第九話 炎の皇子
いつも応援ありがとうございます。
「終わった……」
もうこれでいい何も考えるな。これから自分が果たすべき使命だけを考えろ。
エドガーは、この三年間、同じ痛みを知り、長い間、苦楽を共にしてきた仲間達を一人残さず殺した。
この三年間、誰にも教えていなかった魔術の力を使って。
魔術とは生まれながらに宿る力で、火や水、風など、一系統の属性を生み出し操ることができ、彼の場合は炎を生み出し自在に操るというものだった。
炎を司る能力は、数少ない魔術師の中では、一番使い手が多い属性ではあるが、非常に攻撃的な属性であり、魔術を扱えない者達に抗う術などなかった。
その証拠に、一流の戦士並みの強さを持っていた門徒達が、手も足も出ずに炎に飲み込まれていった。やがて、彼が発生させた炎が、燃え広がり、里そのものを焼き始めた。
この三年間の思い出と共に消えゆく里を眺めながら、エドガーは、勝利を確信し、静かに目を閉じて、この三年間、誰にも語らなかった自分の過去をゆっくりと思い出すのであった。
これは、エドガーが全てを失う前の出来事だ。
彼の名前は、エドガー・フォニア・ブーゲリア。この帝国の第三皇子だ。
父親である現皇帝には、何人もの妃と、沢山の子供達がいるが、その中でも彼は第一王妃から生まれた皇子であり、さらに全皇子・王女の中で唯一の魔術師でもあったため、第三皇子でありながら、次期皇帝の最有力候補との声が強かった。
そのため、彼から利益を得ようと、一部の貴族達は彼の品格を高めるために優秀な教師を大量につけた。
しかし、当の本人は礼儀作法、歴史、政治、法律等と、五歳の頃より貴族達の策謀に巻き込まれ、専属の教師がついて以来、四六時中、拘束される生活に嫌気がさしてきていた。
そして、ある頃を境に、一人で勝手に部屋を抜け出しては、帝城内にいくつかある庭園の一つで好きな本を読むようになっていた。
今、彼が読んでいるのは、城下で流行っているという勇者が悪しき魔王を倒すというものだ。
これが、中々に、面白い。
下々の者は、このような面白い物を好きな時に好きなだけ読めると考えるだけで、エドガーは、自由に生きられる彼らがうらやましく思えた。
このように、貴族達の思惑に反して、エドガー自身には皇帝の座には興味はなかった。
さて、話を戻そう。
この時の季節は冬で、外は少し寒い。なので、エドガーは、本をベンチに乗せ、そのまま寝転び、指先から小さな火を出して体を暖めながら、読書を進めた。彼にとって至福の時間だったが、その幸せな時間に何者かが、土足に踏み込んだ。
「相変わらず便利な力ですね。お兄様」
一瞬だけ、イラッとしたエドガーだが、土足で踏み込んで来た者の正体を知り心を落ち着かせた。
「何だ、お前かアリア。今はダンスの稽古の時間だろう? サボっていていいのか?」
それは、彼と同じ腹から生まれた、彼と同じく金髪で青い目をした三歳年下の妹のアリアだ。
今必死になってエドガーの行方を探していると思われる教師や使用人達に見つかると面倒だが、こいつ一人であれば問題ないと判断したエドガーは適当にあしらう事にした。
だが、そんな彼の態度に、アリアはムスッと頬を膨らませる。
「お兄様だって、さぼっているではありませんか? 文句は言わせませんよ」
(何だこいつ、うるさいな)
エドガーは、使うつもりはなかったが、軽く炎を出して追い払おうと、彼女の方へ顔を向ける。
すると、アリア以外にも三人の人物がおり、その人物達に驚き、すぐに立ち上がった。
「こ、これは、母上、兄上方。お忙しい中、どうされたのですか!!」
アリアと一緒にいたのは、公務でいつも忙しいはずの僕の実の母である第一王妃と、長男のアレックスと次男のジョージであった。
皇帝である父親はいないが、この狭い庭園に、第一王妃である母が生んだ血の繋がった、この帝国の未来を担う正当な帝位継承権を持つ者達が護衛もつけずに全員揃っていた。
