22.巨人殺しの弟子の弟子
四月一日を見送るのを口実に家から飛びだした。いつもは偉ぶっている父親が、同級生にへこへこしている姿をいつまでも見るのは忍びないからだった。
「これで全てうまくいったね!」
「本気でそれを言っているなら、どこかで頭でも打ったとしか思えないんだけど……。とにかく、俺達は偽物の恋人になったみたいだけど、これからどうするんだ?」
「うーん。別にいままで通りでいいんじゃないのかな? あっちもボクの嘘を分かっていてのっかったみたいだしね」
そう言われると、あの父親もなかなかの役者だなって感心するから不思議だ。少なくとも俺はあそこまで己を曲げることなどできない。家庭を守るために相手の肚を読んで、落としどころを見つけた。うーん。うちの父親って実は優秀なのか。そのへんは高校生の俺じゃまだ判断できない。
「なあ」
「ん、どうしたの?」
「いつから知っていたんだ。俺の父親の勤め先のこと」
「うん? ずっと前からだけど? キミのことは昔から知っていたから、ちょっと身辺を調査していたらキミの父親の勤め先を知って、ボクも驚いたよ。まさかボクの父親の会社に勤めているんだなんて。ネットで知り合った二人が同じ高校に通っているのもすごいのに、こんな偶然が重なるなんて、ボク達が巡り合えたのは運命だね!」
「いや、あの、なんだか不穏な単語が聴こえたんですけど……。なんで身辺調査したの? 探偵か何かかな?」
もしくはストーカーに近いんですけど。やっぱり、四月一日は色んな意味で底が知れない。
「でも、四月一日のおかげで小説をまた書けるようになったのは事実だよな……。ありがとうな、四月一日」
「いいよ、別に。だけどさ、どうせだったら、ボクのペンネームが偽物ではなく、本物であるっていうことを証明してみせてよね!」
「どういう意味だ?」
「『巨人殺しの弟子』っていうのはさ、そのままの意味なんだ。ボクは勝手にフォロワーであるキミに弟子入りしていたんだよ。お恥ずかしいことにね」
「えっ!?」
「キミの作品に憧れて小説を書き始めたんだ。ボクにってキミはボクの師匠だった。そして、キミならきっとプロになれる。そんな意味を込めて、ボクは『巨人殺しの弟子』を名乗り始めたんだよ」
「そう、だったのか……」
期待してくれたのに、何度も俺は裏切ってばかりだ。
「なあ、これでいいのか?」
「なに? まだプロになる自信がないの?」
「いや、そういう話じゃないけどさ。自信があるとかないとかじゃなくて、俺はなるよ。なれるまで頑張ってみせる! ……だけど、だけどさ、お前はどうなるんだ?」
「ボク?」
「そうだよ……。俺のせいなんだろう? 俺がプロになれないせいで、四月一日はプロになるのを止めたんじゃないのか? 冴えない俺を育てるために、お前はプロになるチャンスをフイにしているんじゃないのか?」
ずっと怖くて聴けなかった。
書籍化はお断りしました――とだけ、四月一日は活動報告に書いていた。荒れるに決まっている。どうしてですか? 理由ぐらい言えよっ! 事情があるに決まっているじゃないですか。そんな言い方失礼です――とか、擁護する者もいたが、批判めいた意見が大半だった。落胆してアンチになる人も、もしかしたら出てくるかもしれない。たくさんの人が期待したのだ。それなのに、俺のせいでそのファンの人達の希望を絶望に塗り替えてしまったのだとしたら、あまりいい気分じゃない。
「……そういう側面もあるよ。だけど、それだけじゃない。ボクがプロを断念したのは編集の人とちょっと揉めたからだよ。夢野クンには散々そんなの当たり前だと言った気がするけど……ごめんね、偉そうなこと言って。でも、どうしても譲れないことがあったんだ」
「そう、だったのか……」
プロ入りを断ったアマチュアは実際にいる。そのほとんどが編集の人間と小説のことについて意見が違ったからだ。プロになれるチャンスすらつかんだことのない俺からすれば、プライドなんて捨てて編集の意見を全肯定してでもいいから、プロになってもいいぐらいだ。
「どんなところで意見が食い違ったんだ?」
「うーん。第一部のラスト。あそこをハッピーエンドにしろって言われたんだ。いや、でもあそこでハッピーエンドにしたら、台無しだよ。作品のテーマに関わるし、次のストーリーも破綻するし、ちゃんと編集さんはボクの作品を読んでくれたのかな?」
「あ、あー。そうか、あそこを修正するのは確かに難しいな……」
四月一日のデビュー作。『異世界生贄投票』。
