02.リア充の王が俺の買おうとしているエロゲに興味津々なんだが
俺が生まれ育ったこの町は、田舎だった。田んぼがあって、道路にはトラクターが走行し、さらには牛が何匹もそこらへんに並んでいた。
俺ら男子中学生の下校時は、泥だらけの田んぼに落としあいが流行ったこともあった。トラクターのおじさんの運転が酷くて、ひかれそうになったことがあった。牛のボタボタ落ちる排泄物に、鼻が曲がりそうなこともあった。
そんな田舎が、俺は大嫌いだった。
テレビの民放チャンネルは少なく、人気番組は半年遅れで放映されるのはざら。アニメのコラボカフェはないし、バスは一時間に二本あればいいほう。自動改札口ができるだけでニュースになって大騒ぎ。
生き地獄とはこのこと。
俺が女だったら、スクールアイドルに憧れるぐらいに田舎だ。
何の刺激もないせいか、全国的に出産率や結婚率が高い。その逆も然りで、自殺率や離婚率なども高い。俺の両親はちゃんと健在だが、寝るのが十時ぐらいと早過ぎぃぃぃ!! やることないから、テレビばっかり観ている。暇人かな? まあ、俺も暇人だけど。
パチンコは全国的にも多いらしく暇つぶしにはなるが、高校二年生では入店拒否されてしまう。つまり、ほんとうに、ほんとうにやることがない。
そういうことも原因としてあるのか、俺は小説を書いている。本名は夢野空で、ペンネームは本名を反対にしたものだ。
そして数年間、俺は小説を書いていて最低限必要なものが分かってきた。それは、インプットとアウトプット。たくさんの物を見聞きし知識として脳内に入力し、そしてそれをうまく表現し、出力することだ。ラノベ作家の中には、年単位で密着取材したり、何十冊の資料を読み込んだりしたりする者もいる。
俺はどちらかたといえば後者の方。図書館で資料となる本を探したり、ネットで検索したりする。だけど、どれだけ研究しても酷評を受ける時は受けるものだ。
――ちゃんと勉強してください。中世ヨーロッパにはジャガイモはありません。
――どうしてフォークがこの時代にあんの? いくら異世界ものであっても、こんな初歩的なミスを犯すのはどうかと思うけどwww
評論家様うぜぇえええええええええええ。誰が中世ヨーロッパを舞台にしたんだよっ!! あくまで中世ヨーロッパ風だな、って作中で異世界転移した主人公に言わせただけだろうがっ!! そもそも中世ヨーロッパにはスキルはありませぇん。ちゃんと勉強してくださいっ!! 仮にちゃんと時代考証した作品を打ち出したところで、俺的には面白いとは思えない。人気出る作品に限って設定ガバガバだし、キャラブレブレだし。ほとんどの読者はそこまで気にしていないはずなのだ。
それに、それにだ。
シュタイン○ゲートでも時折登場する、相対性理論で有名な昔の偉人――アインシュタインは言ったらしい。
――想像力は知識よりも重要である。
と――。だから、俺はある程度ファンタジー要素というか、ぶっちゃけありえない要素は必要だ。もちろん、物凄い勉強してそれを生かすのも大切だと思っている。そのために俺は資料集めをするっ!! だから、しかたなく、あくまでしかたなくなのだ。
エロゲを買いに来たのは。
いや、待て、エロゲじゃなかった。うん、だって俺未成年だし。男子高校生(16歳)だし、ネットでエロイ画像だって検索したことだってな、ないし……。女子中学生ヒロインがエロゲを買うラノベがバカ売れしているなら、俺が買っても大丈夫なんじゃ? とか全然思っていないしっ!!
そんな言い訳(?)をしながら、古ぼけたゲーム屋さんに入店する。
「――しゃいませ」
「いらっしゃいませー!」
最初の人は声が小さくて聞き取れなかったが、こだまするように繰り返した女性店員は明瞭な声だった。多分、新人さんだろう。初めて聞く声だった。普通のゲームを購入することは多々あるが、今日の目的は18禁コーナーに突入すること。
田舎の利点は、人が少ないことだ。
日曜の昼間だというのに、閑散としている。チャンスだ。周りに人がいないことを確認すると暖簾をくぐる。
「うわっ!」
初めてこの店の18禁コーナーに入ってみたが、ずらりとそれらしいゲームが並んでいる。小説や本、同人誌に、BDなどもあるが、目的はゲーム。ここの店員は仕事が適当で、エロなしのギャルゲーも並んでいた。そうそう。俺はこっち目的だから! エロゲとか全然興味ないしっ!
