十一話 人間の町へ
ミアがやってきてからというものの、我が家、迷宮は混沌と化した。
まミアは俺のどこを気に入ったと言うのか、寝るときは必ず俺へと寄り添ってくる。確かに、ミアも人だ、睡眠は必要である。が、どうして俺にくっつく必要があるのか!!
勿論の事、ぷに子たちがそれを許すわけもなく離されている訳だが、それで諦めるようなミアではない。
これは本格的に家を作り、住む場所を分けた方がいいかもしれない。
兎に角ミアは俺へと寄り添おうとする。それをぷに子達が必死に押しとどめる。そのようなことが何度も続いた。俺としてはこんな可愛い少女に懐いてもらえる分には嬉しいんだけど……なんせ、
「ナオヤはいつになったら結婚してくれるの?」
等と言うのだ。愛が重すぎる。
愛が重すぎると言うとぷに子たち三人もだった。その中でも特に、ぷに子だ。ミアがやってきてからというものの常に俺の体の一部に張り付いている。
ヘルから聞いた、ぷに子の言葉では、
『ご主人様はボクのものだもん! ボクが……ぽっ////』
という事らしい。ぽっ////が何かは凄く気になるのだが、きっと気にしたら負けなんだろう。
と言うよりも怖いので聞かないでおこう。
「ぷに子……邪魔」
「!!」
そんな二人は今も争っている。繰り出されるミアの拳をぷに子が包み込み、逸らす。ぷに子による反撃を寸前の所で躱すシア。二人とも寝転がるナオヤの傍へ行こうとしていた。
突如として迷宮内で始まったナオヤを巡る争い。いや、正確にいうと今までもそれはあったのだがあくまでそれは主と部下、と言ったようなものだった。最も元から一人は違ったのだが……
「!」
「おっと」
まったりそんな事を考えている間にも勝負は終わっていた。ナオヤが横を見るとそこにはぷに子の粘液まみれで床に這いつくばるミアの姿。
「あのなぁ、じゃれあうのもいいけどほどほどにしとけよ?」
「♪」
ぷに子の頭にはそこで倒れているミアの事などもう既に頭になく、ナオヤに夢中のようである。頭を撫でられ満足げにその赤い体を震わせている。
『「じー」』
それを羨ましげに見る二つの視線。言うまでもなく、ヘルとミーちゃんだ。ミアがやってきてからというもののぷに子とミアの争いが苛烈になり、二人の入る隙間は無くなってしまっている。俺としても二人を撫でられないのは残念なのだが二人の争いが終わるまで我慢するしかない。
果たしてその争いがいつ終わるかも分からないのだが。俺も何度も止めようとしたのだが全く入り込む余地がなく、ただただ傍観するしかないと分かってからは放置している。
この話は取りあえず置いておくとしよう。ミアがやってきてから分かったこと。その中でも重要なのが、ミアがここに来るまで旅してきた町の話と迷宮から出ても大丈夫と言う事実だ。
これにより、俺も外に出る事が可能になったわけだ!!
