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18.母になってくれるかもしれなかった女性

 まるでゾンビのように彷徨って、たどりついたのは職員室などがある別棟。二階の隅っこには、長椅子が並んでいる。そのうちの一つに寝転がる。こんな日に保健室は開いていないだろうし、一々何かを聴かれるのも面倒だ。

 不審者丸出しの寝方だが、今日が終業式であるのと、人通りの少なさが幸いしてぐっすりと熟睡できた。一つ問題があるとすれば、木造の長椅子ではちゃんと眠れないということだ。ベッドのようにはいかず、何度も寝返りを打つ。

「う、うーん?」

 ゴツゴツと硬いものが顔に当たるはずなのに、思ったよりも柔らかい。それほど苦ではない。おかしな感触に、目を瞑りながら手で確かめてみる。つまめる。すべすべしていて肌触りがいい。視覚を封じているからこそ、他の五感が敏感になっているのか、いい匂いがする。最初は石鹸のような匂いで、でも、匂いをクンカクンカと鼻を鳴らしながら嗅いでみると、もっと甘いハチミツのような匂いがしてきた。舌で舐めてみたいと思って、実際に――


「ひゃん」


 んん? 上から可愛らしい声が落ちてきた。女性の声で、嫌な予感はしたがそのまま狸寝入りできるわけもなく、眼を見開く。――そこには、四月一日が所属していた部活の元後輩がいた。

「うわっ! えっ!? なんで!? て、うわっ!」

 宿母……さんが俺の顔を覗き込んでいてかなりのドアップ。起き抜けに可愛い女の子がキスでもしそうな距離にいたら混乱するに決まっている。

「朱久保……さん……? なんで、あの、俺のことを膝枕していたの?」

 な、なんだろう。さっきのあーんといい、この怒涛のご都合主義展開は!? まるで打ちきりが決まりそうになって、慌ててテコ入れし始めた漫画みたいだ。フラグを立てたおぼえがない。それとも、だれかれ構わず熟睡している異性には、膝枕してあげるという、ただの天使か!? それともビッチか!?

「せ、先輩。私のことは、泊でいいですよ」

「……と、とまり? え、なんで、え、なんで?」

 初っ端から名前で呼べるわけもなく、とりあえず苗字呼び。未だに混乱している。理由を訊いたらまたスルーされそうなので、至極当然の質問をぶつけてみる。

「初めまして、だよね?」

「え?」

「え? あ、ああ。あれ、だよね。家庭科室の前でこの前会ったのが初めてだよね、正確に言うと……」

「そ、そ、そう、で、すよね?」

 ん? 何故か歯切れが悪いな。確かに、あの時が初見だったはず。いや、それも当たり前か。自分が泣いている姿を見られたなんて本当は俺の記憶から抹消したいはず。うん、ここはあまり深く追求するのはやめておこう。

 そ、それよりも、

「ごめんっ!! 俺、なにかやらかした――よね?」

 宿母の膝に頬ずりをするようにしていたのは記憶にある。寝相が良いとはとても言えない俺が、それ以外のことをしていた可能性も微妙なレベルで存在するっ!!

「ああ、だい、大丈夫ですよ。大したことありませんでした」

「そ、そうだよね」

「寝言で『ママー、ママー』って言ってただけですから」

「大したことあるぅうううううううう!! なにそれっ!? 別に俺マゾコンってわけじゃないんだけど!?」

 自分の母親をママだと呼んだ子ども記憶すらないのに、いったいどうして!? いや、実の母親だけをママと呼ぶわけじゃない。

 最近はまっているソシャゲでママと呼称されているキャラクターがいる。それがとても母性溢れる性格で、見ている者を強制的に幼児退行させるスキル持ちがいる。そのキャラをサポートで毎回使っていたせいで、ママ、ママと言ってしまったのだろうっ! 夢の中までゲームしていたせいなんだっ!! とか、理由分かったけど、一般人にそんなこと言っても理解できないだろう。なら、

「○ック・トゥ・ザ・○ューチャーのネタだから! 寝言いいながらママ、ママ、言って、今は何年かを確認する時の、あの有名なシーンのパロディネタだから! ふざけてやってみただけだからっ!」

「……なんですか、それ? なんのことか全然わからないんですけど?」

「まじでかっ!? あの名作映画を知らないっ!? いやいや、ほんとうに人類!? これがジェネレーションギャップってやつか!?」

 なんなの? 今、ドクっていったら、ス○ブラ、ジゴワットっていったらシ○タゲになっちゃうの?

