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徹夜続きのゲーム開発者、気づいたら自分が作ったはずの文明調律RPGに転移していました 第二部  作者: マスター


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第16話 隠された水は、貯められていなかった

第16話です。


第15話では、制御不能となった第七深井戸へ入り、オルドアの水不足が単純な水源不足ではないことがわかりました。


地下水位が下がるほど出力を上げる自動圧力維持機構。


その仕組みを《Another Route Seed》が増幅し、水を汲むほど地下水位が下がり、地下水位が下がるほどさらに強く汲み上げる悪循環を作っていました。


また、故障した貯水槽として閉鎖されていた施設は、都市の余水を地下へ戻す《地脈涵養槽》でした。


澪たちは第七深井戸を完全停止させることなく出力を下げ、一部の水を西方地脈へ戻すことに成功します。


しかし、オルドアでは、汲み上げた水の約四割が市民へ届く前に失われている可能性が判明しました。


その中でも最大の未確認流出地点が、都市中央の《中央貯水宮》。


非常用として封印されているはずの施設へ、第七深井戸一基分に近い水が流れ続けています。


その直後、都市評議会は中央貯水宮を封鎖。


澪たちを《都市水秩序への干渉者》に指定しました。


隠された水は、誰かによって独占されているのか。


それとも、都市には水を隠さなければならない理由があるのか。


今回は、中央貯水宮の秘密へ踏み込みます。

《主調律者一行:都市水秩序への干渉者として指定》


胸元の調律核に浮かんだ文字を見て、神代澪は数秒間、言葉を失った。


干渉者。


異変を止めた直後に呼ばれる名としては、かなり扱いが悪い。


「第七深井戸を止めかけたのは、そっちの装置なんだけど……」


澪が呟く。


都市国家オルドアの中心では、重い鐘が鳴り続けていた。


水務局の警報とは違う。


都市評議会が非常時に鳴らす、評議会招集鐘。


低く響くたびに、市民たちが道の端へ寄り、兵士たちが中央区画へ向かって走っていく。


第七深層揚水場の周囲にも、すでに武装した都市兵が集まり始めていた。


槍。

短剣。

水務局とは異なる、白と金の紋章。


評議会直属の都市秩序隊。


その先頭に立つ男が、書面を広げる。


「都市評議会の緊急決議により、水務局長ナジーム卿の中央貯水宮に関する権限を停止する」


ナジームが、外した銀の仮面を握りしめた。


「水務局長ではない。水務卿だ」


「称号について異議がある場合は、評議会へ申し立てを」


「そういう問題ではない」


男は表情を変えない。


「また、主調律者神代澪および同行者三名を、都市水系統への無許可介入者として拘束する」


セラフィナの周囲に、白銀の光が浮かんだ。


まだ剣の形にはなっていない。


だが、都市兵たちは一斉に槍を構えた。


「セラフィナ」


澪が呼ぶ。


「攻撃しません」


セラフィナは答えた。


「ただし、槍を向けられた状態で無防備になることもありません」


「それでお願い」


ミルカは工具を握ったまま、都市兵と揚水場を交互に見る。


「今ここで拘束されたら、第七深井戸の調整は誰がやるの?」


技術主任リハラが前へ出た。


「私が行う」


都市秩序隊の男が彼女を見る。


「技術主任リハラ。あなたにも事情聴取が命じられている」


「事情聴取?」


「評議会の許可なく、封鎖施設である旧貯水槽へ通水した疑いだ」


リハラの眉が動く。


「封鎖されていたのは、用途を誤認していたからだ。あれは地脈涵養槽だった」


「判断するのは評議会だ」


「地下水は、評議会の判断を待って流れるわけではない!」


リハラの声が施設前へ響いた。


都市兵たちがわずかに動揺する。


澪は、目の前の男だけを悪者にしそうになる自分を抑えた。


この兵士も、命令に従っている。


水不足の都市で秩序が崩れれば、配水所はすぐに奪い合いになる。


評議会が外部介入を警戒する理由も、理解できなくはない。