こうなると、流石のエドガーも読書を中断せざる得ない。エドガーは急いで本を閉じて立ち上がる。しかし、すでに時すでに遅し、二人の兄達は、勉学から逃げ出したエドガーを叱責する。
「貴様、どういうつもりだ?」
「何をやっている!! 王族としての自覚はないのか!!」
第一皇子アレックスと第二皇子ジョージは、同じ王族として彼を激しく責めた。
「そうだ!! そうだ!! お兄様が悪いんですよ」
アリアも二人の兄に便乗してエドガーを責める。
小娘のアリアはともかく、魔術が使えないだけで、それ以外の全ての面で自分よりも優れていると思っている年の離れた兄達の事を尊敬していたエドガーは目を閉じてひたすら耐えるしかなかったが、そんな彼に救いの手を差し伸べる者が現れた。
「こら、みんな。確かに、勉強をさぼったエドガーは悪いけど、みんなで、エドガーをいじめてはいけません!!」
それは、優しい母、第一王妃、ヴィクトリアだった。
帝国で最も権力を持つ公爵家の令嬢でもあった彼女は、己の利益のためなら、血の繋がった家族ですら、平気で奴隷に飛ばすこともある帝国貴族達の中でも、数少ない優しい心を持つ人物であった。
三十を超えているはずだが、十代後半くらいの容姿とその言動に、兄弟達の心は穏やかなものへと変わっていく。
それから、優しい母親に諭されて、彼らはエドガーが使っていたベンチに腰掛けた。まだ幼く、甘えん坊なところがあるアリアは母の膝の上だ。
「お母さんも、若い頃は、この場所に何度か足を運んだことがあるわ。ここは帝都中を一望できる帝城内の穴場ね」
ヴィクトリアが言うように、塀の向こうには、どこまでも続く帝都の城下町が見えた。家族水入らずで、帝都を眺めていると、突然、長男のアレックスが拳を握りしめて立ち上がった。
「私は、この帝国を更に発展させる。他国の侵略を許さない強大な国家にしてみせる!」
西方では最大の国力を持つブーゲリア帝国ではあるが、大陸の東にある国々は、統一戦争を経て、更に、錬金術士達と手を組み産業革命と呼ばれる出来事を経験し、歴史上かつてないほどの力を持つ国家になりつつあるらしい。
だが、ブーゲリア帝国こそが、文明の中心点だと信じ切っている大多数の帝国貴族達は、未開の東方の地に住む蛮族達が何をしたところで、帝国は一切揺るがないと一笑に伏していた。
しかし、東方への関心が強く、密かに情報を集めていたアレックスは、十数年後には彼らが、風の力に頼らない鉄の船で帝国の港に姿を現すと予想していた。
その時に、帝国が対等な取引ができるか、それとも彼らの属国に成り下がるのか、この時のアレックスにはまだ分からないが、少なくとも、未だに他国はおろか、ゆっくりと腐敗していく自国の事さえも把握せずに、貴族達に言われるままに判を押し、女遊びに入れ込む皇帝である父親だけは早く何とかしなければと考えていた。
「アレックス兄さんは、先を見過ぎです。まずは足元をから、ゆっくり行うべきです」
次男である第二皇子ジョージも東方の劇的な成長は知っているが、アレックスほど重くは考えてはいない。それでも、愚かな父親を早く何とかしなければならない点では一致していた。
そんな二人をまじかに見て、エドガーは魔術があっても、自分では彼らに決して勝てないと感じ、帝国の未来を考えるのであれば、二人のどちらかが皇帝になるべきだと考えていた。
末の妹アリアは、今日の晩御飯の事を考えていた。
そして、彼らの母親は、子供達の安寧を祈っていた。
これが、エドガーの心に残る一番幸せだった時である。
この場にいる五人は帝国の王侯貴族の中でも稀に見る善良な人間達で、滅びの道を進む帝国を救うことができる人物達だった。
そして、それ故に、彼らは腐敗し毒蛇の巣となった帝国では長くは生きられなかった。
まず、最初に狙われたのは、彼らの母、ヴィクトリアだった。
