12.16歳のイラストレーター
「……これでいいか?」
放課後。いつもの図書室に俺と四月一日は集合していた。ただでさえ普段分厚い教科書をパンパンに入れている鞄の中に、今日はノートパソコンを持参してきた。画面に映っているのは、小説だった。
四月一日に書けと言われて、書き始めたのだ。一応、四月一日から出されたある意味最大の課題、プロットは採用された。五回以上提出して「うん、これでいいんじゃないかな?」と半ば諦められたような気がしないでもないが、とにかくプロットは書き終わった。そして、こうして小説を提出している。
一気に見せるのではなく、徐々に見せながら推敲していく決まりになっている。
紙を印刷してくれば良かったのだが、プリンターは家族共用。使うのならば、紙とインクは自分で買って使えという家のルールがある。金がないので、勉強道具は机の中に突っ込んで帰宅。そしてノートパソコンをこうやって持ってきた。親にばれたらまた怒鳴られそうだが、今は勉強よりも小説だ。
だけど、このままノートパソコンを毎日家と学校を往復させるのにも限界がある。これからはパソコンのあるパソコン室で話し合いをするか? だけど、あそこはパソコン部とかいう活動内容が不透明な部活動がたむろっている。無理だ。
こうなってくると手軽に持ってこられるタブレットが欲しいが、スマホやノートパソコンを買ってもらうのだって、かなり難航したのだ。タブレットはバイト代稼いで自腹で払うしかない。ひと段落したら、楽そうなバイトを探そう。
「うーん、いいけど……」
「いいけど?」
「相談があるんだけど、この小説、『ヴァルハラ』に投稿してみない?」
「えっ? コンテストに応募するんじゃなかったのか?」
「ペースが落ちているんだよね、夢野クン。やっぱり、モチベーションが低下しているのが原因だと思うんだ。とりあえず、投稿したら反応が返ってくるからペースがあがると思うんだよね。幸い、今回のコンテストは、ネットに投稿していても大丈夫なコンテストみたいだしね」
「……いや、俺の場合はあんまり、反応返ってこないんだよね」
「えっ、そう? 夢野クンの代表作の『ゲーセン通い系陰キャの対戦相手はリア充キャラ』とか、五十万アクセスは言っていたよね? それなりに返ってきているよね?」
「ええ、まあ、それなりになっ! それなりにっ!!」
「ご、ごめんっ! そういうつもりじゃないんだっ!!」
俺だって責めるうつもりじゃなかったのだが、ここ数日ちゃんとした睡眠をとっていないのでカリカリしている。平均三時間くらいしか寝ていない。ちゃんと寝ないと面白い文章が書けないから寝ようっ! といつもならば言い訳して熟睡するのだが、四月一日に管理されている今、そんなことはできない。
「四月一日に言われていた一日の文字数ノルマはクリアしているんだけどな」
一ヶ月に十万文字書くとしたら、一日に必要な文字数は三千三百三十三文字くらい。だから、それが一日のノルマを日々課せられている。たったの三千文字程度とか楽勝じゃんっ! とか思っていたが、毎日となるとかなりしんどい。風邪を引いたら一発でアウトなので、手洗いうがいを欠かせないようになった。
一ヶ月で大体小説一冊を書き終わり、残り一ヶ月で推敲していく予定らしい。夏休みに入りさえすれば、かなり時間が空く。早く夏休みになって欲しい。
「確かにそうだけど、水増ししているよね?」
「うっ」
「明らかに不必要な描写が最近増えてきたからね。そういうやり方憶えちゃだめだよ。ラノベは書く速度が重要だけど、手を抜いたらだめなんだよ。だから、何か今の内に手を打っておいた方がいいと思ったんだよ」
「でも、アクセス数が稼げたのは、四月一日がレビューを書いてくれて、しかも自分の活動報告で宣伝してくれたおかげだよ。俺の実力なんかじゃない……」
「――仮にそうだとしても、悪いことじゃないよ。ボクがまた書いてあげようか?」
「いや、いい。アクセス数を稼ぐためにレビューをもらうんじゃなくて、書きたいって思ったら書いて欲しい。――青くさいかもしれないけど、やっぱりなんだか卑怯だよな。四月一日に頼んでアクセス数稼いでも、それは四月一日の力で、虚しくなるだけだ」
