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19.小市民はいつも挑戦者を笑う

 宿母がいては、小説の話ができない。なので、もう帰ると嘯いて、未だに部室棟にいた。彼女は水泳部。ビート板やら着替えは更衣室に置けるから、この部室棟には来ない。邪魔者がいなくなったところで、今後の小説の予定について話し合う。

「本気……じゃないよね? 二、三週間ぐらいかけて、今書いている小説はだいたい完成が見えている。それを――今からやり直したら、きっと間に合わないよ!?」

「四月一日、お前、十万文字を最短で何日書いたことある?」

「それは、一日か、二日ぐらいだと思うけど……」

「だったら、俺もそのぐらいで書いてみせるよ」

「そ、そんなの、ボクだってほとんど飲まず食わずで、睡眠時間もなしの状態で、だよ? そんなの――」

「でき――」

 る――と言えなかった。


「できないに決まっているだろ」


 それは、百目鬼の怒気を孕んだ一言。

「…………!」

「調子に乗るなよ、凡人。ちょっと天才の傍にいたからって、お前も天才になったもりか? お前と、四月一日真じゃ才能が違うんだよ。お前ごときが仮に一日、二日でそれだけかけたとしても、支離滅裂な小説もどきができあがるだけだ。速く書くだけなら誰でもできるんだよ。速くて面白い小説を、お前がかけるのか?」

「書ける――かもしれない。俺、今書いているラブコメに納得していないんだ……」

 タイトルは『 宿母がいては、小説の話ができない。なので、もう帰ると嘯いて、未だに部室棟にいた。彼女は水泳部。ビート板やら着替えは更衣室に置けるから、この部室棟には来ない。邪魔者がいなくなったところで、今後の小説の予定について話し合う。

「本気……じゃないよね? 二、三週間ぐらいかけて、今書いている小説はだいたい完成が見えている。それを――今からやり直したら、きっと間に合わないよ!?」

「四月一日、お前、十万文字を最短で何日書いたことある?」

「それは、一日か、二日ぐらいだと思うけど……」

「だったら、俺もそのぐらいで書いてみせるよ」

「そ、そんなの、ボクだってほとんど飲まず食わずで、睡眠時間もなしの状態で、だよ? そんなの――」

「でき――」

 る――と言えなかった。


「できないに決まっているだろ」


 それは、百目鬼の怒気を孕んだ一言。

「…………!」

「調子に乗るなよ、凡人。ちょっと天才の傍にいたからって、お前も天才になったもりか? お前と、四月一日真じゃ才能が違うんだよ。お前ごときが仮に一日、二日でそれだけかけたとしても、支離滅裂な小説もどきができあがるだけだ。速く書くだけなら誰でもできるんだよ。速くて面白い小説を、お前がかけるのか?」

「書ける――かもしれない。俺、今書いているラブコメに納得していないんだ……」

 タイトルは『ソシャゲの二次元嫁が三次元に召喚されてチート過ぎる件』

 ストーリーは――男子高校生のゲーマー主人公がソシャゲでずっと使っていた『嫁』が、スマホから現実世界に顕現されたところから始まる。どうにかしてスマホの世界へ戻そうとするが、そのやり方は分からない。

 誰にも相談できない主人公が二次元ヒロインの存在を隠そうとするが、そう簡単にはいかない。常識知らず設定のヒロインは、主人公が『学校へ行きたくない』と愚痴をこぼしただけで、了承も得ずに『学校へ隕石を降らす』などの、迷惑行為を繰り返す。

逃げ出すことも考えたが、相手は主人公が大好きなキャラ。相手も主人公のことを本気で愛し、主人公のためだけに行動するだけあって、見捨てられない。架空の世界とはいえ、結婚指輪を渡した相手でもあるのだ。『疑似結婚した二次元嫁を、いったいどこまで本気で愛せることができるのか?』がテーマの物語。

 ヒロインは背中に天使の羽が生えた天然系。甘いスイーツ大好き。どじっ子属性で、巨乳。一度ケーキを運んでいる途中でこけて、自分の胸にぶちまけて、もったいないからといって主人公に「舐めてください」といったお色気シーンもぶちこんだ。読者サービスもちゃんと考えた作品となっているが、だけど、あまり納得できていないところがある。

