50話 意識はどこへだっていける
−Side 玲央−
俺はどこか、石ころばかりの無機質なところにいた。
そこには個があるようで無い。
小さいものは小さいままでいられず、大きいものに呑まれてしまう。
小さいかけらの俺は、いつ呑み込まれてしまうのか、ずっと怯えて端っこへ行こうと願うのに、どこにも行けない。誰にも見つけてもらえず、俺が何かを見つけることもできない。
何もできない恐怖。
あれはどこだったんだろう。魂の記憶かなんかだろうか。
□ □
−Side ひなた‐
いつの間にか眠ってしまっていた。なんだか懐かしい夢をみた気がする。
それを話せる相手がいない。
だからまた術をかける。ガチャのリスタートだ。総額いくらとかがリセットされたんだから、また課金課金。そんな風に思ったとき、ふっと空気が軽くなった。
「オルビス」優しい声が聞こえた気がした
□ □
‐Side 環‐
スケジュールを確認すると、火曜の午前は空いていて、その日万が一のことがあって休んでも影響が少ないのを確認したので、しょうちゃんに連絡する。
しょうちゃんにはSNSのメッセージでやりとりができるようになった。
「若者は電話じゃないじゃろ?」と。
確かに電話をかけるよりメッセージを送るほうが気楽ではある。
月曜のバイト終わりで向かうと伝えると、迎えを寄越すと言ってくれた。
一人であの山の上に行こうにも電車もバスも無い。遠慮なく甘えることにした。
「オルビス」
恐る恐るまた名前を呼んでみる。
愛しくてならない存在。
どうか幸せでいて。
願いを込めたりしない。あなたはきっと楽しくいるはずだから。
あなたと過ごした日々の愛しさを込めて名前を呼ぶ。
何度も。怖さを越えていく。
□ □
‐Side 玲央‐
そろそろ限界か。立ち上がって振り返る。
一歩踏み出したとき、こちらへ向かう魔法使いが目に入った。
呑気にふわふわ浮かんで進んでいるように見えて苦笑する。
手を振ってさらに数歩進んだとき、
バシャ
水に落ちた。
□ □
‐side 魔法使い‐
「は?」
いきなり目の前から男が消えた。
移動したときと同じ、急にその空間から消えたのだ。
だが、ここにその接続点があるのは予想外だ。
そしてなぜ今。
消えた時点まで移動し、自分も移動しないか試し、無理だと判断して羊皮紙を取り出す。
重なる世界がぐわんと歪んだ。
□ □
‐side 玲央‐
死ぬ。
突然服を着たまま水の中は体も心もパニックだ。
どうにか泳ごうと思うのに、全然対応できない。
このまま溺れて死ぬのかな。
まだ何にもできてないのに。あるのかすらわからないやりたいことも、自分の家族を作ることも、なにもまだやれていない。
自分の家族?
俺、そんなの欲しがってたのか。
家族といえば、こんな早くに死んだら親が悲しむだろうな。
死にたかったわけじゃないんだ、事故だよって知らせる方法もないな。
ぶくぶくと水の中へと沈んでいく。
あー、死にたくねえな。
助かったらちゃんとやりたいことやって生きていこう。
死にたくない
死にたくない
死にたくない!
「オルビス」
頭の中に優しい声が響いた。
□ □
‐Side 環‐
そしてやっぱりどこか浮ついてしまう心に気づいて、意識して日常を大切に過ごす。
楽しいイベントがあるわけじゃない。毎日息をして、勉強したり働いて、友達と笑い合い、家族と過ごす。あの数々の人生の中、今ある幸せが愛しくてならない。
歳を重ねる幸せ、学校に行ける幸せ、特別扱いされない幸せ、歩ける幸せ、景色を見ることができる幸せ、そういう幸せは今、光り輝いたりしない。
ごくごく普通の光景の中にいられることがこんなにも嬉しい。
私は今、とても幸せだよ。
「オルビス」
□ □
‐Side ひなた‐
「うわっ!!」
いきなり玲央が現れた。
って、びしょ濡れなんだけど!
「おい、どうした」
ちょっとぐったりして意識がないようなので、記憶を探る。
なるほど、いきなり世界を移動して池に落ちて・・
これは意識体みたいなものか?
「おい、起きろ」
揺すって水を飲み込んでいないか確かめるため、口が下になるように背中を押しながら反転させる。そうしてから意識体なら関係ないかと思い至る。
片隅でずっとただそこにいたやつがピクリと動いた。
と思ったら、そいつの青が玲央へと吸い込まれていく。
「ダメだ」
玲央が壊れる、そう思った。
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‐side 環‐
あなたは今を生きている?
