2-20
ほどなくして、ヴィルナタール鉱山の慰霊祭が開始された。
慰霊碑が建てられた広場には遺族や騎士団、魔術師団、鉱山の関係者たちが集まっていた。
黒灰色の石で造られた慰霊碑にはヴィルナタール鉱山で命を落とした者たちの名が刻まれている。周囲には白い花が供えられ、布飾りが風に揺れていた。
会場の前方には王族や高位貴族のための席が設けられ、アルシェラもそこに座っている。王妹らしく落ち着いた振る舞いをしているものの、しきりにその視線は会場の端へと向けられていた。
アルシェラが見つめる少し離れた岩陰にはセレンティナが控えている。
純白のローブは遠目にもよく目立つので、できるだけ参列者の目に触れない場所が選ばれていた。
その隣には第二親衛隊のケヴィンが控えている。見張りというよりは、お守りと言った方が正しいかもしれない。
セレンティナは興味津々っといった様子で広場を眺めているだけで、会場へ乱入する様子は今のところ見られない。ケヴィンはほっとしたような、けれどまだ油断できないというような複雑な顔で、ちらちらと調律者の様子を窺っていた。
神殿からは高位神官も五名ほど参加している。
彼らは慰霊碑の前に並び、厳かな面持ちで祈りの言葉を捧げていた。神殿の白い法衣は鉱山の荒々しい岩肌の中でひどく浮いて見えたが、この場に集まった遺族たちにとって、聖女と神官の来訪は大きな慰めになるのだろう。
やがて――広場に静寂が落ちた。
聖女ユリアーナが聖騎士とレナトスを伴って入場してくる。
象牙色の法衣の裾が乾いた地面を滑るように進んでいった。袖口と裾に施された淡い青の刺繍が陽光を受け、清水のような光沢を帯びている。
ユリアーナは軽く目を伏せたまま、しずしずと慰霊碑へと向かっていった。
その歩みに乱れは見えない。けれどその横顔にはほんのわずかな緊張と疲労が滲んでいるように見えた。
「聖女の伴侶」であるレナトスはそのすぐ傍に立ち、彼女の歩調に合わせて進んでいく。
必要以上に手を貸すことはしないが石の段差に差しかかるたび、すぐ支えられる距離へわずかに身を寄せる。
その仕草は目立たないけれど、聖女を気遣っていることは近くで見ている者には十分に伝わってきた。
ユリアーナが慰霊碑の前で足を止めると、高位神官の一人が参列者へ向き直った。
「これより聖女ユリアーナ様が、安息の祈りを捧げてくださいます」
低く落ち着いた声が広場に響く。
「安息の祈りは死者を浄化するためのものではありません。ここで命を落とした方々の魂が、女神ヘデルマトの御許で安らかであるように、そして遺された方々の悲しみが少しでも慰められるように祈るものです」
――浄化ではない。
その言葉に遺族たちの間へ安堵が広がっていった。
ユリアーナは両手を胸の前で組んでから小さく息を吸う。そして、目を閉じて祈りの言葉を紡ぎはじめた。
その言葉は鉱山を吹き抜ける強い風に溶けてしまい、なにを言っているかは聞き取れない。けれど不思議とその場にいる者たちの耳にははっきりと届けられていた。
ユリアーナの足元から徐々に白く柔らかな光が広がっていく。
それは朝靄の中に差す陽光のように淡く、けれど確かに温かく包み込むような光だった。
その輝きが慰霊碑へ触れると、石に刻まれた名の一つ一つが静かに浮かび上がる。削られた文字の奥に光が満ち、まるでそこに刻まれた人々の存在を、もう一度この場へ呼び戻すかのようだった。
白い花が微かに揺れ、誰かが息を呑む音がした。
光は慰霊碑を包み込み、そこから細かな粒となって空へ舞い上がっていく。花びらにも、雪にも似たその輝きは、参列者の肩や髪に触れる直前で静かに消えていった。
遺族の中には口元を押さえて俯く者、そして声を殺して涙を流す者もいる。
ユリアーナはひたすら祈り続ける。
象牙色の法衣に施された淡い青の刺繍が、その祈りに呼応するようにほのかに光っていた。
レナトスはその横に静かに彼女を見守っている。儀式の邪魔をしないよう言葉は発しない。けれど祈りが深まるにつれ、ユリアーナの肩にわずかな力が入るのを見逃さず、すぐ傍で支えるように立ち続けていた。
やがて、慰霊碑を包んでいた光が少しずつ薄れていく。最後に刻まれた名のひとつが淡く瞬き、白い光は風にほどけるように消えた。
ユリアーナはゆっくりと目を開く。
そして慰霊碑に向かって深く頭を下げた。
「…………あの、セレンティナ様」
「んー?」
堪らずといった様子でケヴィンが話しかけてきた。セレンティナは視線を慰霊碑に向けたまま、気の抜けた声で返す。
「あれは、どういう仕組みなのでしょうか」
「あれって?」
「安息の祈りです。あれは、なんらかの魔術ですよね?」
ケヴィンの声には抑えきれない好奇心が滲んでいた。彼はセレンティナの訓練を受け、火属性だけでなく光属性の魔術も扱えるようになった。それ以来、魔術に対する興味は日に日に増している。
以前なら、魔術は自分とは少し遠いものだった。
騎士に必要なのは剣技と体力、そして忠誠心。そう教えられてきたし、そう信じてきた。
だが影霧の駆除でケヴィンは知ってしまった。
魔術を知っているだけで厄介だった魔獣をあっけないほど簡単に討伐できる。魔術の使い方を変えるだけで、救える命も減らせる怪我もある。
そう実感してしまえばもう知らないままではいられなかった。
慰霊碑を包み込んだ白い光。
刻まれた名を一つ一つ照らし、遺族の涙を静かに受け止めるように舞い上がった輝き。
あれがただの祈りで終わるものではないことくらい、今のケヴィンにも分かる。
だからこそ、知りたかった。
あの光はどの属性に近いのか。術式はどこに組まれているのか。聖女の祈りそのものが魔術を形作っているのか。
それとも――神殿が秘匿する特殊な技法があるのか。疑問はいくらでも湧いてくる。
「え? 安息の祈りだって、さっき言っていたよね」
「それは、そうですけど……」
ケヴィンが訊きたいのはそういうことではない。
だが、セレンティナはそれ以上答えず、慰霊碑の前に立つ聖女を食い入るように見つめている。
その横顔からは、いつもの無邪気な笑みが消えていた。




