90.精霊の寵児 9
「私の両親は、思い合って結ばれた。
私の理想は両親だ。
思うだけでなく、思われるだけでなく。
互いに思い、思われ、互いを尊重する関係でありたい。
それが私の理想で――できるならそうできたらと思っていたのだが――。
――すまない。
結果、私のわがままに付き合わせてしまった」
淡々と語るフリージアを見ると、彼女はゲオルクに背を向けていた。
小さな違和感を、ゲオルクは覚える。
話す時はいつも、互いの顔が見える位置だったのに。
背を向けるフリージアは――自分を拒絶しているようだと、ゲオルクは感じた。
背を向けて話したのは偶然だったのか、意図したものだったのか。
「フリージア?」
普段と異なる彼女の様子に、ゲオルクが声をかけたのと――。
フリージアが背を向けたまま、口を開いたのは、ほぼ同時だった。
「婚姻は、家と家との繋がりだとわかっているが――。
隠し事をしたままは嫌だった」
(隠し事?)
婚姻話の件かと思ったが、フリージアは再び馬にまたがると、ゲオルクにも乗馬を促した。
切れた息も落ちついたゲオルクは、フリージアに従う。
馬を走らせるフリージアに、ゲオルクは続いた。
「……初めて会った日を、覚えているか?」
並んで馬を走らせながら、フリージアがつぶやく。
馬駆けしながらだというのに、フリージアの小声はゲオルクにしっかり聞こえた。
その時は会話がスムーズに成り立つ状況を、不思議に思わなかった。
「……覚えている」
ゲオルクがオズマを伴魂として数ヶ月後のことだった。
両親と一緒に小さな茶会に参加した。
それはエルド家が主催した茶会だった。
主催者であるエルド家、ゲオルクのルスター家、他、六つほどの貴族籍が参加していた。
どの貴族籍も子供を同伴していた。
年もフリージアやゲオルクと近しい。
ゲオルクを含め、男児が四名、女児が二名だった。
当時は言われるまま参加しただけだったが、後になって思うと、フリージアのお披露目会だったのだろう。
小児校入学前に、繋がりを持とうとしたのだと、ゲオルクは思っている。
参加者が席に着いた後、主催者であるエルド家が――フリージアが登場した場面は、ゲオルクに強烈な印象を与えた。
質素ながら気品あるドレスを纏い、両脇を両親に伴われて、静やかな足取りで入場したフリージア。
彼女の美しさに、同席した子供は、男児女児ともに見とれていた。
衣服や靴に慣れていないとわかる足取りだった。