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03.エリートヤンキー

 憂鬱な月曜日。教室の前で俺は立ち尽くしていた。後ろからクラスメイトが怪訝そうな顔をして「あのどいてもらえます?」と言われたので慌てて身体をどかす。そして、教室から俺のことが見えないように、ささっとドアから離れる。

 なんだ、この人? 結局教室に入らないの? と首を傾げるが、そのまま教室に入ったクラスメイトはドアを後ろ手で閉める。

「……はぁ……」

 危なかった。もう少しで覚悟もなしに教室に入るところだった。足を踏み入れた瞬間、きっと俺は非難轟々。たとえば「高校生の分際でエロゲ買いに行ったんだって、ありえなくない? きもっ。しかも、四月一日さんにそれ見つかったんだってぇ。うわー、なにそれぇ? セクハラじゃない? 死ねばいいのにー」とか言われるに決まっている。ぶっさwコミュ抜けるわwとか言ってやりたい――つまりは顔が残念な奴に限って、そういう発言しますよね? とか言い返したいところだが、そういう輩は徒党を組む。仮にこっちが言い負かしたところで、あちらは泣いて俺が悪者でバッドエンド。俺にできることは、罵詈雑言の嵐が通り過ぎるのをただ待つだけ。ひたすら耐え忍ぶことのみ。

 もう、嫌だ。不登校になりたい。

 ネット小説で異世界転移だか、異世界転生する主人公みたいに引きこもりニートになりたい。だけど、トラックにひかれるのは勘弁。痛いのは嫌だ。コンビニから出たらいつの間にか異世界行ってましたぐらいの温い感じでお願いしますっ! 神様女神様っ! なんらかの手違いで俺を死なせてくれねぇかなー。そしたら特典とかつくんだよなー。霊界探偵になるのも楽しそうだ。――とか、いい加減現実逃避するのは止めよう。

「よしっ!」

 ガラッ、とドアをスライドさせると、みんなの視線が突き刺さる。だけど――すぐにまた談笑し始める。あれ? もしかして、何にもない? と、自分の席につこうとすると、そこには先客がいた。

「きゃはははは!」

「ねぇよ、そんなん、マジねぇわ。いきなりカラオケとか」

「もー、いいじゃんべつにぃ。他校の男子に誘われてんの。カラオケぐらいいいでしょ? 歌好きでしょ? 女々わぁ」

「……あんまり他人の前で歌うのは嫌なんだよ。男子と密室になるのもだし……」

「プハハハハ、ピュア過ぎんよぉ、女々! 見た目とのギャップありすぎぃー。腹よじれちゃうぅう!!」

 めちゃくちゃ盛り上がっている。俺の椅子に尻を乗せているのだが、夏服のスカートを折り曲げて短くしているせいで、超ミニ。見せパンなのか分からないが、もう少しで下着が見えそうだ。校則違反であるはずのピアスや、指輪までしていて、とにかく自分達が可愛くみられたいので必死といった様子。

 ギャル風のイケイケ女子二人が話しているが、きっと、立つのが辛かったので俺の椅子を勝手に使ったのだろう。よくあることだ。俺は文句を言えないし、トイレでも行こうとすると、

「なんだよ。そんなところに突っ立って。うぜぇな」

 妙な迫力をもっている、ぶっちゃけヤンキーの中のヤンキーのエリートヤンキーっぽい方が睨んできた。逃げようとしたのに、見咎められてしまった。

「いや、俺は――」

「俺は? 何?」

 空気が凍りつく。

 クラスの連中の誰もが押し黙り、こちらをいつのまにか注目していた。

 百目鬼女々(どうめき めめ)はめちゃくちゃ怖い。理不尽な怒り方だろうが反論できない。そして、火薬庫のようにいつキレるか分からない。俺が周りに助けを求めるように視線をやるが、全てのクラスメイトが目を逸らす。誰もババを引きたくない。そのババを俺が引いてしまっているだけの話だ。

 もう、俺にはなにもできない。西部劇のガンマンが、撃たれるのを恐れるあまり身体を微動だにできないように――。でも、だからこそ、


「もう、だめだよ百目鬼さん。そこ、夢野クンの席なんだよ? どいてあげなきゃ」


 割り込めるのは俺以外の第三者だけだろう。

「うわっ、で、でた!?」

 四月一日真。誰でもいいわけではない。なるべく波風立てずにこの場をおさめられるのは、こいつだけだった。認めなくないが、一番の適任者。クラスカースト順位のトップクラスに位置する四月一日。肉食獣でも、噛みつく相手を選ぶ。ここで四月一日と事を構えても、今後の自分の立ち位置が危うくなるだけ。百目鬼は、そのことが分からない馬鹿ではなかった。

「あぁ? ……だったら、さっさと言えよ……」

 ただ席から離れるだけでは格が落ちる。だから精一杯捨て台詞は吐いてみたらしい百目鬼がようやく俺に席を譲ってくれた。だが、すぐには席に座れない。何故なら、まだ危機は去っていないからだ。