外で手に入れたいものは沢山ある。飯に服に寝具……考えたらきりがない。その中でもそう、食べ物だ! ここでの衣食住を振り返ってみよう。
まずは衣、これは俺が元の世界から来たときの服を洗いまわししている。つまり一着しかない。服を乾かしている間は裸でいるか、ぷに子特性スーツだ。このぷに子特性スーツは着心地はよく、動きやすくもあるんだが……見た目がね、どこぞの戦隊にしか見えないからね。できればあまり長い間着ていたくない。
次は食、これは最悪だ。もう最低レベルと言っていい。食べるのは基本的に探索者が持っていた栄養だけを考えられている腹を満たすだけの味気のないもの。ぷに子達は探索者たちの魔力だけで十分だからいいのだろうけど俺はそうもいかない。最悪、何もないときはぷに子の栄養満点スライムゼリーでしのいでる。
ただ、水だけは迷宮の管理室からつながる場所に湧いてある。なぜこんな所に湧いているのかも分からないが、なんにせよそれのお陰で助かっている。
最後に住、これも他よりはましだが、いまいちと言わざるを得ない。明かりは、もともとあった謎の光る石だ。そして部屋は自由自在に変化可能! そこまではいいのだが……全てが土だ。硬い、柔らかくしてもその感触は決していいとは言えない。ヘルやぷに子がいると全然ましではあるのだが。ぷに子特性ゼリーベットもあるがどうせなら柔らかな布団で寝たいというものだ。
というような状況である。つまりすべてがぷに子で構成され……ではなくひどいのだ。だがこれも人間の町に行けると言うのであればほとんど解消される。お金に関してはこの時のために俺は探索者から奪った……ではなく、もらったお金を貯めこんである。どれくらいの金額になるかは分からないがある程度は買い揃えれるだろう。
さて、実際に迷宮の外に出るとなると一番の問題はその間にやってくる探索者だ。後から判明したことだが、ミアが管理していた迷宮、レギンはまず人が来ないのだ。地上を辿ってここへやって来たミア曰く、レギンは森深くにあり、人が辿り着くのも大変なようである。それにくらべ、俺の管理する迷宮、ファーヴニルはこの世界で一番大きいという町、ジュノーの目の鼻の先にあると言うのだ。それは探索者も尽きないというものである。
流石に探索者を放置、と言うわけにはいかない。大抵は罠で大丈夫だろうが、念のため、ここに残るものがいるだろう。まず、ぷに子。うん、絶対何をしてでも付いてくるだろうな。
それを考えるとヘルとミーちゃんに残ってもらうのが一番いいのではないだろうか。何しろ二人は目立つ。特にミーちゃんなんて竜なのだ。話を聞く限り、竜はそんなに存在していないようだし……
そう考え俺は一緒に行くのはぷに子とミアと結論付ける。本当なら、ミアは連れて行きたくないのだが、外の事を経験している者がいるのは凄く心強い。それなら目立つことを考慮しても連れて行くべきだろう。
果たして二人が納得するかだが……俺が頑張るしかない。
広がる草原、そしてその先に立ち並ぶ家々。そして何よりも眩しい太陽。
「爽快だな……」
俺はついに迷宮の外へと出たのだった。
この世界で初めて見る太陽、今まで迷宮の中に潜り、薄暗い光しか見ていなかった俺を感動させるには十分すぎるものだった。
「ナオヤ、早く行こう」
「あ、ああ」
ミアが感動に打ち震える俺をせかしてくる。全く……
初めての外の何だしもう少しゆっくりさせてくれてもいいじゃないか。そんな俺の思いを知らない、ミアは町へと駆け出す。その後ろをやれやれとぷに子と共に追いかけるのだった。
俺達はジュノーへとやってきた。特に町の周りに城壁がある訳でもなく、すんなりと草原からそのまま町へとつながっているのだ。魔族が存在すると言うのにあまりにも警戒が緩すぎないかと思ったのだがミアが言うに、魔物を避ける結界が貼ってあるそうだ。ん、それならぷに子はどうしてすんなり入れたのだろう?
