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21.偽恋

 自宅に着いて、普段飯を食べるダイニングのテーブルに座ることになった。そこにいるのは俺と、両親と、そして明らかに異質な四月一日の四人。

「家族会議をするって言ったはずだけどなあ……。それで? 空、そいつは誰なんだ?」

 仕事終わりもあってイライラしている父親が、無礼にも指をさす。さされた本人はあまり気にしている様子などなく、

「初めまして! お義父さん、お義母さん。ボクは夢野クンのクラスメイトの四月一日真ですっ! 今後とも末永くよろしくお願いします!」

 ……故意的な誤字脱字があった気がするけど、気のせいだろう。

「げ、元気がいいな、この子……」

「いい子じゃない。私は気に入ったわ!」

 両親の反応が微妙に好感触なのが笑える……。いきなりこんなタイミングで来たら、普通もっとひと悶着あっていいはずなのに……。まあ、友達一人も家に連れてきたことがない俺が、いきなり異性を、しかもこれだけ可愛い子を連れて来たら嬉しくもなるのか。特に、恋愛話が好きなうちの母親は。

「そうだっ! どこかで訊いた苗字かと思ったら、四月一日さんって学年主席だった子よね! 他の奥さんに聴いたことあるわっ! スポーツもできるんですって! すごいじゃない!」

「あ、ありがとうございますっ!!」

 うーん。こんな風に初対面である他人の家族に快活に受け答えできるのがすごい。俺だったら、他人の家族、親なんかには、小声であいさつ程度のことしかできない。だけど、そんな明るい四月一日でも、うちの父親は難敵なはずだ。

「――どこかへ行って欲しいんだが?」

「小説のこと、ですよね? だったらボクも同席しなくちゃいけません。彼に小説を書くように薦めたのはボクですから」

「――なに?」

 四月一日に対して興味なさげだった父親が、興味を持つ。もちろん、悪い意味で。敵意丸出しであることを隠そうともせずに、語調を荒げる。

「なるほど。キミは随分頭がいいらしいけど、息子を引き込まないでほしいな。君の暇つぶしに」

「や、やめろよ! そんな言い方っ!!」

「そうですね。『暇つぶし』なんて言い方気に喰わないですね」

「そ、そっちか……」

 自分が揶揄されたことよりも、小説のことを馬鹿にされたことが気に喰わないのか。四月一日らしいといえば、四月一日らしいけど、今ぐらいは自重して!!

「俺はね、母親と違ってある程度理解があるつもりだ。将来的には生活に困らない職業に就いてくれれば何の文句もない。だけどな、小説家はだめだ。小説家は安定しない職業だろ。本を出版できなきゃ、収入がないんだろ?」

「じゅ、重版がかかれば、それは――」

「重版なんてかからないことの方が多いだろ。それに、仮に金が稼げだとしても、小説家は駄目だな」

「……どうしてですか?」

「社会の役に立たないからだ」

 当たり前のように、この世の真実を語るように、父親はすらすらと述べる。

「サラリーマンでも、花屋でも、トイレ掃除のおばちゃんでも、誰かに役に立っている。だけど、小説はただの娯楽なんだよ。あってもなくても困らない。そんなもの、立派な社会人とはいえない」

 これが、父親の考え方。根本。プライド。立派な社会人になることこそが人生においてもっとも大切なことだと思っている。

「それに、らい、らいとのべる? だったか? そんなよく分からないものを書くってことがおかしいんだ」

 バンッと机に、ライトノベルを出される。

「なんだ、これは? お前の部屋にあるものを持ってきたが、ポルノ小説か? いきなりこんな小さな女の子が裸になっているが」

 ぐはあっ! いきなり、気が遠くなりそうになる。本当に気絶できるのなら、今すぐしたいっ!!

「それは! 物語進行上で必要な演出だからっ!! ヒロインが『絶対防御』の装備をしながら、主人公の『能力無効化』によって打ち消されたっていう、設定の説明のために必要なことだったんだよっ! ものすごい巧い演出なんだよっ!!」

 シィーンと、場がしらける。四月一日でさえもフォローしてくれない。いや、確かに強引なやり方かもしれないけど! 一般人や女子からしたらいきなりヒロインが裸になるのは不愉快かもしれないけど! それでも、ラノベオタクの男にとって、ヒロインの肌露出はロマンだよ?

「とにかく百害あっても一利なし。こんなくだらない読み物なんか悪影響を受けるだけだ。こういうものを読んでいると犯罪者になるぞ」

「あの、少しいいですか? 年々犯罪者は低下しているし、漫画やラノベを読んで犯罪者になるなんて科学的な因果関係は証明されていませんよ? そう報道すればみんなが騒ぐからマスコミがそうやって取り上げているだけだと思いますけど? 少し調べればそのぐらいのこと分かると思うんですけど?」

