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呪物 其之参

「剛三様は、元来真面目なお方。タックスヘイブンを利用し始めたのもつい最近の事で、それも政財界のお知り合いからのお誘いがあったからこそです」


 広い客間で熱弁を振るう岡野に、御坂も省吾もソファーの上であっけに取られていた。


「剛三様は裸一貫から、血のにじむような努力で成り上がったお方。商売敵には容赦ありませんでしたが、不正に手を染めて財を築いてきた訳ではございません。

 タックスヘイブンはあくまで、お子様達のため。なるべく多くの財産を子供のために遺してやろうという、優しいお心からです! 決して私利私欲からのものではございません!」


 岡野のこの言い分は、普通に考えてまかり通るものではないだろう。

 子のために財産を残したいという思いは、なにも富豪だけのものではない。だが、一般庶民にタックスヘイブンを利用することなど、まず不可能。富豪のみ可能な脱税に対し、庶民が抱く不公平感を誤魔化しうる言い分で決してはないのだ。

 また繰り返しになるが、御坂も省吾も宗教関係者で、税金に悩む必要のない人種。そんな彼等に熱弁を振るうこと事態が、岡野の過剰反応だったともいえる。

 それが証拠に御坂が省吾のスマホを覗くと、”剛三は商売敵に恨みを買っていた可能性あり”とだけ素っ気ない顔で追加記入しているところだった。


「ところで気になったのじゃが、弁護士に聞けば遺言状の内容は分かるのではないか? 確か遺言状の作成というのは、弁護士立ち合いの元にやるものじゃろう?」


 あからさまに御坂が、話題を変えようと話題を振った。これ以上、岡野に興奮されては堪ったものではない。


「まぁ、知っているでしょうが、遺言状を公開する前に、その内容をおいそれと漏らす弁護士もおりますまい。それに、その弁護士とは現在連絡が付かないのです」


「ああ、どうせタックスヘイブンのペーパーカンパニー設立にも噛んでたんでしょう、その人? 恐らく剛三さんの一件でこのお屋敷に警察が捜査に入ると聞き、警戒して海外逃亡でもしたんじゃないかな?」


 省吾の指摘に、岡野がタジタジとなる。覚書を書かせたとはいえ、なるだけ田宮家の恥部を晒したくないのが、やはり彼の本音だろう。


「……恐らくそうでないかと。敦彦様なら、あの弁護士と連絡を取る方法もあったと思うのですが、よもやこんな事になろうとは……」


「のぅ、美術品についても、もう少し情報があると助かるのじゃが」


 御坂が遠慮しがちに質問するのも、なんとか田宮家を庇おうとする岡野の心境を気遣い、また興奮させぬ様に考えてことだったが……


「そもそも、なんで剛三さんは、金庫の中に美術品をため込んでたのかな? あんなデカい金庫なら、相当な量を蓄えているんでしょう?」


 ……一方省吾に、遠慮は見られない。ついでに、御坂が睨んでいることにも気づいていない様子だ。


「あれは、このお屋敷で剛三様がやっていた仕事の一つ……というより、趣味と実益を兼ねた投資と言った方が正確でしょうか。

 剛三様は美術商顔負けの鑑定眼をお持ちでした。それを利用し、美術品の鑑定・売買・貸し出しを行い、一財産と言ってよい程の儲けを出しておりました。最近では敦彦様にも美術品の知識を授け、ゆくゆくはこの商売を手伝わせようとしていたようです。

 あの大金庫の中に眠る美術品は、剛三様がその商売のために集めたものでございます」


「なるほどね、それが裏目に出て、敦彦さんまで呪いに巻き込まれちゃったのか」


「はい、まさか後継者たる敦彦様まで他界なさるとは……無念な限りです」


 岡野は目頭を指で押さえた。


「このうえは、一刻も早く犯人を捕らえ……」


コンコン


 不意に客間のドアがノックされたのは、その時だった。


「どうした?」


「もうそろそろ、夕飯のお時間ですので、岡野さんに相談したい事が……」


 ドアの向こうから岡野にそう答えたのは、使用人とおぼしき女性の声だった。2人が窓の外を見ると、すっかり夜のとばりも落ち、月が顔を覗かせている。


「ああ、もうそんな時間だったか……うっかりしていたよ……」


 ドアを開けながら、岡野が呟いた。メイド服の若い女性が、ドアの向こうから姿を現し、省吾が嬉しそうに目を細める。


「なんじゃ省吾、そのだらしない顔は?」


「いや、本物のメイドなんて初めてみたからさ。メイド喫茶とか、コスプレしてる店なら知ってるけど」


 省吾が愚にもつかない話で盛り上がっている最中も、岡野とメイドはそれに気を取られることなく、夕食について相談を進めていた。


「はい。もう既に、お客様の夕食もご用意してあるのですが、いかがいたしましょうか。ご家族の方と同席という事でよろしいですか?」


「ああ、是非そうしてくれ。

 どうやらこのお二人には、暫く屋敷に留まって頂く事になりそうだ。お泊まりになる部屋の手配も頼む」


「お二人は、別室でよろしいのですか?」


 メイドの問いに御坂は頷いて答え、省吾はやや不満げな表情でうつむき、答えの代わりとしていた。



         ※      ※      ※



 田宮家の食堂は、白いテーブルクロスの掛けられた長机が幾つも並べられていた。だだっ広い部屋その部屋の天井からぶら下がる豪華なシャンデリアを見上げ、”掃除が大変そうだ”と感想を漏らしてしまうのは、庶民感覚ゆえか、それとも祓い清めて汚れ(けがれ)を嫌う神職ゆえか?