問題は、なぜ中央貯水宮をそこまで隠すのか。


「評議会へ連れていってください」


澪は言った。


ミルカが振り向く。


「ミオ?」


「拘束されるという意味じゃないよ」


澪は都市秩序隊の男を見る。


「評議会は、私たちを干渉者に指定した。なら、何に干渉したと思っているのか、直接聞きます」


男は答えない。


「第七深井戸は今、仮安定しているだけです。中央貯水宮へ流れている水の量も異常です。この二つが無関係だというなら、記録を見せてください」


「都市機密だ」


「機密だから見せられない、では調査になりません」


「外部の調律者に都市の全水系統を開示する義務はない」


セラフィナが静かに言った。


「では、拘束する根拠も示してください」


男の視線がセラフィナへ移る。


「評議会の緊急決議だ」


「決議の理由を問うています。秩序とは、命令が存在することではありません。命令が何を守るためにあるのか、説明可能であることです」


「天使族の秩序論を、オルドアへ持ち込むな」


「水は都市境界の外まで流れています。秩序も、壁の内側だけで完結しません」


兵士たちの間に緊張が走る。


澪は、セラフィナの光が強くなる前に一歩出た。


「争いに来たわけではありません」


都市秩序隊の男を見る。


「評議会へ案内してください。逃げません。武器も抜きません。ただし、第七深井戸と中央貯水宮の記録を持っていきます」


リハラが記録板を胸へ抱えた。


「私も行く」


ナジームも言う。


「私もだ」


都市秩序隊の男は、しばらく五人を見ていた。


やがて、書面を閉じる。


「武装解除を」


セラフィナが眉を寄せる。


澪は先に答えた。


「光剣は召喚物です。置いていけません」


「ならば召喚を禁ずる」


「攻撃された場合を除き、使いません」


「命令だ」


「提案です」


セラフィナの声が、ほんの少し冷たくなる。


澪は頭を抱えたくなった。


秩序担当同士は、交渉になると互いに一歩も引かない。


「光剣一本だけ、灯りとして」


澪が間へ入る。


「それ以上は、危険が起きた時だけ。これでどうですか」


男は不満そうだった。


だが、周囲の揚水場では技術者たちがまだ第七深井戸を監視している。


ここで争う時間はない。


「一本だけだ」


セラフィナは頷く。


「合理的な妥協です」


「最初からそれでお願い……」


澪は小さく呟いた。


***


オルドア都市評議会は、都市中央の高台にあった。


城ではない。


複数の石造りの建物が、円形の広場を囲んでいる。


中心には、浅い水盤。


しかし水はほとんどなく、底に描かれた都市紋章が見えていた。


評議会堂へ向かう途中、澪は都市の上層区画を初めて目にした。


門に近い下層区画より、道幅が広い。


建物も大きい。


だが、噴水や豊かな庭園が並んでいるわけではなかった。


水路はある。


しかし流量は少なく、多くの庭木は枯れかけている。


上層区画もまた、水不足から逃れられてはいない。


「上の人たちだけ、たくさん水を使ってるわけじゃないんだ」


澪が小さく言う。


ナジームが答えた。


「優先配給はある」


「あるんですか」


「病院、行政施設、消防隊、冷却制御所。評議員の住宅も、下層市民より多少多い」


ナジームは苦い顔をする。


「だが、中央貯水宮へ流れている量とは比較にならない」


ミルカが都市の床下へ意識を向けるように歩く。


「今も水が流れてる」


「わかるの?」


澪が聞く。


「振動がある。第七深井戸ほど強くないけど、中央へ集まってる」


フィリアの肩では、ネレイアが落ち着かない様子で揺れている。


「水が、熱い場所へ向かっています」


「熱い場所?」


「はい。飲まれるというより……冷やしに行っているような」


澪は中央の高い塔を見上げる。


都市へ入る前に見えた、白い蒸気を上げる塔。


あれも中央貯水宮とつながっているのかもしれない。


評議会堂の大扉が開く。


中には、半円形の議場があった。


十数人の評議員が席についている。


商人。

軍人。

神官。

医師。

農業管理者。

都市建築士。


服装も年齢も異なる。


