14.ボク達とキミの学級裁判
さわさわと風によって擦れる葉の音が、頭上から降り注ぐ。ひと気がなく、屹立する木々が影を作る。敷かれた石畳はひんやりとしていて、夏の暑さを緩和してくれているこの場所は、小ぶりな神社。狐の像が両脇に配置されているこの神社ならば、万が一にもこんな平日に高校生が立ち寄ることはない。
学校での話し合いは百目鬼が拒否。外での話し合いとなって、ファミレスを俺が提案したが、それは即座に二人が却下した。確かに、田舎の高校生にとってファミレスは一番ベタな提案だった。飲み物一杯で何時間も勉強とか、おしゃべりを粘る場所。ならば、もっとも最近の高校生が来ない場所は? という問いの最適解がここだったという話。そこまではみんな納得したのだが、道中ずっと、百目鬼が俺のことを睨んできていたのが気になる。
「なんで、こいつまでいるんだよ」
「だって、夢野クンにもこのノートの秘密を教えたからね。だったら、ここにいてもいいでしょ?」
「あぁ!? てめぇ、どういうつもりだっ!?」
「ボクらは一蓮托生の共犯者なんだ。切っても切り離せないんだよね」
「共犯者だあ!? そのノートを奪った共犯者ってことか? 夢野、てめぇ……」
いい方っ! 今、共犯者とかいう単語使ったら誤解されるだろっ!! 全部、四月一日主導で俺はただついてきただけなのにっ!!
「いやいや! 俺はあんまり関係ないというか、なんというか」
「え? なに? 夢野クン、ボクを裏切るの?」
「――いえ、共犯者です」
どっちも怖いんだけど……。どっちも睨んでくるんだけど……。
「やっぱりてめぇも一枚噛んでんじゃねぇか! 嘘ついてんじゃねぇ!!」
巻き込まれただけですと、一言言えればどれだけ楽だろう。そんなこと言えるのなら、きっとここに俺はいない気がする。
「……それで、いったい、これはどういうつもりだ?」
「改めて自己紹介したいと思ってね。ボクのペンネームは《巨人殺しの弟子》。『ヴァルハラ』っていう投稿サイトで小説を投稿しているんだ。――あれっ、あんまり驚いてないね。やっぱり、ボクのこと知っていたの?」
「はあ? そんなわけないだろ。あまりにも突飛過ぎてリアクションがとれなかっただけだってぇーの」
「ちょ――四月一日! そんなこと言っていいのか?」
「いいんだよ。こちらだけ手札をみせないで、そっちの秘密を晒してくれなんて言っても首を縦に振ってくれるわけないでしょ? だからさ、夢野クンのこともばらしていいよね?」
「……う、うーん」
そういうものか? 交渉事だったら自分の手の内を最初から明かしちゃいけないんじゃないかと首を傾げていたが、四月一日はそんな俺の逡巡を軽く無視して話を続ける。
「ちなみに、こっちの夢野クンのペンネームは《空の夢》。知っているよね? ボクと同じく、『ヴァルハラ』で小説を投稿しているネット小説家なんだよ」
「はあああああああああああ!? まじでえええええええええ!?」
「めちゃくちゃリアクションとってんじゃねぇか!? 初めてのテレビ出演で緊張して声も出せない若手の芸人によりも、声が出てたぞっ!?」
こいつ――《隠者の逆位置》とはちゃんとした絡みは――そんなになかったはず。だけど、誰でも閲覧できる活動報告で、四月一日とは色々と交流していたから俺のことはちゃんと認識していてもおかしくない。
「こいつが、あの、《空の夢》!? 小説の内容がねちっこいから女かと思ってたけど……」
「読んでくれてたっ!? でも、評価あんまり良くない!?」
たまには褒めてくれても罰は当たらないんだけどっ!?
「なるほど。お前ら二人、ネットでも仲良かったもんな。……それで? お前達二人がどうして結託しているのか――それは分かった。だけどその二人が、その英語のノートを奪ったんだ?」
「別に大したことじゃない、ただの脅迫だよ。ボク達の仲間になってくれないかってお願いしたいんだ」
「仲間だと? どういう意味だ?」
「百目鬼さんってツイッターで結構な頻度画像上げているよね。プロフィール画面には『お仕事の依頼があればメールアドレスかDMにご連絡ください』って書いてあるよね。これって、プロ志向ってことでいいんだよね?」
「…………さあね。そうかもしれないな」
「だったら、ボク達は協力すべきだとは思わない?」
「協力?」
「そうだよ。足りない分を補いたいんだ。ボクらはみんなプロになりたい仲間なんだ。ボクらはイラストについては素人だけど、でも、素人だからこそ率直な意見が出せるよ。だからキミもボクらの小説について批評して欲しいんだ。キミが挿絵を描いて、ボクらが小説を書くっていうのも一案としてあるんだ」
「ああ、言ってたな、それ……」
百目鬼にメリットがあまり観られない。協力というよりは一方的な提案にしか思えないけど、それでいいのか?
