二十一話 レギン
二人の情事を耳にしていたナオヤは必死で何もなかったかのように取り繕おうとする二人に俺は何も知らないよ? という顔を向けながら見張りを交代した。周りは暗く、不気味な森。決してナオヤ一人では達はいることなどないだろうがぷに子がいれば何も怖いものはなかった。
「さて、どうするか……」
一人呟く。勿論、内容は隣で眠っている二人の事である。あんな話を聞いた後ではあるがナオヤの中では二人を殺すことはもう既に確定していた。ぷに子の存在、そして俺の存在を知るものは少ない方がいいのだ。例えもう既にジュノーで目立った後だとはいえ。いっそのこと今殺してしまっても構わないんじゃないかと思うのだが、それはぷに子に阻止される。どうやらぷに子としてはこの魔物狩り達はヘルやミーちゃんに任せたいそうだ。きっと帰るのが遅れたお詫びとでも考えているのだろう。二人は相手が強ければ強いほど満足する。……といってもワイバーンに手間取っていた二人がヘル達の相手になるとはとてもおもえなかったが。
「……」
「ん、ああ。よしよし」
「♪」
考え事に夢中で止まっていたぷに子を撫でる手を動かす。それだけでぷに子は満足そうにぷるぷると震える。もうそれだけで随分と可愛らしい。思わず我慢できなくなって胸の中に抱きかかえるぷに子をぎゅっと顔に引き寄せ抱きしめる。
つるつるとした体、それに加えぷにぷにとこちらを押し返しながらもほんのりとめり込む柔らかさ。まるで抱きしめられるために生まれてきたかのようなその体を十分に堪能する。ぷに子もそんなナオヤに満更でもないようで自分からその身体をナオヤへと擦り付ける。
ヘルやミーちゃん、それにミアがいればぷに子だけずるい! となっただろうが生憎と今はぷに子とナオヤ二人きりだった。後ろに二人寝ている者もいるが、ナオヤ達を邪魔することは無い。二人は久しぶりの二人きりの時間を存分に楽しんだ。
夜が明け、日が昇る。寝ていた二人も目を覚まし、四人で朝を迎える。これから向かう先は勿論のこと迷宮レギンだ。どうやら二人は昨夜の会話もあって意気込んでいるようだが、そもそも迷宮が家であるナオヤはやっと帰れるのかぁ、という程度のものだった。そんな四人は昨日と同じように、ぷに子がほとんどの魔物を倒しながら森の中を進んでいく。道中危ない目に合うわけでもなく、すんなりと迷宮レギンの入り口へとたどり着く。
森の中、少しひらけた土地にある迷宮の入り口。森の中にあるにはふさわしくない、石造りの遺跡がそこにはある。ほとんど人が踏み入れることのなく、手入れもされることのないその入り口は草木が絡みつき、自然と風化している。その入り口を前に二人は息をのむ。ここが自分達が目指してきた迷宮であり、そして今まで人が帰る事のなかった場所なのだと。今から自分たちはこの迷宮へと挑戦するのだと。
そんな二人を尻目に、ナオヤとぷに子はその入り口の階段を降りていこうとする。
「ちょ、ちょっと待てよ。もう少し落ち着いてから行かないか?」
と、そんなナオヤ達に制止の声がかかる。勿論の事、スロウ達の声である。それもそのはずでやっとたどり着いた迷宮、そこはスロウ達にとって一世一代の勝負の場所のようなものだ。それに今まで帰るものがいなかった死の場所なのだ。緊張するのも無理はなく、無造作にさっさと降りていくナオヤの方がおかしいと思うのが普通であろう。
「ここに留まって魔物に襲われたら元も子もないだろう? それならさっさと向かった方がよくないか?」
確かにナオヤのいう事も一理ある。今までぷに子というスライムが魔物達を倒してくれていたお陰で、力を温存できていたのだ。それを迷宮に辿り着いたというのに、目前で別の魔物に労力を割くなど無駄な事だ。かといって心情的には完全に納得できるわけでもないが渋々と二人はナオヤの後を追う。
こんなことを言っているがナオヤとしてはさっさと帰りたいだけなのである。考えてみよう、ナオヤにとって迷宮は家と同義だ。やっと家に帰って来たというのに、家に入らずに家の前でくつろぐものがいるだろうか? 勿論そんな人いる訳もない。ナオヤもその例に漏れずさっさと帰り、そしてもう寝たいのである。見張りもあって十分に眠れなかったので兎に角そのことだけを考えていた。
先頭の二人はのほほんと何も警戒せずに、後ろからついてくる二人は辺りを十分に警戒しながら不安の表情と対照的な二つのグループは迷宮の中へと足を踏み入れて行く。
階段を降りた先には薄暗い正方形の部屋、そしてそこで待ち受ける二つの魔物。そしてその魔物が発する言葉に二人は絶句する。
『おいおい、ナオヤぁ。どこほっつき歩いてたんだよ』
「ちょっと、ぷに子が駄々をこねたもんでな。仕方がないだろ」
