さ。

動けない苦しみ。

都市に忘れられた時間。

水を受け続ける痛み。


それらを足場にして、黒い種が育っている。


調律核に警告が流れる。


《Another Route Seed:白塩竜残響へ接続》

《成長率:21% → 24%》

《白塩竜休眠解除率:12% → 19%》

《警告:結晶支持強度低下》


「黒い種が成長すると、竜が動く」


ミルカが言う。


「竜が動けば、戻り管が落ちる」


「なら黒い根だけ外せない?」


澪が尋ねる。


「外せるかもしれない。でも先に代わりの支えを作らないと駄目」


ミルカは熱交換塔を見る。


「白塩竜が今、管と塔の荷重を両方持ってる。根を外した刺激で身体が動けば、全部崩れる」


セラフィナが白銀の防壁を維持する。


「まず構造を固定し、その後に黒い種を分離する必要があります」


「材料は?」


澪が問う。


ミルカは周囲を見る。


石の通路。

塩の結晶。

古い熱交換塔。

壊れた戻り管。


「足りない」


「上から運べる?」


「時間がかかる。耐熱装備も必要」


その時、熱塩水の海が大きく盛り上がった。


どおん。


波が通路へ押し寄せる。


「防壁!」


セラフィナが光剣を広げる。


白銀の壁が四人の前へ立つ。


濃い塩水がぶつかる。


普通の波よりも重い。


光の壁が軋む。


一部の熱塩水が通路へ入り、塩の結晶を一瞬で成長させた。


ミルカの足元が白く固まる。


「動けない!」


「ミルカ!」


フィリアがネレイアの水膜を伸ばす。


だが、ネレイア自身も熱に弱っている。


青い光が揺らぐ。


澪は周囲を見る。


熱塩水の波。

白塩竜。

折れた戻り管。

赤黒い根。


どこから対処する。


何を優先する。


その時、白塩竜の尾が動いた。


巨大な尾が熱塩水を打つ。


新しい波が来る。


澪は一瞬、攻撃だと思った。


しかし尾が作った流れは、四人の方へ来なかった。


先ほどの波とぶつかり、向きを変える。


熱塩水が通路の左右へ流れる。


白塩竜が、澪たちを守った。


「この子、起きてる?」


フィリアが言う。


白塩竜の目は閉じたまま。


だが、こちらの存在は理解している。


完全に眠っているわけではない。


長い時間、動けないまま周囲を感じ続けていた。


澪は白塩竜へ向かって叫んだ。


「聞こえる!?」


返事はない。


「私たちは、あなたを倒しに来たんじゃない!」


白い結晶が、わずかに震える。


「管を直す! あなたが支えなくて済むようにする!」


赤黒い根が反応し、竜の首元へ広がった。


白塩竜の呼吸が荒くなる。


《白塩竜休眠解除率:19% → 23%》


フィリアが言う。


「言葉は届いています。でも、信じられない」


「どうして?」


「ずっと誰も来なかったから」


二十年。


あるいは、それ以上。


地上から水だけが落ちてきた。


痛みは増えた。


誰も修理へ来なかった。


今さら助けると言われても、信じられない。


当然だった。


「信じなくていい!」


澪は叫んだ。


「今すぐ信じなくていい! でも、少しだけ動かないで! 私たちが支えを作るところを見ていて!」


ミルカが足元の塩を砕き、ようやく動けるようになる。


「ミオ、簡易支持なら作れる!」


「足りないって言ったよね?」


「完全修理には足りない。でも、白塩竜の荷重を少しだけ減らす支えなら」


ミルカは熱交換塔の旧点検柱を指した。


塔の周囲に、使われていない六本の柱が残っている。


「古代の保守用支持柱。今は折り畳まれてる。六本全部起こして、管の下へつなげば、荷重を分けられる」


「動く?」


「塩で固まってる!」


「つまり?」


「セラフィナに結晶を剥がしてもらって、フィリアに流れを見てもらって、私が起こす!」


「私は?」


「全体見て!」


いつもの役割だった。


戦えない。


修理もできない。


水の声も聞けない。


だが、全体をつなぐ。


「やろう」


澪は言った。


「ここで完全修理は無理でも、白塩竜が一人で全部支える状態を終わらせる」