「そ、そこまでなんですか? 年齢だって一つしか違わないじゃないですか。あはは。面白いですね、先輩って」

「そ、そうか?」

 どこが面白いのか分からない。リア充って人生楽しいからか、どこか笑いのツボがおかしいんだよな。箸が転がっても笑いそうだ。

「……先輩、くまできてますけど、どうしたんですか? こんなところで寝てしまうぐらい勉強していたんですか?」

「いや、勉強はちょっと……。やらなきゃいけないことがあって、それをやってたんだよね……」

 勉強とか、楽しくないし、徹夜でやるのはテスト前ぐらいなものだ。

「……それってなんですか?」

「いや、その……」

 言えない。そんな軽々しく小説書いているなんて他人に言えない。これは俺だけの問題じゃない。俺が四月一日や百目鬼と最近一緒につるんでいることを知れば、芋づる式に秘密がバレてしまうかもしれないのだ。

「言えないならいいです。ただ、ちょっと気になることが一つあるんですけど」

「? どうしたんだ?」

 妙にシリアスよりの顔になって、そして、


「『やらなきゃいけないこと』って言葉が気になって」


 きっと、今一番突かれたくない核心を突かれた気がした。

「えっ?」

「『やりたいこと』じゃなくて、先輩は『やらなきゃいけないこと』を今やっているんですか? それって勉強よりも大切なことなんですよね? 将来のことよりも、今が大切なんですよね? それなのに、先輩は今、ただ義務感でやっているんですか?」

「そ、それは……」

 違う……はずだ。だって、小説を書くのは楽しいことなんだ。色々トラウマとかはあるけど、それを乗り越えてこんなにも毎日頑張れるってことは、きっと、好きでやっていることなんだ。人気をとるために……プロになるために……俺は必要なことをやっているだけだ。

「どんなことなんですか? 具体的に言わなくてもいいですよ」

「う、うまく言えないけど、人とは違うことかな……。だ、だからさ、恥ずかしくていえないんだ。他人に話したら、ば、ばかにされるようなことだから……」

 咄嗟の言い訳。適当に出た言葉だったけれど、なんだか悲しくなった。だって、その通りだから。普通の人には理解できないことだ。小説を書くなんて、恥ずかしいことだ。

 ライトノベルを一冊も読んだことがない人間が、表紙の萌えイラストを見たり、ネットの意見を聴いたりしただけで、ラノベを馬鹿にする。読むだけでも馬鹿にされ、ましてや書く人間となれば、なんでそんな無駄なことしているのと思われてもしかたない。

 同じ人種のオタクでさえ馬鹿にする。アニメ化してようやく褒めてくれる。原作なんて一切読まずに、オリキャラや謎改変、大事なシーンを端折った最低なレベルに落ちたアニメ作品であっても、面白いと言い出す。原作を読んだ方が百倍面白いのに、アニメは崇拝したりする。そんなものだ。ラノベの今の市場価値なんて。

「……私が思うに、勉強って義務じゃないですか。それを頑張るのって、ただのロボットみたいじゃないですか。何をするのを選べない……。自分で選んだ部活を頑張るのとはまた違う。でも、先輩は自分で選んだことをやっているんですよね? だったら、自分の好きなようにやりたくないですか?」

「…………そう、だな。そう、かもな……」

 今、俺は本当に好きなことをやっているのだろうか。小説を書くのは好きだ。それだけは確かなこと。だけど、内容は? 書いている内容は、どこか四月一日に誘導されたものではなかったか? 本当に自分が書きたいものを、本心で今、俺は書いているのだろうか?

「私、羨ましいんです。何をやっても中途半端だから、他の人の……違うことをする勇気がモテなくて……。だから、先輩みたいに、自分のやりたいことを見つけている人がすごく、すごく羨ましいんです。私も頑張らなきゃって、勇気をもらえるんです」

「…………」

 そもそも、俺がラノベを好きになったのは、読んでいて楽しかったからだ。主人公の行動に勇気をもらったり、感動したり、泣いたりして、いっぱい大切なものをもらったんだ。

 書く側に回るってことは、それを与える側になるってことで。

 そんな凄いことをしなきゃいけない俺が、一番しなきゃいけないことって、楽しむってことじゃないのか。自分の作品の一番のファンは自分自身にならなくちゃいけないはずじゃないのか。それなのに、俺は、自分の今書いている小説が本当に好きだって言えるのか?