その中央に、一人の老女が座っていた。


灰色の長衣。

細い金の冠。

厳しい目。


「主調律者、神代澪」


老女が言った。


「私は都市評議長ザヒーラ。海洋ヘックスの異変を止めた功績については、報告を受けている」


「それなら、どうして干渉者に?」


澪が聞くと、評議員の一人が声を上げた。


「西方地脈へ水を流したからだ!」


「第七深井戸が壊れるところだったんです」


「都市の許可なく、都市の水を外へ流した!」


「外ではありません。地下です」


ミルカが言う。


「しかも、もともと水を地下へ戻すための施設でした」


「古代文字の解釈にすぎん」


別の評議員が言う。


リハラが記録板を掲げる。


「通水後、第七深井戸の圧力は低下しました。都市送水量の減少も一割未満です。ハディル村方向への異常な地下水流出も弱まっています」


「村の話は今していない!」


「同じ水脈です!」


議場に声が重なる。


ザヒーラが手を上げた。


評議員たちが静まる。


老女は澪を見る。


「第七深井戸については、後ほど水務局の報告を精査する」


「中央貯水宮は?」


「それは評議会の管理事項だ」


「水務卿にも見せられない管理事項ですか」


ナジームが前へ出る。


「私にも説明を求める権利がある。中央貯水宮へ、第七深井戸一基分に近い水が流れている」


評議員たちの一部が、目を逸らした。


ザヒーラだけは表情を変えない。


「中央貯水宮は、都市存続のために必要だ」


「何に使っている」


「答えられない」


ナジームの拳が震える。


「市民の配給を減らし、門を閉じ、周辺の井戸が枯れてもか」


「だからこそ、答えられない」


澪は、その言葉に引っかかった。


水を独占している者なら、もっと別の言い方をする気がした。


権限だ。

伝統だ。

評議会の所有だ。


だがザヒーラは、「だからこそ」と言った。


市民が苦しんでいるからこそ、秘密を守る。


「中央貯水宮に、どれくらい水があるんですか」


澪は尋ねた。


ザヒーラは黙った。


「非常用の貯水庫なら、今が非常時です。どうして使わないんですか」


「使っている」


議場が静まり返った。


ナジームが低く聞く。


「何だと」


ザヒーラは、ゆっくりと立ち上がった。


「中央貯水宮の水は、貯められているのではない。今この瞬間も、使われ続けている」


「何に?」


澪が問う。


ザヒーラは議場の床を見た。


「この都市を、沈ませないために」


その瞬間、足元から低い振動が伝わった。


ごうん。


ハディル村で聞いた、地盤空洞化の音に似ている。


だが、こちらはもっと深い。


そして、熱を含んでいる。


ネレイアがフィリアの肩から飛び上がった。


青い精霊が怯えるように震える。


「下に、熱い水があります」


フィリアが言った。


「とても塩辛い。上がってこようとしています」


ザヒーラの目が、初めて揺れた。


「精霊に、そこまでわかるのか」


「苦しい声がします」


フィリアは床へ手を当てる。


「深いところから押し上げられている。冷たい水で押さえられている。でも、その冷たい水も、途中で消えています」


ミルカが議場の構造を見回す。


「都市の下に、高温の塩水層がある?」


ザヒーラは、もう隠しきれないと判断したのか、深く息を吐いた。


「オルドアは、乾いた大地の上へ築かれた都市ではない」


老女は言った。


「古代には、この場所に塩湖があった」


議場の壁に、古い地図が投影された。


現在の砂漠。


その中央に、広大な青い湖が描かれている。


「湖は長い時間をかけて縮小した。地表の水は消えたが、深い地層には高濃度の塩水が残った」


ザヒーラが地図を切り替える。


都市の地下。


複数の地層。


その最下部に、赤く表示された大きな水域がある。


《深層熱塩水帯》


「地下水を汲み上げすぎると、地上側の水圧が下がる。すると深層の熱塩水が上昇する」


ミルカの表情が険しくなる。


「塩水侵入」


「それだけではない」


ザヒーラは続ける。


