第16話
【202X年04月08日 9時30分 警視庁本部庁舎】
首都・○○の治安を一手に担い、数多の警察署と捜査部門を束ねる、日本最大級の警察組織・警視庁。その中枢とも言うべき場所が、この警視庁本部庁舎である。
そんな大層な場所ともなれば、昼夜を問わず多くの警察関係者が建物内部を行き来しており、その多くが、いわゆる超エリートと呼ばれる人たちである。
世間からそう評されるような人達だ。一分一秒ですら無駄にするような時間はないはずだというのに、とある三人組が建物に足を踏み入れた瞬間―――。
「気を付け‼」
警察関係者の一人が威圧感のある声で、そう短く一言だけ発した。
その瞬間、例外なくその場の全員が一斉に足を止めた。
―――メア・フィレンツェ。表向きは救済と世界の平和を掲げる聖光教会のシスターだが、その実は世界最大エクソシスト集団のエージェント。
そのまま軍人さながらの号令が続く。
「敬礼‼」
―――桜小路かぐや。警察庁長官こと桜小路金四郎の一人娘。表向きはAZ ITの社長補佐だが、実際は警察庁とタッグを組んで作られた裏部署こと、悪魔災害対策部隊の隊長を務めている。
「直れ‼」
―――草薙直哉。AZ ITの社長にして、悪魔災害対策部隊の元隊員。現在は悪魔災害に関する部署にはどこにも所属していない。
最初の二人に対しては例外なく皆が心の底から敬意を持って、一連の号令を行っていたが、それと同時に制服の左胸につけている階級章の位が下がるにつれて直哉に対する不信感にも似た感情が見え隠れしていた。
しかしその逆も然りであり、彼女達に対するものとは比べ物にもならないほどまでの、人によっては彼に対して敬意を超えて畏怖すら抱いていそうな者すらも何人か見て取れる。
とはいえこんなこと、ここを日常的に出入りしている三人からしてみれば日常茶飯事なのであろう。
かぐやが社会人として皆に軽く会釈するくらいで、その本人を含めた三人とも特に気にする素振りを一切見せることなく、会話を続けながらセキュリティーゲートへと歩を進めている。
「入社式からまだ一週間しか経っていないというのに、私達だけならまだしも直哉のことまでここに呼び出すとは、流石は世界中から日本の警察は優秀だと評されているだけのことはあるな」
「メアの嫌みは一旦置いとくとしても、確かに例年に比べて俺達がここに呼ばれるタイミングが早いのは確かなんだよなー。かぐやさんは金四郎さんから何か聞いてないんですか?」
「私もついさっき父さんから三人で来るよう連絡を貰っただけで、そのあとすぐになおに声を掛けただけだから何も分からないのよ」
そんなそこら辺の一般OLと平社員みたいな集団が、自分の担当するセキュリティーゲートへと近付いてきていることに明らかに緊張していることが見て窺える、新入社員らしき女の子が一人とベテラン社員らしき女性が一人。
しかし職種は違うとはいえ、お互い人の命がかかっている仕事を生業としているからであろう。
新人だからといって変な優しさなどは一切見せることなく、メアとかぐやは慣れた手つきで首からぶら下げていたICカードをカードリーダーへとかざした。
このICカードは、基本的に警察関係者しか所持を許されておらず、形状や外見は運転免許証とほとんど変わらない。異なる点といえば、階級ごとにカードの外枠を縁取る線の色が違うことくらいである。
ちなみにここ、警視庁のトップこと警視総監のそれが金色であり普通に考えればこの一枚しかそれは存在しないはずなのだが、当然のように彼女たちのそれも同じく金色で縁取られていた。
新人とはいえ曲がりなりにも彼女も警察関係者の一人。動揺を隠せてはいないものの、それを声に発することはない。
だがここでその努力を平気で無下にするのが草薙直哉という男。
まず大前提として、この場にいる直哉以外の全員が例外なく自身のICカードを首からぶら下げている。これは『私は部外者ではないですよ』ということが一目で分かるようにであり、それがなければまず入口の時点で警備員に入館を拒否される決まりとなっている。
だがしかしこの男は当たり前のことのようにそれを首から下げていないどころか、悪びれた様子もなく気だるげに上着のポケットから…真っ黒に塗りつぶされたICカードらしきものを取り出した。
そしてカードを他の二人同様、慣れた手つきでカードリーダーへとかざすと―――。
―――ピピッ♪
認証音とともにセキュリティゲートのロックが解除された。
「えっ⁉」
入社してたかだか数日にも関わらず、彼女はよくここまでよく耐えたと褒めてもいいだろう。
それほどまでにこの男は異質な存在なのだ。
と、そこでようやく助け舟を出すことにしたらしい教育係であろう、女性職員が笑いながらこの気まずい空気の間に入る。
「あはははは、いやー、毎年のことながら本当、良い反応してくれたねー、○○ちゃん」
どうやらこの言葉は真実なのであろう。
巻き込まれた側の張本人はというと、もう一人の犠牲者に対して同情するわけでもなければ、特段気遣う様子を見せるわけでもなく、相変わらずの死んだ目をそちらへと向けた。
「毎年、毎年そうやって俺らのカードを使って新人教育をするのやめてくれませんかね。今年の子は結構見どころのある子だったからよかったものの、去年なんか俺のカードを見るや否や『怪しい男』だの『侵入者』だの騒ぎ出した挙句、カウンターの下にある緊急通報用のボタンを押したせいで館内中に緊急警報が鳴り響いて、刑事部だの公安部だの警備部だの……。挙句には組織犯罪対策の連中までぞろぞろ集まってきて、危うく総出で制圧されるところだったんですからね」
「またまた~、あの時も今日みたいに変わらずただただ面倒臭そうにしてただけで、焦る素振りすら見せなかったくせに。何なら逆に集まってきた側が大慌てする事態になってたけど」
普通こんな会話を目の前でされもしたら、気になって仕方がないのは勿論のこと、どういうことなのか聞きたくもなるものだが、あの直哉が結構見どころのある子と評されただけはある。
あまりにも話のスケールが大き過ぎるため動揺は隠せていないものの、直哉達がこの建物に入ってきてから今に至るまでの一連の先輩方の行動及び発言でただならぬ何かを感じ取ったのであろう。
一段と目の前の三人に対する緊張感と敬意を感じさせる立ち振る舞いを、不慣れながらも懸命に見せようとする姿が見て取れる。
否、最初から面倒くさそうにしていた直哉は別として、メアは勿論のこと基本的には温和な性格のかぐやですら…あからさまなまでの苛立ちを滲ませていることを感じ取ったうえでの、一種の生存本能みたいなものが働いているだけかもしれない。




