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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第八章 大学生篇
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大学生篇② 許嫁

彩藤叶湖:大学1年(18歳)。

桐原黒衣:叶湖の幼馴染。

菱本壱緒;叶湖の元クラスメート

 その日、和樹は不機嫌だった。

 叶湖が突然に実家を訪ねてきたからだ。否、実家を訪ねて来たことには喜んだ。その理由が、父親に呼ばれたから、でなければ。





 そもそも、子どもとの交流など絶ったも同然の父親である。それに呼び出されて実家に帰ってきた叶湖に事情を聞いて、和樹はデートの約束をすっぽかして家に居座ることにした。

 ちなみに、直は仕事中であったが、憤慨した和樹が勢いで電話をかけたので、事情は通じている。その兄からも、父親の用件を確認しておくように言いつけられたとあって、和樹はリビング で父を待つ叶湖の傍を離れなかった。





 がちゃり、と玄関を開ける音がして、続いてカツカツと、ヒールが鳴る音がした。

 その音に和樹は目を見開き、リビングをかけ出して玄関へ向かう。

 リビングに居座ったままの叶湖からは見えない位置で、和樹の怒鳴り声が聞こえた。

「お前、何しにきやがった!」

 とても母に向ける言葉ではないが、兄2人と母、麻里亜の関係はそういうものだった。





「どうしてアナタが居るの。まぁ、いいわ。私が用があるのは叶湖よ」

「なんだよ、お前の用事って! 今さら、叶湖に何の用があるっていうんだ! 勝手に入ってくるなよ!」

「勝手もなにも、私の家よ、一応」

 和樹を振り払って、麻里亜の姿がようやくリビングへ現れた。





「居たのね。静かだから、遅れているのかと思ったわ」

「1人暮らしを始める際に保証人になってもらったことを、今さらダシに使われたので」

 叶湖がマンションを乗っ取った時点で、保証人など不要になったが、父の呼び出しを固辞する理由もなく、呼びだされてやったのだ。やってきたのが母だとは思わなかったが、前もってそうと知らせれば、叶湖はともかく、兄2人が絶対に許さないと分かっていたのだろう。





「じゃぁ、手短に言うわね。……アナタ、婚約者が出来たから。正式な婚約は2年後、20歳になってから。でも、そういうつもりで、大学生の火遊びは控えてちょうだいね」

「……そうですか」

「てめぇっ!」

「和樹さん」

 麻里亜の言葉に1つ頷いた叶湖に代わって、和樹が麻里亜に手を振り上げた。それを、名前を呼んで留めさせて、笑顔を浮かべる。





「さすがに手を出すのはやめてください」

「なんでっ! お前はそれでいいのかよ!」

「相手も分かっていませんし、2年後でしょう? 相手方の気が変わらないとも限りませんから」

「相手はアナタと同じ由ノ宮出身らしいわよ。帝都大学の菱本教授の息子さん」

「……えぇ、同じクラスでしたね」

 菱本壱緒、まさかここで繋がるとは思わなかったが、なるほど、黒依嫌いが祟って、こういう手段に出たのかもしれない。相手のネームバリューもあるので、ちょっとした利害の一致さえあれば、叶湖のことなど、さっさと差し出す両親なのだ。





「そう。なら話は早いわね。連絡先、渡しておくから、近いうちに連絡してお会いしておきなさい。……それじゃ、私は忙しいから」

 それだけ告げて、連絡先のメモを叶湖の前の机に置くと、さっさと部屋を出て行く。それを追いかけようとした和樹を、再び叶湖が止めた。





「お前、いいのかよ! 黒依が居るんじゃねぇのかよ! なんで、あんなヤツのいいなりに……!」

「言いなりになった覚えはありませんよ。あの人に何を言っても無駄でしょう。今さら言葉など通じるわけがないのだから。私が何か言うとしたら、こちらですよ」

 叶湖に食ってかかった和樹に見せつけるようにメモを指す。

「知り合い、なんだよな。相手から断るようにできるのか」

「……どうでしょうね」

 まず、無理だろう。菱本の歪んだ心が、黒依への復讐に向いているのだとしたら、叶湖の言葉が通じるハズもない。だが、それをそのとおりに和樹に告げても、怒りが増すだけだ。





「まずは、話し合ってみますから。和樹さんも、それから直さんも。文句を言っても通じない相手に何かを言うのはやめましょう。無駄ですから。あぁ、特に直さんは、菱本教授からのアプローチは交わすように、それでもって、直さんからも何の話もしないように、告げておいてください」

「……わかった」

 叶湖の言葉に渋々頷いた和樹を置いて、叶湖もマンションへ帰るために荷物を手にする。そんな叶湖に、和樹が呼びかけた。





「俺らって、お前の兄だよな」

「……何をいまさら?」

「本当に困ったら、頼ってくれるのか?」

「お2人の助けが必要であれば、もちろん」

 叶湖は笑顔でそれだけ言い置いて家を出る。もっとも、兄2人の助けがあって解決するような問題で、叶湖1人で解決できない問題があるとも思えなかったのだが。









「おかえりなさい」

 マンションへ帰ると心配顔の黒依が玄関まで迎えに来た。

「えぇ、ただいま」

「……あまり、よくない話ですか」

「いえ、和樹さんと直さんをかわすのには面倒ですけれど、個人的には別に」

 叶湖は言いながらリビングに入ってソファへ座る。黒依が珈琲を淹れて叶湖の傍に寄ってくるのを待って、実家から持って帰って来たメモを渡した。





「菱本壱緒……って、由ノ宮の?」

「えぇ、私の婚約者だそうです」

「こんっ!?」

 黒依が言葉に詰まりながら目を見開く。

「とはいえ、正式に婚約するのは2年後。ようするに、どういうことか、分かります?」

「叶湖さんの逃げ切り、ですか」





 正解を言い当てた子どもを褒めるように、叶湖がにっこりと笑う。

「えぇ、そのとおり。それまでは、適当にごっこ遊びをしてもいいですし、困ったフリで逃げ回っていてもいいです。まぁ、それも面倒ではありますが」

「……迫られたらどうするんですか」

「さぁ、どうしましょうねぇ。相手をアナタに殺されない様にしなければ。消える前に、殺人事件の重要参考人なんて、絶対にごめんですからね」

 黒依にちらり、と視線を向けながら釘をさして、珈琲をすする。





「ですが、2人きりは避けたいですね。アナタがちゃんと殺さない約束を守ってくれれば、の話ですけれど」

「守りますから、連れて行ってくださいね」

「では、そうしましょう。相手の連絡先が私の手元にあるんです。私の連絡先も、相手の手元にあるんでしょうね」

「番号、替えちゃいます?」

「楽しそうですが、数日の時間稼ぎにしかなりませんからねぇ」

 厄介は厄介であるが、それほどの危機感はなく、叶湖は手元のメモを弄ぶ。





 菱本壱緒から、会いたいと連絡があったのは、その2日後のことだった。



さて、大学生篇をひっかきまわしてくれる、本命馬の登場です。

とはいえ、黒依がいる限り……。

結末がどうなるかは、(これから)頑張って書いていきます。

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