「話したことがない先輩にこんなこと言うと変かも知れないですけど……。せ、先輩、今すごく大変そうに見えます。だから! わ、私に甘えてくれてもいいですよ……。私が、先輩のマ、ママになってあげますよ?」

 プツン、と電源が消えたテレビみたいに、一気に葛藤が霧散する。


「ママー!!」


 おかしいっ! さっきまで物凄い大事なことを考えていたはずなのに、溢れでる年下の母性がそれを忘れさせてしまったっ! 疲れているからっ! 連日の徹夜で疲れて変になっているだけだから! だから、許して! おれはしょうきにもどった!

「よ、よし、よし。大丈夫でちゅからねー。私がついていますからねー」

 これアカンやつっ!? ズブズブ底なし沼にはまっている感覚っ! バブバブいうのも時間の問題っ!! どさくさに紛れて胸元にダイブしているせいで思考能力が完全に真理の扉か何かにもっていかれているっ! ああ、人間の尊厳なんて、この際どうでもいい。もう、ゴールしてもいいよね?


「絶望がお前のゴールだ」


 突如、前から聴こえてきた声に凍りつく。宿母の脇の隙間から見えたのは般若のような顔をした百目鬼だった。


「笑えよ、夢野」


 顔をひきつらせていると、今度は後ろからも声。振り返ると、そこにはめちゃくちゃ怖い笑みをした四月一日。挟み撃ちされてしまった。


「ただしその頃にはあんたは八つ裂きになっているだろうけどな」


 完全に殺るつもりらしいです、はい。……どうしてこうなった?

「なんだか状況がつかめないんですけど……。す、すいません! 先輩! 私のせいで……」

「いいや、違うな、それは間違っているぞ、宿母。これは俺の問題。だから――」

 宿母を巻き込まないためにも、ここは俺一人で立ち向かうしかない。


「ここから先は俺の戦争ケンカだっ!!」


 俺だけで、あの二人相手にどこまで戦えるかは分からないが、やるしかないっ! だけど、宿母はバックから取り出した折り畳み傘を伸ばして、まるで槍のように構える。


「いいえ、先輩。私達のケンカですっ!」


 どうやら、宿母も戦うつもりのようだった。

「宿母……お前……」

「先輩一人にかっこつけさせるわけにはいきませんからっ!」

「……そうか。だったら――」

 もう、何も言わない。言わずとも、お互いの意志が伝わる。自然と、背中合わせになる。これで俺が倒れなければ、宿母が背後をとられることはない。そして、逆もまた然り。宿母が倒れなければ、俺も背後をとられない。お互いに信頼し合っているからこそとれる手段。錬金の戦士ばりに俺達は今――一心同体だ。

「――って、なんで、夢野クンの相棒ポジションみたいになっているの!? それ、共犯者のボクの役だから! 二人はどういう関係なの?」


「宿母は、私の母になってくれるかもしれなかった女性だ」


「やっぱり、泊ちゃんはいつか何かをやらかすと思ったよっ!! 最悪の形でボクの予想が当たっちゃったよっ!! この泥棒猫っ!!」

「ど、どういうことですか!?」

 普段お目にかかれない先輩の狼狽っぷりに驚いている宿母だったが、俺はいつも裏の顔を見ているせいでそこまで驚きはしない。

 しかし、ここにはもう一人、場を掻き乱す者がいる。

「別にお前がどこの誰に発情しようが関係ない。だけどな、今やるのはゆるせねぇ! オレが必死こいて探しているのに、テメェは何やってるんだっ!? それだけが気にくわねぇ!!」

「えっ、もしかして、百目鬼さん。俺のこと心配してくてたんですか?」

「ち、違えよっ!!」

 赤面しながら否定する百目鬼さん、すごく……可愛いです……。褒めたら殺されそうなので、胸中でしかほめないけどね……。

 とか、動物園のパンダの子どもを見る時のようにほんわかしていると、四月一日と百目鬼の両名がどんどん近づいてくる。さっきよりも膨れ上がった殺気を伴って、臨戦態勢に入る。

「とにかく、待ってくれっ! 争いことをする前に、もっと重要なことを決めたんだっ!」

「……重要なこと?」

 ピクッ、と四月一日の耳が動く。

「ああ、決めたよ」

 俺は過去の自分を全否定する。よりよい未来へ進むために。


「今まで書いてきた小説ものを全て破棄して、新しい小説ものを今から書く」


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