会いたい。
今会えなくてもいつか。
あなたを思い切り抱きしめて、辛かったけど出会えて良かったって笑い合いたい。
肉体がなくてもいい。
あなたという存在を私はこんなにも愛している。
ごめんね。私、逃げていたね。
あなたからの特別さえもいらないって思っていたかもしれない。
私はもう大丈夫だよ。
「オルビス」
□ □
‐side ひなた‐
深くて凝縮されたような青が玲央へと吸い込まれていく。
玲央の体がビクリとはねた。
「ダメだ!やめろ!」
術をかけることすら忘れてパニックになる。
焦ってとった方法は。
その青は俺が貰う。
玲央の上に重なり、青を俺の中へと吸収できないか探る。
胸が潰れそうな哀しみが襲ってきた。
あの時も、この時も、どんなに探しても会えないもどかしさも、やっと見つけたときは墓の中で、彼女に会えないままどんどん自分が歪んでいって、
もう何も見たくないと思い始めた・・
それを繰り返す内に「書」を作り出したんだ。
俺の、俺たちのコアが砕け、バラバラになったとき、こいつが全ての哀しみを背負うことにした。
バラバラの俺たちはただ「探す」を請け負い、積み重なる哀しみはこいつが全て集めて背負っていく。
「書」に記した事実は、目をなくしたこいつには読めない。
探すという行動だけを刻まれた俺たちは、
どんどん疲れて薄くなっていった。
今はもう圧倒的な哀しみに呑み込まれ、何もかもどうでもいいような気がしてきた。
「オルビス」
この声は・・・
優しくて温かくて、そばにいると幸せで、大切な人。
もう霞んで見えない。
探していたのが誰だったのか、何だったのかさえわからない。
もう消えてしまいたい。
「オルビス」
優しい声がする。
誰を呼んでいるんだろうか。
どんどん意識が消えていく。
もうこれが誰の記憶で意識なのかわからない。俺のような気もするし、玲央なのかもしれない。
青が黒くなって意識も消えた。
□ □
□ □
人は何のために生まれてくるんだろうな。
きっとやりたいことを見つけて、それに向かってひたむきに歩いたり走ったりたまには止まってみたりして、一生を終えるときに「頑張ったなあ」って思えたら笑って成仏できるのかもしれない。大体、成仏っていう概念は何なんだ。
過去をやり直すためだけに生きるわけじゃないし、誰かのために自分の全てを犠牲にする必要もない。
お前、すっげー頑張ったんだな。
俺達の哀しみを全部引き受けて、見ることもやめて。
ありがとな。
良かったら、一緒に前へ進んでみないか?
見えないなら俺がその目の代わりになってやるからさ。
哀しみってさ、時間が経つと少し薄くなるんだぜ?
お前みたいに哀しみばかりを集めてどんどん煮詰めていく必要なんて無かったんだよ。
いや、わかってる。お前が引き受けてくれたから俺たちは少し楽に生きられるようになった。
今度は俺がお前の哀しみを貰うから。
煮詰めたりなんかしないよ?
少しでも薄くなるように自分も大事にするんだ。
あーでも俺死ぬのかな?
死んだらごめん。
死んでからでもその哀しみを貰えるなら貰うからさ。
ほら、目を開けてみたらどうだ?
「オルビス」
なんだ?
すごく優しい声だな。
まるで俺たちが愛しくてたまらない、みたいに聞こえる。
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‐Side 環‐
ふわあと大きなあくびをしながら起きた。
「おはよう、オルビス」
あれからずっと何気ないひとときに名前を呼んでいる。
今日は夜に山の上に行くことになるので、結構大荷物だ。
「オルビス、この世界なら何が好きかな?って考えたの。そしたら、なんとなくラムネが好きかな?って」
あの子は少し酸っぱくて甘いものが好きだった。
私の隣で休憩中にそういうものを食べていた。
「だから、色々買ってみたんだよーオルビス」
「今はね、欲しいものが簡単に手に入るし、材料買って作ることもできるんだよ」
「もし会えることがあった、何を作ろうか」
「この世界の食べ物、ぜーんぶ食べてみたくない?」
「そしたら太っちゃうから一緒に走ろうか」
コンコン
「ねーちゃん、ひとりごと?キモいんだけど」
弟が余計なことを言ってきた。
「ラーメン」
「っ!サーセン」私を怒らせるとデートが消えることを思い出したようで、それ以上文句は言わずに足音が遠ざかる。
あれ?ラーメンとサーセンって母音一緒だ。母音といえば
「音楽はどんなのが好きだろうね?RAPなんてびっくりしちゃうかな」
声は小さくしてから話しかける。
あなたなら、風の音を音楽に、木々の揺れる音を歌声にできると言うかもしれない。
カサカサと小さな辻風で巻き上がって音を立てた乾いた葉っぱを見て、2人で喜んだことを思い出す。
あなたといると、小さなこともたくさん楽しかったね。
「大好きだよ、オルビス」
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□ □
哀しむことをやめたら、裏切りと同じだと思い込むようになったんだ。
砕けて散った俺の欠片が生まれ変わって、どんどん君の記憶が薄くなっていく。
俺だけは忘れちゃいけないって思った。
そうやって自分に楔を打って、その場に縛り付ければ欠片たちも俺に記憶を集めてくれるだろう。
もう流す涙も血も残っていない。
風が吹けば粉々になって霧散してしまいそうだ。
また強い風が吹いた。
ああ、そうだ。君といれば風だって魔法みたいに楽しかったんだ。
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‐Side 環‐
授業を終えて門を出たところで黒塗りの車を見つけた。
橘さんが近くに立っていて、さりげなく場所を移動しつつ、人が少なくなった辺りで後部座席に乗り込む。ドアが閉まって走り出してから、
「あちらの世界に行った子たちは?」
黒い子たちが戻ってこれたのかとても気になっていた。
「まだです」
「そう、ですか」
ああいう存在も簡単には世界間を移動できないのかな。
特に報告されることもないようで、静かな車内でまた心でオルビスに話しかける。
「こんなに建物がひしめき合ってるなんて、見たらびっくりするかな?」
「あ、あそこのドーナツ美味しいんだよ」
「まさかラーメン食べたいとか言うかな」
目に入るものをきっかけに夢中で話しかけた。
ついつい口元が緩んでしまっているけれど、こちらを誰も見ていないので気にせずそのまま。
橘さんが怪訝な顔をしているなんて知らなかった。




