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15.逆転論破

 学級裁判が始まった。

 百目鬼の正体を暴くための学級裁判……俺は何の準備もしていないし、四月一日から詳しい話を聴かされていない。俺はとりあえず、静観を決め込むしかなかった。

「それじゃあ、キミの正体を証明してみせようか。ほら、このイラストと、そして、このTwitterのイラスト、完全に一致しているよね? つまり、《隠者の逆位置》と、百目鬼女々は同一人物ってことだよね?」

 取り出したスマホの液晶画面で二つのイラストを比較させる。英語のノートに描かれたイラストはラフだが、描き手によってタッチの仕方がかなり変わる。人間の描き方一つ一つも、個性がでる。小説の文章よりも、イラストの方が個性が出やすい。真似でもしない限り、客観的に観て二つのイラストは同一人物の手によって描かれたものだった。

「はっ! なるほどな……。確かに似ているけど……ほんとうに同じなのか!?」

「……どういうこと?」

「単純に絵柄が似ているって線もあるが、トレパクなんて日常茶飯事のこのご時世。このノートのイラストと、そのTwitterのイラストのどちらかが描き写したものだったとたらどうだ!? 以上! それが真実なんだよ! ビチグソがああああああっ!!」

 もしも、この世界が仮想世界――ゲームの中だったとしたら、綺麗にカットインが入るような自然な口調で、四月一日が反論し始める。


「それは違うよ」


 ポツリと呟いただけの一言で、逆ギレするようにヒートアップしていた百目鬼がたじろいだ。

「残念だけど、その可能性はないね」

「――なに!?」

「ここに注目して欲しいんだけど、ほら」

 スマホを操作すると、四月一日は《隠者の逆位置》の描いたイラストそのもの――ではなく、左端の余白部分を指差す。

「そ、それは――っ!?」

 俺は一瞬訳が分からず脳内が空白で埋まるが、やがて気がつく。ぐちゃぐちゃに書かれているその文字は、ラーメン屋さんとか本屋さんとかで見かける、有名人などが自分の名前を書いたものだ。

「これって、サイン?」

 草書体のような文字は読めないが、簡単に真似できるものではない。正式な文字ではないそのサイン。それは、《隠者の逆位置》がTwitterで投稿してきたイラストだけではなく、ノートに描かれているイラスト全てにも描かれていた。英語のノートにサインなど必要ない。だが、癖で描いてしまったのだろう。

「そう。今はネット上に無断転載される時代。誰もがネットを使えることによって、モラルの欠如した人間も悪用できるようになった。――その弊害によって、なりすまし行為という新しい悪質な嫌がらせが生まれた」

「それって、アカウント乗っ取りとかか?」

「それもあるけど、単純に『この絵を描いたのは私ですよ』って言いきる人がいるんだよね。描いてもいないの、勝手に転載してきたそれを指摘したら『そのぐらいいいじゃないですか! プロじゃないくせにケチですっ!!』とか逆ギレされちゃったりするんだよね……」

「や、やっぱり詳しいな」

「えっ、だって、ボクのTwitterのヘッダーのイラスト、ボクが描いたのだもん。絵を描くぐらいだからそれぐらい知ってて当然だよ」

「うぇぇえ!? うっそ――だろっ!? めちゃくちゃうまいじゃんっ!! あれ、フォロワーの人に描いてもらったものだと思ってた」

「うーん。フォロワーさんに描いてもらったものも、たまにヘッダーに設定したりするけど、基本的にはボクの絵だよ」

 はぁ、と思わず感嘆してしまう。何の気なしに呟いているが、四月一日のイラストは一朝一夕で素人が描けるようなレベルではない。イラストでお金を稼げるぐらいのうまさだ。小説だけじゃなく、絵でもあれほどのクオリティの作品を仕上げるなんて凄すぎる。

「お前は本当になんでもできるなあ」

「なんでもはできないよ。できることだけ」

 はっ、と百目鬼は鼻で笑う。

「……オレから言わせれば――まだまだだね。描きこみが足りないんだよ」

「うーん。まっ、それは確かにそうかも。ほとんど毎日小説投稿しているから、描きこむ余裕がなくて、ささっと二十分ぐらいで描いたからね」

「……ええぇ!?」

 百目鬼でさえも、素で驚いている。さっきまでの罵倒が強がりにさえ見えるほどに。

「ボクの話なんてどうでもいいんだよ。話を戻すけど、ボクが気になったのは、ここだよ。文字の部分だ」

 もう一度、スマホの画面を使って指摘する。

「サインを書くのが癖になっているみたいだね。英語のノートにも書かれているよ。第三者が見ることが想定されていないこのノートにサインが書かれている。それこそが、このノートの持ち主と、《隠者の逆位置》とが同一人物だという証拠だっ!!」