「どこがだめなの? 話し合って、こういう内容でいこうと決めたよね?」

「内容、じゃなくて、キャラだよ。ヒロインのキャラ。どうしても違和感があるんだ。俺はその、異性どころか同性ともあんまりまともに喋った経験がない。だから、このメインヒロインの気持ちや心理描写が分からないんだ」

 メインヒロインはほんとうにいい子。主人公のいうことは何でも聞く献身的な性格。でも、そんな女の子周りにいないので想像ができない。俺の言うことを素直に聴くどころか、基本的にディスってくる異性ばかりだ。こんなんじゃ、いいキャラなんてつくれない。

「それでいいんだよ」

 四月一日は腕を組みながら厳かに答える。

「えっ?」

「分からないぐらいでちょうどいい。ラノベの読者がそこまでリアリティを求めているわけじゃない。主人公に無条件で惚れて、どんなことをしても褒めちぎる。絶対に否定しない。それが、ラノベヒロインの条件だよ。だから、リアリティなんてむしろ邪魔なだけなんだ。どうせラノベ読者も女性のことなんて分かっていないんだ。だれもつっこみなんていれないよ」

「……それで、本当にいいのかな……」

「……なんだって?」

「読者の中にはきっと、俺みたいにちゃんとリアリティのあるキャラを読みたいって人も ――」

「いないよ。いたとしても、それは少数だ。大衆からは受け入れられない。求められているものを無視して、自分の描きたいものを書くのはただの自己満足だ」

「それでもいいっ! そもそも、創作ってそういうものじゃないのか!! エゴにならなきゃ、書きたいものを書けなきゃ意味がないっ!!」

「それでも、読者に物語を認められなきゃ――」

 四月一日は本気で心配してくれている。だけど、


「これは俺の物語だ」


 絶対に譲れないことだってある。

「……プロになりたければ、大人にならなきゃいけないことだってある。どうせプロになったら編集から書き直しを命じられる。到底納得できないなおしだってある。それでも、修正しなきゃいけない時が来る」

「だけど、それは今じゃない。それに、絶対になおしたくない時はそのままでも大丈夫なケースがあるってプロも言っているじゃんっ! それに、今の俺はアマチュアだよ! アマチュアが失敗を恐れて、リスクを恐れてどうするんだよっ!! 失敗しても許される――それが、アマチュアの特権だっ!!」

 俺はまだプロじゃない。プロに一度でもなってしまったら、そこから先は後戻りできない。安定だけを求めることになる。でも、今はハイリスクハイリターンを目指せるんだ。

「……それで、ボクのプロデュースを全否定ってわけか……」

「そうじゃない。むしろ、四月一日が色々教えてくれたから、俺なりの答えにたどり着いたんだ。遠回りしたから自信をもっていえる。『作者は読者ファンのために書かなければならない』――それは間違いない。だけど、一番のファンは作者じゃなきゃいけない。自分が自信を持って他人に読ませられなきゃ意味がないっ!!」

「……具体的にはどうするつもりなの?」

「メインヒロインをボクっ娘にしたい。あと、ヤンキーのヒロインも欲しい」

「……ありえない。絶対に人気できないよ、それ。ボクっ娘なんてメインヒロインに据えたものを仮にネット小説に挙げたら、誰も読んでくれないね、きっと。そんなコアな層に向けて書くつもりなの?」

「そうだな」

 分かっている。どれだけ無謀なことをしているのか。きっと、ネット小説ならちょっと読まれてブラバされることぐらい。

「それに、ヤンキーって……。せめて、ギャルにできないの? とら○ラとか、俺○からギャル系ヒロインの下地はあって、最近は漫画やアニメ、ソシャゲなんかでもギャルヒロインの需要は高まっている。出すなら今しかない。でも、ヤンキーはありえないよ。せめて主人公にした方がいい。えせヤンキーというか、目つき悪い設定で周りから疎まれている設定とかでね」

「それでも、ヒロインでヤンキーを書きたいんだよ、俺は」

「……話にならないね。創作物は、読者が感情移入できるものじゃなきゃならない。ヤンキーなんてラノベ読者が一番嫌うヒロインだよ? どうして、さっきからありえない選択ばっかりするの?」

