06.嘘つき主人公と壊れたヒロイン
「そもそもさあ、なんで俺が《空の夢》だって知ってるんだ? 俺は小説を書いていることすら、誰にも言っていない。家族にすら秘密にしている。それなのに、どうして?」
「キミさ、ネットリテラシーがないんだよね。個人情報をバンバン流しすぎなんだよ」
「いやいや、そうかあ!? そもそも、四月一日だって、自分が女子高生だってバラしてんだろ!?」
「それは計算だよ」
「け、計算……?」
「女性って分かった方が、アクセス数は伸びるんだ。特に女子高生って発表したら読者の喰いつき方が全然違ったね」
「そ、そんなこと……」
「少なくとも、感想とか、活動報告へのコメントは倍増したよ。ボクとお近づきになりたいって人がね。物書きにとって、女子高生には付加価値があるんだよ」
ネット小説サイトには、ランキングがあった。ランキングは、単純に読者のアクセス数によって変動するのではない。小説の感想や文章評価などによって、読者がポイントを加算することができるシステムがあった。だから、アクセス数が少なくとも、読者の評価ポイントが高い方が、ランキングの上に位置する、なんてことが理論上ありえることになる。
まあ、大体ランキングが上になったら、相対的にアクセス数が増大するので、まず、ありえない。ともかく、小説を応援してくれる熱心な読者がいればいるほど、ランキング上位になる。ランキング上位になればなるほど、大多数の読者はそちらに惹かれる。
ネット小説は別に実力だけで評価されるわけではない。現役女子高生の書いた小説というだけで、人気がぐんと上がることもあり得る。
今時の声優のオーディションに、年齢制限が設けられていたり、水着審査があったりするのと同じことだ。見た目や肩書きで評価されるようになって声優としての声の演技は、二の次になっている時がある。書類審査で落とされることもあるのだ。
「ああ、分かってたよ。認めたくないけど、そうだった。まるでナンパするみたいに、小説とは無関係の話し方をする奴は一人や二人じゃなかったよな」
卑猥で、ぶっちゃけ18禁ぐらいの台詞を吐く奴もいた。そういう奴は垢BANされるが、また別の小説アカウントを作って、執拗に同じことを繰り返す奴もいる。ネット上のストーカーを撲滅することは、独力ではほぼ不可能。弁護士を雇うしかない。特に、女子高生だとカミングアウトした《巨人殺しの弟子》は、かなり酷かった。その中でも軽い方のコメントを思い出してみる。
――好きですっ! 小説じゃなく、巨人殺しの弟子さんが、好きですっ! 付き合ってくださいっ!
――巨人殺しの弟子先生ってかわいいですねっ! 小説読んでいれば分かります! ボクもケーキ好きですよ?
読者によく勘違いされることが多いのは、小説のキャラクターと実際の作者の人格は同等であるということだ。小説でどれだけ綺麗な作風を描いていても、ツイッターで暴言を吐きまくっているプロのラノベ作家を、何度も俺は見てきた。もちろん、どこかには作者の人格の上澄みぐらいは文章に滲み出ることもあるけど、それは本当に上澄み。氷山の一角に過ぎない。
「それで、いいのか? 四月一日は」
「使えるものは使う。ラノベだって、紹介PV作って、声優に声をあててもらっているよね? あれって、文章だけの力じゃ売れませんって全面降伏しているのと同じじゃないの? 声優まで使うって、アニメ化前提。ラノベなんてアニメの脚本に過ぎないって言っているようなものだよ? だけど、そのことについて誰も言及しない。卑怯だって公式ホームページに抗議する人なんていない。分かるよね? どんな手段を使おうとも、勝った人間が正義なんだよ」
「まっ、確かにそうなんだけどさ……。それでも面白いものは面白いって評価されるだろ?」
「――その前に読まれないよ。そもそも一般人って読む本の量が少ないから、面白いかつまらないかなんて判断なんてつかないよ。読んでいる作品が少ないから、なんでも面白く感じる。だから、流行に乗れるんだよ。そういう人が大半なんだ。だから、まずは読んでもらうこと。それだけだよ。大切なのは、読まれること。――アクセス数を稼げば、どんな糞みたいな文章力でも書籍化される今のラノベ界の現状がそれを証明してくれているよね?」
「……ネット小説家が言うセリフじゃないな……」
ライトノベルは、アニメや漫画と違って文章だけで物語を表現するので、キャラが立っていることが多い。尖っているキャラじゃないと、印象に残らないからだ。だから、キャラ特化して、文章表現が簡素なものになったり、難しい語彙を使わなかったりする。そのせいで叩かれることも多いけど、俺はそれでいいと思う。
文章の表現力、キャラ、ストーリー構成、語彙力、挿絵など、どこを観て面白いと思うかは人それぞれでいいと俺は思う。
ただ、読まれなきゃ意味がないのは結構当たりかもしれない。プロの作家が名前を隠してネット小説に投稿したら、アクセス数が雀の涙だったなんて、ありすぎるオチだ。逆に、本屋大賞のラノベ版のやつで、ランキング上位で取り上げられたら、売上が桁違いに跳ね上がることだってある。アニメ化しただけで、億単位の収入を得るプロだっている。知名度は、本当に大切だ。
「――ねえ、どうしてキミはオフ会に来なかったの? オフ会も結構大切なんだよ? ファンを増やすためにね」
「ああ、そういうのもあったな。ここらへんに住んでいる人で『ヴァルハラ』の人達で集まろうってやつが……」
ネットだけで知り合った人達が、オフに会って話す。四月一日主導のオフ会があった。十人前後のオフ会で、女性もいたらしい。車を出してくれる社会人の人もいたらしく、本屋巡りやら、カラオケに行ったとかしたらしい。
……ゲロ吐きそうになったけどなっ!! ただのリア充じゃねぇかっ!! 俺も友達とカラオケとか行きたいわっ! カラオケ店員に、ひとカラだと打ち明けて、えっ? 一人ですか? ってドン引きされた奴の気持ち分かるっ!?