「くっ、くそがああああああああっ!!」

 パリィン、と百目鬼の心の錠が砕かれる幻聴が聴こえる。これで、勝負は決した――そう思ったけど、百目鬼はフッ、と笑う。叫ぶことによって平常心を取り戻したらしい。どうやら自分の感情をコントロールする術を知っているらしい。高校生離れした精神力だ。

「……なるほど、これが学年主席の頭脳を持つ四月一日真の追求のやり方か……。確かに、お前の言うとおり、このノートと《隠者の逆位置》とかいう奴は同一人物みたいだな」

「それじゃあ、百目鬼さん。キミは自分が《隠者の逆位置》だと認めて――」

 それは、まるで先ほどの再現だった。


「異議あり!!」


 まるでやり返してやると言わんばかりの大音声だった。

「確かにその、《隠者の逆位置》とこのノートの持ち主が同一人物であることはほぼ間違いないみたいだな。――だけど、このノートの持ち主とオレが同一人物であるとは限らない。そうだろ?」

「そ、それは――」

「そ、そんなの、百目鬼の持ち物に決まっているだろ!?」

「確かに、オレの机の中にあって、それをお前が盗んだのは真実だ。だけどな、それがオレのノートであるなんて証明はされていない。いや、不可能だな。オレがそれを認めない限り、絶対にっ!!」

「そ、そんなの……」

 覆せるはずがない。この世界はゲームでもネット小説でもないのだ。決定的証拠なんてあるわけがない。不謹慎ながら、殺人事件ともなれば痕跡の一つや二つでるかもしれない。だけど、これはただ、絵師が百目鬼本人であるか、そうではないかの特定。百目鬼自身が突っぱねれば、決して認められない。指紋や筆跡鑑定でもできれば話は別だが、そんなことできるわけもない。こんなの、いかに四月一日が優秀であろうとも、きっとどうしようもない。

「ノートにオレの名前でも書いていたら一発だったかもしれないが、生憎それには誰の名前を書いていないみたいだな。残念だったな、気分はどうだ? ここまで論理を積み重ねて逆転される気分は?」

「そ、そんなの詭弁だっ!!」

「どうやらお前は何も分かっていないようだな」

「なに?」

「結局、世の中証拠が全て。どれだけ疑わしくても、証拠がなければ無意味だ。証拠がない以上、誰にもオレの発言はひっくり返せない」

 フン、と鼻で笑う。

「このノートはオレのも / のじゃないんだよっ!」            

 斬ッ!! と、確かに剣で何かを両断するような音が聴こえる。


「その言葉、斬っちゃうよ!」


「な、なんだっ!?」

「諦めちゃだめだよ、夢野クン」

「でも、不可能だろ。百目鬼の言い分はまるで『悪魔の証明』だ。誰にも証明することなんてできっこない」

「チェスの盤面をイメージするんだ。相手の一手先を読むために――。相手の論理ロジックの『決定的矛盾』を見つけるために――」

「なんだ、その逆転○事みたいな発想は……」

 いくら四月一日でも、証明できないものを証明できるはずがない。それなのに、


「そこでチェス盤をひっくり返すよっ!!」


 こいつなら、何故かやってくれそうな気がする。

「真実への道が閉ざされて打つ手がない。そんな時は、『逆転の発想』をすればいいんだよ」

「逆転の……発想!?」

 そんなこと言われても、何をどう逆転させればいいのか見当もつかない。

「ノートのイラストだけじゃ、百目鬼さんのものじゃないと証明できない。だったら逆転の発想だよ。このノートのイラストで証明できなければ、逆に、どうやったら証明できるのかって」

「そ、そんなの証明できるわけが……。そもそもノート以外、手がかりがない以上……」

「そうだよ。だけど、ノートだけで彼女を追いつめるのは十分なんだ。思い出して、夢野クン。これが、元々何のノートだったかを」

「それは、英語ノートだけど……。でも、それがいったいどうしたっていうんだよ。そんなもの今は何の意味もないだろ?」

「……夢野クン。もしキミが他人に見られたくないポエムノートやら日記帳やら持っていたとして、それを隠すためにやることって何かな?」

「そ、そうだな。カバーをしたりとか、誰にも見つからないところに隠したりとか……」

「うん。確かにそうなんだけど、どれだけ隠しても見つかってしまう可能性は決して消えない。そんな時にすべきなのは偽装なんだよ」

「……偽装!?」

「分かりやすく言うと、えっちぃ本のカバーを、小説のカバーと付け替えるみたいなやり方だよ」

「分かりやすいけど!! 分かりやすいけどなんでそんな具体的!? 女なのに、なんでそんな男性側しか分からないあるあるを、そんな的確に!?」

「……父の書斎で読みたい本があって読もうとしたら、別の本だったんだ……」

「おとうさーんっ!! 会ったことないけど、お金持ちの四月一日さんところのお父さんに妙な親近感がっ!!」

「大丈夫。乱雑に置かれていたから、ちゃんと五十音順に並べ替えてあげたよ」

「やめてあげてっ!」

 なんなの!? わざとなの!? 天然なの!? お父さん可愛そうすぎるだろっ!!