「?」
抱きかかえているぷに子を見つめていたら、見つめ返してきた。うん、まあ……ぷに子ならなんでもありかな? と思いなにも考えないのだった。
町はどこも活気にあふれている。その中ではぷに子やミアの白髪も珍しくないのかと思ったのだが、決してそんな事は無い様だ。すれ違う人々がミアの白髪や、俺の抱きかかえる、ぷに子を珍しそうに見つめていた。ミアから聞いた魔物使いという職業があるにしろスライムは珍しいようである。
実の所、スライムが珍しいのではなく、スライムを仲間にしている魔物使いが珍しいのである。スライムは魔物の中でも最弱であり、それを好んで仲間にするものなどいないのだ。そして魔物使いとは魔物を自身の強さ、または恐怖で縛るものであり決して仲良くすることなどない。大事そうにスライムを抱えるナオヤはスライムを大切に扱っているのが傍目からでも明らかだ。その二つの事からナオヤは奇異の目で見られているのだが……当然ナオヤ本人は知る由もない。
「よし、さっさと買い物を終わらせて帰るとしようか」
「ナオヤ、私とデートは?」
「それはありません。さっさと用を終わらせて帰るぞ」
その為に来たのだ。決してミアといちゃいちゃしたいなど思ってない。うん、これっぽちも思ってないぞ。
「むぅ、じゃあ仕方がない」
俺の腕へ体を寄せ、抱き付いてくる。ミアの体からは女性得湯のほんのり甘い香りと、柔らかな肌の感触が伝わってくる。
「み、ミア。離れろ」
「嫌。これぐらい許容して」
離す気は全くない様だ。いや俺としてもミアが抱き付いてくれるのは恥ずかしくもあり、嬉しくもあるんだが……周りからの殺気と好奇の目。そして何よりも、ぷに子の体が怒りによってぶるぶると震えているのだ。兎に角、俺はぷに子の怒りを治めなければどうなるか分かったものじゃない。
「ぷ、ぷに子。ほら、俺の右腕に絡んでいいから」
咄嗟に出た言葉はそれだった。いや、こんなのでぷに子の怒りが収まるのであれば苦労しないって!
「♪」
あ、それでいいんですね、満足なんですね。それならいいんだが……俺は傍から見ると左には美少女、右にはスライムを絡めているという謎の人と化していた。町に入ったばかりと言うのに前途多難だった。
「ようこそ、いらっしゃい」
愛想よく挨拶する露店の主人。その前の陳列台の上には雑多に並ぶ数々の茶色の布。それはもはや服、と言うよりも布きれと言った方がいいかもしれない。最初に案内人に聞き、紹介されたのがここだった。
それは町の中でも身分の低いものが着る服であり、露店で働く商人の下で働く男が着るようなものだ。恐らく、案内人としてはいくら珍しい服を着てるとはいえ、所詮はスライムを連れているような子供であり、たいしてお金など持ち合わせてないだろうと判断したのだろう。
「流石にこれはな……」
いくら着まわしているとはいえ、元の世界で作られた服と目の前に並んでいる服は比べ物にならない物であり、このようなものを着る気にはなれなかった。主人には軽く頭を下げ、違う店を探すことにする。
まず、俺達が向かったのは衣服店だった。最初は食料を……と思ったのだが俺とミアの服はあまりにも目立ちすぎた。俺の服はあまり目立つような服でもないのだが、それでも周りの特徴のない、布の服と比べたらあまりにも目立ちすぎる。そしてミアの服なのだが……俺以上に目立っていた。
胸を隠すように横に巻かれた布に腰から下にかけて巻かれる、流れるような黒い布。それは体を隠すと言うよりも、もはやその隠すための体を強調しているかのような服だ。胸や、くびれ、お尻のラインがはっきりと浮き出ており、下半身に巻かれた布からはすらりと見える足がちらちらと見える。街中でもそういった格好の人は他にもいたのだが、他とは違う異様な艶めかしさを放っていた。それに加え、流れる様に美しい白い髪だ。目立たない訳がなかった。
そう言ったわけで服を探しているのだが……この一帯の露店に並ぶのは先ほどと同じような、俺がいた国では服、と言うよりも布きれと言った方がいいものばかりだ。仕方がなく、露店で布きれを買う。
「へい、まいどあり」