「熱塩水が都市基礎へ達すれば、地下の支持層が溶け、石材を劣化させる。地盤沈下と塩害が同時に起きる」


澪は息を呑んだ。


ハディル村では、地下水を抜きすぎて地盤が空洞化していた。


オルドアでは、地下水を抜きすぎることで、さらに深い塩水が上がろうとしている。


村も都市も、同じ過剰揚水に苦しんでいた。


表れ方が違うだけだった。


「中央貯水宮は、深層熱塩水を押さえるための圧力槽ですか」


ミルカが問う。


ザヒーラは頷いた。


「地表側の淡水を送り込み、都市基礎の圧力を維持する。同時に、地下から上がる熱を冷却する」


「だから冷却塔から蒸気が出ていた」


澪が言う。


「はい」


「でも、それなら水務局と共有すべきだった」


ナジームの声は怒りで震えていた。


「私は七年間、水が足りないから井戸を増やし続けた。その水の一部が、私の知らない場所で地盤維持へ使われていた」


「知らせれば、止めろという声が出る」


ザヒーラが答える。


「市民の飲み水を減らして、地下へ流していると知られれば、中央貯水宮は襲われる。弁を閉じられれば、数日で熱塩水が上昇する」


「だから機密にした?」


「都市を守るためだ」


「その結果、私はさらに井戸を掘った!」


ナジームの声が議場へ響く。


「地下水位を下げ、熱塩水を上げる原因を増やした! 何を守ったというんだ!」


ザヒーラは答えられなかった。


秘密は、短期的には中央貯水宮を守った。


だが、水務局が全体を知らなかったため、足りない水を補うために深井戸を増やした。


深井戸を増やすほど、地下水位が下がる。


地下水位が下がるほど、中央貯水宮へ送り込む冷却水が増える。


冷却水が増えるほど、市民へ届く水が減る。


市民へ届く水が減れば、また井戸を掘る。


ここにも、閉じた悪循環があった。


「中央貯水宮を見せてください」


澪は言った。


評議員の一人が立ち上がる。


「許可できない!」


「見ないと、直せません」


「直す?」


「水を流し続けなければ都市が沈む。だからといって、今のまま地下水を汲み続ければ、村も都市も乾く。どこで水が失われているのかを見る必要があります」


ザヒーラが澪を見つめる。


「中央貯水宮の仕組みは、古代から完全には理解されていない」


「なら、なおさらです」


ミルカが言った。


「理解しないまま水だけ入れ続ける方が危険」


その時だった。


議場の床が大きく揺れた。


ごおん。


今度は、はっきりと石材が軋む音がした。


壁から白い粉が落ちる。


評議員たちが立ち上がる。


警報鐘が鳴った。


一度。

二度。

三度。

四度。


ナジームの顔色が変わる。


「四度の警報?」


ザヒーラが答える。


「中央貯水宮の圧力低下だ」


「そんな警報、水務局の規定にはない」


「評議会専用だ」


「まだ隠すのか!」


議場の下から、熱い空気が吹き上がった。


床の隙間に、白い結晶が浮かぶ。


塩。


フィリアが息を呑む。


「上がっています」


澪の調律核が強く光る。


《中央貯水宮:圧力急低下》

《深層熱塩水帯:上昇》

《都市基礎塩害:開始》

《Another Route Seed反応:成長率 14%》

《警告:第七深井戸出力低下と連動》


「第七深井戸を安定させたから?」


澪は一瞬、自分たちの判断を疑った。


第七深井戸の出力を下げた。


その結果、中央貯水宮へ入る水も減った。


圧力槽が維持できなくなり、熱塩水が上がった。


「違う」


ミルカが表示を見て叫ぶ。


「本来なら、第七深井戸一基の出力が少し下がっただけで急低下しない! 中央貯水宮側で何か壊れた!」


ザヒーラが都市秩序隊へ命じる。


「貯水宮を開ける!」


先ほどまで見せることを拒んでいた評議長が、自ら扉を開く判断をした。


秘密を守っている場合ではなくなった。


「主調律者たちを同行させる」


評議員が反対する。


「評議長!」


「このままでは、秘密ごと都市が沈む!」


ザヒーラの一喝で、議場が静まった。


***


中央貯水宮への入口は、評議会堂の真下にあった。


円形の石扉。


三重の封印。

評議長の鍵。

水務卿の紋章。