「……別に卑怯なんかじゃないと思うけど、夢野クンがそういうなら止めるよ。でも、なんでもいいから利用してやろうとした方が、プロへの近道になることだけは理解しておいた方がいいよ? 夢野クンが望むのなら、いつだって食レポのように褒めちぎったレビューを書くからね」
「分かった。頼みたくなったら頼むよ。――ありがとな、そこまで俺のこと考えてもらって」
「別に……。ボクは契約者だ。協力できることならなんだってやるよ」
一万とか二万とかのアクセス数で書籍化されることもあるから、アクセス数なんて関係ないと強がっても、やっぱりアクセス数が多い方がいい。伸びすぎたらもれなくアンチがつくのでそれはそれで嫌だが、多くの人に読まれるとモチベは上がる。
「んー、でもそうなると、投稿するのはやっぱりやめにしようか。――その代わり、別の案を聴いてくれる?」
「別の案? 他に何かあるのか?」
「うん。ボク達は今二人だけでやっているよね? それじゃあ、こんな風にいつか限界が来るってボクには分かっていたんだ。だから、仲間を――共犯者を増やそうと思うんだ」
「共犯者を増やす……? でも、そんなことしたら秘密を共有できなくなる。俺も、そして、四月一日だって困るだろ?」
「リスクが増えるのは承知の上だよ。だから、お互いに弱みを握ればいいんだよ。そして、ボクと夢野クンのように、不可侵条約を結ぶんだよ」
「ちょっと言っている意味がわからないけど……。でも、そんな都合よく弱みを知っている奴がいるのか? なおかつ共犯者に引き込むだけの逸材がいるのか? 言いたくないけど、俺がかなり足を引っ張っている今の状況で、ただの素人なんかこの場でぶっこんだどころで、事態が好転するとはおもえないんだけど!?」
「それなら大丈夫だよ。脅しのネタなら確証を持っているし、その共犯者の加入は必ずボクらにとってプラスになるはずだよ」
脅しのネタとか、そういう言葉がサラッと出てくることに今更大きく驚くこともなかった自分に、一番驚いてしまった。
「それで、その肝心要の共犯者って誰なんだ? 俺の知っている奴なのか?」
「もちろん、夢野クンの顔見知りだよ。だって、夢野クン人見知りでしょ? 全く知らない人と引き合わせても、お喋りすらできなさそうだし……」
「いや、まあ、そうなんですけどね……」
否定できないのが悲しい。
「……夢野クン、百目鬼って言う人のこと知っているよね? 裏で《エリートヤンキー》とかあだ名がつけられているクラスメイトさ」
「は、はあ? なんで、いきなりそんな奴の名前が? まさか、新しい共犯者って、あ、あの人のことじゃないだろうな?」
あいつが共犯者な訳がない。百目鬼とはまた違った意味で小説に関わるような人種じゃない。ラノベとかオタクを馬鹿にしてそうだし、文学少女というわけでもなさそうだ。活字とか嫌いきそうだし。
「……ねえ、知ってた? 彼女がいつも指に指輪つけていたこと?」
「えっ? えっ、と……。そうだな、つけていたような、つけていなかったような……」
他人に興味なんてないから、そこまで眼がいっていない。小説を書く際に、人間観察が必要だと思って自主的にやる時はやるが、最近のラノベは昔のラノベに比べて人物描写する分量が少なくなってきている。改行しまくって下半分が空白になって、メモ帳代わりに使えるようなラノベばかりだ。だから女の子の装飾品とか、髪の毛数ミリ切ったとかしょうもないことを観察する必要なんてなくなったのだ。だから、面倒であんまりやっていない。
「実はね――」
「あれは、ボ○ゴレリングだよ」
「ボ○ゴレリングっ!? ……って、あの週刊少年誌の作品の中で出てきた、あの指輪のことか? そんなの、よく分かったな……」
「ボクの愛読書の一つだからね。分からない方がおかしいよ。しかも、ボクもあれ持っているし、家に置いてあるよ」
「えっ、そうだったの? 気がつかなかったな。この前行った時は……」