「ところで主人、これよりも高い服はどこにある?」
本当は買うつもりはなかったのだが、先ほど露店で同じことを聞くと門前払いされてしまった。そのような客はこんな所に来るんじゃねえ! と言った具合に。
客ならばそう言った扱いもないだろうと仕方がなく購入したのだ。
「ああ、それでしたら、もう少し町の中央に行ったところに露天ではなく、店がありますぜ」
「ありがとう」
主人の話を聞いて納得する。なるほど、そうった服は露店ではなく、ちゃんと店が存在するんだな。見つけられない訳だ。早速そっちに向かうとする。
少し道に迷いながらやっとの事、目的の店に辿り着く。そこは露店とは違い、一つ一つの服がきちんと分けられ、かけられていた。
「いらっしゃいませ。どのようなものをお買い求めで?」
店に入るなり店員がやってくる。その対応も先ほどまでの露店とは大違いだ。
「えーと。俺とこちらの女性の日常的に着れるような服を二着ほど欲しいんですが……」
「畏まりました。少々お待ちください」
早速服を身繕い始めた店員へ期待しながらナオヤとミアは待つ。
ナオヤが訪れた服屋の店員、リュードは困惑していた。もともと貴族や上流商人しかこない、この新品の服が売ってあるここへと少年と少女がよりそってやってきたのである。冷やかしだろうとすぐに追い払おうとしたのだが、着ているその服を見て固まった。それは数々の服を手にし、見繕ってきたリュードでも見たこともないような服だった。その驚きを隠し、店員として対応する。
「いらっしゃいませ。どのようなものをお買い求めで?」
もう既に相手が少年であると言う意識は頭から消え去っている。
このような客が求めるような服、果たしてそんな服がここにあるのかと不安になりながらも尋ねる。返ってきた言葉は日常的に着れるような服、だった。果たしてこのような服を着ている者が求める服がこの店にあるのか……と不安になりながらも、見繕ったものを二人の前へと出す。
「こちらなど、どうでしょうか?」
提案したのは男性にはリンの毛皮に包まれたコート、それと最近貴族がよく着用している服だ。お連れの女性には軽く羽織うことのできる黒色のケープ、それと白いシャツに紺色を基調としたスカートだ。これならどこの貴族様でも満足のいくものであろうと自負しているし、何より、女性の稀有な白髪にも映えるに違いない。リュードのその目論見は当たったようで二人は満足そうに頷いていた。
「あー、その三角巾ももらえるか?」
「これでございますか?」
男が指差したさきにある三角巾。これぐらいなら遠慮なくまけさせてもらおう。
「そうですね、この四着と三角巾をおまけしまして……金貨二枚ほどでどうでしょう?」
金貨二枚、それは普通ならあり得ない金額だ。だが、どうしてもリュードはこの二人と関係を保ちたいがためにこの金額を指定した。二人はその値段にあっさりと頷き、懐から金貨を出す。
「いい買い物だった、ありがとう」
そう去っていく二人に満足して貰えたことを喜びながら見送った。見送った後、あの二人が来ていた服について尋ねることを忘れていたリュードが深く後悔するのを二人は知らない。
「いや、よかったな」
「うん」
中々にいい服を買えたのではないだろうかと満足していた。先程のように周りに目立つことなく、好奇の視線も随分と減った。
「ナオヤ……どう?」
黒いケープを上から羽織い、頭には三角巾を巻いているミア。先程より露出は少なくなったが、その分ミアの美しさが際立っている。三角巾がなければもっと白い髪が黒いケープへと映える事は間違いないのだろうがここ町では隠すために巻いているのであり、必要だ。
「似合っているよ」
そんなミアに流石のナオヤもぞんざいな返事を返すことなく、照れながらもそう言った。
「えへへ……」
嬉しそうにはにかむミア。その笑みに、なおの事ナオヤは照れる。
「!!」
「おっと、行こうか」
放っておかれているぷに子が不満げなので次の買い物に向かうとする。まだまだ町での買い物は続くのだ。のんびりしている訳にもいかない。
兎に角、一つ目の目的であった、衣服は手に入れたのだった。