***


六本の保守用支持柱は、熱交換塔の基礎へ折り畳まれていた。


塩の結晶で固まり、何十年も動いていない。


最初の柱へ、セラフィナの光剣が入る。


「切断ではなく、剥離します」


白銀の刃が、柱の周囲だけをなぞる。


塩の結晶が細かく砕ける。


柱本体を傷つけない精密な操作。


ミルカが金色の構造線を入れる。


「第一支持柱、起こす!」


歯車が軋む。


柱が少し動く。


だが途中で止まる。


「下が固まってる!」


フィリアが床へ手を当てる。


ネレイアの青い光が、柱の根元へ入る。


「右側に熱い水があります。左は乾いています」


「なら右を少し冷やして、熱膨張を抑える!」


「やります!」


ネレイアが小さな水膜を作る。


大量の水は使えない。


急に冷やせば、金属が割れる。


ほんの少しだけ温度差を減らす。


「今!」


ミルカが力を込める。


第一支持柱が立ち上がった。


重い音が、地下空間へ響く。


《第一支持柱:復旧》


白塩竜の身体が、わずかに動く。


赤黒い根が伸びようとする。


セラフィナが光剣で進路を遮る。


「黒い種の侵入を抑えます」


二本目。

三本目。


同じ作業を繰り返す。


塩を剥がす。

温度を見る。

柱を起こす。

構造線でつなぐ。


時間が減っていく。


耐熱服の冷却水も減っている。


澪の呼吸具に警告が出た。


《残存活動時間:十五分》


「あと三本!」


ミルカが叫ぶ。


四本目の柱は、途中で折れていた。


「これは使えない!」


「代わりは?」


澪が尋ねる。


「隣の点検橋を外す!」


「帰り道じゃないの?」


「別の通路から帰る!」


「あるの?」


「たぶん!」


「今はその言葉が一番怖い!」


それでも、他に材料はない。


セラフィナが点検橋の固定具を光剣で外す。


ミルカが橋の一部を回転させ、仮の支持材として管の下へ入れる。


フィリアが白塩竜の動きを感じ取る。


「痛みが強くなっています!」


黒い根が結晶の内側へ広がっている。


《Another Route Seed成長率:24% → 27%》

《白塩竜休眠解除率:23% → 29%》


「急いで!」


澪が言う。


五本目。


六本目。


最後の柱は、熱塩水に半分沈んでいた。


近づくだけで耐熱服の警告が鳴る。


「私が行きます」


セラフィナが言った。


「一人では駄目」


澪が止める。


「私は防壁を張れます」


「防壁を張りながら柱を起こせない」


ミルカが言う。


「私も行く」


「二人とも、戻れる範囲で」


澪は調律核を見つめる。


熱塩水の波の周期。


白塩竜の呼吸。


戻り管の振動。


支持柱へかかる荷重。


「次の波が来るまで二十秒。そのあと小さい波が二回来る」


「どうしてわかるの?」


ミルカが尋ねる。


「竜の尾と熱塩圧の表示が同期してる!」


「了解!」


ミルカとセラフィナが走る。


セラフィナが防壁を斜めに張り、熱塩水を左右へ流す。


ミルカが柱の基部へ工具を入れる。


塩が固い。


動かない。


「フィリア!」


澪が叫ぶ。


「柱の内側、どこが一番冷たい?」


フィリアは目を閉じる。


「上側です! 下ではなく、上から水が残っています!」


「ミルカ、上の留め具から!」


「見えた!」


金色の構造線が留め具へ入る。


「三、二、一!」


澪の合図と同時に、二人が柱を起こす。


熱塩水の波が来た。


セラフィナの防壁へ激突する。


光が揺らぐ。


ミルカの身体が押される。


「持って!」


澪は何も支えられない。


それでも叫ぶ。


「右へ流して! 真正面で止めない!」


セラフィナが防壁の角度を変える。


波が左右へ割れる。


六本目の柱が立ち上がる。


《第六支持柱:復旧》


六つの支持点が、金色の構造線でつながった。


折れた下部戻り管の荷重が、白塩竜の身体だけでなく、六本の柱へ分散される。


ごん、と。


巨大な構造全体が沈み、止まる。


白塩竜の身体が、ほんの少しだけ浮いた。


長い間、管へ押しつけられていた腹部に隙間ができる。


フィリアが涙を流した。


