22.年
ネーデルが死んでから一年がようやく過ぎようとしていたある日、キョウノスケがついに戦闘不能状態に陥ったと仲間内で騒ぎになった。
キョウノスケは短命メンバーの中であまりに長く生き過ぎたのである。まだ50年ほどしか生きてはいないが、体は老体でいままで動いていたのが不思議なほどだったのだ。キョウノスケはその事実に頭を振って否定した。
「まだ歩ける、まだ戦える、どうせなら戦って死にたいどが!!ここを追い出されても居場所なんかないどが!リーダー!なんとか言ってくれどが!!」
そう言ってドーシェを揺するが、ドーシェは簡単には頷かなかった。
それでも尚ドーシェを揺するキョウノスケを止めたのは、ウミューだった。
キョウノスケは自分の手を掴んだウミューを睨むと、本来の口調で「何するどがか、この若造」と吐き捨て、ひねり返そうとした。ウミューは逆にひねり返し、キョウノスケを転ばせるとコチラも早口で「いいかげんにしろ、じいさん。俺に手を掴まれてる時点であんたは終わりだ。もう使えねえよ、隠居生活をこの中で送って死んだらリーダーに火葬してもらえ」と告げた。
ウミューがキョウノスケに非情にあたるのは、それはキョウノスケがかつてのウミューの師匠だったからだ。ほとんどの戦闘スタイルをウミューは小さいころ、キョウノスケから教わった。
当時のキョウノスケならどんなに素早くてもウミューに手を掴まれるなどとの失態はしなかった。それどころかこちらを転ばせようと屈んでウミューはつまづき、ウミューはよく擦り傷を作ったものである。
キョウノスケの衰えは、ウミューは年がすぎるたびに感じていた。ちょっとずつ反応が遅くなっていったからである。
恐らく叩きこまれたウミューだからこそわかるのだが、そうでない人間にはわからないように必死に人並み以上の努力をしてきたのだろう、だがそれももう終わりなのだ。
転ばされたキョウノスケはそのままウミューの足を蹴って少しばかり躓かせたあと、よろよろと立ち上がって「カ―――ッ!!!ガキにまで馬鹿にされるほどまだ腐っとらん!!お前はこれから死ぬまで戦うなと言うどがか!!なら、何のための命どがか!何のための長生きどがか!戦士たるもの、戦って死にたいと願うことの何がおかしいどがか―――ッ!!!!」と叫んだ。
ドーシェは観念したように「わかった、キョウノスケ、そう癇癪を起こすな。戦う前にエネルギーが切れるぞ。戦うことを許可する。君はどこまでも戦士なのだな。我々で向かい入れた最初からそうだった。『自分は劔という大いなる役目のために生まれたのだから親や他の誰に何を言われたところで気にしません!!』と言っていたな。今でも目に浮かぶよ、強靭な精神を持った勇敢な少年だった。」と追憶に浸るように告げた。
「リーダー!恩にきりますどが!」キョウノスケは曲がった腰で軽く頭を下げると蹴飛ばしても転ばなかったウミューを睨みつけて何処かへ行った。
ドーシェは静かに「キョウノスケはあまりにも努力家であり、実力者でありすぎた」と悲しいのか辛いのか、いまいちよくわからない声色で呟いた。
ウミューにはそれが(あれが私のような長生きするタイプの戦闘員であったならば)と言っているようにさえ思えた。
「空が……泣く……」唐突にワケの分からない言葉を発したのはウンネだった。
「なんだ、雨でもくるか?」ドーシェは気軽に青い空を見上げ、気さくにウンネに話しかけた。
ウンネはかすかに頭を振って「嘶く」と呟いた。
ドーシェがここに馬なんぞいないが……と言いかけて口を開いた時、悲鳴のような、怒り声のようなそんな音がどこからともなく聞こえてきて、メンバー一行は急いで耳を抑えた。
空は青空から一転、鈍色の雲がかかり、大粒の雨が落ちてくる。それでも音はやまない。
地形さえぼこぼこと変えてしまいそうな音である。
ウンネは誰にも届かない声で「慟哭……空が、悲しみに、怒りに、共鳴している」と呟いて走りだした。
当然、ウンネを見放すことも見捨てることもできないドーシェがウンネの後を追い、リーダーが動いたことで他の者もそれに続く。
ウンネは何かに突っ込み、タックルすると、ようやく音はやんだ。
ウンネが地面に押さえつけていたのは、変種混合型人間であろうそれだった。
全体的に馬を思わせなくもない容姿と、怯えきり、見開かれた人間より二倍ほど大きな目。
尖った鋭い耳と、腕が本来ある場所に生えた鳥族の翼。
ドーシェが「君は……」と劔の資格を持つ子だね、そう言いかけて言葉を失った。ドーシェが口を開いた途端、我に返ったかのように相手が暴れだしたからである。
ウンネが命からがら逃げるネズミを押さえつける猫のごとく、動きを封じ込めると怯えきった瞳でドーシェを見、再度叫んだ。
男のように見える混合種は、言葉という手段を知らないようだった。
急いで口を押さえつけたウンネのお陰で幸い誰にも何も起こらなかったが、心なしか周りの地形が鋭く尖っているようだった。
ドーシェは静かに「離してあげなさい」というとそっとウンネをどかし、それに手を差し伸べると、身を起こし、横にしゃがみこんだ。
「君は、言葉がわかるかい?」怯えきった瞳をメンバーに向けたまま、大きな口を開け閉めしてから、「誰も君を傷つけようとしているわけじゃないんだよ」とつげて、その目をじっと見返した。
すると今度は奥歯だろうか、歯をこすり合わせるカチカチ、コチッという人の歯ではこんなに綺麗に出せぬであろう音を出すと、それで一定のリズムをとった。
自分にとってなんであるのか、見定めているようだった。地形の鋭さは消えていた。
外見から察するに年齢は成人をしているくらいだろうか。なにせ本人が話せないのでそれすらもわからない。
少なくとも、スピード型には見えないし、自分で暴れた時に作ったかすり傷が数分間たった今でも消えていないということはパワー型かそれ以外の特殊型に振り分けなくてはならない。
言葉が話せないのでは、情報組になれるとも思えない。また、ウンネに押さえつけられて驚いた時点で察知できていなかったということにもなる。
戦闘員なら、地形を変化させることができる特殊能力をもったものか?としばし考えてからドーシェは「我々の仲間にならないか?」と手を伸ばした。
彼は後ずさるとコチラをちらちら振り返りながら逃げ出した。
ドーシェは困ったように頭をかくと、「仕方あるまい、皆次のクエスト受領に向かうぞ」とつげて彼に背を向けた。
……はずだった。