古代調律核の認証。


本来は、三者がそろわなければ開かない構造だった。


だが、水務卿が管理から外されていたため、長い間、評議会だけが非常用の補助認証で開いていたらしい。


「共同管理を前提に作られてたんだ」


澪が言う。


「それを評議会だけで管理するように変えた」


ザヒーラは反論しなかった。


石扉が開く。


熱い湿気が流れ出した。


砂漠の乾いた空気とは正反対。


重く、塩辛く、息苦しい空気。


セラフィナが一本の光剣を灯りとして浮かべる。


階段は、螺旋状に地下へ続いていた。


澪。

フィリア。

ミルカ。

セラフィナ。

ナジーム。

リハラ。

ザヒーラ。


七人で降りていく。


評議員や兵士は入口へ残された。


階段の壁には、水位を示す古い目盛りが刻まれている。


上部の目盛りには、かつて水があった痕跡が残っていた。


しかし、現在の水位ははるか下だ。


「非常用貯水庫なのに、ほとんど空じゃない?」


澪が言う。


ザヒーラは答えない。


階段を下りきると、巨大な地下空間へ出た。


中央貯水宮。


その名から、澪は大量の水を蓄えた地下湖を想像していた。


だが、目の前にあったものは違った。


巨大な円形槽。


水位は底近くまで下がっている。


槽の中央には、黒い穴が開いていた。


直径数十メートル。


そこへ、周囲の水が絶えず流れ込んでいる。


水は貯まっていない。


中央の穴へ吸い込まれ、白い蒸気となって上昇している。


「これ……」


ミルカが言葉を失う。


ナジームも呆然とする。


「中央貯水宮には、水が残っていないのか」


ザヒーラが低く答えた。


「水を送り続けなければ、圧力が保てない」


「非常用の備蓄ではなかった」


澪は中央の穴を見る。


「送り込み続けるための中継槽だった」


水が中央穴へ落ちる。


底から、熱い蒸気が吹き上がる。


その蒸気の一部は天井の管へ入り、都市の冷却塔へ送られている。


だが、残りの多くは、壁の隙間へ消えていた。


ミルカが槽の縁へ走る。


金色の構造線を広げる。


「循環してない」


「何が?」


リハラが聞く。


「本来は、中央穴で熱を受け取った水蒸気を上の冷却塔で凝縮して、またここへ戻す構造だったはず」


「戻り水路は稼働している」


ザヒーラが言う。


「してない!」


ミルカが天井の管を指す。


「上昇管は動いてる。でも戻り管が途中で切れてる。凝縮した水の一部は都市冷却路へ入ってるけど、大半は別の場所へ漏れてる」


「どこへ?」


澪が尋ねる。


ミルカは構造線を追う。


壁の奥。


都市上層ではない。


下層区画でもない。


さらに深い地下へ。


「熱塩水帯の縁」


フィリアが言った。


ネレイアが中央穴の上で震えている。


「戻るはずの水が、熱い塩水の方へ落ちています」


「じゃあ」


澪は構造を理解する。


淡水を中央貯水宮へ入れる。


深層の熱を受け、蒸気になる。


冷却塔で冷やす。


凝縮した水を再び中央貯水宮へ戻す。


本来は、ある程度閉じた循環だった。


だが、戻り管が壊れている。


水は一度使われるたびに、深層熱塩水帯へ落ちて失われる。


その不足を補うため、深井戸から新しい地下水を入れ続ける。


「都市を冷やすために使った水が、戻ってこない」


澪は呟いた。


「だから、いくら汲んでも足りない」


リハラが壁へ手をつく。


「第七深井戸一基分に近い水が、ここへ消えていた」


ザヒーラの顔から血の気が引いている。


「戻り管の点検記録は」


「評議会の記録では、正常となっている」


「誰が確認した?」


ミルカが問う。


ザヒーラは答えられない。


長く秘密にしていた施設。


限られた技術者だけが触れた。


水務局へも情報を共有しない。


その結果、点検できる人間が減り、記録だけが正常を示し続けた。


秘密は、水を守らなかった。


壊れた循環を見えなくした。


その時、中央穴から赤黒いものが伸びた。


細い根。


Another Route Seed。


熱い蒸気とともに上がり、円形槽の壁へ絡みつく。


フィリアが叫ぶ。