 そうだ。ありえない。プロを目指す者なら絶対にありえない選択。


「だって、俺、四月一日と百目鬼のこと好きなんだもん」


 それでも、好きな人のことだったらよりうまく書ける自信があるのだ。

「はあ?」

「ええぅぇ!?」

 百目鬼と四月一日が目を点にしているが、ちゃんとした理由がある。

「俺はあんまり女子と話したことないからさ、うまく描写できるとしたら四月一日と百目鬼の二人だと思ったんだ」

「……なんだあ、その理由?」

「子どもが初めて見たものを親と思い込むみたいな理由だよね、あんまり嬉しくないんだけど……」

「うっ……」

 すんごい責められている。相手が相手なだけに、言い返したりはできない。

「いやっ、決してそんな意味じゃないけどっ!! そ、そんなことが言いたかったじゃなくて、ただ……小説のヒロインにしたいぐらいキャラが好きだってこと! クリエイターなら、どんだけそれがすごいか分かるだろっ!!」

「ま、まあな……」

「そ、そうだね。そ、そこまで言われるとボクも照れちゃうかな?」

 本心で言ったけど、ここまで簡単に意見が翻ると『ちょろい』を通り越して、四月一日達の『純真さ』に危うさを感じてしまう。

「――でも、それだけなの? それだけの理由で、キミは今まで先人達が築き上げてきたものを破壊するつもり? テンプレはいつだって最強で最高なんだ。奇をてらった設定なんて紙屑同然。面白くないって読んだ人間が判断したらそれで終わり。だけど、テンプレはどんなにつまらなくても優遇されるんだよ?」

「それでも、俺が今書きたいのは、それなんだ。誰も書けないような、俺しか書けない。リアリティのある、作り物だけど、作り物じゃないヒロインがでてくるラブコメを書きたいんだ」

「…………」

「四月一日? やっぱり、だめな――」

 黙っていた四月一日が、口を開いて、


「巨匠を老害と言えるアホだけが、いつだって地球を回してきた」


 3兆4021億9382万2311年と287日生きてきた少女のようなことを呟く。

「『小市民はいつも挑戦者を笑う』」

「――え?」

「時代の先駆者はいつだって嘲笑と共にあるものだよ。日常系ラブコメの全盛期に、デスゲームが流行ったように、大ヒットをする作品はいつだって時代と真逆に進んだものばかりだ。リスクはある。誰にも見向きもされないかもしれない。あと一ヶ月とちょっとしかない。足りないものだらけだけど、全力でキミを支援しよう」

「四月一日……」

 自分の夢を笑顔で応援してくれる人がいるって本当に、幸せなことなんだな。

「まっ、オレはお前がどんな小説を書こうが関係ないな」

「そ、そうですか……」

 どこか他人事の百目鬼は相変わらずそっけない。まるで猫のように懐いてくれない。

「ああ、どんな小説を書こうが、また絵を書いてやる。お前の創作意欲が湧いてくるような最高のやつをな」

「えっ……」

「お前が思う最高のやつを書けよ。どんなものであろうと、オレは笑ったりしないから」

「百目鬼……」

 本当に猫のようだった。気まぐれで、たまに寄り添ってくれる。

「ありがとう、二人とも……。俺、二人に会えて本当に良かったよ……」

 きっと、諦めていた。どちらが欠けていても、俺はここまでがむしゃらになれなかった。本気で夢を追いかけられなかった。

「えへへ」

「ハッ。オレのおかげでプロになってから言えよ、そんな台詞はよ」

「ああ、そうだな!」

 そして。

 そして。

 そして。

俺達は希望を持って新たな小説執筆に挑んだ。誰も読んだことのない斬新な設定とはいえないが、自分なりのオリジナル要素をつめこんだ小説は――できあがった。夏休みの宿題には一切手を付けずに、朝から晩まで小説漬けだったおかげだった。

 それから、一ヶ月経った九月の終わり。

 一次審査の結果が公式ホームページで公表された。更新される日は知っていたが、0時ちょうどに発表されるわけはなく、分かったのは昼時。ちょうど昼休みということで、3人一緒にスマホで結果を確認した。