一言で言うと、クラス転移でありながら時間をループする作品だ。ただし、学校の敷地内から出ることは禁じられていて、もしも一歩でも出ればモンスターに殺される。食糧や電気など生活を送るために必要最低限のものは供給されるが、異世界快適ライフとはいえない。
ルールが設けられていて、毎晩、必ず最悪な選挙が行われる。
それは、外にいるモンスターに生贄を捧げるための選挙。生贄に捧げられた生徒は必ずモンスターに殺される。生徒同士で殺し合う凄惨な内容でかなり人を選ぶが、設定がかなり凝っていて読みごたえがあるので読む手が止まらないのが、余計に始末が悪い。
主なストーリーは、疑心暗鬼の中、主人公はヒロインだけを信じていた――が――そのヒロインこそが実は、裏で投票を操り、たくさんの人間を殺した相手だと最後に知って主人公は絶望する。そして生き残ってしまった主人公はクリア特典として、もう一度時を戻して記憶を失う。
ここまでが第一部。第二部は、人殺しのヒロイン視点から始まるという、だいぶ作者の心が病んでいることが窺える作品となっている。そりゃあ、編集も内容変えたくなる。だけど、ラストはあれだから最高なのだ。
実は何度も時を繰り返していて、本当はこれで五回目のループであるとか、クリア特典の一つ『転職』によって、『一般人』から『情報屋』になった主人公がめちゃくちゃ強くなって、第二部で敵に回すとヤバイみたいな展開がめちゃくちゃ熱い。基本的に転職した連中との相手との騙し合いがメインとなっているが、どいつもこいつも頭いいし、強くて、手に汗握る心理戦が展開される。そして、面白いのに、最後をハッピーエンドにすると、全てご破算だ。
「もっとグロ描写なくせだの、ヒロインを黒幕じゃなくて他の意地悪な男キャラを黒幕にしろだの、結構注文が多くてね。うーん。もちろん、一般向けじゃないネット小説を大幅に改変して、マイルド風味の作品に仕上がってめちゃくちゃ売れた――なんて、よくある話なんだけどね。――でも、妥協したくないんだ」
「でも、プロにならなきゃ意味ないだろ?」
「……ボクはなろうと思えば、いつでもプロになれる。だけど、今はその時じゃないと思うんだ。もっと一般向けの作品も書けるようになってからプロになりたいって思っている」
うーん。他の人間ならただの強がりなんだけど、四月一日が言うとその通りだから困る。
「いつでもなれるなら、今からでもなればいいって俺は思うけどな……」
「うーん。『プロになる』だけが目標ならそれでいいと思う。だけど、ボクの目標は『プロになり続ける』のが目標なんだ。昔ならいざ知らず、今の時代って色んな作品が溢れかえっているせいで、一度プロになったら、その作風でファンから認識され、同じテーマしかウケないよね」
「まあ、よほど器用な人じゃない限りそうだな。妹ものでヒットした作者の次回作がまた妹ものとかあるあるだしな」
「そう。みんな面白い作品を発掘するのに疲れているんだよ。だからプロになる前に色んなジャンルを書いてそれをみんなに知ってもらってからデビューしたいんだ。芸人で例えると一発芸しかできない芸人は一発屋で終わるけど、トークやツッコミができる芸人は生き残るみたいなものだよ」
「まあ、違うベクトルの作品を出版しても、ああ、今度はあの小説のノリでいくんだなってなるからな。でも、それってかなり大変だよな? 全然違うジャンルを書いていくんだろ?」
「大変だろうがなんだろうか、やるしかないよ。ボクは夢を見たんだ。《巨人殺しの弟子》になるってね」
晴れ晴れとした笑顔の四月一日に影響されて、俺のざらついた心も揺れ動く。
「俺も、《巨人殺しの弟子》の弟子のままで終わらせるつもりはない。いつか胸を張って、俺が《巨人殺しの弟子》の師匠だって言えるようになるぐらい成長してみせるさ」
「――うん、待ってる。ううん、待ちきれないからこうやって引っ張っていくよ」
「おっ、おい、なんだよっ! いきなり!」
「大丈夫、人生はいつだって『いきなり』で溢れているんだから」
「意味が分からない!?」
手を引っ張られる。それは完全なるおふざけで、四月一日は走る。走ったことには――特に意味はない。カップルが波打ち際でぱしゃぱしゃと水を掛け合うぐらいには無意味だった。だけど、俺もつられて笑いながら走る。
――この世界は残酷だ。だって、どれだけ自分に才能がなくて夢破れても挑み続けずにはいられないほどに、面白いものがあるのだから。
それだけ分かれば、まだ俺は小説を書き続けられる。
俺の物語の長いプロローグはようやく終わった。そしてこれはきっと、《巨人殺しの弟子》とその師匠の物語だ。――そうなるように、俺は心の底から祈った。




