85.精霊の寵児 4
ファ・ディーンに着いて一週間。
早朝の散策、夕暮れの散策以外は自由に過ごしていた。
ゲオルクは一人部屋、ロージェスとフロリアは二人で一部屋を割り当てられているので、弟妹に気遣うこと無く、勉学に専念できた。
到着して三日ほどは、一切声かけのない状況を嬉々として喜んだが――何もない日が続くと、なぜかそわそわして、手持ち無沙汰の心地になった。
何もしなくていいのかと、罪悪感を覚えてしまう。
(――いや)
ゲオルクは思い直した。
今までが特殊だったのだ。
フリージアに誘われて領内を散策すると、何かしら事が起きる。
迷子に遭遇したり、重い荷物を運ぶ足腰の弱い高齢者に居合わせたり、ひったくりの現場を目撃したり――。
フリージアはそれらに自ら対処した。
(貴族籍がすることじゃない)
エルドの家名を、ゲオルクは聞くまで知らなかった。
貴族籍でも平民に近い――末端籍なのだろう。
たとえそうだとしても、貴族籍の者が、自治領内とはいえ、護衛も付けずに散策する状況がゲオルクには理解できなかった。
理解できないが、フリージアも彼女の両親も仕える者達も受け入れている。
エルド家が他の貴族籍と異なると、ゲオルクも感じていた。
特殊なのだろう。
そうした想いが核心に至ったのは、セクルト貴院校に入学して、フリージアが在籍していないと知った時だ。
セクルト貴院校は王族も通う、貴族籍の学び舎だ。
交流関係を築く場でもある。
セクルト貴院校卒の肩書きを、貴族籍は重要視した。
フリージアの能力が貴院校入学条件に届かなかったとは思えない。
あえて入学しなかったのだろうと、ゲオルクは思う。
その想いが、これまでの想定を核心に変えた。
フリージアの母、リラ・エルド。
彼女が正妃ディータ・ウォルチェスターの姉なのだと。
◇◇ ◇◇
リラ・エルド。
ディータ・ウォルチェスター。
共に上位貴族籍第五位のディケット侯爵家の娘だ。
リラはディータの五つ上で、ディータが王族に嫁ぐ前にエルド家に嫁いだ。
リラは中々子に恵まれず、待望の子を授かったと同時期、妹のディーダも子を授かった。
普通なら、特段、気にする必要の無い親族関係であるはずだったが、ディータの子、現第一王位継承者である王子が脆弱であることで、周囲に様々な思惑を抱かせた。
リラとディータの曾祖母が王族の出である系図も、原因の一端だった。