「机の奥にしまっていたからね――まっ、ボクのことはいいんだよ。問題はそこじゃなくて、ねえ、このことを聴いてどう思った?」
「ど、どう思ったって意外だ、としか思わなかったけど。結構有名な作品だけど、数年前の作品だから、少女漫画とかならまだしも昔の少年漫画とか読むんだなって思ったけど……」
「それだけ?」
「それだけ、だな……」
「うーん、そうだなー」
あっ、そうだ、と何やら閃いたらしく、スマホをいじりだす。ささっと慣れた手つきでTwitterを起動すると、こちらに見せてくる。
「ほら、ボクのアイコン見てみて!」
「えっ、あ、うん……見たけど……」
Twitterはもちろん実名ではなく、創作アカウントだ。お互いフォロワーなので、俺はもちろん知っている。Twitterのアイコンはイラストが描かれている。
「このイラスト上手くない?」
「ああ、上手いよな。確かこの人って、四月一日の作品で挿絵書いていた人じゃなかったのか?」
プロフィールの文面に、隠者の逆位置さんが描いていてくれましたっ! と記載されているとおり、四月一日の作品のファンである《隠者の逆位置》という人が描いてくれたイラストだ。イラストの投稿サイトにも投稿している人だが、主にTwitterでツイートしている。アイコンは二次元のキャラクターで、四月一日の代表作である登場人物が描かれている。
絵師である《隠者の逆位置》は別にプロというわけではなく、プロに比べれば拙さを感じる。線が一本線ではなくぐちゃぐちゃになっているところとか、顔と身体のバランスが悪いとか、そういう欠点はあるが、でも、それでも、素人からしたらかなりうまく見える。ぱっと見だけでもかなり時間をかけていることが分かるし、なにより熱意が伝わってくる。
作品の中でも人気が高い女性キャラで、白い百合が好きなキャラ設定なのだが、それをしっかり憶えていて描かれているし、困った時は長い髪の毛をいじる癖も分かって描かれている。かなり熟読していなければ、ここまで設定を加味したイラストは描けない。
ラノベのイラストは、作者が締め切りを守らなかったり、イラストレーターと作者が直接挿絵について相談することが少なかったりするため、矛盾のあるイラストが散見される。それなのに、ここまでの熱量を見せられるとファンとしては軽く感動してしまう。
俺ですらこうなのだから、作者本人はもっとだろう。だからこそ、アイコンにしているのだし、羨ましくも感じる。自分の作品のキャラを描いてもらう。それは、アマチュアネット作家の一つの夢だといえる。――ちなみに、俺は描いてもらったことはないけどなっ!
「うん。そうだよ。それに、例のオフ会の時に、この《隠者の逆位置》さんも参加予定だったんだけど、ドタキャンされたんだ。どうしてだか、分かる?」
「――いや、全然」
「直前になって参加できなかったのは、オフ会の集合場所で顔見知りに会ったからじゃないかな? そして彼女はその人物と会いたくなかったとしたら?」
「…………そりゃあ、地元が一緒の人達でオフ会していたんだから、そういう可能性もあるかもしれないけど、それがどうしたんだ?」
「ううん、ただの推測だよ」
「…………」
シャーロック・ホームズ並みの焦らし方に段々イライラしてきた。ワトソン君もこんな気持ちだったのろうか。
「席が近いから分かるんだけど、百目鬼さんって、たまにシャ、シャってシャーペンの音を鳴らしている時があるんだ」
「…………それがどうしたんだ?」
「普通、そんな風に鳴らないんだよ。シャ、シャって音が鳴るのは……こんな風に、何か絵を描いている時だけなんだよ。――ここまで言えば、分かるわね?」
実践してみせてくれた四月一日が比較動画みたいにやってくれたが、確かに、全然音の鳴り方が違っていた。絵なんて全然描かないから分からなかったが、絵を描いているとかなりハッキリ音がでるみたいだ。超高校級の探偵ばりにヒントを出されて、鈍い俺でもたった一つの真実へと辿りつく。
「そうか! 分かったぞ! そうか……まさか、そういうことなのか?」
「そう。間違いないよ。百目鬼さんは、ボクらが良く知っている絵師――《隠者の逆位置》さんだよ」