「軽くなったって」


調律核の表示が変わる。


《下部戻り管仮支持:成立》

《白塩竜荷重負担:100% → 63%》

《結晶支持強度:安定》

《白塩竜休眠解除率:29%で停止》


完全ではない。


まだ六割以上を、白塩竜が支えている。


それでも、二十年以上続いていた重さが初めて減った。


白塩竜の閉じた目から、透明な雫が落ちた。


熱塩水とは違う。


澄んだ水。


雫は白い結晶の上へ落ち、細い道を作るように流れた。


フィリアが、その声を受け取る。


「……遅い」


澪の胸が痛んだ。


責める声ではなかった。


ただ、あまりにも遅かったという事実。


「ごめん」


澪は言った。


白塩竜の目は開かない。


「私たちは、知らなかった。でも、知らなかったから仕方ないとは言わない」


透明な雫が、もう一つ落ちる。


「今度は、水だけを落として終わらせない。管を直す。循環を戻す。あなたが支えなくていいようにする」


白い結晶が、かすかに光った。


完全な信頼ではない。


けれど、先ほどまでより呼吸が穏やかになった。


その瞬間。


赤黒い根が、白塩竜の腹部から離れ、折れた管の奥へ走った。


「黒い種!」


セラフィナが光剣を向ける。


だが根は熱塩水の中へ逃げる。


切るには遅い。


調律核へ表示が走る。


《Another Route Seed:支持負荷低下により移動》

《移動先:下部戻り管断裂部》

《成長率:27%》

《古代冷却循環制御核へ接近》


「制御核?」


ミルカが構造図を開く。


下部戻り管のさらに奥。


空白だった領域に、新しい構造が浮かび上がる。


熱交換塔の底。


白塩竜の身体の下。


そこに、六角形の巨大な装置がある。


《古代熱塩分離核》


「これが本当の中心だ」


ミルカが言う。


「淡水と熱塩水を分けて、熱だけを逃がす制御装置。ここが止まったから、戻り管に負荷が集中した」


「黒い種がそこへ入ったら?」


澪が尋ねる。


「熱交換を逆転させるかもしれない」


「逆転?」


「深層の熱と塩を、淡水側へ押し出す」


澪は息を呑んだ。


都市の水路へ、高温の塩水が流れ込む。


井戸が塩に汚染される。


冷却水路が熱を運ぶ。


オルドア全体が、内側から焼かれる。


《警告》

《古代熱塩分離核:侵食開始》

《白塩竜覚醒予測:再上昇》

《都市淡水系統塩害予測:高》

《残存活動時間:九分》


「ここでは止められない」


ミルカが言った。


「一度戻って装備と資材をそろえる必要がある」


「でも黒い種が制御核に入る」


「今の装備で進めば、私たちが先に倒れる」


セラフィナも頷く。


「撤退すべきです」


フィリアは白塩竜を見る。


「この子は、また待てますか」


白塩竜の呼吸は穏やかになった。


だが、黒い根が奥へ進むたび、結晶の一部が赤く明滅する。


長くは持たない。


澪は調律核を見る。


撤退。


再準備。


再侵入。


それが正しい。


ここで無理をすれば、全員が熱塩水帯で倒れる。


「戻る」


澪は決めた。


「ただし、ここへ戻る道を残す」


ミルカが支持柱の状態を確認する。


「仮支持は数時間持つ。波が大きくならなければ」


「セラフィナ、光剣を一本、目印として残せる?」


「遠隔維持時間は短くなりますが、可能です」


白銀の光剣が、通路の入口へ突き立つ。


「フィリア、白塩竜へ伝えて」


フィリアは頷く。


「戻ります。でも、置いていきません」


ネレイアの青い光が、白い結晶へ触れる。


「次は、管を直す道具を持ってきます。あなたに、もう支えなくてよいと伝えるために」


白塩竜の尾が、熱塩水の中でゆっくりと動いた。


今度は波を起こさない。


ただ、通路の先を示すように。


古代熱塩分離核の方向。


「あそこへ行けって」


フィリアが言う。


「黒い種を止めるために?」


「それだけではありません」


フィリアは白塩竜の残響を聞く。


「水を戻すには、熱を逃がす場所も必要だって」


澪は熱塩水の海を見る。


冷却水を循環させる。


地下水を減らさない。


塩水を淡水へ混ぜない。