「この売女が!! とっと死ね!!」
他の妃達とは異なり、政治に介入しない上、浪費もしないヴィクトリアは、珍しく民に慕われる妃であり、彼女自身は無害な人物であったが、彼女の後ろ盾である公爵家を邪魔だと考える者達は多かった。
その中にフランシスコ大臣と呼ばれる者がいた。
彼は、邪魔な公爵家を潰すため、人畜無害で平民や貴族からも人望も厚い彼女に狙いを定める。偽りのパーティの誘いで彼女を誘拐し、薬で眠らせて帝城内の一室で部下の一人に彼女を犯させた。
その後、フランシスコ大臣は、偶然を装い現場である会議室に皇帝以下その他大勢の大臣達と共に赴く。
そこで、彼らが見た者は、快楽を刺激する薬を飲まされて、見知らぬ男の上に跨るヴィクトリアの姿であった。
フランシスコ大臣は、余計な事を言わせないように、連れてきた衛兵に命じて、その場で部下を斬り捨てため、事件の真相を解明することは困難となったが、皇帝を含め大勢の者が、一部では聖女とまで慕われた第一王妃が淫らに堕落する姿を目撃することになった。
帝国の法の上でも、ヴィクトリアの犯した事は十分に罪に問えるものであったが、それ以上に、自分以外の男と不義を働いた王妃に誰よりも激怒した皇帝は、ヴィクトリアに即刻死罪を命じ、一言も交わすことなく、翌日、彼女は処刑された。
純真無垢で温室育ちだった彼女の唯一の幸運は、己の汚点を皇帝に見られた際に、一瞬だけ我に返り、すぐに精神が崩壊し廃人となった事で、死の恐怖に怯えることもなくあの世に旅立っただろう。
王妃は死んだ。しかし、事件はこれで終わりではなかった。その後に残された者達にも、皇帝の怒りが降り注ぐ。
彼女の実家である名門貴族であった公爵家は、皇帝に売女を送った家と蔑まれ、徐々に地位を失い、政治の実権を掌握したフランシスコの手によって最終的に取り潰しとなった。
そして、彼女が生んだ子供達は、帝位継承権を失い、地方に追放されることになった。
皇帝としては、彼らの顔さえ見なければそれでよかったのだが、有能な人物として頭角を見せ始めていた子供達を敵対する貴族達が生かしておくはずがなかった。
野盗の襲撃に見せかけて、宰相となったフランシスコ直下の暗殺集団が、地方に移送されるエドガー達、四人を乗せた馬車を襲撃した。
もし、エドガーに人を殺す勇気があれば、いや、せめて敵に立ち向かう勇気の欠片があれば結果は違っていただろう。しかし、暗殺者を差し向けたフランシスコ宰相の読み通り、この時のエドガーは強い力を持っただけの、何もできないガキだった。
エドガーは、激しい殺意を向けてくる暗殺者に恐怖し、暗殺者と戦っていたアレックスが凶刃に倒れた時に、まだ生きていたジョージとアリアを見捨てて、一人逃げ出した。
「うわあああああ、死にたくないいいいいいいいいいいいいいいいい!!!! 誰か助けて!!!!!」
エドガーは、号泣しながらも、逃げて、逃げて、逃げ続けた。
途中で、追手が迫ってきているのに気が付き、兄妹達がどうなったかを悟ったが、それでも、平和な宮殿で母や兄弟、権力に守られて生きていたエドガーには、最後まで敵と対峙し戦う勇気がなかった。
この時の彼は、力はあっても、その精神は虫すら殺せない軟弱者だった。
やがて、エドガーも暗殺者の手によって殺される、まさにその時、彼はヒガンと運命的な出会いを果たす。
その後、暗殺者を皆殺しにしたヒガンの口から事件の真相を聞いたエドガーは、自分達を絶望に追いやった宰相や皇帝に憎悪する復讐者となる。
「あれから、三年の時が流れた。あの場で何もできずに逃亡した僕を、兄さん達はあの世で恨んでいるだろうな」
燃え盛る炎を眺めながら、エドガーは一滴の涙を溢す。それが、生まれて初めて得た仲間達に送る最後の手向けであった。
勿論、エドガー本人も、志を同じくする門徒達と共に復讐することを望んではいたが、自分の復讐と仲間の命を天秤に掛け、前者に傾いた。
