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異端の調律者は天秤を持たない  作者: うつおぎ
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 どうやらセレンティナは国王が直々にやって来たというのにさっさとその場から去り、自室でのんびり休憩していたらしい。しかもこの期に及んで「自分に何か用か」と問うとは。

 魔塔には独特の価値観があるとは伝え聞いていたが、あまりにも礼儀知らず過ぎるではないか。レオノーラはこめかみに血管が浮き上がってくるのを感じながら、今は王族の御前だと必死で自分に言い聞かせていた。


「セレンティナ様、陛下にアルシェラ殿下の状況を報告してください」

「えー? 報告書を送ってるから、それを読んでくれればいいよ」

「そういう話ではなく……!」

「じゃあどういう話?」


 セレンティナはお茶のおかわりを頼むと、愛らしい顔に不思議そうな表情を浮かべ、こてんと傾けた。


「調律者様、畏れながら、わたくしからいくつか質問させていただいてよろしいでしょうか」

「うん。いいよ」


 堂々巡りの予兆を感じ取ったのか、魔道師団長がおもむろに切り出した。セレンティナはにこりと微笑むとサマリンダの方へ身体を軽く乗り出している。どうやら質問は大歓迎のようだ。


「先ほど、アルシェラ殿下が訓練に使っていた場所ですが、離宮には元々あのような池や櫓はなかったと記憶しております」

「うん。私が作ったからね」

「それはつまり……」

「地面を掘って、水を張って、余ってるっていう木材でジャンプ台を作っただけ。あっ、終わったら解体して木材は返すから心配しないでね」

「……さようでございますか」


 時空と風の二属性だけでも十分珍しい。だがこの調律者は水と、そして土の属性まで有しているのか。ここまでくると、火属性までもを持っていても不思議ではない。

 ただ、魔術師の中には自身の属性を明かすのを嫌がる人もいるので、この疑問を口にするのは躊躇われた。


「殿下がいつ頃王城へお戻りになれるか、現時点での見込みを教えてください」

「見込み? うーん……そうだねぇ」


 魔力暴走の件には緘口令が敷かれ、対外的にはアルシェラは毒竜に襲われた際に怪我をしたとされている。だが、不在が長く続けば妙な噂が広がるおそれがある。

 事実、聖魔術を操る治療士を管理している神殿から、アルシェラの治療を申し出る書簡が数日前に届いてしまった。この件に関しては国王であるレナトスが丁寧な御礼と共にすでに傷は快方に向かっており、精神的なショックのために静養している、と返すことで収めた。