しかし、熱そのものは消えない。


どこかへ移し、使い、逃がさなければならない。


水だけを戻しても、熱が閉じれば再び壊れる。


海洋異変と同じだ。


循環とは、物だけではない。


水。

塩。

熱。

圧力。


すべての行き先が必要になる。


調律核へ、新しい条件が浮かんだ。


《砂漠調律ルート:更新》

《必要条件一:淡水循環復旧》

《必要条件二:熱塩分離核再起動》

《必要条件三:深層熱圧分散》

《必要条件四:白塩竜負荷解放》

《警告:都市単独では達成不能》


「都市単独では無理」


澪は呟いた。


ハディル村の雨水集水設備。


西方地脈涵養路。


オルドアの冷却循環。


地下の熱塩水。


白塩竜。


全部がつながっている。


都市の中だけで水を回しても足りない。


村だけへ水を返しても足りない。


砂漠全体の水と熱の流れを、組み直す必要がある。


「帰ろう」


澪は三人を見る。


「オルドアだけじゃない。ハディル村と、避難している人たちと、地上に残った三人にも協力してもらう」


セラフィナが光剣を消し、帰路を照らす一本だけを残した。


ミルカが支持柱の固定を最終確認する。


フィリアがネレイアの容器を閉じる。


四人は、昇降台へ向かった。


その背後で、白塩竜は再び目を閉じる。


だが今度の沈黙は、諦めだけではなかった。


仮の支えがある。


戻ってくると言った者がいる。


初めて、水ではなく言葉が地上から届いた。


昇降台が上がり始める。


塩の海が遠ざかる。


澪は最後まで、白塩竜から目を離さなかった。


白い巨体の奥。


折れた戻り管の先で、赤黒い光が六角形の装置へ入り込んでいく。


《古代熱塩分離核:侵食率 3%》


まだ、間に合う。


だが、時間は多くない。


都市の下には、塩の海がある。


そしてその海の底で、誰にも知られなかった守り手が、今も都市の重さを支え続けていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


第17話では、澪たちはオルドアの最深部にある《深層熱塩水帯》へ降りました。


水のない砂漠都市の地下には、巨大な塩の海が存在していました。


しかし、それは飲み水として使える水ではありません。


高温・高塩分であり、上昇すれば井戸を汚染し、都市基礎を劣化させ、地盤沈下を引き起こす危険な水です。


また、《白塩竜》の本当の役割も明らかになりました。


システムは当初、白塩竜を下部戻り管を塞ぐ脅威と判定し、排除を推奨していました。


しかし実際には、白塩竜は壊れた戻り管を身体で支えていました。


管が熱塩水帯へ落下しないように固定し、漏れ口で生まれる塩を自分の鱗へ取り込み続けていたのです。


白塩竜の白い結晶は、身を守るための鎧ではありませんでした。


二十年以上にわたって受け止めてきた塩の蓄積でした。


古代において白塩竜は、湖底の塩と熱を調整し、冷たい水と熱い水の循環を支える存在でした。


都市の冷却機構も、その力を利用して築かれていました。


つまり白塩竜は、都市を沈める怪物ではなく、都市が沈まないように地下で支え続けていた守護体です。


今回、ミルカ、フィリア、セラフィナの連携によって六本の保守用支持柱を復旧し、白塩竜が受けていた荷重を一部軽減しました。


しかし、黒い種は白塩竜の痛みから離れ、《古代熱塩分離核》へ侵入を始めています。


この装置が侵食されれば、深層の熱と塩が都市の淡水系統へ流れ込みます。


そして、砂漠を再生するためには、水を戻すだけでは足りないことも示されました。


淡水の循環。


熱塩水との分離。


地下の熱を逃がす道。


深層圧力の分散。


白塩竜の負荷解放。


水、塩、熱、圧力のすべてに行き先が必要です。


次回、第18話「冷やした水を、捨てないために」。


澪たちは地上へ戻り、オルドア、ハディル村、避難民、そして六人全員をつなぐ修復計画を作り始めます。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)

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