「!!(だって! ミーちゃん達だけ二日間とかずるいじゃん!)」
あっけに取られる二人を置いてナオヤ達は会話を続ける。
「ところでそこの人間は何者なのだ?」
「ああ、こいつらはこの迷宮に来たかったんだってさ。お前らに任せるから好きにしていいぞ」
『「まじで!?」』
嬉しそうに尻尾を振るヘルとミーちゃん。それほどまでに戦いに餓えているのだろう。久しぶりの相手に凄い喜びようだ。
「おい、ナオヤ。どういう事なんだ?」
「まさか、ナオヤさんも魔物……?」
驚きで言葉が発せなかった二人がやっとのこと声を出す。それは当たり前の疑問、まさか自分たちを助けてくれた恩人が迷宮の魔物と親しげに会話しているのだ。そして何よりも……それが本当ならばナオヤとこのスライムは敵だという事になる。それにしては不可解な点しかなく、ずっと頭の中を様々な疑問がめぐっていた。
「失礼な、俺は魔物じゃなくて人間だ。ただ、この迷宮の主なだけだよ」
「じゃあ……なんで俺達を」
「それはぷに子の気まぐれだ。ぷに子に感謝するんだな。じゃ、後は任せた」
それだけを言い残し、部屋の奥へと消えていくスライムとナオヤの姿を二人は絶句して見送っていた。だが、そんな中でも必死に二人は頭を巡らせる。例え、今まで一緒にいた恩人が敵だとしても、俺達がこの迷宮に来た目的は変わらないのだ。だが、正直あのスライムとナオヤに敵う気はしない。それどころか目の前にいる魔物もヘルハウンドはともかく……片方は小竜なのだ。滅多に現れない……と言うよりも見たものは生きて帰る事はないと言われている竜、そんな伝説の存在がめのまえで 俺達へと対峙しているのだ。勝ち目はかなり薄いだろう。
それならばいっそのこと戦わずに逃げて、ナオヤの事を伝えるだけでも十分なのではないか? クルエルも同じようなことを考えていたようで、俺へと目配せをする。
「炎獄!」
クルエルは放つ猛火。それは小竜とヘルハウンドを包み込む。いくら小竜と言えどもクルエルの魔法の中で一番威力の持つこれなら無事ではないだろう。俺とクルエルはその魔法が当たったかも確認せずにまっさきに入って来た入口へと駆け出す。
だが、その入り口に立つのはクルエルの魔法が直撃したはずの小竜だった。
『おいおい、どこに行こうとしてんだ? 中々いい魔法じゃないか。もっと楽しませてくれよぉ!!』
襲い来るその恐ろしく強靭な爪をかろうじて剣で防ぐ。目の前の小竜に逃げることは敵わないのかと苦しげな顔をして剣を構えなおす。二人の後ろから野太い、低い唸るような声が響く。
「我の事を忘れてもらっては困るぞ、人間……雷槍」
「っっ! 炎壁!!」
完全に忘れられていたヘルハウンドから飛ぶ四双の雷の槍。 それはクルエルに当たる寸前でクルエルが出した炎の壁により相殺される。ヘルハウンドは自分の魔法が防がれたことに少し驚きながらも楽しげに笑う。
「中々やるではないか。ミドラ! こっちの女は我がもらうぞ」
『じゃあ、こっちの男は俺だなっ! ほら、遊ぼうぜ!』
楽しげな二体の魔物の様子に悪態をつく。そして何よりも困るのが……自分とクルエルが分断されてしまったことだ。情けない話だが、俺一人ではこの小竜に勝てる気はしない。なんとか時間を稼いでクルエルの加勢を待つのが一番得策だ……とそんな弱気になっている自分に喝を入れる。
俺がクルエルを助けるんだ! こんな弱気でどうする。目の前の小竜を倒し、クルエルの元へと向かうんだ! 揺らいだ意思を再び固め直す。手に握る剣に力を籠め、力の入った目で目の前の敵を睨み付ける。
『ははっ! いいじゃねえか。そうこないとな!』
そんな男の睨みを受けながらもミドラは楽しそうに笑う。いかにもその様子が堪らないといったふうに。そして繰り広げられる攻防、スロウによる剣戟、それに受け答える様にミドラは爪で剣を防ぎ、反撃を繰り返す。このままでは埒が明かないとスロウは相手から距離を取る。それに呼応するようにミドラもスロウから距離を取り、一息いれる。
スロウは乱れた息をと問えながらも必死に頭を巡らせる。自分ではこの竜に傷さえつけられないことは明らかだ。自分の攻撃は全て相手に逸らされ直撃することは無い。せめて動きを止めることさえできたら……いつもはこんな時にクルエルのサポートがある。
そのクルエルはヘルハウンドの相手に手いっぱいである。近接戦闘の苦手なクルエルなのだが、幸いな事にヘルハウンドは魔法を主として戦っているようである。これなら魔法を得意としているクルエルに分があるはず……と、そこでちらりと目が合う。それだけで何をしようとしているのかを理解したスロウは再び小竜へと向き直る。
今度は確かな勝算を得て。