 結果は――――一次落ち。


 それは、最低条件すらクリアできなかったゴミクズという意味。言い訳できないほどの凄惨な結果。何度も自分のペンネームと小説名が書いていないか確認した。だけど、どこにもなかった。

 読んでくれた審査員の人からのメールにはこう書かれていた。


『キャラクターに魅力がありません。もっと個性的なキャラクターを描きましょう。ストーリーも陳腐でありきたりです。まったく面白くありません。小説を書く前にストーリー構成やキャラメイクの勉強をしましょう』


 酷評といっていいのか、妥当な評価といっていいのか。どちらにしても、俺の心はガラスのように砕け散っていた。

 無言となった二人とずっと一緒の空間にいるという針のむしろを経験して、俺は今度こそ何もかもが嫌になった。

 どれだけ四月一日や百目鬼が何かを言っても小説を書く気になれず、何もしない時間が過ぎていった。

 この世界が物語だったらきっと全てがうまくいってハッピーエンドだっただろうけど、俺の生きているこの世界は現実だった。努力しても、結局夢を叶えることなんてできなかった。

 そんなある日。

最悪なことは続くもので、勉強もせずに部屋にこもっている俺を不審に思った親が勝手に俺のスマホのメールボックスを覗いた。そのせいで、俺が小説を書いていることがバレ、家族会議が開かれることになった。

 ストーリーは――男子高校生のゲーマー主人公がソシャゲでずっと使っていた『嫁』が、スマホから現実世界に顕現されたところから始まる。どうにかしてスマホの世界へ戻そうとするが、そのやり方は分からない。

 誰にも相談できない主人公が二次元ヒロインの存在を隠そうとするが、そう簡単にはいかない。常識知らず設定のヒロインは、主人公が『学校へ行きたくない』と愚痴をこぼしただけで、了承も得ずに『学校へ隕石を降らす』などの、迷惑行為を繰り返す。

逃げ出すことも考えたが、相手は主人公が大好きなキャラ。相手も主人公のことを本気で愛し、主人公のためだけに行動するだけあって、見捨てられない。架空の世界とはいえ、結婚指輪を渡した相手でもあるのだ。『疑似結婚した二次元嫁を、いったいどこまで本気で愛せることができるのか?』がテーマの物語。

 ヒロインは背中に天使の羽が生えた天然系。甘いスイーツ大好き。どじっ子属性で、巨乳。一度ケーキを運んでいる途中でこけて、自分の胸にぶちまけて、もったいないからといって主人公に「舐めてください」といったお色気シーンもぶちこんだ。読者サービスもちゃんと考えた作品となっているが、だけど、あまり納得できていないところがある。

「どこがだめなの? 話し合って、こういう内容でいこうと決めたよね?」

「内容、じゃなくて、キャラだよ。ヒロインのキャラ。どうしても違和感があるんだ。俺はその、異性どころか同性ともあんまりまともに喋った経験がない。だから、このメインヒロインの気持ちや心理描写が分からないんだ」

 メインヒロインはほんとうにいい子。主人公のいうことは何でも聞く献身的な性格。でも、そんな女の子周りにいないので想像ができない。俺の言うことを素直に聴くどころか、基本的にディスってくる異性ばかりだ。こんなんじゃ、いいキャラなんてつくれない。

「それでいいんだよ」

 四月一日は腕を組みながら厳かに答える。

「えっ?」

「分からないぐらいでちょうどいい。ラノベの読者がそこまでリアリティを求めているわけじゃない。主人公に無条件で惚れて、どんなことをしても褒めちぎる。絶対に否定しない。それが、ラノベヒロインの条件だよ。だから、リアリティなんてむしろ邪魔なだけなんだ。どうせラノベ読者も女性のことなんて分かっていないんだ。だれもつっこみなんていれないよ」

