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第67話――地獄と癒しの境界線――


ホークスは、魂の抜けたように虚ろな目で座り込むボイドを置いて家を出た。

「……あれ、本当に大丈夫か?」

一瞬だけ心配になる。

だがすぐに首を振る。

「まぁいいか、おやっさんだし」

どうせ放っておいてもそのうち復活する。

しないかもしれないが。


訓練場へ向かう途中。

まだ門に近づく前から——

聞こえてきた。

「うわああああああ!!」

「無理だあああ!!」

「足がああああ!!」

「ぐぁぁぁぁぁ!!」

響き渡る大人数の悲鳴

ホークスは足を止める。

「……戦場か?」

一瞬だけ錯覚する。

だが次の瞬間——

「いや、違うな」

ため息をついて走り出す。

(犯人はだいたい分かってる)


訓練場。

そこには——

地獄があった。

地面一面に転がる志願者たち。

うずくまり、のたうち回り、完全に戦闘不能。

まるで集団壊滅後。

そしてその中心に——

リゼル。

いつも通り、涼しい顔で木剣を持って立っている。

「……おい」

ホークスが近づく。

「何があった?」

リゼルは振り向く。

「おはようございます」

「訓練内容を見直し、効率化した結果です」

足元には無数の志願者。

ホークスは一瞬黙る。

「……効率とは?」

その時。

「た、隊長ぉ……!」

「助けてください……!」

「死にます……死んでしまいます!」

志願者たちが這いながらホークスに縋りつく。

「まだ生きてるだろ」

「ギリギリですよ!!」

「まぁ問題ないな」

「問題ありますよ!!」

ホークスは軽く手を振る。

「騒ぐな、うるさい」

「それだけしゃべれるならまだ死なないだろ………多分」

「多分ってなんですか!?死にたくないです!!」


ホークスは少しいたたまれなくなりリゼルを見る。

「……少しやりすぎだ。もう少し手加減してやってくれ」

リゼルは首を傾げる。

「なぜですか?、手加減して強くなれるのでしょうか?」

「まぁならないわな」

即答。

志願者たちの顔が絶望に染まる。

だがホークスは続ける。

「だが今は戦時中じゃない。途中で抜けられる方が困る。育てる前に人数が減るのは部隊としては非効率だ」

リゼルは少し考える。

「……なるほど。確かに、投資対象の損耗は避けるべきですね」

志願者たちの顔に希望が灯る。

「では調整します」

その言葉に、皆が安堵する。

ホークスも頷く。

「頼む」


そしてホークスは続ける。

「あと、俺はしばらく王都から離れる。少し魔術学園に行く」

リゼルが視線を向ける。

「目的は?」

「部隊に魔法を教えるための基礎的な魔法を学びに行く、大体二週間くらいだな」

リゼルは頷く。

「承知しました」

そして一言。

「どちらの学園へ?」

ホークスは何気なく答える。

「カトレアの紹介で風魔将の領地にあるアルヴェリオ魔術学園にウィンと二人で行く」

——その瞬間。

空気が、凍る。

ピシッ。

ほんの一瞬。

だが確実に。

リゼルから何かが漏れた。

ホークスは反射的に半歩引く。

(……今の、殺意だったな)

周囲の志願者たちも本能で察知する。

(やばい)

(死ぬ)

(今度こそ死ぬ)

だが次の瞬間。

リゼルはいつも通りの顔に戻る。

「……承知しました」

完璧な無表情。

ホークスは数秒だけ様子を見る。

(気のせいじゃないよな……)

だが深くは触れない。

「じゃあ任せたぞ。俺は明日の準備があるから失礼する」

そう言ってその場を後にする。


ホークスの背中が見えなくなった瞬間。

リゼルがゆっくりと志願者たちに視線を向ける。

沈黙。

そして——

「……さて」

その一言で空気が変わる。

志願者たちの背筋が凍る。

「いつまで休んでいるのですか?」

冷たい声。

「充分に休憩は取れたはずですよ?」

「え……?」

「ま、待ってください……」

「調整って……」

リゼルは静かに言う。

「ええ、調整しました」

一拍。

「これからは“効率良く”鍛えます」

嫌な予感しかしない。

「走り込みから再開します」

「今からですか!?」

「当然です」

にっこり。

(※全く笑っていない)

「俺達さっきまで動けなかったんですよ!?」

「では動けるようにしましょう」

「理不尽だ!!」

「いいから……走れ」

静かな圧。

志願者たちは立ち上がる。

涙を流しながら。


その日。

志願者たちは悟った。

この部隊において“優しさ”とは、

存在しない概念であると。

そして——

教官の感情がわずかに揺れた時、

その代償は、すべて自分たちに降りかかるということを。

理由は不明。

だが確実に言える。

その日の訓練は、

昨日よりも、明確に。

理不尽だった。


翌朝。

まだ朝露の残る時間。

ホークスはウィンの家の前に立ち、軽くノックする。

コン、コン。

すぐに扉が開いた。

「ホークス!待ってたよ!」

ウィンが勢いよく飛び出してくる。

満面の笑み。

そして——

背中には、大荷物。

「……随分多いな」

ホークスが一言。

ウィンは少し照れながら笑う。

「えへへ……ちょっとだけ張り切っちゃった」

「ちょっと、か?」

「うん、ちょっと!」

(絶対ちょっとじゃないな……)

