89.精霊の寵児 8
フリージアは乗馬したままゲオルクに近づいた。
馬が互いに顔を寄せ、体を寄せる。
「美しいだろ、この場所は。
この土地は。
この国は。
この世界は。
私はこの場所を――この土地を――この国を――この世界を――守りたい。
誰もが健やかに過ごせる世界であって欲しい」
フリージアの手につられて見た景色には、眼下に緑豊かな土地が広がっている。
近場は木々ばかりだが、その先に、田畑や農園、果樹園、その他、家畜等、生活に必要な生産物が生育され、人の生活と一体となっている。
そうした情景が――フリージアの話を聞いたゲオルクの脳裏に浮かんだ。
ゲオルク自身、驚いたことだった。
実際、目にしたような現実感を覚えるとは。
戸惑うゲオルクに、フリージアは続けた。
「無茶して悪かったな。
人目のない場所で確認しておきたかった」
言って、ゲオルクをじっと直視する。
白い肌に深い桃色の髪。
藤色の瞳に見つめられ、ゲオルクは小さく息をのんだ。
フリージアは続ける。
「そなた――婚姻の意思はあるのか?」
◇◇ ◇◇
婚姻。
言われても、すぐには理解できなった。
「――誰と……誰の」
「私と、そなたの」
「………………。
………………。
………………は?」
絶句するゲオルクを見て、フリージアは「やはり」と息をついた。
「そなたには悪いが、うちもルスター家もそのつもりだ。
思うところあって断るなら、今のうちだぞ?」
フリージアの話に、ゲオルクはしばらく混乱していた。
その話が本当だとするなら。
ゲオルクが「エルド家が貴族籍とのつながりが欲しかった」と思っていた季節折々の訪問は、互いの信頼関係だけでなく、婚姻関係を考えてのものだったのだろう。
困惑し、過去をすさまじい思考速度で振り返っていたゲオルクだったが。
考えし尽くした後、ふと疑問を感じた。
「なぜ――今、その話を……?」
ゲオルクは馬から下りて、丘にそびえる大木の根元に座り込んでいた。
自分の馬の首元を撫でるフリージアに、ゲオルクは問う。
フリージアは少し考えて、苦笑した。
「想い人がいるのだろう?
ロージェスとフロリアから聞いている。
ああ、二人からは「秘密」だと聞いたのだ。
そなたにも秘密にすると。
二人を責めないで欲しい」
「――秘密……」
何をもって「秘密」というのか。
ゲオルクは困惑を深めるばかりだ。
フリージアに対する過去の自分の行いを振り返ると、頭痛をおぼえた。
フリージアの考え、思いは、ゲオルクとは異なる場所にあった。