「兄さん達は、僕を許さなくてもいい。でも、兄さん達ができなかったことは、僕が成し遂げてみせる」
あの時、何もできなかった弱い自分はもういない。ヒガンの元で修行をし、心の弱さを完全に捨て去り、新たな力も得た。もはや、恐れるものなど何一つない。
帝国最強と呼ばれる七人の超人集団であるインペリアルナイツですら、魔術と呪術の両方を扱う自分の敵ではない。
エドガーは、今の自分であれば、母の名誉を貶めたフランシスコ宰相、愚鈍な父親、それから、腐敗した貴族達を、粛清することなど、目を瞑ってもできる簡単な作業だと確信していた。
そのため、勉学で兄達に劣ると考えていた彼は、この数か月、復讐を果たすよりも、復讐した後に、どのようにして国を立て直すかばかり考えていた。
彼のその見立ては正しかった。
事実、呪術を得た後の彼であれば、たった一人でも正面から帝城を陥落させることも可能であり、仮に、呪術がなくても精神的に強くなった今のエドガーでも、策を用いるなり、奇襲するなりと、多少頭を使うだけで、彼が憎む者達を殺すことは簡単だった。
そのため、エドガーは復讐を遂げてもいないのに、自分が強くなっただけですでに復讐を遂げた気になっていた。
修行により、心の弱さは消えたが、逆に、強く成り過ぎたと慢心したことが、彼の最大の過ちだった。
「「「うおおおおおおおおおーーーーーーー!!!!」」」
勝利を確信し、過去を振り返っていたエドガーの目の前に広がる灼熱の炎の壁の中から、突如として、体中が燃えながらも、三人の復讐者達が飛び出してきた。
「な、まさか?!」
炎に呑まれ、全身の皮膚を焼かれ、二度と人前に姿を晒すことができない体となったとしても、復讐者は止まらない。
己の復讐を遂げる日まで、手足が千切れようが、五感を失おうが、体が動かなくなったとしても、殺すと一度決めた以上、彼らの心は決して折れない。
復讐者であるエドガーもヒガンに拾われた当初は、間違いなく彼らと同じ復讐者であったが、修行や試練の重ねるにつれ、隠していた魔術の存在もあり、徐々に自信を付けてきたエドガーは、いつしか、目の前の復讐よりも、復讐の先の未来を考えるようになっていた。
一時の復讐よりも、国を立て直し繁栄させる方が遥かに難しいので、その考えは決して間違いではないし、復讐を抜きにしても、目先の事しか考えない短絡的な思考の人間に、長期的な未来はない。
だが、この場に限っては、その考えは間違いだっただろう。
全身火だるまになっても己の復讐を遂げるという執念で、激しい痛みも忘れ、エドガーの元へ迫ってくる彼らがその証拠だ。
そう、エドガーは、対象が息絶えるのを確認するまで、一切の油断をしてならなかったのだ。憎悪と言う感情で生きているような復讐者を相手に、まだ死体を確認してもいないのに、勝利を確信し、過去を振り返るなど、言語道断である。
復讐を己の人生の一部と考えた時点で、エドガーは復讐者ではなくなっていたのだ。
復讐者は、己が死ぬか、復讐を果たす瞬間まで、常に自分の人生の全て復讐に捧げなければならない。
故に、復讐者の思考をすでに失っていたエドガーには、彼らの放つ、どす黒い、恐怖すら感じる最後まで決して諦めない執念から生まれる行動を一切予想できなかった。
(まさか、この炎の中で、生きていたのか?!)
それでも、エドガーは、自分の想像を超えた復讐者達の行動に、初動の対応に後れを取るが、慌てながらも、速やかに、自分の目の前に新たに炎の壁を展開に成功し、間一髪のところで、炎の壁はエドガーを守り切った。
しかし、予想外の事態だったこともあり、前方から迫ってくる三人に全ての意識を集中していたエドガーは、偶然にも、全く同じタイミングで彼の後方に位置していた炎の中から飛び出してきたフライの存在に最後まで気付くことはなく、そのまま、フライの剣は背後からエドガーの急所を突き刺した。