「でも、そんなの今更言ったって……英語のノートに偽装されていたのはパッと見で分かるだろ?」

「そういうことじゃないんだ。注目すべきは外側じゃなくて、中身だよ。英語のノートを開いたら最初の何十ページにわたって偽装が施されている。万が一にも誰かが英語のノートを開いても気がつかないように……」

 確かに、英語と、そして日本語訳が書かれている。意外にも女の子らしい可愛らしい文字で、綺麗に整理されている。日付を書き、中途半端に内容が終わるところには、ちゃんと線で区切っている。

「はっ!! そんな小さなことが、どうしたんだよっ!!」

「それこそが致命的なんだよ、百目鬼さん。キミ、結構根は真面目なんだよね。板書されたものをそのまま何も考えずに写す癖があるよね。その癖と、偽装、用意周到さが決定的な証拠なんだ」

「け、決定的な証拠だと……?」

「ほら、見て。二年前から発信しているキミのツイートを確認したよ」

「……? それが?」

「五千二百十一ツイート全てを確認したんだけど、キミ、他愛ない行動を呟く癖があるよね。それが、一致しているんだよ。ほら、ノートにもキミ律儀に日付を書いているでしょ?」

「は、はあ!? 何適当ぶっこいてんだ!! そんな見え透いたハッタリ、法廷でしか通用しねぇんだよっ!!」

 いや、法廷でも通用しないと思う。通用するのはあのギザギザ頭をしている恐怖のツッコミ男ぐらいなものだろう。

「5月12日のツイートにこう書かれているね。『今日は英語の小テストだった』って、ほら、キミのツイート通り、この日、英語ノートにテストのやり直しをしているね。キミ、意外に真面目に復習しているみたいだね」

 ツイートの日付と、ノートの日付。英語の小テストをやった日付がぴったり重なり合っている。この時点で、俺達クラスの中に、ノートの持ち主がいることが判明した。

 英語の小テストは、微妙に問題を変えている。もしも同じ問題で小テストをしたら、答えを他のクラスに教える奴が現れることも、先生は長年の経験で知っているのだ。だから、問題は多少変えている。だから、特定できてしまう。俺達がやった小テストとまったく同じ問題文が書かれている英語のノートがここにあることでっ!!

「ひ、日付と行動が一致しているからなんだっていうんだっ! そんなの、他の奴のノートだっ! 確かに、ノートの持ち主はオレ達と同じクラスメイトのようだが、まだ、私のノート決まったわけじゃ――」

「あっ、言い忘れていたけど、さっきのツイートには続きがあったんだった。『間違えたところを復習しておこう』って。ほら、復習している跡があるよね? キミの答案用紙見せてくれるかな? きっと、一致するはずだよ。間違えた箇所と、ノートに書かれている箇所が。きっと、一致するのは、クラスの中でもキミだけだろうね」

「……くっ!」

「あっ、先に言っておくけど、紛失したなんて陳腐な言い訳はしないでね。小テストは一度先生が回収している。点数を聴けば何点か教えてくれるし、採点は隣の席の人としたはずだよね。隣の席の人の記憶がまだ残っていれば、キミは確実に終わりだよ」

「こ、こいつ、遊んでやがるっ!! 自分の証言を印象付けさせるために、わざと証言に隙を作りやがったなっ!! まるで検事になって以来無敗を誇る天才検事のような陰湿なやり方をしやがってっ……!」

 あのゲームだとそんな検事ばっかり毎回登場するよね……。

「……ちっ! そうだよ! 数年前から、オレはずっとイラストを描いている。お前の作品は読んだよ。絵も描かせてもらったことがある」

「やっと、認めてくれたね。それじゃあ、この秘密がバラされたくなかったら、ボク達に協力してくれるよね?」

「――もしも、オレがお前らの秘密をバラしたら?」

「その時は一蓮托生。道連れだよ。キミの秘密も暴露する。だから、なるべく対等の立場でいたいんだけど、どうかな?」

「……それしか選択肢がないなら、そうするしかないだろ……。だけどな、絶対にやりたくないことはしない。それでも強制するっていうんなら、勝手にバラせ。犬はエサで飼える。人は金で飼える。だが狼を飼うことは何人にも出来ないんだからな」

「――それでいいよ。これから、よろしく、共犯者」

「フン」

 さし伸ばされた手を、だけど、百目鬼は簡単に叩く。手を握り返すことなど死んでもしたくないとでもいうように、冷たく一瞥した。人たらしな四月一日のカリスマ性に魅了されるものが多い。

 本性を知った俺でさえも、四月一日の軍門に下ったようなものだ。それでも、百目鬼は、本当に、対等に四月一日といられる。決して四月一日の輝きに眼をくらますことなく、傍にいられる稀有な存在だ。

「凄い強情だね。その態度、いつまで貫くつもり?」

「――無論、死ぬまで」


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