「……それで、本当にいいのかな……」

「……なんだって?」

「読者の中にはきっと、俺みたいにちゃんとリアリティのあるキャラを読みたいって人も ――」

「いないよ。いたとしても、それは少数だ。大衆からは受け入れられない。求められているものを無視して、自分の描きたいものを書くのはただの自己満足だ」

「それでもいいっ! そもそも、創作ってそういうものじゃないのか!! エゴにならなきゃ、書きたいものを書けなきゃ意味がないっ!!」

「それでも、読者に物語を認められなきゃ――」

 四月一日は本気で心配してくれている。だけど、


「これは俺の物語だ」


 絶対に譲れないことだってある。

「……プロになりたければ、大人にならなきゃいけないことだってある。どうせプロになったら編集から書き直しを命じられる。到底納得できないなおしだってある。それでも、修正しなきゃいけない時が来る」

「だけど、それは今じゃない。それに、絶対になおしたくない時はそのままでも大丈夫なケースがあるってプロも言っているじゃんっ! それに、今の俺はアマチュアだよ! アマチュアが失敗を恐れて、リスクを恐れてどうするんだよっ!! 失敗しても許される――それが、アマチュアの特権だっ!!」

 俺はまだプロじゃない。プロに一度でもなってしまったら、そこから先は後戻りできない。安定だけを求めることになる。でも、今はハイリスクハイリターンを目指せるんだ。

「……それで、ボクのプロデュースを全否定ってわけか……」

「そうじゃない。むしろ、四月一日が色々教えてくれたから、俺なりの答えにたどり着いたんだ。遠回りしたから自信をもっていえる。『作者は読者ファンのために書かなければならない』――それは間違いない。だけど、一番のファンは作者じゃなきゃいけない。自分が自信を持って他人に読ませられなきゃ意味がないっ!!」

「……具体的にはどうするつもりなの?」

「メインヒロインをボクっ娘にしたい。あと、ヤンキーのヒロインも欲しい」

「……ありえない。絶対に人気できないよ、それ。ボクっ娘なんてメインヒロインに据えたものを仮にネット小説に挙げたら、誰も読んでくれないね、きっと。そんなコアな層に向けて書くつもりなの?」

「そうだな」

 分かっている。どれだけ無謀なことをしているのか。きっと、ネット小説ならちょっと読まれてブラバされることぐらい。

「それに、ヤンキーって……。せめて、ギャルにできないの? とら○ラとか、俺○からギャル系ヒロインの下地はあって、最近は漫画やアニメ、ソシャゲなんかでもギャルヒロインの需要は高まっている。出すなら今しかない。でも、ヤンキーはありえないよ。せめて主人公にした方がいい。えせヤンキーというか、目つき悪い設定で周りから疎まれている設定とかでね」

「それでも、ヒロインでヤンキーを書きたいんだよ、俺は」

「……話にならないね。創作物は、読者が感情移入できるものじゃなきゃならない。ヤンキーなんてラノベ読者が一番嫌うヒロインだよ? どうして、さっきからありえない選択ばっかりするの?」

 そうだ。ありえない。プロを目指す者なら絶対にありえない選択。


「だって、俺、四月一日と百目鬼のこと好きなんだもん」


 それでも、好きな人のことだったらよりうまく書ける自信があるのだ。

「はあ?」

「ええぅぇ!?」

 百目鬼と四月一日が目を点にしているが、ちゃんとした理由がある。

「俺はあんまり女子と話したことないからさ、うまく描写できるとしたら四月一日と百目鬼の二人だと思ったんだ」

「……なんだあ、その理由?」

「子どもが初めて見たものを親と思い込むみたいな理由だよね、あんまり嬉しくないんだけど……」

「うっ……」

 すんごい責められている。相手が相手なだけに、言い返したりはできない。

「いやっ、決してそんな意味じゃないけどっ!! そ、そんなことが言いたかったじゃなくて、ただ……小説のヒロインにしたいぐらいキャラが好きだってこと! クリエイターなら、どんだけそれがすごいか分かるだろっ!!」

「ま、まあな……」

「そ、そうだね。そ、そこまで言われるとボクも照れちゃうかな?」

 本心で言ったけど、ここまで簡単に意見が翻ると『ちょろい』を通り越して、四月一日達の『純真さ』に危うさを感じてしまう。

「――でも、それだけなの? それだけの理由で、キミは今まで先人達が築き上げてきたものを破壊するつもり? テンプレはいつだって最強で最高なんだ。奇をてらった設定なんて紙屑同然。面白くないって読んだ人間が判断したらそれで終わり。だけど、テンプレはどんなにつまらなくても優遇されるんだよ?」