「来ます!」


セラフィナの光剣が白銀の境界を作る。


黒い根が防壁へぶつかり、火花のような赤い粒を散らす。


調律核に表示が浮かぶ。


《Another Route Seed:中央貯水宮へ侵入》

《成長率:14% → 18%》

《恐怖源:都市基礎崩壊》

《恐怖源:水配給停止》

《恐怖源:秘密露見》

《三恐怖共鳴を確認》


「秘密が知られることまで、黒い種の力になってる」


澪は言った。


ザヒーラが唇を噛む。


「市民が知れば混乱する」


「隠し続けても、黒い種が育つ」


「ならどうしろというのだ!」


評議長の声が地下空間へ響いた。


「中央貯水宮の水が空だと知らせるのか。都市基礎が塩水に侵されていると。冷却水が失われ続けていると。明日にも都市が沈むかもしれないと!」


「明日にも沈むんですか」


澪が問う。


ザヒーラが黙る。


ミルカが構造を確認しながら答える。


「今すぐ全部は沈まない。でも圧力低下が続けば、場所によっては陥没する。塩害も始まってる」


「なら、正確に伝えればいい」


澪は言った。


「明日都市が消えるとは言わない。問題があること、今までの仕組みでは持たないこと、直すために何をするかを伝える」


「市民は冷静ではいられない」


「全部を一度に発表する必要はありません」


セラフィナが言った。


「しかし、水務局へすら隠す状態は秩序ではありません。少なくとも、評議会、水務局、技術班、住民代表による共同監視へ移行すべきです」


ナジームがザヒーラを見る。


「私は、水を減らした責任を市民へ問われるだろう」


「私も、秘密にした責任を問われる」


ザヒーラが答える。


「責任を問われることと、都市が壊れることのどちらを避けたいんですか」


澪の言葉に、二人が黙る。


厳しい言い方だった。


だが、今は避けられない。


「責任を取るために、隠し続ける必要はありません」


澪は続ける。


「間違いを認めて、直す側に残ることも責任です」


第1部で港の人々がしたように。


誰か一人を悪者にして終わらせず、それぞれの持ち場で修復を引き受ける。


オルドアにも、それが必要だった。


「話はあと」


ミルカが叫んだ。


中央穴から伸びる黒い根が増えている。


「戻り管を仮接続しないと、圧力が落ち続ける!」


リハラが構造図を出す。


「戻り管の断裂地点は?」


ミルカの金色の線が壁を走る。


「二か所。上側はここから行ける。下側は熱塩水帯に近すぎる」


「上だけ直しても?」


「全部は戻らない。でも損失を半分近く減らせる可能性がある」


「やる」


リハラが即答する。


ザヒーラが言う。


「必要な資材は」


「この施設の旧補助管を使う」


ミルカが答える。


「でも外すと圧力計の一部が止まる」


ナジームが言う。


「水務局の可搬式圧力計を持ち込む」


「時間は?」


澪が問う。


ミルカが黒い根を見る。


「十分あるかないか」


「どっち?」


「黒い種次第!」


「一番予測できないやつ!」


セラフィナの光剣が黒い根を押し戻す。


「会話を続ける余裕はありません」


フィリアはネレイアを中央穴へ近づけた。


青い精霊が熱に怯えている。


「ネレイア、無理しないで」


フィリアが言う。


それでもネレイアは、穴から上がる蒸気の周囲を回った。


熱い水と冷たい水の境界を探している。


「戻れる道があります」


フィリアが言った。


「水は、上へ行ったあと帰りたがっています。でも黒い根が、熱い方へ引いています」


「フィリア、戻り水を正しい管へ誘導できる?」


「少しなら」


「ミルカとリハラは管をつなぐ。セラフィナは黒い根を切らずに抑える」


澪は全体を見る。


「ナジームさんは地上へ連絡。可搬式圧力計と技術班を呼んでください」


「わかった」


「ザヒーラさん」


評議長が澪を見る。


「市民へ発表する準備をしてください」


「今すぐか」


「今すぐ全部ではありません。でも、中央貯水宮で障害が起き、水務局と評議会が共同対応していることは伝える。警報だけ鳴らして何も説明しなければ、不安が黒い種の力になります」


