第11章:最終試験 - 政府の理想像との対決
いよいよ最終試験が迫る中、佳奈は緊張と不安に包まれています。これまでの努力が報われるか否か、この試験にかかっていることを実感しつつ、制度に対する疑問も拭いきれません。この章では、母親としての夢と厳格な政府基準との間で葛藤する佳奈の心情が、緊迫感をもって描かれています。
佳奈は、いよいよ最終試験の控室に立っていた。これまでの試験に感じてきた不安や葛藤が頭をよぎりながらも、母親になる夢を叶えるためには、この試験を突破する必要があった。目の前の試験官が、冷静な声で試験の内容を告げる。
「これが最終試験です。政府の理想とする市民像に沿った育児を実践してください。理想像から逸脱した場合、その場で減点され、重大な逸脱が発覚した場合には不合格となります」
佳奈は深呼吸をしながら、実技シミュレーションが開始されるのを待った。目の前には、再び人間に限りなく近いロボット赤ちゃんが配置されている。この赤ちゃんには、政府が理想とする市民像を反映した行動ガイドラインが組み込まれており、佳奈はそのガイドラインに従って育児を実践することを求められていた。
試験が始まるとすぐに、佳奈は赤ちゃんの泣き声に対応し、指示に従ってミルクを与えたり、政府推奨のBGMを聴かせたり、静かに寝かしつけたりする。しかし、指示に沿った行動ばかりを求められる育児には、どこか機械的で無機質な印象が拭えなかった。すべてが効率化され、ルールに従った一貫した行動を求められるこの育児には、子供の個性を尊重する余地がないように感じられるのだ。
「これは……私が望む母親の姿なの?」
佳奈はふと疑念が浮かぶが、試験のルールを逸脱しないようにと自らを戒める。だが試験が進むにつれ、彼女の行動に対する細かい指示が頻繁に送られ、少しでもガイドラインを逸脱すると容赦なく減点が告げられる。
シミュレーションの中で、「政府の理想とする市民像にそぐわない行動を示す子供には、徹底的に矯正を行うべき」というメッセージが提示されたとき、佳奈は胸の中に不快な違和感を抱く。彼女が母親になりたいと思ったのは、愛情と自由な成長を尊重した育児を行いたいからであり、単に「理想的な市民」を作るための道具ではないと感じていた。
突然、赤ちゃんが政府基準に反する『自由な発想』を示す行動をとる設定がなされた。試験官からは「すぐに指導し、標準行動に戻るように促してください」と指示が出されたが、佳奈はその指示通りにすぐに対応せず、赤ちゃんの自由な発想に一瞬迷いを見せた。その一瞬の迷いさえも、試験では逸脱とみなされたのだ。
すぐに無機質なアナウンスが響いた――「23756番、不合格」
試験官が冷淡に告げた。「佳奈さん、この試験ではあなたが政府の基準から大きく逸脱しています。不合格です」
佳奈はその言葉に驚き、呆然とした表情を浮かべる。彼女の中にあった母親としての愛情が、政府の機械的な基準から遠ざかってしまった結果、夢に向けての道が断たれてしまったのだ。
絶望が押し寄せる中、佳奈は静かに呟いた。
「私は……理想的な母親になれないの?」
彼女の目には、涙が浮かび上がりながらも、試験官に冷たく見下ろされるだけだった。
最終試験で佳奈が経験したのは、制度が求める「理想の母親像」と、彼女自身が抱く愛情ある育児とのギャップでした。わずかな迷いが「逸脱」として見なされ、不合格を告げられた彼女の心には、深い絶望が残りました。次の章では、この試験結果を受けて、佳奈がどのように失意と向き合うのかが描かれます。




