第24話 魔力覚醒
最終日、剣技実習から解放され、談笑していた平民学生たちの前に、数人の影が迫った。
「おい、平民のゴミ共。剣も振れないくせに、なんでここにいるんだ」
先頭に立っていたのは、ウィル・ハーモスの取り巻き。
―シューリスト・フォークだった。
あからさまな暴言に腹が立つ。
だが、相手にするだけ無駄だと分かっている。
ここにいる平民学生たちは、プリビレッジとやり合っても得しないことを十分理解しており、視線を落とし、目を合わせないようにしていた。
このままやり過ごし、指導者のウデール・ホースが戻って来るのを待つのが懸命だ。
…だが、俺は一つ、大事なことを見落としていた。
「なんだと、てめー。プリビレッジだからっていい気になるなよ」
あのフューゲルの存在だ。
彼だけは例外で、相手がプリビレッジ学生であっても平然と喧嘩を買ってしまう。
いくら大人になりつつあったフューゲルでも暴言を浴びせられるとどうしようもない。
今回も、挑発に当然のように乗ってしまった。
―しまった
胸の中でそう叫んだが、もう止められない。
「平民がプリビレッジに勝てると思ってんのか?」
シューリストの隣にいた同じく取り巻きのラード・ダカリが、便乗するように笑う。
「魔力持ちでもポンコツはポンコツだ!」
これに対し、フューゲルが絶対に言ってはいけない言葉を口にした。
「お前……! プリビレッジへの非礼だ。処罰に値する!」
シューリストが激怒した様子で声を上げる。
そして、ここで待ってましたと言わんばかりに、ウィル・ハーモスが割って入ってきた。
「だが、そこまで言うなら証明しろ。――どうだ?」
厄介な男が出てきた。
と思ったのも束の間、フューゲルはもはや引けないところまで来ていた。
「いいぜ。やってやる!」
「よし。シューリスト、相手してやれ」
ウィルはフューゲルからの回答を聞くと、即座に指示を出す。
周囲の平民学生から制止の声が出ていたが、フューゲルはまるで聞く耳を持たない。
フューゲルはそばに置いてあった魔導具を左腕に装着し、木剣を構えた。
そして、シューリストも同じように木剣を取る。
「始めろ!」
ウィルの合図で、両者が同時に踏み込む。
バン、バン、バン!
木剣が交差する音が何度も響く。
―意外と良い勝負?
怒りに燃えるフューゲルは、想像以上に動けていた。
だが次の瞬間、シューリストの動きが急に速くなる。
ボンッ!!
鈍い音。フューゲルの左頬に木剣が直撃した。
誰の目にも分かった。これが魔法の力であることを。
フューゲルの左頬は一瞬で青黒く腫れ上がり、悲鳴が上がる。
勝負は、そこで決していたはずだった。
だがシューリストは止めない。
執拗に木剣を振り続ける。
フューゲルは意地で応戦しようとするが、明らかに動きが鈍い。
そして、十発ほど叩き込まれたところで、フューゲルは大の字に倒れ込んだ。
その様子を見て、俺とラリオンが慌てて駆け寄った。
「大丈夫か!? しっかりしろ!」
揺さぶっても反応がない。
全身が腫れている。これは骨も折れているかもしれない。
「……あの時と同じだな」
ウィルが、必死にフューゲルを介抱する俺に向けて、ニヤついたまま見下ろす。
「平民がプリビレッジに逆らうとどうなるか、理解できたか?」
―憎たらしい
フューゲルの無念と痛々しい姿、そして、4年前にユリウスが受けた出来事の記憶が、俺の理性を削っていく。
―抑えられない
こんな理不尽が、許されてたまるか。
「あんたら、やりすぎだろ。プリビレッジなら、ここまでして許されるのか」
「模擬戦だ。あいつは承諾した。規則違反じゃない」
―卑劣だ
正論の形をしているのがなお腹立たしい。
ここで見過ごしたら俺に正義を語る資格はなくなる。
そんな考えが、胸を焼いた。
次の瞬間、理性から程遠い言葉を吐き捨てていた。
「……あんた、大将なのに部下にやらせて卑怯者だな」
「なんだと?」
俺の言葉にウィルの目が吊り上がる。
「あんたの相手は、この俺がやってやる」
頭に血が上る。だが、もう引けない。
「アシェル、やめて!」
そのときだった。俺の後から細い声がした。
振り向くと、マーガレットが涙を浮かべ、不安そうにこちらを見ている。
その顔をみて、はっと我に返る。
だが、この場はもう収められない。
それなら、勝つ。
感情に飲まれず、勝つために戦う。
俺は戦いに臨むうえで、冷静に分析をはじめていた。
プリビレッジの練習を見て気づいたことがある。
動きは速いが、動作と動作の間に不自然な『間』がある。
それは魔力の制御に、わずかな溜めが必要なのかもしれない。
隙は必ずできる。
そこだけを狙って打ち込む。それしかない。
「準備はできたか? 怖気づいたか?」
「準備はできた。始めよう」
俺はフューゲルと同様に魔導具を装着し、木剣を構える。
ウィルも構えた。
外から誰かの「はじめ!」の声で、模擬戦が始まる。
距離を詰める。
ウィルが魔力を込めた瞬間を撃ち抜く。
そう何度も自分に言い聞かせ、踏み込んだ。
ウィルの木剣が振り下ろされる。
冷静に受け、合わせ、いなす。
バチ!バチ!