ホークスは苦笑しながら荷物を受け取る。

「ほら、貸せ」

「あ、ありがとう!」

ウィンは嬉しそうに横に並ぶ。

「なんか……お出かけって感じだね」

「まぁ、そうだな」

二人は並んで歩き出す。

王都の門へ向かいながら、他愛のない会話が続く。


少しして——

ホークスがふと聞く。

「忘れ物はないか?」

ウィンは胸を張る。

「バッチリだよ!」

「ほんとか?」

「ほんとほんと!」

自信満々。

ホークスは少し間を置いてから言う。

「寝間着は?」

「入れたよ?」

即答。

だが——

「あ……」

ウィンの動きが一瞬止まる。

思い出す。

以前のこと。

顔がじわっと赤くなる。

ホークスが少しだけ口元を緩める。

「またあのウサギのやつか?」

「っ……!」

ウィンがぱっと顔を上げる。

「な、なんで覚えてるの!?」

「印象的だったからな」

「忘れてよ!」

「無理だな」

ウィンは恥ずかしそうに睨む。

「もう……!」

「絶対見せないからね!」

ホークスは肩をすくめる。

「見せるもんでもないだろ」

(……ほんとに可愛いな)

内心でそう思いながら、軽く言う。

「悪かったって」

ウィンは少しだけ頬を膨らませる。

「……ほんとだよ」

でもすぐに表情が緩む。


二人はそのまま外壁の門を抜ける。

外の空気。

開けた景色。

ウィンが少しだけ目を輝かせる。

「これから魔術学園に向かうんだよね?」

ホークスは頷く。

「そうだな、地図を見る限り歩いて行くには少し遠いな——」

そこで止まる。

「今回はあいつを呼ぶか」

ホークスは手をかざす。

魔力が揺れる。

「出てこい」

空気が震える。

次の瞬間——

巨大な狼が現れる。

フェンリル。

「……え」

ウィンの声が止まる。

ホークスの後ろに隠れる。

「お、大きい……」

「これ……ワンコ?」

ホークスは落ち着いて言う。

「狼の召喚獣だ。俺の相棒みたいなもんだな」

フェンリルは静かにウィンを見下ろす。

威圧感。

だが敵意はない。

ホークスはウィンの肩に軽く手を置く。

「大丈夫だ。噛まない……多分」

「たぶん!?」

ウィンが慌てる。

ホークスは少しだけ笑う。

「冗談だ」

そしてフェンリルに視線を向け首筋を撫でる。


「こいつは——」

少し間を置く。

「俺の一番大切な人だ。仲良くしてやってくれ」

空気が一瞬止まる。

「……え」

ウィンの顔が一気に赤くなる。

「そ、そういう言い方……!」

「変だよ……!」

口ではそう言いながらも——

嬉しそうに視線を逸らす。

フェンリルの方を見る。

少しだけ距離を詰める。

じっと見つめる。

「……この子、怖くないかも。目が優しい」

ホークスは頷く。

「分かるか?」

ウィンが少し身を乗り出す。

「……触ってみたい。でもちょっと怖いかも?……」

ホークスが軽く笑う。

「撫でてみるか?」

ウィンの目がぱっと輝く。

「いいの!?」

「いいぞ」

「撫でる!」

即答。

ホークスはフェンリルに命じる。

「姿勢を低くしてくれ」

フェンリルがゆっくりと体を下げる。

巨大な体が沈む。

ウィンの目線の高さになる。

ウィンが恐る恐る近づく。

手を伸ばす。

触れる。

「……あ」

声が漏れる。

「ふわふわ……」

目を丸くする。

「すごい……あったかい……」

少しだけ安心する。

そして——

ぎゅっ。

首元に抱きつく。

「わぁ……!」

「大きい……!」

「すごい……!」

「こんな大きいのに、全然怖くない……!」

フェンリルは動かない。

むしろ静かに体を預ける。

ウィンはさらに顔を埋める。

「ちょっといい匂いする……森みたいな匂い……」

何度も撫でる。

「ねぇホークス!」

振り向く。

「この子、すっごくいい子だね!」

「気に入ったみたいだな」

「うん!すっごく好き!」

即答。

また抱きつく。

「可愛い……大きいワンちゃん……」

「ずっと撫でてたい……」

フェンリルが少しだけ目を細める。

完全に懐かれている。

ホークスはその様子を見て——

少しだけ笑う。

(……気に入られたな)

ウィンはまだ抱きついたまま。

「ねぇ、このまま乗ってもいいの?」

「いいぞ、こいつに乗って学園まで行こう」

「ほんと!?」

ぱっと顔を上げる。

「やった!」

完全にテンションが上がる。

さっきまでの恥ずかしさはどこかへ消えていた。


第67話―終


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