「うるさいなっ! そんなことどうでもいいんだっ! とにかくっ! 仕事にするには小説家はだめだってことだっ! こんなもののために、人生を棒にふってもいいのか?」

「こ、こんなものって……」

 やっぱり、正論で押してもどうにもならない。

 普段は買ってでも苦労をしれとか言う割には、自分で苦労して情報収集をすることもない。テレビや新聞で楽に手に入る情報だけを信じきっている。

父親はプライドが高い。子どもに言い負かされたとあっては、たとえどれだけ正しいことを言っても突っぱねるだけだ。自分の非を認めるどころか、逆ギレして誤魔化そうとしている。……やっぱり、四月一日であっても頭の固い大人に、自分の声を届かせることなんて――


「そうですね。夢野クンは小説を書くのを止めて勉強すべきです」


「ええっ!?」

「将来のことを考えるなら、より確実性を求めるべきです。夢野クンも勉強した方がいいかもね」

「そのとおりだ! 分かっているじゃないかっ!!」

 パンッ、とおっさんくさく、父親が両膝を叩く。ど、どういうつもりだ。いきなり仲間から背中を刺されたんだけど、これって事実上の敗北宣言か!?

「そこで、ここで改めて夢野クンの将来のことについて考えてましょう。プロのラノベ作家になるために必要なのは二つ。『実績』と『コネ』。ここまでは分かりますね? 詳しくはなしていきますと……実績っていうのは、コンテストで賞をとったり、ネットでランキングにのったりすること。コネっていうのはゲーム会社やそれ以外の人脈、ツテってことですね」

「…………あの、四月一日……さん、何の話ですか?」

 眩暈がしてきた。四月一日が何を言おうとしているのか理解できない。

「だから、プロになるためにはコネが必要だって言ったんだよ。売れている作家をボクは徹底的に調べた。その多くが、元々はゲーム会社のシナリオライターであることが分かったんだ」

「た、たしかにそうだけど……」

 俺がエロゲを買いに行った理由は、好きなラノベ作家の人が元々エロゲのシナリオを担当していたことを知ったからだった。エロゲ時代にはどんな作品を書いていたのかが気になって買いに行ったのだ。そう、小説執筆の参考にするためにっ! 決して、エロいゲームに興味があったからではないっ!

「だから勉強して、面接の連中をして、ある程度のシナリオを書けるようになって、ゲーム会社に勤める。それこそが、遠回りかもしれないけど、ラノベ作家になる近道なのかもしれない。だから、ボクは小説で結果がでなければ、勉強をすべきだと思います!」

「まっ、待て待て! 俺は小説の仕事に就くこと自体に反対しているんだっ! ゲーム会社のシナリオって……今のゲーム市場は少子化によって縮小傾向にあるだろっ!!」

「いいえ。ゲームにも将来的にも市場規模が拡大されることが予想されるジャンルがあります」

「なに?」

「それは――ソシャゲのシナリオです。たくさんのソシャゲが普及されることにより、ネット小説家にオファーする件も確認されています。条件付きでシナリオライターを応募しているゲーム会社もあり、その中には一月に数億の利益のあるソシャゲだってあります。不景気が嘆かれる中、もっとも伸びしろのあるコンテンツの一つです。今の時代会社がいつ倒産してもおかしくないんです。会社に勤めるだけが、将来の選択肢じゃないと思いますが」

 話が難しくなってきて、俺のことなのに、俺が口出しする余裕がない。ふむふむなるほどね、と分かったように相槌を密かに打つことしかできない。

 だけど、そんなバカな俺でも分かることが一つ。

 さっき、四月一日が一度父親に賛同したのは、懐に入るため。押してダメなら引いてみよう理論。コンビニのバイトした時のクレーム対応の時、一度客の言うことに頷いてみると意外なほどに態度が一変して柔和なものになった。きっと、それと同じだ。

 今、高度な心理戦が繰り広げられている。さながら侍がお互いの距離を測りながら鍔迫り合いを繰り返しているような感じ。どちらが先に相手の急所に一撃を与えるかの勝負。恐らく、今、二人は互角の戦いを演じている。

「ソシャゲって、CMで垂れ流されているあれか。だが、それは……」

「ラノベ作家になる。ただその一言を叫ぶだけよりかはよっぽど現実的だと思います。彼は、コネを作るのに向いています。ボクや、他の人も彼の元にどんどん集まっています。彼は成功するためにもっとも大事なものを持っています」

「それは?」

「人柄です。彼は愚かといっていいほど優しい。人間関係を拒絶するような傾向にありながらも、ぐいぐい来る人間には懐を開ける。むしろ、絡まれやすいほどに隙があるんです。でも、それを自分自身で気がついていない。そんなところが、他の人にとっては話しやすいんです。受け身なコミュニケーションばかりですが、クリエイターはガツガツ他人に意見を言う人ばかりです。そんな中で、周りの意見をちゃんと聴いて、冷静に自分の意志を言えるような彼にしかない才能だってあると思っています」

「そ、そうかな?」

「……そうだよ」

 歯が浮くほど褒められている――ような気が、実感がない。微妙に棘あるし。それに、俺がソシャゲをやりこんでいることを知っているが故の説得の仕方だ。さすがに、ずっと傍にいてくれただけあって、俺のことをよく分かっている。