「思うに、キミってイラストを一枚一枚しか描かないみたいで、漫画家志望ってわけじゃないんだよね」
「……まあ、そうだな……」
「ただイラストをTwitterに投稿するより、小説の挿絵として出した方が宣伝になるよね。お気に入りやRT数も、普段の時よりかは格段に上がったし、それにコメント数だって上がっていた。キミにとって悪い話じゃないと思うけど?」
なんか……意外に、四月一日にも考えがあったんだな。確かに、四月一日の小説人気なら、小説の挿絵を眼にする人数もそうとうなものになるだろう。百目鬼がもしも、四月一日の小説の専属のイラスト担当になれば、百目鬼はファンを増やす絶好のチャンスになる。
「ハハハハハッ!! なるほど、なるほど。協力なんてきれいごと抜かすから、どんな裏があると思えば、なんだ――ただの仲良しごっこか」
「……なんだって?」
聞き捨てならないな、今の一言。
「温いんだよ、お前らは。――『覇者は常に孤独を求めて頂きを目指す』。人間は誰かと一緒にいるだけで弱くなるもんだ。お前らがやっていることは、プロになれないアマチュア同士で集まって自分達の傷をなめ合っているだけだ。生産性のないダサイクルなんだよ。オレは何度も見てきた。しょうもないイラストをコミュティで褒めちぎって、結局表舞台には投稿しない。そんなぬるま湯に浸かって気持ちの悪い賞賛をしあって、どんどん深みにはまっていく連中を――。どうせ、お前らだって、そんなクソみたいな連中と一緒なんだろ?」
「訂正しろ!」
「ああ? どうした? 金魚のフン」
「……お、おう……」
生まれて初めてそんな別称を真正面から言われたんだけど――だけど、怯んでいられない。俺は四月一日におんぶにだっこしているが、彼女は違う。四月一日は本当に凄い奴なんだ。
「確かに俺は骨の髄までアマチュアかも知れないけど、四月一日は違うっ!! プロになれるのを蹴ってここにいるんだっ!!」
「なるほど。『弱者は強者に寄生する』ってやつか……」
「なっ……」
「いるんだよなあ。こんな風に足を引っ張るやつが、どこにでも……。オレはお前みたいな奴が大嫌いなんだよ。凡人が天才を殺すんだ。お前なんかの相手をしているせいで、四月一日の小説投稿が滞ったら、お前は読者にどんな言い訳をするつもりだ?」
「そ、それは……」
ネット小説は投稿の間が空くと、アクセス数が激減する。読者が毎日読みたいっていう気持ちの表れだ。今はまだ投稿速度は落ちていない。だけど、四月一日は毎日俺の小説を読んで、問題点を挙げてくれている。負担になっていないはずがない。痛いところをつかれた。――そのはずなのに、四月一日は涼しい顔をしている。
「どうやら、随分とステレオタイプの考えのクリエイターみたいだね」
「なに?」
「地上デジタル放送になったんだ。そんなステレオタイプの考え方なんてもう通じないよ。時代は変わったんだよ。確かに昔はたった一人の天才が世界を変えていたのかもしれない。だけど、今は違う。ネット――SNSの普及によって、ボクらは情報を共有することを学んだ。繋がることで、ボクらはよりよい作品を作れるようになった。だから、この時間だって無駄なんかじゃない。むしろ、経験した全てを肥やしにできないなら、それは小説家じゃないよ」
「……ただの事実だろ。似たような作品がゴロゴロ転がっているこのラノベ暗黒時代の、何が良くなったっていうんだよ……」
「ライトノベルがプロだけの世界だった時、どうなっていたか思い出して欲しい。ずっと、恋愛日常もので、変な部活動を立ち上げたりして、なんなら妹ものだったりして、そんなものしか溢れていなかった。そして才能がある人間がかきあげたせいで完成度が高かった」
「……それのどこが悪いんだ?」
プロの作品は本当に完璧だ。読んだ人間が感動できるように要所要所をおさえている。読む中高生がつかれないような軽い文章で仕上げつつも、重厚なストーリーを造り上げる。だけど、
「先が読めるんだよ」
完璧すぎる故に、なんの面白みもない。遊びがない。漫画の余白が、時に劇的な演出になるように、余裕のない作品には満点をつけることしかできない。100点をつけられても、120点はつけられない。
「起承転結がしっかりしているせいで、読書家だったら数ページ読んだだけで展開が先読みできていたよ。今、五十ページ目ぐらいだから、ヒロインが新しい部活を作り始めようとか言い出すんだろうなとか。――だけど、今はどうかな? ネット小説が普及したおかげで、素人が大量の小説を書くようになった今を」