「それは、色々だよ……。学校ですら俺はまともに他人と話せていないんだ。顔も本当の名前も知らないネットの奴らと話せるかよ」
引きこもりニートでもネットじゃ饒舌になる人が多いと聞くが、俺には信じられない。文章だけでやり取りするのは、数あるコミュニケーションの中でもっとも難しいと思っている。だって、文字は消えない。軽い冗談や誤解があっても、それは違うぞっ!! と即座に否定できるが、文字だとすぐにはできない。必ずタイムラグがあるし、感情が見えない文字だと、空気を読むことが困難だ。特に俺は、相手の視線の動きや、声色で感情を読み取って、後出しの答えを出すようにしているので文章での会話が苦手だ。――なんか、俺こそネット小説家らしくないな……。
「――一時期は夢野クンだって他のアマチュア小説家と交流あったよね? でも、最近は他のユーザーと交流ないし、小説更新もエタってる。ねえ、なにがあったの?」
「更新は、しているだろ。――っていうか、完結はしているよ。新作を書いていないだけで」
「そうだね。だけど、エタっているのは本当だよね?」
エタっている。エタる。――つまりはエターナル。永遠。未完のまま終わらないという意味なのだが、プロでも新作を出さないことが多い。漫画と違って、ラノベは一冊の内容が長い。一冊出すのに内容を考えるのが難しいのだが、アマチュアはもっとだ。アイディアを出したり、催促してきたりする編集がいない。
それに、プロは最初にプロット――内容の設計図的なものを提出してから、数ヶ月から年単位で編集と話し合って一つの作品を造り上げると噂で聞いたことがある。だから、最悪でも一巻を出せる内容になるまで世に出回ることはない。だけど、アマチュアには責任感がない。続けるか辞めるかは本人次第。それに、後先考えない見切り発車で小説を投稿するからエタる。俺も、プロットは造らない主義なので、結構途中で行詰まる。
「……別に、ネタが思いつかないだけだよ。プロットもちゃんとつくれてないし」
プロットを書かなければならないことは身に染みて分かってはいるが、なかなか描けない。一番の読者は作者自身だ。――そんなことをプロの誰かが言っていた気がするが、俺もそうだ。どんな作品になるのかワクワクしたいのだ。だから、ネタバレのようなプロットを書いてしまうのは、嫌なのだ。
ゲームをプレイする時に、攻略本を横に置きながらプレイするようなもの。俺は説明書すら読まずにゲームをプレイして、シナリオを堪能したいタイプ。だから、プロットは極力作りたくない。
「嘘だっ!!」
裂ぱくの声が教室に響く。教室の外でカナカナと、ひぐらしが鳴く音が妙に明瞭に聴こえてくるのは一気に静かになったからだろう。
「ねえ、夢野クン。どうしてそんな嘘つくのかな? かな?」
「……嘘なんて、ついていないよ」
「嘘だよっ! じゃあ、どうして眼を逸らしたの? 何か後ろ暗いことでもあるんじゃないの!?」
「そんなこと、ないよ……」
「嘘だよっ!! ボク達はもう契約した仲間なんだよね? 隠し事や嘘をつくのは仲間なんかじゃないっ!!」
「うっ、うーうー」
「そのうーうー言うのはやめなさいっ!!」
思わず母親のような口調になってしまっている。それもまた怖い。こいつにだけは俺の小説投稿が滞った原因を知られたくない。だけど、まるで鬼のような形相に、玉のような汗が腕に浮かび上がって全てを白状してしまいそうになる。だけど――
「それそろまぜろよ」
ガンッ!! と、教室の引き戸を全力で開けられる。叫び過ぎたせいか、それとも時間がかかり過ぎて焦れたのか、家庭科の先生が乗り込んできた。
「あなた達、いつまでいるの? 忘れ物はみつかった」
「……あ、すいませーん。見つかりました。すぐに帰ります」
豹変していた四月一日が、まるで憑き物でも落ちたかのようにいつも通りの彼女に戻る。あまりにもあっさりと正気に戻った四月一日が逆に怖かったが、深く突っ込むのは墓穴を掘るようなもの。自重しておこう。
図らずも救世主となった女の先生は天照美夏。
友達の付き添いで無理やり行かされた婚活パーティーでのビンゴゲームではトリプルリーチをして、リーチせずにはいられないな……と呟くほどの業運の持ち主。巷では《幸運の女神》と呼ばれているとかいないとか。
正直、噂は噂。そこまで信じていなかったが、彼女の超高校教師級の幸運によって、なんとかこうして窮地を脱することができた。今では、ア○シズ教から宗旨替えして天照教の信者になりそうだった。
やっぱりミカはすげぇよ。
「ここじゃな、なんだし。場所を変えようか」
しかし、逃げられない! 小声でボソッと俺にだけ聴こえるようなボリュームで誘ってくる。
「ば、場所って、どこだよ?」
「そうだね。それじゃあ、これからボクの家に行こうか」