97.精霊の寵児 16
自宅に到着し、いつもどおり、邸宅に入ろうとするゲオルクに対し、フリージアは家の前で立ち尽くした。
「どうした?」
怪訝に思い、ゲオルクがフリージアに声をかける。
ゲオルクの声に、フリージアは「ぴゃっ」っと背筋を正した。
「だ――大丈夫だ」
言いながらも顔色は暗い。
そんなフリージアの言動の理由も、すぐに知ることとなる。
フリージアを玄関先まで足を運び、向かい入れた彼女の両親は、穏やかな笑顔の中に、フリージアへの叱責を含んでいた。
◇◇ ◇◇
「あれほど――」
「無理はするなと――」
ゲオルクが同席する中、フリージアの両親、エルド家の世帯主とその妻が、滔々とフリージアを叱責する。
曰く、単独で戦場に行くな。
曰く、警護者不在時は、応援を請われても応じるべきではない――。
ゲオルクも同意する内容だった。
同意する内容だが――。
今後、単独行動を禁じるとフリージアに告げたエルド家当主夫妻に、過剰な心配ではとゲオルクは思えた。
『そうだよねぇ~♪』
声は唐突に、ゲオルクの右耳側から生じた。
ギョッとして反射的に声の方に顔を向けると、満足そうな笑みを浮かべた赤髪の――「テス」と呼ばれた青年が宙に浮いてる。
驚きで硬直するゲオルクに、テスはにっこりと微笑み、エルド家当主夫妻に顔を向けた。
『子を心配する親の気持ちはわからなくはないけど――僕が守護してるのに、信用できない?』
赤髪の青年テスは、穏やかな笑顔でエルド家当主夫妻に告げた。
顔は穏やかだが――ゲオルクも感じるほど、批判的威圧を含んでいる。
直接向けられたエルド家当主夫妻は、顔を青くして、全身を強ばらせた。
「――いえ……決して……そのような……」
向けられる圧力に、小さく頭を下げて、声を振り絞る。
「テス――」
一連の流れを見ていたフリージアがテスを諫めた。
フリージアの声に応じて、赤髪の青年は威圧を解いて、おどけて笑う。
『ごめんごめん。
親が子供を心配するのは当然のことだよね』
軽快な声音だったものの、その後、低い声でぽつりとつぶやいた。
『僕達精霊は――寵児以外どうなろうと、興味ないんだけどね』
ゲオルクにもその声は聞こえた。
フリージアの両親にも届いていただろう。
「テス!」
フリージアが赤髪の青年をとがめたものの、テスと呼ばれた青年はあっけらかんと笑うだけだ。
――彼は本音を言っている――
その場に同席する面々、誰もがそう思った。
エルド家接待室から解放された後。