「それでも、俺が今書きたいのは、それなんだ。誰も書けないような、俺しか書けない。リアリティのある、作り物だけど、作り物じゃないヒロインがでてくるラブコメを書きたいんだ」

「…………」

「四月一日? やっぱり、だめな――」

 黙っていた四月一日が、口を開いて、


「巨匠を老害と言えるアホだけが、いつだって地球を回してきた」


 3兆4021億9382万2311年と287日生きてきた少女のようなことを呟く。

「『小市民はいつも挑戦者を笑う』」

「――え?」

「時代の先駆者はいつだって嘲笑と共にあるものだよ。日常系ラブコメの全盛期に、デスゲームが流行ったように、大ヒットをする作品はいつだって時代と真逆に進んだものばかりだ。リスクはある。誰にも見向きもされないかもしれない。あと一ヶ月とちょっとしかない。足りないものだらけだけど、全力でキミを支援しよう」

「四月一日……」

 自分の夢を笑顔で応援してくれる人がいるって本当に、幸せなことなんだな。

「まっ、オレはお前がどんな小説を書こうが関係ないな」

「そ、そうですか……」

 どこか他人事の百目鬼は相変わらずそっけない。まるで猫のように懐いてくれない。

「ああ、どんな小説を書こうが、また絵を書いてやる。お前の創作意欲が湧いてくるような最高のやつをな」

「えっ……」

「お前が思う最高のやつを書けよ。どんなものであろうと、オレは笑ったりしないから」

「百目鬼……」

 本当に猫のようだった。気まぐれで、たまに寄り添ってくれる。

「ありがとう、二人とも……。俺、二人に会えて本当に良かったよ……」

 きっと、諦めていた。どちらが欠けていても、俺はここまでがむしゃらになれなかった。本気で夢を追いかけられなかった。

「えへへ」

「ハッ。オレのおかげでプロになってから言えよ、そんな台詞はよ」

「ああ、そうだな!」

 そして。

 そして。

 そして。

 俺達は希望を持って新たな小説執筆に挑んだ。誰も読んだことのない斬新な設定とはいえないが、自分なりのオリジナル要素をつめこんだ小説は――できあがった。夏休みの宿題には一切手を付けずに、朝から晩まで小説漬けだったおかげだった。

 それから、一ヶ月経った九月の終わり。

 一次審査の結果が公式ホームページで公表された。更新される日は知っていたが、0時ちょうどに発表されるわけはなく、分かったのは昼時。ちょうど昼休みということで、3人一緒にスマホで結果を確認した。


 結果は――――一次落ち。


 それは、最低条件すらクリアできなかったゴミクズという意味。言い訳できないほどの凄惨な結果。何度も自分のペンネームと小説名が書いていないか確認した。だけど、どこにもなかった。

 読んでくれた審査員の人からのメールにはこう書かれていた。


『キャラクターに魅力がありません。もっと個性的なキャラクターを描きましょう。ストーリーも陳腐でありきたりです。まったく面白くありません。小説を書く前にストーリー構成やキャラメイクの勉強をしましょう』


 酷評といっていいのか、妥当な評価といっていいのか。どちらにしても、俺の心はガラスのように砕け散っていた。

 無言となった二人とずっと一緒の空間にいるという針のむしろを経験して、俺は今度こそ何もかもが嫌になった。

 どれだけ四月一日や百目鬼が何かを言っても小説を書く気になれず、何もしない時間が過ぎていった。

 この世界が物語だったらきっと全てがうまくいってハッピーエンドだっただろうけど、俺の生きているこの世界は現実だった。努力しても、結局夢を叶えることなんてできなかった。

 そんなある日。

 最悪なことは続くもので、勉強もせずに部屋にこもっている俺を不審に思った親が勝手に俺のスマホのメールボックスを覗いた。そのせいで、俺が小説を書いていることがバレ、家族会議が開かれることになった。


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