21.苦悩
今更考えたところで、どうしようもないことだった。そうする他に生きる道などなかった。例えあったところで、そう長くは生きられない。囚われるか、人を殺して殺されるか、剣に関する職に就くより他に。
ウミューは「くそっ!」というと、いきなり近くにあった樹木を殴った。
ウンネは何も言わず、ただ冷ややかな目でそんなウミューを眺めていた。
ネーデルが消えてからというもの、ほとんど何もかもが変わった様子を見せなかった。
唯一変化を見せたとすればそれはメンバー内での派閥がよりくっきりと浮き出たことと、戦術に置いて得られる情報量が多少減ったことのみだった。
ウミューもウンネも極めて珍しい行動はあれ以来とってはいないが、どちらもめっきり口数は減った。
ほぼないと言っても過言ではなくなってしまったのである。
リーダーであるドーシェの気苦労は増えるばかりであった。
そんな中で喜ぶべきなのかそうでないのか、メンバー内同士で子供ができたとはやし立てられた。
妊娠中であるハルネのお腹はぽっこりと膨れ上がり、それの父親はこれまで目立った動きもほとんどしてこなかったヴェッチアだと伝えられていた。
ヴェッチアは顔も運動神経も身長も並で、がっついているような要素はなく、人畜無害そうな人柄の戦闘型組員であった。
パワー型、速度型で分けるのであればかろうじてパワー型であり、鳥類の足と尖った耳が特徴の青年だった。足はオオワシの用で掴んだ獲物はその爪と脚力で引きちぎられる。
だが、素早いと言える程のスピードが無いため、しょっちゅう怪我していたところをハルネに介抱され今に至るのだという。知らされた直後はメンバーの誰しもが驚きの色を見せたが今は慣れきった様子だった。
幸せそうに笑う二人のそばで唯一つまらなさそうに顔をしかめていたのはチャルコハネだった。
ドーシェは静かに「無事に生まれればいいが……」と言ったがそれが何を心配するものなのか誰一人わからなかった。
なぜならば、劔内での子供となれば、奇形種が奇形種を生むようなものだ、無事に生まれる可能性は低く、リスクも極めて高い。母体にどんな影響をおよぼすのか、またその子供がどのように生まれてくるかもわからない。その上"この戦場で"での出産だ、その家族となったメンバー全員が確実に生き残れるかなど誰にもわかったことではなかった。
だが、ハルネは「この子は死なせません、彼だって……ヴェッチアだって、守ってみせます。そのための情報組ですから!」の一点張りだった。一度は誰しもが反対を考えた。戦場で子守などできるはずもない、子供が無事に生まれたところで情報組の一人が使えなくなる不利や、子供という新たな生命の足手まとい。だが、ハルネは決してその考えを曲げようとはしなかった。
そんなある日、戦場に出て、ヴェッチアは帰らぬ人となった。泣き叫ぶハルネのそばで、誰しもが慰める術を保たずに背を向けた。
ハルネをただ冷ややかに見つめるウミューやウンネのような存在も数人いた事はいたが、その誰しもがハルネに手を差し伸べなかった。
そんな中、チャルコハネだけが「そんなになくなよ、な?そろそろ夜になる。お前は何が何でもその子供を生むんだろ、ならもう少しで宿だから、宿に行こう。妊婦ってのは体を冷やしちゃいけないもんなんだろ?うちにはわかんねぇけどさ」と言ってハルネの肩に手をおいた。
長らくぐずっていたハルネもさすがに体が冷えたのかよろよろと身を起こすと歩き始めた。
それから数日、ハルネの体調が急変するまでに月日を要さなかった。
宿についてから寝込み、翌日発熱、高熱に浮かされること三日間、ハルネは急激な腹痛と吐き気を共に、子供を流産した。正式には腐りかけの卵を蛇のような下腹部から排卵したのである。
それからのハルネは廃人の用になっていった。