クラスの連中が話しているのを聴いたが、ここは絶好のエロゲ購入場所。身分証明書などなくとも、購入できるらしい。店員のチェックが雑らしいのだ。だから思う存分、好きなタイトルを買える。だけど――手が、止まってしまう。
「あれ? も、もしかして――」
昔から欲しいっ! と思っていたタイトルはあった。あったが、箱の大きさがおかしい。通常の三倍以上ある。これは、間違いない。初回限定盤だ。ゲーム以外にも設定資料集が入っていて分厚い代物。
「な、なんでまだ新品の初回限定盤が……。発売してから半年経ってんだろ……。流石、田舎だな……」
通常盤が――――ない。ない。どこにもない。どうやら売り切れのようだ。存在しない以上、これを買うしかない。だけど、初回限定盤ということで、やはり気になるのはお高めの値段設定。一万円ほどする。なんで、こんなに高いんですか? 学生がおいそれと気軽に手を出せる値段じゃないだろ。もっとリーズナブルな価格設定にして欲しいんですけど……。
「まっ、いっか」
値段なんて些末なこと。今日のために少ない小遣いを貯めに貯めた。参考書を買うと嘘をついて得たお金だ。親がいない時の飯代千円をカップラーメン一個ですましたことだってある。そんな涙ぐましい努力の結晶が手元にある。バイト代はラノベに使うから使えないしな。うん。
……たとえ汚い手段で得た金であっても、金は金。苦労して得た金だからこそ、こんな時に出し惜しみしたくない。
俺は今日、絶対にこのゲームを買うと決意してここまできたのだ。並大抵のことじゃ俺の心は折れないぜ。ふっ。
スッ、とゲームをレジに置く。
通常のレジとは違い、客の顔が見えないように壁がある。のれんもちゃんとある。その隙間からゲームを置いて会計してもらわなければならないのだが、店員がいない……。どうしよう。
「ん?」
呼び鈴を見つけた。なるほど。これで呼び出せばいいのか……。声なんて出したら、誰がなんて一発で分かる。そして、奥にあるのは商品をいれるビニール。それは普通のと違い、中身が見えないように真っ黒だ。
エロいやつを買うのにはまだ抵抗がある年頃っ! だからこういう細かな心遣いは嬉しいっ! 配慮が行き届いている。ありがとう! 店長!
チン、と呼び鈴を鳴らす。
「(あっ、まずっ! ごめん、君、レジ打ちって分かる?)」
「(いえ。まだ教えてもらってません)」
「(まじか。ちょっと、これどこにあるか調べてくれる? 棚の番号がゲーム右上に貼られているシールに書いてあるから、照らし合わせて同じ番号の箇所を探してみて。ちょっと、俺あっちやってくるから、お客さんには待ってもらって)」
「(わかりました!)」
小声で何やら聴こえてくるけど、まさか、これって……。そのまさかだった。細い指先がゲームをつかむ。その手は無骨な男の店員のものではなく、女性のものと一見して分かってしまった。……ん。女!? 女だ。女性に自分の趣味全開のエロいやつを見せるのって、相当恥ずかしいんですが!?
「失礼します。中身を探しますので、しばらくお待ちください」
ああ、そっか。こういうのは盗品防止のために、中身をいれていないのか。どおりで、ゲームが軽いと思った。
そういえば。
入る前のところにバッグやリュックの持ち込みは禁止です。場合によっては店員が声をかける場合があります、とラミネートされた注意書きが貼ってあった。あれもきっと、盗難防止のためのものだったのだろう。
「えー、とどこだっけ?」
店員さんが探すのはディスクの中身だけではなかった。初回限定盤に付属されている設定資料集の他に、音楽CDまで封入されている。似たような場所に保管されているだろうが、扱っている商品の数が多い。探すのは一苦労だろう。レジ打ちもまだ教えてもらっていないところを鑑みると、昨日今日雇われた新人。それなりに時間はかかるだろう。
だけど、微妙に、顔を隠すための壁とかのれん、小さくない?
だって、大量のディスクを保管する場所を探すところの店員の顔がチラチラ見えてしまっている。つまりは、あちらからもこちらを見て取れるということだ。
おっ、と、見える見える。
チラッ、とこちらを女性店員が一瞥してきたので、さっ、と死角に移動する。あぶなっ! 肝心なところが全然配慮できてない!
「えー、とこれかな?」
ようやく探し切ったらしい店員がゲームソフトを持ってきた。
「ディスクをご確認ください」
「………………」
「…………? それじゃあ、こちらをお入れしますね」
パチン、とゲームディスクをはめる。
「一万円からでよろしかったですか?」
「………………」
「…………? 一万円からでよろしかったですか?」
いや、聴こえなかったからとかじゃなくて、答えられるかっ!! 空気読めよっ!! 声出したら、俺がこのエロいゲーム買ったってバレるじゃんっ!! 18禁コーナーから出た瞬間「あっ、この人がエロゲ買ったんだ。きもちわるっ。モテなさそうな顔してるね」とか言われるじゃんっ! まあ、どうせ他に客がいないんだから、丸わかりなんだろうけど!
