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10.社畜の安寧

「ただいまーっ、と――」

 四月一日の豪邸と比べると、なんとも質素な市営住宅に帰宅する。玄関を開けてすぐの廊下の端にスーツ姿のまま父親が座っていた。口を開けながら、天井を見つめている。戦いで疲れ切った兵士のように、疲弊しきっている。

「こんなところで、なにしているの?」

 話しかけたくはないが、父親をどかさないと自室に戻れない。ゆっくりと俺へと焦点が合っていく。

「おう、空か。ひんやりしていて気持ちいいからぼぉーとしてた。お前も一緒にやるか?」

「いいです」

 俺の両親は他の家庭の両親よりかなり変わっていると思う。こんな風に奇行が目立ち、家に帰るだけで辟易としてしまう。両親は若い時に結婚したらしく、まだ二人とも四十代前半くらいの年齢。そのせいか、言動も若々しい。ただ、両親が若くても、ちょっと痛いと思ってしまうので、あまり嬉しくない。もっと威厳というか、風格があればいいのに、飄々としていて、あまり尊敬できない。

「なんだ、つまらんな。つーか、今日遅かったな珍しく。大体いつもはどこにも寄り道せずに帰ってくるのに。ようやく友達でもできたのか?」

「うっさいなっ! それより、そっちこそ早くない? 基本的に九時か十時ぐらいに帰ってくるだろ? 父さんは」

 朝八時過ぎに出勤して、九時から仕事。そして、八時間働いて、四時間サービス残業がデフォ。まあまあの社畜だ。家に帰れるだけましだろうが。

「早めに仕事終わらせてきた。今日は面倒な上司が出張行っていたからな。面倒な仕事を押し付けられずに、速攻で帰ってこれたんだよ。いやー、ほんと学生の頃は良かったなあ。定時で帰れただけでこんなにも嬉しいなんて、あの頃は考えれなかった。お前は今、恵まれてるんだぞっ! 頑張れよっ!!」

「ああ、はいはい」

 どうして親というものは、こうも子どもに絶望感しか与えられないのだろうか。高校生が人生の絶頂期。今の内に遊んでおけ。大人になったら楽しくないぞ、とかそんな呪詛みたいな言葉を毎日永遠に聴かされる。思い出補正かかりすぎだ。正直、楽しいと思ったことなど一度もないのに、これより酷い未来が待ち構えていると思うと、不安で不安でしょうがなくなる。たまに夜中に眠れなくなってしまう。

 でもまあ、今日はいいことがいっぱいあった。ものすごく久々に。だから、今日はぐっすりと寝られそうだ。

「うわっ、まじか」

 父親のスマホが振動した。鞄から取り出して、話し相手と何度か応答する。

「ああ、はいはい。だから、そこは、そうすればいいんだよ。はい、はい」

 どうやら、部下からSOSコールらしい。今いち専門用語っぽいのが飛び交ってよく分からないが、部下がなにやら仕事で分からないことがある。今日中に終わらせなければならないことで、今電話した。父親が口頭で手順を説明しているが、どうやらあっちは理解できない。こうなったら会社に帰らなければならない。――そんな内容っぽかった。

父親の仕事は土木関係らしい。現場とかではなく、建設資材やスケジュールなんかを管理する本部の人間らしいが、こういう風に現場と情報が行き違ってトラブルが起きることがけっこうあるみたいだ。

「分かった。今すぐ行く。うん、いや、もういいから。うんうん、はい、はい。じゃあ、お疲れ様。――――はああああっ!」

 電源を切ると思いっきりため息をつく。

「めんどくせぇーな、ほんと、はぁー」

 そのまま手を閉じた目蓋に置いたまま、動かなくなった。待ってみる。――だけど、二十秒ぐらい待っていても、まるで地蔵のように動かない。もしかしてかまって欲しいのだろうか? 親に気遣うのも嫌だが、指の隙間からこちらの挙動を窺う視線があまりにも哀れだったので、大根役者っぷりを披露する。

「エッ、ナニ、シゴト?」

「ああ、部下のしりぬぐい。もう勘弁してくれよ」

「ええっ!?」

 パタパタとスリッパの音を立たせながら、母親がやってくる。どうやら話を聴いていたらしい。どうせだったもっと早く割り込んでほしかった。母親も父親の相手をするのが面倒らしい。

「勘弁してほしいのはこっちだよ。もう、料理作ったのにっ!」

「タッパーにつめといて。家帰ったらレンジで温め直すから」

「もう、しかたないわね……」

 料理時間がズレるだけで、皿洗いも二度手間なのよ、と妙にリアルなことをぼそっと呟きながら母親がフェードアウトしていく。父親が家事をしているところを見たことがない。母親も家事が好きな方ではないので、土日なんかは作るのが面倒だと言って、だいたい飯代千円ぐらいを俺はもらったりする。その恩恵を無駄にせず、俺はカップラーメンなんかで腹を満たして、貯金するから、両親の家事嫌いは助かっている面もある。

 ただ、毎回洗濯のアイロンがけは俺の仕事みたいになって、夏はかなり面倒くさい。蒸気が、ほんとうに暑い。

「将来のこと考えるなら、勉強しろよ。いい職場で高い給料もらうためには、まずいい学校へ行かなきゃ話にならない。金は出してやるから、大学へは絶対に行け。私立とか他県の大学だったら奨学金でも借りて、自分で返せよ。これはお前の人生なんだから」

 親から命令され、服従するのが俺の人生か……。ずいぶんと、安っぽいんだな、俺の人生って……。

「ん、どうした? やりたいことなんてないんだろ? だったら、とりあえず大学行っておけ。高卒だと入社できる会社は限られるし、給料だって下がるんだ。将来のこと考えたら、とりあえず大学行っておけ」

「うん……」

 プロになりたい。ラノベで将来食っていけるようになりたい。そんな風に告白したらどうなるのだろうか。――放逐されてしまうかもしれないな。

 まっ、親がお金を出してくれているおかげで俺は生きていける。清潔な服を切れるし、飯は三食食えるし、雨水を凌げる家がある。貯蓄のない高校生の分際で親に反抗できるはずもない。どれだけ上から目線で人生を説かれようとも、服従の首輪を外すことは許されない。金を手にするまでは、社畜に従順な畜生になりきるしかないのだ。

「それじゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 何の夢も持たずに、ただ日々を緩慢に浪費していくだけ。そんな立派な父親におべっかをつかう俺は、どれだけ下等なのだろうか。俺は、もっと強くなりたい。小説を書くことでお金を得ることができたら、きっと、もっと自分の意見を言えるようになる。大賞をとれなくとも、何かしらの結果を得ることができれば、何かが変われる。劇的とはいわずとも、少しばかり――変えられる気がした。


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