骨と皮のようになったある日、チャルコハネが「お前死にたいのかよ!死んだ奴らならたくさん見てきただろ!たった二人死んだだけだってわりきっていい加減立ち直れよ!」とハルネに怒鳴ったのだ。
もちろん、その怒りはハルネを心配してでのことだったが、ハルネは骨と皮になったとは思えない力でチャルコハネの襟首を捕まえるとランランと浮き出た目をギョロつかせ、「たった二人……?」と言ってから「ふざけないでよ!!チャルコハネは本当に人を愛したことがないからわかんないんだよ!私にとってはたった二人なんかじゃない!かけがえのない二人だったの!自分の命だって差し出してもよかった二人なの!それをわかったかのように!ヴェッチアが死んだ時だってそうよ!甘ったれで、いつも人に命令するか反発することでしか自分を表せないガキのあんたに!私の何がわかるっていうの!!!!」とどなり、その足をうねらせた。排卵した場所はまだうっすらと血が滲んでいた。蛇には血が流れていないが、劔のメンバーは誰ひとりとして血の通っていないものはいない。いつ見ても傷口というのは生々しく見慣れるものではなかった。
衝撃を受けたチャルコハネはそのまま硬直し、本調子ではないハルネは咳き込んでチャルコハネから離れた。
そこへウミューが通り、ハルネはウミューを見るなりすりよって「ウミュー……ウミューなら、わかるよね……?私の悲しみ、わかるよね?」と呟いた。
だがウミューは一言「わからない」と返しただけだった。ハルネは脱力したかのようにその場に立ち尽くすとそのまま空を見上げたままいよいよただの廃人と化した。
ウミューは頭のなかで静かに「愛したものなど知ったこっちゃない。ただこの世界はあまりにも理不尽で、あまりにもわからないことだらけだ。だからこそ、それを変えてみせる」と固く決意を固めていた。
それから更にハルネが狂うまでにそう時間は要さなかった。
最初は笑い、暴れだし、仲間に捉えられ、死んだようになるまで一日も保たなかったように思う。
ぐったりとしたハルネを仲間は開放したが、翌朝手首を真っ赤にし、周囲を茶色く染めてハルネの亡骸は横たわっているところを仲間に発見された。
チャルコハネはひとしきり叫んだあと、「馬鹿野郎!馬鹿野郎!!」とひたすらに罵倒をした。
戦死ならまだしも、自殺したハルネにきちんと別れを告げるメンバーはほとんどいなかったといえる。
当然、そんなハルネを、笑顔で見送ったものなど、皆無であった。
重たい空気のままそれでも劔は劔として仲間を探しながら敵を倒し、移動をしていく。
情報収集組の主戦力であったネーデルとハルネを失った今、情報収集組は少ない数が更に減り、仲間が唐突に敵に遭遇し、攻撃される確率も高くなっていた。
前もって準備できない分、けが人は増える一方で劔は弱体化の一途をたどっていた。
「情けないですね、彼女がいなくなってから、仲間内ではギスギスした感情が絶えない。これで世界を救うものですか、滑稽ですね」
ウンネは静かにそう吐き出し、ウミューはそれに静かに「……黙れ」と返した。
ウンネは餌となると敵が近寄るなり真っ先に食事に出てしまうので、最近ではウンネが唐突にいなくなった時が戦闘態勢に入る時だった。しかし、ウンネも気ままに行動することが多いため、悪い意味で浮足立った存在となってしまったのである。
神経質になり、刺々しくなった仲間内では小さな口喧嘩やイヤミが絶えず、以前であればそれに激怒していたチャルコハネも今やくすんだ瞳で何かブツブツ呟くだけになった。
かわらないのは、ベラトランシーやランパイの気ままグループか、リーダーであるドーシェやキョウノスケなどの変わらずに努めようとするグループだけだった。
バンネルでさえ、今ではどこかの派閥の一人になっていた。
お陰でウミューと話すことは皆無となった。当然、ウンネとも。




