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17.エンドレスサマー

 全ての授業が終わって、昼間。午前中で学校が終わったのは、今日が終業式だからだ。帰宅部の人達は夏休みを謳歌しているが、部活に所属している人たちは部活に勤しんでいる。

 そして、俺達はどちらでもないが、空いている部室でたむろっていた。

「ね、眠いっ……!」

 バフン、と顔からソファへ突っ込む。意外に世話好きというか、気が利く百目鬼がどこからか余りのソファを持ってきたのだが、気持ちいい。このまま眠ってしまいそうだ。

「最近、授業中も眠そうだよな。昨日は何時間寝たんだよ?」

 百目鬼は呆れ顔で腕を組む。

「い、一時間は寝たよ?」

 今日は終業式で、寝ていても先生達は大目に見て指摘しない。校長先生の催眠術にかかるのは一人や二人じゃない。生徒どころか、先生ですらかかってしまう時があるのだ。だから昨日は思い切り小説を書いていた。ずっと、キーボートを叩いていたせいで、指がつりそうだ。

 四月一日が心配そうな顔で様子を窺ってくる。

「身体に負担欠けても効率が悪くなるだけだよ。少しは休んだ方がいいって」

「フン。寝ずにやるぐらいでいいんだよ」

「専業だったらまだしも、ボクらは高校生なんだよ? 授業も宿題もあって、それで小説書いてって、身体を酷使しすぎだよ」

「…………」

 なんだろう。優しい言葉をかけられているのに、違和感しかない。四月一日は厳しいイメージがあった。もしも、ここに百目鬼がいなかったらきっと、「徹夜なんてボクだってするよ!」ぐらいは言いそうだ。会話するメンバーが一人加わっただけで、正反対の言葉を言い出す。

 ああ、そっか。

これが、人間関係ってやつか。

 他人と話す機会がないからあまり分からなかったが、これは参考になる。読者は気にならないだろうが、作者的にはこういう細かな点も常に念頭に置かなければならない。特に、キャラの個性が突出しやすいラノベでは、キャラの性格は重要になってくる。周りの環境に合わせて話し方を変えるのは、あんまりラノベらしくはないかな?

 普段不遜の主人公が、年上相手にもため口を聴くのは、キャラブレせず、読者に混乱させないためでもある。文章だけで、しかも、普通の小説よりか読者層は低め。そういう繊細な気遣いも必須なので、どこまでキャラの変化を書くかも考え物だ。

 ……と、いつの間にか創作脳になっている。小説には休みがない。終わりがない。

 だから、脳が休まる時間がない。

 とあるプロ作家があとがきか何かで、『小説家にとって毎日は夏休みのようなものである。――ただし、毎日が夏休みの最終日のようなものである』と言った。どんなものでも肥やしになるから、いつ、いかなる時でも小説のことを考えてしまう。他の一般的な仕事と違って、プライベートというものは存在しない。

 親や先生は、「漫画やラノベを読んでいたら人生の無駄」だとよく言う。遊んでばかりはだめだと。――でも、だったら、俺の人生はほとんどが無駄だということになる。俺自身がゴミクズ認定されたように思えて、嫌だった。勉強をしなかったせいで、俺の人生は終わりだと断定されるのは嫌だった。

 最初は、楽な方に逃げているだけなのかもしれない。でも、小説を書くことは楽なんかじゃない。毎日が、本当に苦しい。絶対に普通の仕事をやる方が効率いい。きっと、小説家ってコスパ酷過ぎだよ、絶対に。

それでも、その苦しさから何かを見出したかった。

 勉強をしない対価として、何かを得ていると思いたかった。いや、思いこみたかった。そのためには『結果』が必要なんだ。客観的に誰もが努力したんだと認めてくれるような結果は、きっと『プロ』になることなんだ。だからこそ、絶対になりたい。普通の人に知られたら、馬鹿にされるようなことでも――。夢は自分があきらめさせしなければ、いつまでも心に宿すことができるものだから。

「明日から夏休み始まるけど、もう、これだけ書けているんだから、大丈夫だよ。それより――」

 ガサゴソと、四月一日がバックを漁ると、

「はい、どうぞ」

 語尾にハートマークがついていそうなぐらいに可愛く言った四月一日の手には、弁当箱があった。

「えっ……?」

 今日は午後まで学校の創作活動の話し合いをするよと、LINEのグループで言っていた。(ちなみに、百目鬼は既読スルーしていた)が、俺は嬉しさを噛みしめながら、わかった、とだけ一言返していた。

 初めて! 初めてLINEで友達登録したのだ! 家族とは一応しているが、クラスメイトとは初。グループとやらも初体験で、ちょっとリア充っぽくて感激している。

「どうぞっ、って、もしかして、これ……食べていいのか?」

「もちろんっ! だって、夢野クン、いっつも購買でパン買っているでしょ? 今日も買うつもりだったんだろうけど、午前中で授業は終わりだから、購買部はお休みだよ?」

「そ、そっか。部活やっている人以外はもう帰っているし、購買部も必要ないのか……。で、でも――」

「あはは。大丈夫。ボクの手作りだけど、そんな大して手の込んだものじゃないから」

 弁当箱の蓋を開けてでてきたのは、サンドイッチ。あと、トマトとかから揚げとかが横におまけで入っていて、確かにそこまで手の込んだ感じはしない。サンドイッチなら、ただ具材を挟むだけのお手軽料理だ。これなら、遠慮なく食べられる。

「ほ、ほんとうにいいのか? 飯もってきていないから、正直助かるけど……」

「うん。全然大丈夫だよ! はいっ、どうぞっ!」

 四月一日が片方の手でサンドイッチを持ち、そして、落ちないようにもう片方の手を添える。ちょっと小首を傾げながらこちらに向けてくるその仕草が死ぬほど可愛い。これが少女漫画かなんかだったら背景に花が咲いている。

 このシチュエーションは、もしかして、伝説の、あの、あーん? 都市伝説級! 俺の人生には決して訪れるはずがない、あれがっ!? こ、これは、恥ずかしいけど、拒むのも失礼に値するのでは!?

 俺はプルプル震えながら、口を開けてサンドイッチを噛もうとして、


「この味は! ……ウソをついてる『味』だぜ……」


 あーん、と口を大きく開けると、四月一日がトンビのように横からかっさらって、そんな感想を呟く。そして、グルメ漫画で過剰に反応する食レポキャラのようになる。

「一つ一つのサンドイッチの味の種類が違う。具材もだけど、このパン生地――なんと手作りだ。しかも、それぞれの食材に合うように挟み込むパンを変えている。この照り焼きは最低でも数時間はつけこないとこれほどの味はでないし、こっちのサンドイッチはパンの裏側にバターを塗っている。――これは、これは、相当気合を入れて作っているものとみた」

「違うから! 愛妻弁当的なアレじゃなくて! ラノベの料理できる男主人公を描写するための参考だから!」

「お前の作品でそんなキャラの主人公いねぇーだろうがっ!」

「新作だから! 新作で出てくるからっ!」

 疲れもあるせいか、キンキン頭に響く。耳鳴りまでしてきた。

「だめだ……ここじゃ仮眠できない……。どこか……もっと静かなところに……」

 二人で仲良く喧嘩する声を背景に、俺はぐっすり眠れる理想郷を探してその場から逃げだした。


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