 アルシェラ自身も早期の公務復帰を望んでいる、という話は本当のようで、さっきまで俯けていた顔をセレンティナの方へと向けている。

 そして期待や不安を一身に浴びている張本人はというと、緊張など欠片も見せずに淹れたての紅茶を楽しんでいた。


「セレン、私はもう魔力の調整はできるようになったわ。だからそろそろ……」

「浮遊も満足にできないのに?」


 セレンティナの容赦ない指摘にアルシェラはぐっと黙り込む。レナトスがちらりと隣を見遣り、サマリンダが小さく頷くと再び口を開いた。


「調律者様のおっしゃる通りです。公務に復帰されればストレスも大きくなりますので、どうか十分な訓練をお受けください」


 魔術のコントロールには精神面が大きく影響する。調整がうまくできなければ、また何かの拍子に暴走していた時のような事態を引き起こしかねない。

 父王の信頼も厚かった人物からも諭され、アルシェラは再びしょんぼりと肩を落としてしまった。


「そしたらこうしよう。今の課題をクリアできたらお城に戻ってもいいよ」

「ほっ、本当に!?」

「うん。ただし、訓練は実戦形式で続けるのが条件」

「実践…… 何をするの?」

「そうだねぇ。魔獣狩りとかいいかも」


 セレンティナの一言に応接室の空気が凍った。

 強大な武力を誇るグランヴィル王国の王妹が魔術を使って狩りをするなど、前代未聞の事態だろう。それが国民に知られたら……と考えるだけで寒気がしてきた。


「それは、少し厳しいかもしれないわ」

「どうして? 弓の威力も上げられるし、コントロールも格段によくなるのに」

「……弓に、魔術を使うの?」

「うん。アルシェラは魔術師としてはちょっと魔力が足りないし、弓が得意ならそれを活かした方がいいと思うんだ」


 つまり魔術で直接攻撃するのではなく、魔術を使って武器を強化してはどうかという提案のようだ。それであれば事情を知る親衛隊程度なら連れていっても問題ないだろう。

 魔力を通す素材で作られた武器――魔道武器の存在は知っているが、需要がないのでグランヴィル国内では滅多にお目にかかれない。だから手配する際は噂が立たないよう細心の注意を払う必要がある。

 果たしてどの伝手を使えば安全だろうか。それぞれ思案しはじめると、セレンティナから意外な申し出があった。


「素材は相性があるから、武器は貸してあげる」

「えっ、いいの?」

「特別にね。でも矢はハシバミ製のものを用意して」


 ハシバミは風属性の魔力と親和性が高いので、アルシェラの使う矢としては最適だという。その程度であればすぐに手配はできるだろう。

 最大の懸念点は解消できたものの、すべては課題をクリアした後の話である。

 ずっと落ち込んでいたアルシェラだが、この会話でようやく元気を取り戻したらしい。背筋が伸び、目を輝かせてセレンティナを見つめていた。


「あのっ、私……そろそろ訓練に戻ります」


 王妹はそう告げるなりソファーから素早く立ち上がる。一刻も早く城に戻りたい、いや――戻らなくてはという気迫がありありと感じられた。


「もう休憩終わり? もっとゆっくりすればいいのに」

「そういうわけにはいかないわ。……失礼します」

「ということで、セレンティナ様も行きますよ」

「えぇー……」


 レオノーラは再び純白のローブからのぞいた腕をむんずと掴む。そして引きずるように扉の向こう側へと連行されていった。


「陛下、わたくし共も参りましょう」

「……そうだな」


 調律者が去った後はサマリンダに頼ることになる。そのためにも訓練の様子をしっかり見ておく必要があるだろう。

 二人は出された紅茶に手をつけることなく応接間を後にした。


「じゃあ、もう一度お手本見せるよ」

「えぇ、お願い」

「浮遊のポイントはただひとつ! 魔力を出力する方向だけ」


 レナトスとサマリンダが手作りの池に到着するのと、セレンティナが櫓の頂上へ転移したのはほぼ同時だった。目の前にあった姿が一瞬にして別の場所へと移る様は何度見ても妙な気分になる。

 とはいえ、時空魔術を操れる者にとっては歩くのと同じくらい自然な行為なのだろう。セレンティナはこちらへ軽く手を振るなり池に向かって身を投げた。

 長い髪を舞わせるその姿は、大きな花が落ちていく光景を連想させる。大樹を放れた紫銀の花は、櫓の半ばほどの高さで落下スピードを段々と落としていった。


「風を感じないな」

「えぇ、ごく限られた範囲で使っておりますので……水面にもまったく影響がありませんね」


 サマリンダの指摘によってレナトスは視線を下に向ける。たしかにアルシェラの時と違い、白波はおろか僅かな揺らぎすら見えなかった。

 純白のローブを優雅に揺らしながらセレンティナが降下してくる。食い入るように見つめるアルシェラへ笑みを向け、今度は両手を肩のあたりで振りはじめた。

 魔術を発する際、手を使って方向をコントロールするのが一般的だ。アルシェラが左手の中指に魔力を制御する魔道具を着けているのはそれが理由である。だから魔術を操っている最中に手を動かすのは非常に危険な行為だというのに、調律者ともなるとそれすらも必要としないらしい。


 ゆっくりと降りてきたセレンティナが水面ギリギリに到達する。

 そして左足の爪先を軽く池に触れさせ、池の中心から円形の波紋を生み出した。


「すごい…………」


 人離れした美貌と相俟ってその光景はさながら天より舞い降りた女神のよう。

 サマリンダが思わずといった様子で感嘆の呟きを零す。

 老練の魔術師団長が見せた動揺に、レナトスは驚愕が表情に出ないよう注力していた。




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