「岡野が霊能者を呼んだとは聞いてたけど、まさか巫女さんが来てるとは思わなかったよ。あっはっはっはっはっ!」


 陽気に笑うこの男が、田宮孝則だろう。明るい青のシャツに黒いチョッキ姿のこの男性は、一見爽やかな好青年というイメージだ。岡野から聞いていた、公私共にだらしない男という印象は、少なくともその容姿からは伝わってこない。


 一方彼に会釈する御坂は、たすき掛けも外し、いつも腰に下げている徳利も外し、今はまるきり普通の巫女姿だ。野暮ったい前髪と長く伸ばしてカールがかかったもみあげが、無駄に個性を主張している点を除いて、という前提ではあるのだが。

 省吾の方は、ジーパンに明るい青のホロシャツ姿、髪も短めに切り揃えて無難な恰好なのだが、御坂が横にいるせいか少し浮いて見えてしまう。


 孝則の横でメイドと話している女性は、恐らくは田宮剛三の末娘、田宮絵里。ピンク色のシャツで髪はセミロング。こちらに興味を示さないところをみると、彼女はお祓いなど全く信じていないタイプの人間なのかもしれない。


「こら、いけませんよ真。お客様に失礼です」


 そして、絵里の正面の席でこちらを指さす男の子をたしなめているのが、敦彦の妻、未亡人の田宮文江に違いない。明るい印象を受けるオレンジの服に身を包み、髪の毛をアップにまとめた彼女は、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせていた。


「巫女さん達、こっちおいでよ」


 孝則は自分の横の席に御坂を誘うが、そこには岡野が座り、御坂は彼の正面の椅子を引く。


「で、このお屋敷って本当に呪われてんのかい? えっ…‥と巫女さんのお名前は?」


 料理の配膳を待つ間に、早速孝則が訪ねて来た。絵里もメイドとの会話を中断し、こちらを注視している。


「御坂智巳じゃ。

 今日調べてみたが、この屋敷自体が呪われているという訳ではなさそうじゃ。問題なのはき……」


 脇腹を突かれ御坂が横を振り向くと、省吾が目で何かを訴えかけていた。


(おっと、金庫内に呪物があるのは、秘密にしとくんじゃったか……)


 普段、隠し事などまるでしないので、つい本音で話しそうになる。秘密を抱えつつ質問をやり過ごさねばならぬ今の状況は、御坂にとってやりにくくて仕方がなかった。


「……あ、失礼。調べてみて問題だったのは、剛三氏と敦彦氏に呪いをかけた形跡があった事じゃ」


「形跡って?」


「まだ調査中での、詳しくは言えぬのじゃよ。不確実な事を言うと、余計不安にさせてしまいそうじゃしな」


「ふ~~ん。

 もしかして、隣の彼も神職の人かい?」


「あ、山中省吾って言います。弥福神社で智巳と一緒に神職をしています」


 孝則の差し出した手を、省吾は反射的に握り返しながら答えていた。


「御坂さんと違って君の服装は普通だから、すぐには分からなかったよ」


「いえ、智巳のように始終巫女服で歩いている方が、変わってるんですよ」


 思わず省吾から、苦笑いが漏れる。


「兄さんってオカルトとか神様とか、そういうの信じてないんじゃなかったっけ?」


 不意に黙って見ていた絵里が、横から話に割り込んで来た。


「信じてなかったっていうか、興味がなかっただけさ。

 でもよ、親父と兄貴があんな事になれば、今まで通り知らぬ存ぜぬで通せる方がおかしくないか」


「あの、そのお話は食事の後にして頂けませんか、孝則さん」


 今度は、文江が口を挟む。どうやら彼女は、呪いの話を幼い真に聞かせたくないようだ。父と祖父を失ったばかりの我が子の前で、そんな話をされたくないというのは、当然の親心だろう。


「おっと、失礼義姉さん。おっしゃる通り、今は詰まらぬ事は忘れて、目の前の夕飯を楽しむといたしましょう」


 孝則は肩をすくめながら文江に謝罪し、御坂は運ばれて来た料理に向かっていつも通り長い祈りを捧げる。

 そんな御坂の仕草が、余程物珍しかったのだろう。母親の思惑とは裏腹に、幼い真は食事中ずっと彼女の事を眺め続けていた。

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