第64話――300万ルクスの愚痴――
一通りの訓練が終わり――
志願者達が地面に転がりながら息を整えている中。
ホークスは、ふと手を叩いた。
「……よし」
全員の視線が向く。
「次は魔法だ」
「「「……え?」」」
一瞬、空気が止まる。
だがすぐに。
「ま、魔法!?」
「やるのか……!?」
ざわつく。
ホークスは腕を組みながら、志願者達を見回した。
「魔法戦士に選んだ以上、最低限は扱えねぇと話にならねぇ」
「魔法戦士に選ばれた奴はこっち来い」
選定された志願者達は息も絶え絶えにホークスの元へ集まる。
「お前ら、魔法は使えるか?」
沈黙。
そして。
「……」
「……使えません」
「……自分もです」
「……少しだけなら……」
ぽつぽつと返ってくる。
だが。
ほとんどが――
未習得。
「……」
ホークス。
(……マジか)
想定より低い。
少しだけ眉を寄せる。
(……まぁいい)
切り替える。
「じゃあまずは魔力を感じろ」
一人を指差す。
「お前」
「は、はい!」
「手、前に出せ」
志願者は言われた通り、手を前に出す。
震えている。
緊張。
「そのまま動くなよ」
ホークスは手をかざす。
意識を集中させ魔力の流れを作る。
流れを手にぶつける。
空気が、わずかに揺れる。
「……っ」
志願者の目が、わずかに開く。
「な、なんか……」
戸惑いながら。
「……当たった、ような……?」
「それだ」
ホークスは頷く。
「それが魔力だ」
「……はぁ……」
だが。
反応は、曖昧。
掴めていない。
「……」
ホークス。
(……説明できねぇなこれ)
自分では当たり前にやっている。
だが。
(どうやって覚えたか覚えてねぇ)
完全に詰まる。
「……おい、リゼル」
振り返る。
「お前、魔法教えられるか?」
「……」
リゼルは腕を組んだまま、少しだけ考え。
「使用は可能ですが」
一拍。
「他者への指導は不得手です」
あっさり。
「……そうか」
ホークス。
(……ダメか)
再び。
途方に暮れる。
「……」
志願者達は不安そうに見ている。
沈黙が落ちる。
数秒。
そして。
「……今日はここまでだ」
「「「え?」」」
「解散」
即決。
志願者達は戸惑いながらも、ゆっくりと立ち上がる。
「……明日はやるんですよね……?」
「……多分な……」
不安を残しながら、帰っていく。
訓練場に残るのは――
ホークスとリゼル。
「……」
ホークスは頭をかく。
「……悪ぃ」
一言。
「明日、同僚の魔法使いに相談してくる」
一拍。
「その間、訓練頼めるか?」
「……承知しました」
リゼルは即答する。
無表情。
「……助かる」
ホークスは軽く手を上げる。
そして。
(……カトレアに頼るしかねぇな)
脳裏に浮かぶ、魔女の顔。
(……あいつなら何とかするだろ)
一拍。
(……前回もろくにお礼できてないしな)
そして。
(……手土産くらいは必要か)
視線を空へ向ける。
(明日の朝、茶葉でも買うか)
そんな算段を立てながら――
ホークスは静かに訓練場を後にした。
次の日。
ホークスは朝から王都の店を巡っていた。
贈り物を探しているが、
相手がカトレアなだけに中途半端な物は選べない。
少し考えた末、彼女の嗜好を思い出し、お茶の葉を扱っている店へと足を運んだ。
店に入ると、棚の前で真剣な表情で茶葉を選んでいるカトレアの姿があった。
(……またこの流れか)
以前にも似たような場面があったことを思い出しながら、ホークスはそのまま声をかける。
「こんなところで会うとはな」
カトレアは振り返り、一瞬驚いた後、少しだけ柔らかく笑う。
「……本当ね。前にも似たようなことがあった気がするわ?」
「俺もそう思った」
軽く会話を交わした後、ホークスは自然な流れで言った。
「ここでの買い物は、こっちが出す」
カトレアは少しだけ目を細め、冗談めかして返す。
「あら?また選んでもらえないのかしら?」
ホークスは肩をすくめる。
「カトレアが好きそうな物を選びに来たら、先に本人が選んでるんだ。選びようがないだろ?」
「……」
カトレアの手が一瞬止まる。
(ちゃんと見てるのね……)
内心でわずかに揺れるが、すぐに表情を整えた。
「それで?用事があるんでしょ?」
「ああ。買い物が終わったら、少し話せるか?」
「いいわ」
買い物を終えた二人は、カトレアの案内でウィンとパンケーキを食べに来た店へ向かう。
店を見た瞬間、ホークスの表情がわずかに曇った。
「どうしたの?」
カトレアが首をかしげる。
ホークスは苦い顔で答える。
「前に町中でウィンに大泣きされてな」
「何でもご馳走するって言ったら、この店に連れてこられた」
カトレアは一瞬考え、くすっと笑う。
「……自業自得ね」
二人は店に入り、席へ案内される。
店員はホークスの顔を見て一瞬固まり、
(あ、この人……前と違う女の人連れてる……)
(……二股ね)
と内心で納得しながら何事もなかったかのように案内した。
席に着くなり、ホークスが口を開こうとした瞬間。
カトレアが先に言う。
「私の授業は安くはないのよ?いくら出せるかしら?」
軽い冗談。
しかし——
ホークスの表情が一気に沈む。
「……」
「え、ちょっと待って。冗談よ?」
カトレアが慌てて言う。
「何かあったの?」
ホークスは静かに答えた。
「……この前、300万ルクス、取られた」
空気が一瞬止まる。
「……誰に?」
「クソジジィ」
カトレアは頭を押さえそうになるのをこらえる。
「……何をしたのよ」
ホークスは淡々と話し始める。
「ギルドの任務で闇魔将になったのに、必要経費が出なかった」
「宣伝だけで300万ルクスかかった」
カトレアは眉をひそめる。
「それは……酷いわね」
ホークスはさらに続ける。
「よくよく考えたらアルクとの一騎討ちも報酬なしだし」
「腹に消えない傷後だけ残った」
「その上で闇魔将をやらされて、経費の300万ルクスを払わされた」
その声は淡々としているが、確実に疲れていた。
カトレアは少し同情しながら話を聞く。
ホークスは続けて言う。
「……カトレアにはいつも助けられてばかりで悪いが」
「今回も、できれば助けてほしい」
珍しく、素直な頼み方だった。
カトレアは一瞬だけ言葉を失い、ため息をつく。
「……本当に、あなたは」
それ以上は言わず、話を聞く姿勢を取る。
その頃、リゼルは。
訓練内容を見直していた。
「ランニング→手合わせ→ランニング……非効率ですね」
一瞬考え、
「ランニング三周の後、手合わせ三回の方が効率的です」
即決した。
そして実行。
結果——
「無理だああああ!!」
「足が動かねぇ!!」
志願者達は阿鼻叫喚。
それでも容赦はない。
遅れて動けない者には——
バシッ!!
「遅いです」
リゼルの一撃が飛ぶ。
「ぐあっ!?」
志願者達は涙目で走る。
「教官美人でラッキーとか思ってた俺がバカだった!!」
「地獄じゃねぇかこれ!!」
口々に悲鳴が上がる。
リゼルは無表情のまま淡々と言い放つ。
「まだ余裕がありますね。速度を上げなさい」
逃げ場はなかった。
第64話―終




