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第22話――おかえりの変わりに――


弔いの儀式が終わり、朝の日差しと静寂が森を包んでいた。

ホークスは改めてバルハとリオルの前に立つ。

「……弔いに参加させてもらって感謝する」

低く、真っ直ぐに言った。


バルハは鼻を鳴らし、豪快に笑う。

「何言ってやがる。兄貴のためにここまで来てくれた。それだけで十分だ」

手に持った火酒を掲げる。

「しかも兄貴の好きだった上等な火酒まで持ってきやがって……気が利きすぎだろ」

リオルも静かに頭を下げる。

「厚いもてなし、感謝します」

二人は、改めて深く頭を下げた。

「兄貴の遺言を、直接届けてくれたことにもな」

周囲にいた獣人たちも、一斉に頭を下げる。

「アルクのダンナへの敬意、見せてもらった」 「戦士として、最大限の礼を受け取ってくれ」 「オレたちは忘れねぇ」

獣人たちの声は荒々しいが、そこにあるのは純粋な敬意だった。


ホークスは一瞬、焦る。

「……頭を上げてくれ」

獣人の作法を知っている。

彼らに取って深く頭を下げる行為は、自分の首を相手に向けるという戦士としての誇りと命を賭けた最大級の謝罪の意味を持つ。

「俺は謝られるようなことはしていない。戦友との約束を果たしに来ただけだ」


しばし沈黙。

そして、獣人たちはゆっくり顔を上げた。

「……また会おう」

そう言い残し、ホークスはフェンリルに跨る。

森を抜け、王都方面へと駆け出した。

見送りながら、バルハは呟く。

「……兄貴より強ぇな」

拳を握る。

「だが、必ず追いついてやる!」

リオルは静かに目を細める。

「あの男……あの器の大きさは、いずれ大きな地位に就くでしょう」

確信めいた予感だった。


王都ブレド外壁にて

王都の外壁付近に到着した、時間は昼飯時になっていた。

ホークスはゆっくりとフェンリルの背から降りる。

靴底が地面に触れた瞬間、

戦場の緊張がわずかにほどけた。

「……ここまででいい」

低く言う。


フェンリルはすぐには動かない。

黄金の瞳が、じっとホークスを覗き込む。

まるで傷の数を数えるように。

アルクとの死闘。

黒鉄の大剣を握り続けた腕。

肋骨の奥にまだ残る鈍い痛み。

そして腹に負った横薙ぎの傷。

フェンリルは鼻先を近づけ、ホークスの胸に触れる。

一度、低く喉を鳴らす。

「平気だ」

ホークスはその額に手を置く。

「生きてる」

その言葉に、フェンリルはようやく目を細めた。

次の瞬間。

べろり、と頬を舐められる。

「……やめろ」

だが声は弱い。

もう一度、今度は顎まで舐められる。

安心した顔だった。

「分かった、分かった」

ホークスは苦笑しながら首元を叩く。

「お前は優しい奴だな、心配させてごめんな」

フェンリルは鼻を鳴らし、霧の粒子になって消えていく。

残ったのは、王都の空気と、平穏な音。


門を通り街に入り歩きながら考える。

(……クレイの鍛冶工房に行くか)

アルクとの激突で酷使した黒鉄の大剣。

刃は無事だが、内部に歪みがあるかもしれない。

あれは、ただの武器じゃない。

クレイの想いが詰まっている。

黒い大剣を取りに宿屋へ向かおうと、歩き出した――その時。


どん、と腰に衝撃。

「っ!?」

反射で半身を捻り、重心を落とす。

戦場の動き。

だが、斬らない。

抱きついている腕が、細いから。

背中に感じる体温。

小さく、震えている。

「……ホークス」

泣きそうな声。

聞き間違えるはずがない。

「……ウィン?」

振り返ると、彼女は顔を伏せたまま、必死に腰にしがみついていた。

「なんで」

震えた声。

「なんで帰ってきたのに、会いに来ないの」

胸の奥が、ひどく痛む。


「……これから行くつもりだった」

反射的な言い訳。

間髪入れずに。

「嘘」

即答だった。

顔を上げる。

涙で潤んだ目。

「家、あっち」

指で真逆の方向を示す。

「ホークス、こっち歩いてた」

逃げ道が塞がる。

「……贈り物を…買ってから……行こうと」

苦しい言い訳。

ウィンの目が細まる。

「さっき、“鍛冶屋行くか”って独り言言ってた」

2人の間に広がる沈黙。

完全に聞かれている。


「……」

「嘘つき」

ぽろ、と涙が落ちる。

それが合図のように、次々に溢れ出す。

「私、ずっと待ってたのに……!」

声が大きくなる。

「もう帰ってこないかと思ったのに!」

小さな拳が鎧を叩く。

痛くない。

だが重い。

心が痛い。


通行人が足を止め始める。

「何だ?」 「喧嘩か?」

視線が集まる。

ホークスは明らかに狼狽した。

戦場では一切動じない男が、完全に困っている。

「ウィン、泣くな」

「泣いてない!」

泣いている。

大泣きだ。

「ホークスのばか!ばかばか!」

鎧を叩く。

周囲の視線が少し険しくなる。

「おい、あの子泣かせてないか?」 「最低だな」

ひそひそ声。

ホークス、完全に悪者。

「違う、そうじゃない」

誰に言っているのか分からない言い訳。

ウィンは止まらない。

「カトレアには会うくせに!」

胸に刺さる。

「私には来ないのに!」


周囲がざわつく。

「ああ…そういうやつか」 「最低だな」

誤解が加速する。

ホークスは額に汗を滲ませる。

「悪かった」

真剣に言う。

「本当に悪かった」

だがウィンは嗚咽混じりに続ける。

「私、家族なのに!」

その一言で、空気が変わる。

ホークスの喉が詰まる。

これ以上ここで続けるのはまずい。

周囲の視線も限界だ。


「……分かった」

小声で言う。

「……菓子、買ってやる」

ウィンの泣き声が一瞬止まる。

「……なに?」

「好きなやつ」

「ほんと?」

鼻をすすりながら聞き返す。

「本当だ、何でも買ってやる」

少し間。

「……パンケーキ」

涙声だが、はっきり言う。

ホークスは安堵する。

泣き止む兆しがある。

「どこだ」

「知らないの?」

「帰ってきたばかりでわからん」

ウィンは少しだけ優越感を取り戻す。

「ついてきて」

袖を強く掴む。

強く。

「逃げないでよ」

「逃げない」

即答する。

ウィンは服の裾をぎゅっと握ったまま歩き出す。

「こっち」

引っ張られるまま、ホークスは歩く。

周囲の視線はまだ残っているが、もう気にしない。

ウィンは振り返らない。

だが、握る力は弱まらない。

離したくないのが、はっきり伝わる。

ホークスはその小さな手を見下ろす。

戦場では握れない手だ。

だからこそ、離せない。


「……悪かった」

歩きながら、もう一度言う。

ウィンは前を向いたまま、鼻をすすって答える。

「あとでちゃんと聞く」

許してはいない。

でも、離れてもいない。

その距離が、今の二人のすべてだった。


 第22話――終


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