「昨日はごめんね」

「えっ、なんで謝るの?」

「だって、ボク、夢野クンのことちゃんと考えてなかったから……。あの後、反省したんだ……。大丈夫、昨日のことは二人だけの秘密だから!」

 ざわ……ざわ……ざわ……。

 クラスが今日一番のざわめきに包まれる。

「えっ、どういうこと? 昨日って日曜日だよね? 二人とも帰宅部ってことは学校で会ってないよね?」

「つまり、日曜日にあの、名前なんだったかな? あの冴えない男と四月一日さんが二人っきりで会ったってこと?」

「それって、もしかして――デートってやつなんじゃ……」

 こ、こいつ、わざとだろ? 四月一日は学校の成績がいいだけじゃない。たまにがり勉というか、学校のテストの点数だけは良くて、人とのコミュニケーション能力が欠如している奴を見かけることがある。紙の問題は解けても、現実世界の問題にはお手上げという人種だ。

 だが、四月一日は違う。

 あらゆる局面において、こいつは頭がいい。常にみんなの輪に入れずに遠くから見ている俺だからこそ分かる。四月一日は計算ずくで常に人心を掌握し、集団意識を操作することができる。つまり、今、周りの思考を誘導しているのも、四月一日が意図的にしているということだ。

 ま、まずい。非常にまずい。このままだと既にクラスに居場所なんてない俺が、さらに窓際の主人公席に追いやられることになる。となれば、やるべきことは一つ。――――敢えて、空気を読まない。

「昨日はどうも。――まっ、たまたま会っただけどな」

 四月一日の顔色がサッ、と変わった。目が据わって、どうやら逆鱗に触れてしまったようだった。だけど、ここで退くわけにはいかない。お互いに睨み合うように見つめ合い、そして――


「いっちまえん、いっちまえん」


 どんなやり口で怒りを発散させるのかと思いきや、想像の遥か斜め上だった。

「ぐはっ!!」

 俺にだけは四月一日の言葉の意味が分かったが、周りはポカンとしている。それもそのはず。俺があのゲーム屋に置いていった一万円のことなんて、俺とあそこの店員以外知る訳がない。

「忘れちゃったの? 昨日のこと。――ボク達、ちゃんと約束して会ったんだよね」

笑顔で脅されている。何が目的だ、こいつ……? こんな嘘をついても、四月一日には何のメリットもないはず。それどころか、俺と噂になったら、こいつの人生に汚点がつくほどのことだぞ? 

 疑問は山ほどあったが、選択肢など最初からないに等しい。

「あ、ああ」

 小さく首肯しただけなのに、わっ、とクラスが喝采に湧く。まるでお祭りでも始まったかのような大騒ぎだ。……終わった。教室に入る前とは明後日の方向に噂は伝播していくことになる。

 いまさら、何を言っても信じてもらえない。いいや、そもそも俺が何を言っても何も変えられなかった。友達が一人もいないボッチと、学校の人気者。誰だって後者の言葉を信じる。

「(えへへ。ごめんね、夢野クン……。でも、このぐらいの仕返し許してよ。キミがボクにしたことに比べれば、まだまだ序の口だよね?)」

 耳元で囁かれて背中がゾクゾクするが、素直に喜んでもいられない。

「なに、言ってんだよ……。俺とお前は話したことすらほとんどないだろ? あいさつぐらいだ。それなのに、仕返しとか、訳分からないこと言うなよ……」

「――の――」

 すると、ポツリ、と四月一日が何かを呟く。訊き返そうとすると、


「裏切者」


 ゾッと、全身が凍えるような声色で繰り返した。

「――――えっ?」

「それがボクにとってのキミの立ち位置だよ?」

 たまに、ほんとうにたまにだが、四月一日は顔を能面みたいにすることがある。感情というものが削げ落ちたような表情を、時折、してしまうのだ。まるで、何もかもがうまくいきすぎて、この世界そのものに飽いてしまったような顔をする時が。

 そのことに誰も気がつかない。

 みんなを笑わせて、みんなを幸せにして。それからスッと、集団から離れる時にそうやって豹変する。演技を終えた役者のように一息をつく。いつの間にか自分の成果を、神様視点で俯瞰している。およそ、高校生とは思えないほどの人間の完成度。あまりにも完璧すぎて、高校生離れしているどころか、人間離れしている。そんな顔を、こんな衆目を集める場で、一瞬だけ見せた。

 だけど、周りの熱狂は収まっていない。

 百目鬼の分かりやすい怒りオーラは察することができるのに、四月一日の苦悩には誰も気がつくことができないようだった。皮肉にも、ずっと人間観察することしかできなかった、ボッチの俺にしか――。

「(アレを返して欲しかったら、放課後調理室に来て。――逃げちゃだめだよ? 夢野クン)」



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