五、六回。すべて防いだ。
―そろそろ来る
ウィルが木剣を体の近くで構えた。
―きた、今だ!
俺は木剣を、タイミングよくウィルの頭めがけて振り抜く。
ガシッ!
だが一瞬だけ、ウィルの木剣の速度が上回り、この渾身の一撃は弾かれた。
―くっ
そして、俺が木剣を引いた瞬間、ものすごい一振りが顔へ飛んでくる。
体ごと右へ倒し、辛うじてかわす。
すれ違う刹那、目と目が合った。
―フューゲルのために
― ユリウスのために
―そしてマーガレットのために
勝ちたい。心の底から。
次の瞬間、体の内側に『気の流れ』のようなものを感じた。
一瞬、俺の動きが止まる。
まるで固まってしまったように。
―なんだこれは?
だが、その隙を、ウィルは見逃さなかった。
容赦なく打ち込んでくる。
―間に合わない……!
俺は反射的に、木剣を持っていない左腕でウィルの一撃を防いでしまった。
バンッ!
左腕に、クリーンヒット。
魔法の威力が加わった一撃。
これは折れていないほうがおかしい。
だが、そう思ったのに、なぜか痛みがない。
そして、ほんの一瞬。
ウィルの木剣が左腕を捉えた、そのわずかな時間で俺の体は次の行動に向けて反応していた。
右手に握っていた木剣を、ウィルの左腕めがけて振り抜いていたのだ。
ズゴーン!
ものすごい重い音がした。
「あああっ!」
悲鳴が上がる。
次の瞬間、視線を向けると、あのウィルが二メートル先まで吹き飛び、倒れていた。
俺は呆然と立ち尽くし、倒れたウィルを見つめた。
起き上がる気配がない。
その様子を見て、プリビレッジの学生が数人、慌ててウィルの元に駆け寄る。
「ウィルさん、大丈夫ですか!」
「う、うう……」
苦悶の呻き。左腕を押さえ、悶絶している。
「腕が折れてます! 早く治療を!」
シューリストが叫び、三人がかりでウィルを外へ運び出した。
彼らは最後まで、俺の存在を見向きもしない。
プリビレッジが去った途端、平民学生たちが一斉に押し寄せた。
「すげぇ……! 魔法剣術に勝つなんて!」
「お前、最高かよ!」
誰の声か分からない。
ただ、平民学生たちが歓喜の輪を作っていることだけは分かった。
―勝ったのか?
だが、その途端、急に倦怠感が押し寄せる。
足が崩れ、俺はその場に座り込んだ。
その後のことは、あまり覚えていない。
意識はあるのに、体が言うことを聞かなかった。
あとで聞いた話では、戻ってきたウデールがその場を収拾し、フューゲルを治療室へ運んだという。
そしてもう一つ。
少し離れた場所で、明らかに雰囲気の違う人物が、最初から最後まで見ていたらしい。
金髪の青年の謎の男。
終
【魔法世界メモ24】
学院規則とは?
学院内は独自の自治が許されており、学院内ではプリビレッジ、平民であっても学生として学院規則の下、平等に扱われる。
そのため、たとえ無礼であっても、プリビレッジが暴力を振ると、停学などの処分を受けてしまう。