ザヒーラは、中央穴から伸びる赤黒い根を見た。


秘密そのものが、虚無へ変わっている。


「……わかった」


短い返事だった。


しかし、評議長が初めて秘密を開くと決めた瞬間だった。


調律核が光る。


《中央貯水宮:共同対応へ移行》

《評議会・水務局権限接続》

《秘密維持優先度:低下》

《Another Route Seed:成長鈍化》


「効いてる」


澪は言った。


黒い根の動きが、わずかに遅くなった。


問題が解決したわけではない。


だが、隠すことをやめただけで、黒い種が吸える恐怖が一つ減った。


***


戻り管の仮接続は、簡単ではなかった。


円形槽の上部。


細い点検路。


その外側に、断裂した管がある。


管の一方から、温かい水が漏れ続けていた。


白い蒸気が視界を遮る。


ミルカとリハラが、安全綱をつけて点検路へ出る。


澪は下から二人を見上げた。


「気をつけて!」


「言われなくても!」


ミルカが答える。


「右側の固定具!」


リハラが叫ぶ。


「錆びてる!」


「塩害だよ! 無理に回したら折れる!」


「なら切る!」


「切ったら支えがなくなる!」


「ではどうする!」


「支えてから切る!」


「先に言え!」


「構造を見ればわかる!」


澪は思わず呟いた。


「仲が悪いのか、相性がいいのかわからない……」


ナジームが地上へ連絡しながら言う。


「技術者同士としては、相性がよいのだろう」


セラフィナは六本の光剣を配置し、黒い根の進路を抑えている。


根を切れば、赤黒い破片が水路へ散る可能性がある。


だから斬らない。


白銀の境界で、中央穴の周囲へ押し戻す。


だが、根は少しずつ数を増やしていた。


「長くは維持できません」


「あと何分?」


澪が聞く。


「出力で言えば七分。私個人の感覚では、五分を推奨します」


「わかりにくいけど五分ね!」


フィリアとネレイアは、蒸気の流れへ青い光を混ぜていた。


冷却塔から戻ってくる水分を集め、断裂した戻り管へ導く。


量は少ない。


それでも、水が本来の道を思い出すように流れ始めている。


「水が戻ってきます!」


フィリアが叫ぶ。


上部でミルカが補助管を固定する。


「リハラ、今!」


リハラが旧弁を開く。


温かい水が仮設管へ流れ込んだ。


管全体が大きく震える。


固定具が軋む。


「圧が高い!」


リハラが叫ぶ。


「一気に開けるから!」


ミルカが怒鳴る。


「半分って言っただろ!」


「この弁に目盛りはない!」


「感覚で半分!」


「それを先に言え!」


仮設管の継ぎ目から水が噴き出す。


澪は調律核を見る。


戻り流量。

中央槽圧。

深層熱塩水上昇率。

黒種成長率。


数字が激しく動く。


「少し閉めて!」


澪が叫ぶ。


「今度は少しってどれくらい!」


リハラが返す。


「ミルカの感覚で!」


「責任投げた!」


ミルカが弁を調整する。


水の勢いが落ち着く。


仮設管を通り、温かい水が円形槽へ戻り始めた。


ごぼり。


中央貯水宮の底へ、初めて循環した水が落ちる。


新しく汲み上げた水ではない。


一度都市を冷やし、熱を受け取り、再び戻ってきた水。


フィリアが涙を浮かべる。


「帰ってきました」


調律核の表示が変わる。


《上部戻り管:仮接続成功》

《中央貯水宮淡水損失:低下》

《深井戸補給要求量:低下開始》

《深層熱塩水上昇:減速》

《都市基礎圧力:低下停止》


「やった……」


澪が息を吐く。


だが、その瞬間。


中央穴の奥から、巨大な音が響いた。


どおん。


円形槽全体が揺れる。


仮設管が軋む。


黒い根が一斉に縮み、中央穴へ引き込まれていく。


「逃げた?」


澪が言う。


フィリアは首を横に振った。


「違います」


ネレイアが中央穴を見下ろし、強く震えている。


「もっと深いものが、動きました」


調律核に新たな表示が浮かぶ。


《深層熱塩水帯:圧力変動》

《下部戻り管:完全断裂》

《古代冷却循環:下層部停止》

《Another Route Seed:熱塩脈へ移動》

《成長率:18% → 21%》


ミルカとリハラが点検路から戻ってくる。


ミルカは中央穴を見て、顔をしかめた。


「上側を直したせいで、下側の断裂がはっきりした」


「悪化させた?」


澪が聞く。


「違う。今まで上も下も壊れてたから、流れ自体が弱かった。上が戻ったことで、本来の圧が下まで届いた。でも下側が切れてるから、そこで詰まった」


「つまり」


リハラが中央穴を見る。


「下部戻り管を直さない限り、完全な循環には戻らない」


「場所は?」


「熱塩水帯の縁」


ミルカが答える。


「高温、高塩分、地盤不安定。普通に入ったら危ない」


ナジームの伝声石から、地上の声が聞こえた。


『水務卿、中央区画の地面に塩が浮いています!』


『下層区画でも井戸水の味が変わったとの報告!』


熱塩水は、まだ上昇している。


速度は落ちた。


だが止まってはいない。


ザヒーラが中央穴を見つめた。