「一万円からでよろしかったですか?」
「ハァイ」
あまりにもしつこかったので、裏声を出して誤魔化す。ちょっとオネエっぽくなった気がするけど、それもやむなし。
「それじゃあ、お預かりしておきますね」
とかいって、一万円を新人がレジの上に置く。というか、お金を今預かっても、他の店員がこないと会計できないんじゃ……。ちょっと急ぎ過ぎ――というか動揺しすぎ――いや、これ完全に俺のせいですね。なんだか、顔が赤いし。エロいパッケージ見せてすいません、女の新人店員さん……。
袋詰めをしてくれている。そのせいで屈んで見てしまうのは、胸元。自然と吸い寄せられてしまう。ホクロが見える。薄い胸だけど、ちゃんと谷間が垣間見える。
ごくり、と喉を小さく鳴らす。
そういえば、この店の店員の服、妙にこだわりを感じるんだよな。スカートだし、それに柄が可愛い。そんな風にじっくりと凝視していると、
「あれ? もしかして夢野クン?」
女性店員と、目が合ってしまった。いや、それどころじゃない。彼女は俺の名前を間違いなく呼んだ。つまりは、顔見知りということだ。
「…………えっ? えっ? えっ? は? もしかして、わ、四月一日ぃ!?」
「うん、そうだよ。こんなところで会うなんて奇遇だね?」
四月一日が屈んでいたせいで、壁の死角が無くなってご対面したわけだけど、よりにもよって、四月一日、四月一日か……。
四月一日真。
クラスカーストの最上位に位置する人気者。ボクっ娘。中性的な顔をしていて、綺麗ともかっこいいとも取れるせいで、男子と女子両方ともあこがれの存在。背は低めだが、背筋をピシッと伸ばしているせいで、高く見える。
学園主席で性格がよく、たまに後輩に勉強を教えているところも見る。常にクラスの中心にいる。
何もかもが完璧すぎて、いつも内心では完璧超人と俺は呼んでいた。
俺はというと、のっぺりとした顔で存在感がない。勉強の出来はというと、学年最下位ぐらい。友達がいないせいで、休日はもっぱら家に引きこもっている。学校でも喋らないせいで、たまに声が出ない時がある。クラスの端にいて、誰の印象も持たれないような俺は、もちろん、四月一日と話したことはおろか、こうやって正面に立ったこともない気がする。
じわり、と手に汗をかいてきた。
怖い。怖すぎる。クラスメイト女子とエロゲコーナーで偶然会うとか、どんな運命のいたずら? クソイベント過ぎるだろ。ギャルゲでもこんなクソイベント見たことないぞ。とにかく、この場から即座に逃げ出したい。
リア充の権化である四月一日は、俺みたいな奴にとって恐怖の対象でしかない。
彼女の影響力が半端ではない。彼女の一言で全てが決定づけられるのだ。高校生、田舎、日本という三要素がつくと、決してこの言葉は過言ではない。クラスの連中なんて、よく言えば団結力がある。悪く言えば、自分の意志を持たないキョロ充の巣窟。
王が指揮棒を振れば奴らは悪魔にでもなる。
ここは、とにかく無難にこの場をやり過ごすことが最善手。
「こ、こんなところでなにしてんの?」
「えっ? バイトだよ。パソコン買い換えたいし、あとお金あって困ることなんてないでしょ? とりあえず、稼げるときに稼がないと。夢野クンはバイトとかしないの?」
「いや、今はしていないけど」
「へぇ、そうなんだ。バイトすればいいのに。こことかどう? まだバイト募集してたよ? 一緒に働いてみない? 知り合いがいた方がボクも楽しいし!」
「いや、遠慮しておきます……」
誰がすき好んで、自分の最も苦手とするこの爽やかで、自分に自信たっぷりな奴と同じ空間にいなければならないのか……。女なのに、俺よりも男前に見えてしまうのは辛い、辛すぎる……。
「あれ、そういえば、なんでここにいるの? それに、これってボク達の年齢じゃまだ買えないんじゃないの?」
か、核心つかれたああああああああ。
「いや、それは――」
エロゲを買いに来たんですけど! とは言えない。と――
「ごめん、ごめん。他の客に呼ばれて――って、何? もしかして、四月一日さん、そのお客さんと知り合い? まさか、同級生?」
「あっ、彼は――」
とうとう戻ってきてしまったレジ打ちの出来る方の店員。やばい。四月一日に、年齢をばらされる。そんなの居たたまれないっ!!
「失礼しましたああああああああああっ!!」
「あっ――ちょ――」
逃げるが勝ちだっ!!
ダッシュで逃げたものの、どうせ月曜日になったら嫌でも四月一日と再会してしまうし、なにより一万円を置きっぱなしのままでいることに気がつくのはそれから三十分後のこと――。おもいっきり枕を涙で濡らした。