「そんなの支離滅裂になっただけだ。劣化しただけだろ」
ネット小説は先が読めないことが多い。まだ話がまとまっていないのに、いきなり登場人物を増やして、そして、それが何の意味をもたらさない――みたいな、プロならまずありえないストーリー構成をいきなりぶっこんでくる。だが、それがいい、とそう思える人間が一定数いるから、アマチュアが今、台頭しているのではないのだろうか。
「よくある話だよな。天才たちが長い間造り上げたものを、凡人たちが一瞬で壊すんだ。昔のラノベは良かった。ちゃんと話を考えられていた。ブ○ポ時代こそが至高なんだよ」
「懐古厨は黙ってオ○ナ帝国でも観賞しておいて欲しいんだけど、敢えて何か言わせてもらえるなら、そんなのつまらないよね。まるで予定調和だよ。ネット小説が書籍化される時、戦いの途中でぶつ切りになることが多いよね。何故なら、ちゃんと考えていないから。文章量を考えていないから。プロットをちゃんと立てていないから」
「……一巻で書き終える技量もないのか……。ネット小説家は総じて糞なんだな……」
「そうじゃないっ! バリエーションができたんだよ! 一巻で書き終えないからこそ、今まで端折っていた描写をより濃く書けるようになった。内容も舌触りのいいものから、ゲスいものまで書ける。文章力がない作品、きっと選考の時点で落とされていたものだって、脚光を浴びるようになった。それは、たくさんの人が小説を読める環境が――ネット環境ができあがったからだよっ! 数人の天才的な頭脳を持つ編集が選ぶんじゃなくて、数多くのただの凡人が面白い小説を選べるようになったんだ! それって凄いことじゃないのっ!?」
ラノベは巻数が続くとネタがなくなるせいか、エンタメ的展開がなくなり、説明文が多くなる。まるで教科書でも読んでいるかのように、つらつらと作者が考えた設定を読まされることが多くなる。人を選ぶ作品へと仕上がっている。天才が書いて、天才が編集して、天才が理解できる本へ変貌していく。
正直、馬鹿な俺にはちんぷんかんぷん。ネットで評判を調べたら絶賛の嵐。理解できないのは俺だけのようで、まるで裸の王様。俺が「王様は裸だよっ!!」って言ったら、きっと俺だけが恥をかくような空気が流れている。
だけど、ネット小説はよくもわるくも距離が近い。マナーやモラルなんて度外視の人が多く、アンチが蔓延っている。でも、俺はちょっと嬉しかったりする。だって、誰もが「裸だよっ!!」って自分の意見を作者にダイレクトにぶつけることができるから。ちょっとでも読者の意見にそぐわないことをしたら、作者が展開を変えてしまうみたいなことだって実際に起きている。
そんなの、プロの世界じゃありえない。
俺は実際にアンチに粘着されて嫌だった。だけど、今だからこそ思える。きっと、悪いことばかりじゃない。アマチュアだからこそ起こる奇跡だってあるのだと。俺はその奇跡を何度もまのあたりにしている。読者と作者でつくりあげられる作品。それはたった一人きりで造る作品よりも、面白い作品にできあがるかもしれない。
「一人きりじゃ行詰まっていたラノベも、たくさんの人間がいれば変えることができたんだよ。ボクにとっては今がラノベの全盛期なんだ! だから、キミも誰かと一緒にいた方が絶対いい作品ができるよ。クリエイターが独りでいて全てを変える時代は衰退した。そのことを、ボク達が証明してみせるっ!」
「だから、試しに一緒にいろって? くだらないな。そもそもの話、残念だけど、オレは《隠者の逆位置》なんかじゃない。一緒にいろって言われても、何のことか分からないな……」
あくまでしらばっくれる百目鬼。ここまで言葉を重ねても、心揺り動かされない相手には、ただの綺麗事じゃどうにもならない。だが、清濁併せ持つ四月一日がただ黙っているわけがない。メキシコ風ギャングの新人にやるという『衝撃的授業』のような、脳天に響く一撃をお見舞いするつもりだ。相手はカースト上位の強敵。だが、策士のようなこいつの前では悪魔だって全席指定、正々堂々手段を選ばず、真っ向から不意討ってくれるはずだ。
「だったら、始めようか。キミのその嘘を暴き、罪を裁く学級裁判を」
「学級裁判? こんなところで? そして、オレとお前の二人だけでか」
「ううん、違うよ。ボク達だけの問題じゃない。夢野クンもいるよ。それでもたった、三人きりの学級裁判――ボク達とキミの学級裁判さ」