「これまで、中央貯水宮へ水を入れ続ければ都市は保たれると思っていた」


「実際、一時的には保っていました」


澪は言った。


「でも、水を使い捨てる仕組みになっていた。だから地下水を吸い続けなければならなかった」


「完全な循環へ戻せるのか」


ザヒーラの問いに、ミルカはすぐには答えなかった。


「下へ行ってみないとわからない」


「行くの?」


澪が聞く。


「行かないと直せない」


「熱い塩水の近くへ?」


「そう」


「装備は?」


「ない」


「すごく嫌な答え」


セラフィナが光剣を下ろす。


黒い根は中央穴へ消えた。


だが、危険が去ったわけではない。


「耐熱と防塩の装備が必要です」


「都市内にある?」


澪がナジームを見る。


ナジームは少し考える。


「深井戸の最下層作業用装備がある。ただし数が少ない」


リハラが言う。


「耐熱服四着。呼吸具も四組」


澪を含めれば、前線三人と主調律者でちょうど四人。


まるで、最初から次の侵入を待っていたような数だった。


「誰が行くかは、地上に戻って決めよう」


澪は言った。


フィリアが中央穴を見つめる。


「下に、水だけではない声があります」


「黒い種?」


「それもあります。でも、もっと古いもの」


「古いもの?」


フィリアは目を閉じた。


「ずっと熱い水の中にいて、都市を下から支えていたもの。冷たい水が来なくなって、眠れなくなっています」


澪の背筋が冷える。


海洋ヘックスには、アビス・リヴァイアがいた。


砂漠の村には、渇きの巨人が現れた。


そしてオルドアの地下には、さらに古い何かがいる。


怪物か。

地脈の守り手か。

熱と塩が形を持った存在か。


まだ、わからない。


調律核が、その反応を暫定的に表示する。


《深層大型反応:検出》

《生体/地脈体判定不能》

《暫定名称:白塩竜》

《休眠解除率:12%》

《警告:完全覚醒時、熱塩水噴出予測》


澪は中央穴を見下ろした。


暗闇のはるか下。


白い結晶に覆われた巨大なものが、ゆっくりと身体を動かしたように見えた。


熱い蒸気の中で、二つの光が開く。


目。


白塩竜は、まだ地上を見ていない。


けれど確かに、目を覚まし始めていた。


「中央貯水宮に、水を隠していたんじゃなかった」


澪は呟いた。


「都市は、水を失いながら、もっと深いものを押さえていたんだ」


その声に答えるように、地下から低い咆哮が響いた。


それは怒りではなかった。


長い間、熱と塩の中で耐え続けてきたものが、初めて苦しみを吐き出したような声だった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


第16話では、《中央貯水宮》へ流れていた大量の水の正体が明らかになりました。


中央貯水宮は、上層市民のために水を蓄えた秘密の貯水庫ではありませんでした。


オルドアの地下には、かつて存在した巨大塩湖の名残である《深層熱塩水帯》があります。


地下水位が下がると、深層の高温・高塩分の水が上昇します。


それが都市基礎へ達すれば、地盤沈下、石材の劣化、井戸への塩水侵入が起きます。


中央貯水宮は、淡水を送り込むことで地層の圧力を保ち、熱塩水の上昇を抑え、同時に都市基礎を冷却する施設でした。


つまり、中央貯水宮へ流れていた水は、誰かの贅沢や単純な備蓄ではなく、都市そのものを守るために使われていました。


しかし、問題がありました。


本来の古代冷却機構は、熱を受け取った水を冷却塔で凝縮し、中央貯水宮へ戻す循環構造でした。


ところが戻り管が壊れ、水は熱塩水帯へ流出していました。


オルドアは都市を冷やすたびに淡水を失い、その不足分を深井戸から汲み上げ続けていたことになります。


水が足りない。


だから井戸を深くする。


地下水位が下がる。


熱塩水が上がる。


それを押さえるために、さらに淡水が必要になる。


中央貯水宮にも、閉じた悪循環が存在していました。


さらに、評議会は市民の混乱を恐れ、中央貯水宮の役割を水務局にすら隠していました。


その結果、水務局は全体構造を知らないまま深井戸を増設し、評議会は壊れた冷却循環へ水を送り続けました。


誰か一人が水を独占していたのではありません。


秘密と分断によって、双方が互いの問題を悪化させていたのです。


今回、ミルカとリハラは上部戻り管を仮接続し、冷却に使った水の一部を中央貯水宮へ戻すことに成功しました。


これによって淡水損失と熱塩水の上昇は減速しました。


しかし、下部戻り管は完全に断裂しています。


その場所は、深層熱塩水帯のすぐ近く。


そして地下では、《白塩竜》と暫定識別された巨大な地脈反応が目を覚まし始めています。


次回、第17話「都市の下には、塩の海がある」。


澪たちは高温と塩害に満ちたオルドア最深部へ向かうことになります。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)

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