 高校受験の前に中学の担任の先生が俺のために一生懸命、面接の練習をしてくれたことを思い出す。俺は出来が悪かったが、手のかかる生徒ほど可愛いのか、美人だった担任の先生は俺につきっきりで指導してくれた。俺の良さを引き出してくれた。周りに恵まれたから俺は逃げずに両親と、ちゃんと話合えている。だけど、相手はそう思っていないようだった。

「だめだっ! 何を言おうが小説家にはさせない! お前は、俺が敷いたレールの上を歩いていればいいんだっ! その方が幸せになれるんだよっ! 親が子どものことを一番理解しているんだっ! 所詮は、部外者! お前みたいな子どもがでしゃばっていいことじゃないっ!!」

 だ、だめだ。こうなったらもうどうしようもない。子どもがデパートで「おもちゃ買って買って!」と足をじたばたさせながら転げまわっているようだ。理屈が通じない奴はある意味最強なのだ。そんな奴は実力行使にでるか、相手の要求を呑むしかない。相手は親、できるのは後者しかない。

「部外者じゃありませんよ」

「……何をいってるんだ、君はさっきから」

 それだけは父親と同意見だ。予想なんてまるできない。


「ボクは結婚を前提に夢野クンと現在おつきあいさせてもらっています」


 だから、四月一日の爆弾発言も予想なんてできなかった。

「なっ」

「なにい?」

「なんだってえええええええええええええ!!」

「なんで、付き合っているはずの空が一番おどろいているんだよっ!!」

「はっ! いや、ちょっとあ、だめだ。なにも言い訳おもいつかない……。おい、四月一日、お前……」

 一体何考えてるんだ、四月一日。おかげで逆○裁判のツンツン頭みたいなリアクションをとってしまっただろっ!!

「ボクがいずれ夢野クンの家族になります。だから口出していい権利だってあるはずです。それに、夢野クンが安定した職に就かなくても、ボクと結婚すればその問題も解決しますっ!!」

「ふ、ふざけるなっ!! お前みたいな餓鬼が結婚なんて大それたことを口走るなっ! 適当なその場しのぎの嘘で、大人を騙せると思ったら大間違いだっ!!」

 さすが、父親。大人の意見。今だけは何故か応援したくなってくる。いいぞ、もっと言ってやれ! 四月一日の暴走をとめてやってくれ。

「ボクの父親は当善建設という会社の社長ですっ! お金ならたくさんありますっ!! ボクの銀行の口座だけでも数百万以上の貯金がありますっ! 親に言えばもっと自由にお金を動かせますっ!! だから、どれだけ夢野クンが落ちぶれても、ボクが養ってあげますっ!!」

「いや、そんなん俺、ヒモになってますけど!?」

 ヒモになれて喜べるほど根性は腐ってはいないつもりだ。四月一日はどうにかしてこの状況を乗り切るために、俺と付き合っていると嘘をついているのは明白。でも、こんなもので、こんな……もので……? なんだ? 父親の様子が一変している。汗をダラダラかいて…………動揺している? 母親も心配そうに肩に手を当てる。

「あなた……」

「ま、まさか。ちょっと待て、き、きみ? もう一度名前を……」

「? 四月一日真ですけど」

「…………」

「…………」

 父親と母親が、唖然としながらもアイコンタクトをとる。二人とも信じられないといった顔をしているが、通じ合っている様子だ。どうやら俺は置いていかれているらしい。まったくついていけない。

「そ、そうか。二人とも健全な付き合いをしろよ。俺はお前達の交際を全面的に認めるぞ」

「うおおおおおおおおいっ!! 大人特有のその全力掌返しはなんだよっ!? なに? わいろでも渡されたの?」

「黙らっしゃいっ!」

 孔明みたいな言い方になる父親は初めて見た。な、なんだ、この動揺のしかたは。

「いいか、真……。お前のお父さんの務めている会社の名前はな、当善って言うんだ……」

「ええっ!? じゃ、じゃあ、俺の父さんの会社のしゃ、社長?」

「俺の会社は本社どころか地方の小さな会社だ。社長にも数回しかお会いしたことがない下っ端だ。――もしも、ここで娘さんのご機嫌を損ねたら……子どものお前でもどうなるか、わかるな?」

「……確実にクビですね」

 ようやく得心がいった。四月一日の顔を見やるとすました顔をしている。このやろう。も、もしかして、全部分かっていたんだな。こいつ。こうなることを最初から全部。四月一日でもできないことがある。子どもは大人に勝てないと思っていたが、とんでもない。

 全ては、四月一日の手のひらの上の出来事だった。

 俺にとっては釈迦のように逆らえない父親でさえも、四月一日にとっては斉天大聖孫悟空だった。

「だから、お前は自由に生きろ。お前のことは信じているぞ」

「絶対本心じゃなくて建前だろっ!!  自分のことだけが大切なくせに!! 大人って汚ねぇ!!」

 親指をグッとさせながらいい笑顔をする父親の株は俺の中で下がりまくり。それと同時に、四月一日の株はストップ高。

 もう、こいつ一人でいいんじゃないのかな? 異世界へ行っても主人公無双できるライトノベル主人公並みに有能過ぎるだろっ!!


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